[チャペル]2020年5月5日 災害に強い家づくり(トリーベル・クリスティアン 宣教師)

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「そこで、私のこれらの言葉を聞いて行う者は皆、岩の上に自分の家を建てた賢い人に似ている。雨が降り、川があふれ、風が吹いてその家を襲っても、倒れなかった。岩を土台としていたからである。私のこれらの言葉を聞くだけで行わない者は皆、砂の上に家を建てた愚かな人に似ている。雨が降り、川があふれ、風が吹いてその家に襲いかかると、倒れて、その倒れ方がひどかった。」(マタイによる福音書7章24-27節)

総合政策学部の皆さま、こんにちわ。今年度から神戸三田キャンパスの宣教師として就任しました、トリーベル・クリスティアンと申します。総合政策学部の学生のほとんどのは、おそらく初めて私の顔を見ているのだと思います。今日は簡単に自己紹介をし、私の好きな聖書箇所についてお話をしたいと思います。

私は、見ての通り外国人なのですが、横浜生まれ、横浜育ちのドイツ人です。親はドイツから来た宣教師でした。長年川崎で開拓伝道をしていました。私はというと、日本の幼稚園に通い、小学校から高校を卒業するまではドイツ人学校に通っていました。そこまでは比較的スムーズな人生でしたが、大学受験の時に進路のことで悩みました。ドイツへ行って大学に行くべきなのか、日本の大学に行くべきなのか?というのも、私は「ドイツ人」としての感覚をあまり持っていなくて、同時に周りの友達と同じ「日本人」になれたかというとなかなかそういうわけにもいきませんでした。最終的には日本の大学に行くことを選びました。しかし大学時代、「自分はいったい誰なんだろう」、「これからどうやって生きていくべききなのか」、常に悩んでいました。それ以外にも「就職をどうすればいいのか?」「滞在許可はどうすればいいか?」「住む場所はどこがいいのか?」「付き合う人はどういう人がいいのだろうか?」自分が誰なのかがわからない時、簡単そうに見える問題がどんどん複雑になります。

そのような20代の時期にある人がこのようなことを教えてくれたのです。それは今日の聖書箇所ともつながることなのですが、人生を木に例えて、「人は木の幹や枝をばかり気にするが、台風が襲いかかる時に重要なのは見えない木の根である。」深い根をはらないと木は大きく成長できないし、すぐに倒れてしまう。他人からはなかなか見えないかもしれないですが、人生を支えているのは、その人価値観、確信、アイデンティティです。私にとってはそれはキリスト教の信仰でした。

今日の聖書箇所では、このことを家と土台に例えています。どれだけ立派な家を建てたとしても、しっかりとした土台がなければその家はすぐに壊れてしまう。努力がすべて無駄になってしまう。

ところが、私たちは家を見る時に土台には目を向けない。人を見る時に、その人の成功(あるいは失敗)ばかりに注目する。どれだけ裕福になることができたのか、どれだけ素敵な相手を見つけることができたのか、だれだけ高級なものを身に着けているのか。それ自体はみな悪いものではないです。しかし、人生の台風がやってくる時は、しっかりとした土台がなければせっかく築き上げてきた「自分」という建物は崩壊します。

なぜ、関西学院大学ではキリスト教についての授業があったり、チャペルの時間があるのかというと、勉強などで皆さんが4年かけて建て始めている「人生の建物」をしっかりとして岩の土台の上に建ててほしいからです。キリスト者にとってそれはキリストの教えであり、神を中心とした世界観です。人生の嵐や地震、ちょっと前ではリーマンショック、今では新型コロナ・パンデミックなど、定期的に私たちに襲いかかってきます。人生はそういうものです。これからもそうです。

しかしそういう時に問われるのは、普段だれも注目しない土台です。どれだけ頼りになるような岩の上に人生を立てているのかが問われるのです。普段考えないような問いが浮かび上がって答えを要求するのです。自分はなぜ存在しているのか?生きる意味は?死ぬことの意味は?人生で何が本当に大事なのか?希望の源はどこにあるのか?生きる勇気をくれるものは何なのか?

その答えによって、皆さんは自分の人生という建物を砂の上に、あるいは岩の上に建てることになるのです。世の中が大変になっている今こそ人生の地震に強い家をどう建てるのかを考える時です。ぜひ岩の上に家を建てる賢い人になってください。

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  • 投稿日時:2020/5/18 17:27

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