【チャペル】2020年6月30日「肝心なことを忘れちゃいないか?」村瀬義史 宗教主事

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(短縮版)
レポート試験で「肝心なこと」の一つは、まず課題文を注意深く読んで、何が求められているかをしっかりととらえ、その課題に対する回答となるレポートを書くことです。そもそも、その授業が何を目的とするものだったのか、ということを改めて確認することも、「肝心なこと」ですね。

「・・・イエスは彼を見つめ、慈しんで言われた。「あなたに欠けているものが一つある。行って持っている物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に富を積むことになる。それから、わたしに従いなさい。」その人はこの言葉に気を落とし、悲しみながら立ち去った。たくさんの財産を持っていたからである。」(マルコによる福音書10章21-22節)

今日は、ここに出てくる、「あなたに欠けているものが一つある」というイエス・キリストの言葉に注目したいと思います。
聖書の場面はこうです。ある男性がイエスのところにやってきました。彼には地位も、財産も、知識もありました。そんな彼は、「イエス先生。永遠の命を受け継ぐには何をすればよいでしょうか。」と尋ねます。ここで、「永遠の命を受け継ぐ」とは、寿命の長さのことではなくて、神さまの「救い」や「祝福」を受けることを意味しています。言い換えるならば、「何をすれば、最高に幸せになれるでしょうか」と、彼は聞いているのです。この人は、子どもの頃から聖書の教えをよく学び、よく守ってきたと自負していました。でも、どこか、満たされないものを抱えています。

イエスは、彼をじっと見つめました。そして愛を込めて、こういいました。「あなたに欠けているものが一つある」。イエスは、この男性の知識や財産や地位ではなくて、その人自身を見ているんですね。この人は恐らく多くのものを所有していてそれが彼の武器や防具になっているのですが、イエスは、その内側にいるその人自身を見ます。イエスは彼に、肝心なことを忘れちゃいないか?と問いかけたのだと思います。一見、調子がよさそうなんだけど、たぶん周りの人がうらやむほど先を行く人なんだろうけど、イエスから見ると、残念ながら進んでいる方向がズレている。

この男性の場合、何か掟を守ることを積み重ねると、その量に応じた愛や恵みを神様から引き出すことができる、というふうに神の愛や恵みが交換や取り引きが可能なものであるかのように考えてしまっていたのです。交換や取引を前提とする考え方から抜け出せない彼に、イエスは言うんですね「欠けているものが一つある」と。神さまは、人間の行為の良し悪しに応じて、愛や恵みを増やしたり減らしたりするようなチープな存在じゃない。それを忘れちゃいないか。善人にも悪人にも雨を降らせ、わたしたち一人ひとりに分け隔てなく慈しみを注ぐ、だからこそこの世で小さき者、弱き者をいつも心にかけてやまない神の前で生きることこそ、聖書の心なのだ、というのです。

何かに向かって進んでいくこと、積み重ねていくことは大切です。しかし、「向き」が違っていることがあります。突っ走っているその方角があっているか、行き先を見誤っていないか、ということも問い続ける必要がある、ということを聖書は語っていると思います。向きがあっていれば、心配しすぎる必要はない。

また、取り引きの論理、交換の論理「だけ」の世界で生きるのは、「強く、大きく、ならないといけない」という世界「だけ」に囚われて生きるのは、「自分もしんどいし、周りの人をしんどくさせる」。イエスは、日常生活の中で緊張しきった人々の心と身体をやわらげ、「ほっ」とした気持ちにさせました。皆さんもそういう、損得勘定抜きの、ほっこりとできる人間関係を大事にしていってください。

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  • 投稿日時:2020/7/4 9:42

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