2009年11月

新規カテゴリー「鎌田研究室便り」設置etc.

新規カテゴリー「鎌田研究室便り」を設置しました&鎌田康男ブラジル出張記

鎌田研究室ブログに、新規カテゴリー「研究室便り」を設置しました。担当教員(鎌田)、ゼミ生、院生、OB/OGなどの近況を報告シェアしあう場所にしたいと思います。

その鎌田ですが、10月11日~26日にかけて、ブラジルのサンパウロおよびリオデジャネイロで行われたショーペンハウアー学会に行ってきました。ゼミ生、および講義受講生のみなさんにはご迷惑をおかけしました。別途補講によって、みなさんの納入した授業料が無駄にならないようにいたしますので、ご安心下さい。m(__)m ブラジルと言えば日本から見て地球の反対側、地球を半周する(往復で1周する)という鎌田(および、およそ地球を旅する者)にとって最遠の旅となりました。2005年にもブラジル・サンパウロの学会に出たことがありますが、そのとき鎌田はドイツ・マインツ大学の客員教授をしていたので、地球の約4分の1周で済みました。

10月11日に関空を発って、同日フランクフルト着、思いでのマインツ(フランクフルト空港から25分)のホテルに一泊して旅の疲れを癒やし、客員教授時代の同僚たちと旧交を温め、12日にフランクフルトを発って翌13日にサンパウロに到着しました。14~16日にサンパウロ大学で行われた学会では一人一人の持ち時間が最高2時間というたっぷりの時間を使ってとことん議論しました。以前から共同研究をしている研究仲間が多く、鎌田もリラックスして講演・議論できましたが、この、思う存分、とことん、が3日つづくとさすがに疲労がたまってきました。

コルコバードよりリオの町と「砂糖パン」(右上のとがった岩山の愛称)を望む

コルコバードよりリオの町と「砂糖パン」(右上のとがった岩山の愛称)を望む

 その後、10月17日に、他の人が飛行機なのに意地を張ってバスで6時間かけてリオデジャネイロに移動。鎌田は、海外の学会に行くと(日程が許すかぎり)一度は長距離を陸路で移動することにしています。そうすることで、その土地の人や自然によりよく触れることができるからです。今回のバス旅行も、疲れたけれどもいろいろな経験をすることができました。小さな子供も乗っているバスの中で放映された映画のポルノ度が高くてびっくりしたり、貧富の違いが歴然とした町の区域割り ― 貧富の格差の存在が自由市場経済にとっての必要悪であるという側面を嫌と言うほど見せつけられる瞬間でもあります ― 、そして、水に恵まれた豊饒な森や畑、なにはともあれ人々の活気溢れた姿、なるほどこれからオリンピックを開こうという国だけあると感心しました。

リオデジャネイロは美しい町です。オリンピックのお膳立てとしてもよいと思います。ただし、鎌田自身は、リオでの講演原稿がまだ完成していなかった (^_^; ので、せっかくのフリーの週末はホテルにこもって準備にかかり切り、学会は月曜日から金曜日までぶっつづけでした。学会会場では、英語(発言していて途中でことばに詰まってドイツ語に切り替えることもあり)、ドイツ語(水を得た魚)、フランス語(相手の言っていることはなんとか分かっても、私からの発言は英語かドイツ語・・・)、ポルトガル語(全然、ただしラテン語と単語が似ているので、何を言っているかぐらいは分かることもある)などが飛び交いましたが、水曜日の午前中、ポルトガル語だけの講演がつづくことをプログラムで確認し、時を見計らってちょっと抜けだし(ご免なさい!)て、巨大なキリスト像の立つコルコヴァードの山(海抜約700m)にアプト式登山電車で登ってきました。さすがにすばらしい眺めでしたので、写真を一つご紹介しましょう。(上の写真)そのあと、地図を頼りに旧市街を、1時間でひとまわり駆けてきました。やはり、地図をもつということの威力は、知の世界だけではなく、現実世界でもすばらしいものでした。(下の写真)

旧市街の風景

旧市街の風景

メトロポリタン大聖堂

メトロポリタン大聖堂

肝心の鎌田の講演はドイツ語でしたのですが、ドイツ哲学研究の盛んなサンパウロ大学と違い、リオの学会の参加者にはドイツ語がよく分からない人もかなりいるとのことで、ドイツ語に堪能なブラジル人の若手研究者(鎌田の著作の愛読者ですと自己紹介してくれて嬉しかった)が、ドイツ語⇔ポルトガル語の通訳を買って出てくれました。しかし、講演をすべてポルトガル語に通訳したために、同じことを2カ国語で繰り返すことになり、1時間の講演予定が2時間になってしまいました。でも、ブラジルの人はおおらかに、のんびりしっかり聞いてくれました。時間が大幅にのびて一番いらいら気味だったのは、鎌田本人だったかも知れません・・・

リオの、と言うかブラジル観光は、コルコバードに登ったときの5時間だけ。あとはひたすら学会で座っておりました(立ち上がって質問や反論する時を除く)。当然、最大の楽しみは食事とスイーツでしたが、おかげで体重が猛烈に増えて、帰国したら完全にメタボ領域に入っていました。(/_;)

そうそう、もう一つの楽しみについての報告を忘れそうになりました。学会最終日23日の夜、鎌田の通訳をしてくれた若い研究者のガールフレンドが個人的に知っているミュージシャンの出演するリオ旧市街のサンバハウス TRAPICHE GAMBOA  に、同僚たちと連れて行ってもらったこと。

通訳をしてくれたチャンパイ氏とガールフレンド・パトリチアさん

通訳をしてくれたサンパイオ氏とガールフレンド・パトリチアさん

夜10時にホテルに迎えに行く、と言うので、終わるのは(何時頃)?、と聞くと肩をすくめておしまい。40年ほど前の学生時代にルンバとかジルバとか踊ったこともあるけれど、テンポが格段に速くてまったくついて行けない。しかし、熱い砂で足が地面におろせないみたいに踊るんだよという一言に開眼しました。回りから「それだ!」と叫ばれて、とそのあとは貧乏揺すりが止まらなくなる感じで踊りまくりました。歌手も楽器も、リズムがすばらしかったです。たぶん学会関係者で一番上手だったサンパウロ大学哲学教授カッチオーラ女史の秘書のマリエさんを手本にして踊っていたら、男の人がそんなに腰をゆらしてはだめ、とたしなめられました。(^^ゞ

サンバハウスの様子

サンバハウスの様子

ちなみに学会会場のリオのカトリック大学は、サンバ発祥の地(初めてのサンバのコンサートがこの大学キャンパスで行われた)だそうです。

3時、あすの朝早くホテルを出発する同僚もいたので、盛り上がっているところをしぶしぶ退散しました。翌朝、あれだけやったのだからとステップを試してみると、きれいさっぱいり忘れて、手も足もでません。さては魔法にかけられたか~

しかし、腿の痛みはしっかり残っておりました。

鎌田も24日(土)夜の飛行機に乗ってフランクフルト経由26日(月)に帰国しました。

激しい討論とサンバというアンバランスな二つの熱い想い出が強烈に焼き付いた学会出張でした。

ゼミ選択資料のサイト

ゼミ選択のための参考となる資料をまとめたサイトの運営を始めました。

http://kamata.de/zemi/

へお越し下さい。研究演習鎌田ゼミの特徴、2010年度シラバス、ゼミ運営方針などが説明されています。随時アップデートしますので、時々見に来てください。

鎌田ゼミ関連のリンク

鎌田ゼミ生自主運営サイト http://semi.natura-humana.net/
総合政策学部鎌田研究室サイト http://www.ksc.kwansei.ac.jp/~kamata/
総合政策学部鎌田研究室インデックス http://lab.natura-humana.net/
鎌田康男個人サイト http://kamata.de/ 日本語サイト http://kamata.de/index-j.html

プロフィール


鎌田 康男
現在、関西学院大学名誉教授(2016年3月定年退職) 《共生と公共性の philosophy》 ★プロフィール詳細

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