2011年6月

★第三回ワークショップのお知らせ★

ウルトラセブン

 「ウルトラセブン・ノンマルトの使者 ― 正義の味方は誰の味方?」

こんにちは、研究演習Ⅰ・渉外担当の神谷妙香です。

今回、研究演習鎌田ゼミからみなさんに、哲学ワークショップ
「ウルトラセブン・ノンマルトの使者 ― 正義の味方は誰の味方?」
のお知らせをさせていただきます!

★タイトル:「正義の味方は誰の味方?」
★開催日時:7月1日(金) 第1部15:20~16:40, 第2部16:50~18:20
★場所:3号館320教室
★タイムテーブル:

 

 

第1部:ワークショップ&グループワーク
15:20 開始(グループワークの説明)
15:40 『ウルトラセブン』観賞
16:00 グループにわかれて、それぞれ意見交換や議論をします。
16:40 休憩(ティーブレイク^^)

第2部:ゼミ
16:50 通常のゼミ形式で、全員が一緒に議論します。グループワーク
での議論や意見を全体で共有しながら、「正義とはなにか?」という問
題を深めます。
18:20 終了予定

(途中参加、途中退出もできます!)

★ワークショップの説明
『ウルトラセブン』(第42話「ノンマルトの使者」)を鑑賞し、その
後、グループワーク形式で「正義とは何か?」について皆で考えてみた
いと思います!
ウルトラマンと哲学にどんな関係があるのだろうと疑問に思った方、ワー
クショップの内容に興味を持たれた方、鎌田ゼミの活動に関心を持たれ
た方は是非この機会に気軽に参加してみてください^^
終了後、鎌田ゼミの夕食会があります。時間のある方は参加してみましょ
う^^
★第1部、第2部、夕食会はすべて参加自由、一部参加も可能です。

質問・連絡はこちらまで
研究演習Ⅰ(3回生):神谷妙香(cyi87089☆kwansei.ac.jp)
研究演習Ⅱ(4回生):高橋祐介(bzg91979☆kwansei.ac.jp)
*スパム対策のため@を☆に変えています。お手数ですが、ご連絡の際は☆を@に変えてください。

マクロゼミ ミシェル・フーコー著『監獄の誕生』

こんにちは、研究演習Ⅰの小林です。

5月17日のマクロゼミでは、ミシェル・フーコー著『監獄の誕生』を 扱いました。この原著はフランス語で書かれたのですが、原書のタイトルは、”Surveiller et Punir: Naissance de la Prison”(監視と処罰―監獄の誕生)と、原著と和訳版では、本題と副題が逆転しています。しかしここでは、一般的に知られた訳である『監獄の誕生』 に統一いたします。

まず、タイトルを見て、みなさんはどのように思われたでしょうか?「監獄」というと現代ではあまりピンとこないかもしれませんね。

まずフーコーは、監獄の役割を、フランスの例を出しながら論じます。もともと監獄と処罰は、犯罪を予防するために存在しました。特に重い罪である、殺人罪と強姦罪を予防するためには、その罪を犯すことをやめさせなくてはならないのです。罪を犯すことをやめさせるには、例えば、殺人をやめやせるには、殺人をすることによって得られる利益よりも、殺人を犯したことによる罪の方が大きくなくてはならないのです。

つまり、殺人を犯すことが利益にならないようにしなければならないのです。よって、殺人を犯した者には、非常に重い処罰が行われるのです。身の毛をよだつような方法によって、殺人犯を処罰します。(非常に惨たらしい方法なので、あえて例は出しませんが…) 

さらなる犯罪を予防するためには、公開処刑を行います。公開することによって、同じことを行えば、自分も処罰されるということを与え、罪を行わないように促すのです。このように、監獄と処罰は犯罪の予防として役割を果たしていたのです。

以上は、伝統的な監獄の役割でした。しかし、近代以降では、処罰は変化し、処罰(特に死刑)は公開ではなく、見えない形になりました。監獄の役割が、犯罪の防止から、犯罪者の矯正へと変化したのです。犯罪者の矯正を行うために、犯罪者に規律を与え、訓練させます。

これによって、個人を形成していくのです。個人を形成する上で、監視が必要となります。個人は未熟であり、監視によって適正に個人を形成させる。つまり、権力に対し従順する人間を作る事が監獄の役割になったのです。しかし、これは、監獄のみ当てはまるのではなく、学校などにも当てはまると、フーコーは考えています。

監獄という日ごろあまり、縁がないものに関する考察が、実は、学校や社会にも当てはまるなんて驚きですね。

以上、小林からの『監獄の誕生』の報告でした。

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ミシェル・フーコー著『監獄の誕生』田村俶訳、新潮社、1975年

ミクロゼミ ハンナ・アレント『人間の条件』③

こんにちは。研究演習Ⅰの小林です。

第8回ミクロゼミでは、ハンナ・アレント著『人間の条件』第三章(133-221)を扱いました。

第三章では、人間の条件――労働、仕事、活動の一つである「労働」について論じられています。

古代ギリシアにおいて、「労働」は忌み嫌われるものでした。それは「労働」が生命を維持するために必要不可欠なものであると考えられたためです。「労働」することとは、人間が自然的な欲求――例えば畑を耕して食物を得ること――に支配された状態を指します。そのため人々は、奴隷を支配することによって「労働」からの自由を得ていたのです。また「労働」によって得られる生産物は、すぐに消費されその痕跡を何も残しません。

このように、古代ギリシアにおいて「労働」は軽蔑されるものでした。

ところが近代になると、「労働」は賛美されるようになります。古代において軽蔑されていた「労働」は、あらゆる価値の源泉と見なされるようになったのです。この理由は、「労働」による「生産力」にあります。古代ギリシアでは、人々は、生きる為に必要な最低限の生産を行って暮らしていました。しかし近代になると、必要以上に生産すること(=剰余)が重要視されるようになったのです。このため、「労働」は賛美されるに至りました。

労働の賛美、及び生産力の上昇は、結果として消費社会を引き起こしてしまいました。消費社会とは、大量生産、大量消費が為される社会のことです。特に近代以降のオートメーション化は、私たちに労働―生産―消費のサイクルを早く行き来することを可能にしたと言えます。本書においてアレントは、このような消費社会を批判していますが、現代社会ではどうでしょうか。

本書が書かれたのは1950年代のことですが、現代社会で起きている問題を辿ってみると、アレントと同じところに行きつくような気がします。現代の問題について考える上で、『人間の条件』は必読なのではないでしょうか。

以上、小林からの『人間の条件』の報告でした。

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参考文献

ハンナ・アレント『人間の条件』志水速雄訳、筑摩書房、1958年、pp.131~221

 

5月27日 リサーチコンソーシアム

こんにちは^^
研究演習Ⅰの山口です!

さて、今回は5月27日に関西学院大学上ヶ原キャンパスにて行われた
リサーチ・コンソーシアムについてお送りします^^

私たち鎌田ゼミは、私語と公共性―私語のない教室へ―
というタイトルで発表を行いました。

ポスター

 

 

 

 

 

大学講義内で問題となっている私語について、鎌田ゼミならではの「公共性」という視点からアプローチし、

解決策を立てました。

私は、今回は見学という形で発表を見に行ったのですが会場には、様々な発表を聞く学生がたくさん来ていました。

17時くらいに私たちの発表場所を訪れてみると、そこにも多くの観客の方が^^

発表後も、質問がとんできたりしていてとても活気であふれていました!

リサフェ
学生のみならず、関西学院大学の先生方も来られておられました。
普段では、なかなか経験できないような、学生や先生方を相手に発表するという
リサーチ・コンソーシアムならではの機会はとても見ている私からしても新鮮なものでした^^

 

 

この発表を見て、11月にあるリサーチフェアが今から楽しみになりました♪

以上、山口がお送りしました!

ミクロゼミ ハンナ・アレント 『人間の条件』(1回目)

こんにちは!研究演習Ⅰの山口です^^
さて、今回はアレント著『人間の条件』についてお送りします。
まず、これから数回にわたっておこなう『人間の条件』の著者アレントについて軽く紹介したいと思います!
アレントとは、ドイツ生まれの女性の政治思想家です。彼女はユダヤ系の家庭に生まれ、自身がユダヤ人であるということを一度も否定しなかった女性です。

そんな彼女の著作である『人間の条件』は、「活動」「仕事」「労働」という人間の行為形態、「活動的生活」の上記の3つの類型についての考察をもとに、私的利益の擁護・魏津原野国民経済の運営の方向付けといった「近代的」な政治理解とは異質な、共和主義的な意味における政治が有する高い固有の価値を主張したものです。

一見、読んでみると理解できたつもりになっていたアレントですが、
実際ゼミが始まって議論を交わすうちに、私自身ちゃんと理解できていなかったのだなあと感じることもあり、アレントの奥深さを感じました。

特に、興味深かったのが人間の条件は、「労働」「仕事」「活動」という3つの活動を基礎としている、ということです。
この3つには、現代で使われているような意味とは全く違った意味が含まれているのです。
現代で「労働」というと、社会に出て1人前の大人、つまり社会人として教師や、サラリーマンといった様々な仕事を行うこと、と想像しますが、アレントの述べる「労働」は、生物もまた行っているのです。
なぜなら「労働」は、光合成などのように生命を維持するために必要不可欠な行為だからです。
また「仕事」は、有限な存在である人間が永遠に続くような人工的な世界を作り出すことです。これもまた、現代における「仕事」、つまり自分に課せられた労働を行い、それによって賃金をもらう、というものとは異なります。
最後に「活動」とは、人と人の関係によるものであり、そのためこれは大多数の他人がいてこそ成り立つ。
これら3つの要素が、人間の条件の基礎となっているのです。
「活動」のみが他者との関係によって成立するものである。この点において活動は、政治、つまり自分以外の他者との対話によって成り立つものに最も関係している、とアレントは述べています。

今回のゼミでは、現代の意味とは異なった「労働」「仕事」「活動」という3つの考えを知れ、またアレントの政治思想、自らがした経験を言論によって他者と語り有意味なものにする、というものを知ることができました。

昔と現代との異なる考えを知ることは、とてもおもしろいなと感じました。

以上、山口からアレント第一回目の報告でした^^

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参考文献:ハンナ・アレント『人間の条件』志水速雄訳、筑摩書房、1958年。

プロフィール


鎌田 康男
現在、関西学院大学名誉教授(2016年3月定年退職) 《共生と公共性の philosophy》 ★プロフィール詳細

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