鎌田 康男 研究室共生と公共性のフィロソフィー

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2012年春 文献選定会議

投稿日時:2012/05/2 16:38

こんにちは*
新研究演習Ⅱの山口です。

今回は、2月14日に行われた文献選定会議についてお送りします。

ご存じの方もいらっしゃるかもしれませんが、鎌田ゼミでは文献を用いながらゼミを行っています。
この文献選定会議は、春学期のゼミで使用する文献を選ぶ時間です。

ゼミ生1人1人が自分の興味のある文献を推薦し、その中から春学期で使用する文献が選ばれます。

ゼミ生の興味のある分野を、各自が推薦する文献を通して知ることができ、とても興味深い時間でした。
興味分野は人によって異なりますが、その背景にあるそれぞれの問題意識を垣間見ることができ、新たな一面を知るいい機会になったのではないか、と感じます。

この中からどんな文献が選ばれるのか、興味のある方はぜひ一度ゼミの方に足を運んでいただけたらなと思います^^

ゼミは毎週火曜日と金曜日の5限から行っています。
通常のゼミに加え、何度かワークショップといった普段のゼミとはまた違った行事も行っています。
それらのことについても、これから順次ブログを通してお知らせしていきたいと思います。

それでは、今回は以上で終わります。

2012年度鎌田ゼミオリエンテーション

投稿日時:2012/05/2 16:20

さて、今回は1月31日に行われた2012年度鎌田ゼミオリエンテーションについてお送りします。

この日は、新研究演習Ⅱと新研究演習Ⅰ全員がそろう初めての機会ということもあり、初めはみんなの顔も緊張気味でした。

今年は15人という多くの研究演習Ⅰのゼミ生が新たに入ってくれ、大人数でのゼミは新鮮でした^^
最初は全くの初対面の人ばかりでしたが、自己紹介を経て少し理解できたように思えます。

これからのゼミを通し、さらにお互いに知っていけたらなあと思います。

その後、ゼミの年間スケジュールや運営についてなど色々な説明を行いました。
まだ春休み中ではありますが、顔合わせやゼミについての説明を聞く中で、ついに新たな年度が始まるのだな、という実感が少しずつわいてきたように思います。

まだまだお互い知らないことはたくさんありますが

これからこのメンバーでより充実したゼミを作っていく、新たな1年のスタートの準備となるよい1日になったと思います。

以上、新研究演習Ⅱの山口でした。

鎌田ゼミ☆2011年度RF発表・車座紹介

投稿日時:2011/11/21 16:46

いよいよ今週の金・土にリサーチフェアが迫ってきました^^
今年の鎌田ゼミの発表、そして鎌田ゼミOBGによる車座企画を、研究演習2の塙が簡単にご紹介いたします。
鎌田ゼミに興味がある方は、要チェックです!^^

■基礎演習Ⅰ

「気づけ!学生諸君!」・口頭発表
発表者:青山・石井・大森・岡崎・坂口・高田・財田・田村・藤原・矢田
11月25日(金) 12:30-13:00
Ⅱ-201 (D会場)
☆「気づけ!学生諸君!」では、自由とはなにか、大学生の視点から見る自由について研究しています。

「脱モテ社会」・口頭発表
発表者:市川・川添・小石原・坂野・大上・長谷川・森本・楊
11月25日(金) 15:00-15:30
Ⅱ-111 (C会場)
☆「脱モテ社会」では、人と人との関係性構築の観点から、モテをテーマとしてとりあげています。

■研究演習Ⅰ・Ⅱ

「ボランティアってなんだろう」・口頭発表
発表者:神谷・小路・渡辺・北山・高橋・塙・山本
11月25日(金) 13:30-14:00
Ⅱ-101 (A会場)
☆「ボランティアってなんだろう」では、東日本大震災をきっかけに、ボランティアのあり方について

「あなたと紡ぐ良縁」・口頭発表
発表者:木村・水野・山口・竹崎・徳山・山城
11月25日(金) 15:30-16:00
Ⅱ-111 (C会場)
☆無縁社会における人と人とのつながりを縁という切り口から見直しております。

「平等概念と自由に関する考察」・ポスター発表 No. P31
発表者:小林大貴
11月25日(金) 14:00-15:00

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総合政策学部同窓会OBG車座企画
「リサフェでOGB訪問!~総政人のその後を聞く!~」
11月26日(土) 13:00-15:15

■石橋真理恵先輩(第5期生鎌田ゼミ)
テーマ「10年後をわくわく考えよう」
Ⅱ-204

■竹田幸平先輩(第13期生鎌田ゼミ)
テーマ「インターネット速報の現場」
Ⅱ-214(1)

☆鎌田ゼミをご卒業され、社会でご活躍している先輩方と、直接顔を合わせてお話できる貴重な機会です。社会に出てからみた学生生活、そして鎌田ゼミはいったいどう見えるのでしょう。気になりますね^^

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これまでに鎌田ゼミでは、発表内容の準備に加えてプレゼンテーションスキルを磨いたり、他ゼミとの合同発表会をリサーチフェアに向けて行ってきました(詳細は後日ご紹介いたします)。
発表まで残された時間はあと少しですが、それぞれのチームが発表に熱い想いをもって最後まで準備に臨んでいますので、ぜひご自分の目でその姿を確認しにきていただけると幸いです^^

以上、研究演習2の塙がお伝えしました^^

10月7日 ミクロゼミ『ゲマインシャフトとゲゼルシャフト』②

投稿日時:2011/11/16 00:26

こんにちは!研究演習Ⅰの山口です^^
今回は、第2回ミクロゼミ テンニエス著『ゲマインシャフトとゲゼルシャフト』についてお送りします。
まず、著者について少し説明を^^
この本の著者テンニエスは、ドイツの社会学者です。
彼は、本著においてゲマインシャフトとゲゼルシャフトという2つの共同体の様式を定義しました。ゲマインシャフトとは、家族などの親しい人々の中で結ばれる縁であり、一方でゲゼルシャフトとは会社や学校などといった公的な場での関係を指します。

今回のゼミでは、ゲマインシャフトにおける意志である本質意志と、ゲゼルシャフトにおける意志である選択意志について主に議論しました。一人の人間が行う活動には、この本質意志と選択意志がかかわっています。本質意志は、味覚や嗅覚のような感覚器官からの感覚で人に何かを行為させる適意、その適意をもとにして行った活動を自分自身のいる環境や条件により繰り返していくことが習慣です。この習慣化したものを人は記憶します。このように本質意志は、過去と密接に関係している。一方で選択意志とは、自己のある目的を達成するときの意志です。自己の目的を達成するためのよりよい選択を行う際の基準となるものとして、概念があります。人はこの概念によって「よい」や「悪い」といったことを判断できるます。そして、自己の目的を達成するために任意において、人は確固たる決意を行い、考量という形式において快や不快に基づく選択を行います。
このように、選択意志とは未来に関するものです。
上記で記したように、本質意志と選択意志はそれぞれに異なった特徴をもっているのですが、人間はこの双方の意志を有しています。

普段、なかなか意識することのない「意志」ですが、今回のゼミでそれぞれに異なった役割があり、それぞれがきちんと意味をもっているということがわかりました。

それでは、これで第2回ミクロゼミの報告を終了させていただきます^^

マクロゼミ エーリッヒ・フロム『自由からの逃走』②

投稿日時:2011/11/16 00:24

こんにちは、研究演習Ⅰの小林です。

ようやく涼しくなり、秋らしくなってきましたね☆

さて、9月27日(火)は、第2回マクロゼミが行われました。扱った文献は、エーリッヒ・フロム著『自由からの逃走』です。5章から7章までを扱いました。

フロムは、同じくユダヤ人であるハンナ・アレントと比較すると、完全なる近代的思考をもった人物です。ハンナ・アレントが古代ギリシアを理想とするのに対し、大きく異なります。

このことを踏まえて、内容に移ります。フロムによりますと、フロムがドイツにいた1910~1930年代のドイツ社会は、3つの社会的性格を有していました。1つは権威主義的性格、もう1つは破壊性、最後に機械的画一性です。この3つの性格は、ナチスが台頭する温床となりました。

権威主義的性格とは、外部の絶大な力に対して、盲目的に服従し、自我を捨て去り、自らを権威の一部になろうとする性格(マゾヒズム)と、他者の絶対的支配者となり、他者の自由を奪おうとする性格(サディズム)というものです。この二つは、他者に依存しているという点において共通しています。これを共棲といいます。

破壊性は、権威主義的性格が他者との依存という性格なのに対し、他者との関係を破棄する性格です。ある学生によれば、他者との関係をシャットダウンし、ひきこもるイメージです。内向的なのです。

そして、機械的画一性は、自らを強大な力に服従し、自我を捨て去ることは、自我をもたない機械になることです。無個性で無自我な人間は、機械となるのです。自我を持たない機械が、自分に多数いる状態です。これが機械的画一性です。

このような3つの社会的性格に対抗するために、フロムは「汝自らを知れ」と言います。鎌田教授によりますと、知るというのは、時刻表の時間を知るというようなことではなく、自分らしさを知ることなのです。自分らしさは他者によってあたえられるものではなく、自分から作り出さなければならないというのです。自分らしさを自己形成することを、フロムは説いたのです。

以上が『自由からの逃走』の概要です。次回のマクロゼミは、ジャン・ボードリヤール著『消費社会の神話と構造』を扱います。

以上、小林からの報告でした。

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参考文献 エーリッヒ・フロム著『自由からの逃走』 日高六郎訳、紀伊国屋書店、1941年。

ハンナ・アレント「人間の条件」5章

投稿日時:2011/08/23 18:54

こんにちは、研究演習1の渡辺と申します。

今回取り上げるのは、ゼミ春学期最後の課題であるアレント「人間の条件」五章の一部です。
人間の条件といえば、労働・仕事・活動と分かれています。今回は活動の欠点というものを取り上げてみました。
その前に、軽く労働・仕事・活動についてを書いておきます。

労働―生きるために行うこと
仕事―より良く生きるために作ること
活動―人と人との間に成り立つ行為

さて、活動には欠点が3つ有ると言われています。活動結果の不可予言性、活動過程の不可逆性、活動過程を作るものの匿名性と言うものです。簡単に説明すると、不可予言性は結果を予知できないこと。不可逆性は新しく作りなおすことができない。匿名性は行った活動に対して行動者のアイデンティティが全く見えないといったものです。
それらを克服すべく人間が持ちだしたのは製作と言う様式でした。製作はある指針を持って作成することができるので不可予言性を克服し、破壊し作りなおすことが可能なので不可逆性も克服し、最後に製作物によって作ったものにアイデンティティが備わり匿名性の問題も克服しました。
ブログだから簡単に書いたこともありますが、私自身も解釈に悩まされることが多い部分だったので曖昧にしか書けませんでした。活動に関しての章は全体的に難しかったです。ですが、アレントの人間の条件の中でも活動は重要な部分を占めていると言えます。なぜなら、活動は人間にしか備わっていない能力だからです。動物には生きることだけの労働しか備わっていないが、人間は動物とは違い仕事と活動という条件が備わっているからです。

以上、渡辺の5章の報告を終了させて頂きます。

マクロゼミテキスト批評

投稿日時:2011/07/1 01:38

こんにちは、研究演習Ⅰの小林です。

6月14日(火)は、今までマクロゼミで扱った文献のテキストレヴューについて議論しました。

ブックレヴューについて詳しくご存じない方のために、書き方について説明します。

STEP1 ブックレビューのタイトル(文献のタイトルである必要はない。レビュアにとって最も重要なことをタイトルにする!)

STEP2 その文献の書誌データ(その文献を入手するのに必要十分なデータ→検証可能性を担保)

STEP3 ブックレビューの意図、展望、着眼点のキーワード

STEP4 文献の要約:マクロ読み、上記①

STEP5 文献のコメント:主張命題内容の検討や予想される議論展開や、予想される問題点等、上記②

STEP7 文献の評価:別の展開や反論を構成してみる。(a) 反対の場合、テキストへの批判点の提示と、可能な反批判の構成、(b) 賛成の場合、予想される批判の提示とその反批判による主張の妥当性の確認、上記③

このような形で、ブックレヴューを書きます。

さて、今回のブックレヴューで扱った文献は、ペスタロッチ『隠者の夕暮れ、シュタンス便り』、ミシェル・フーコー『監獄の誕生』、マルティン・ブーバー『我と汝』です。

ペスタロッチのブックレヴューでは、現状の教育(特に家庭教育)とその目的について、論じている学生が多かったです。Aさんは、ペスタロッチの主張を受けて、教育の目的とハンナ・アレントの『人間の条件』と照らし合わせて論じています。すなわち、教育の目的はアレントが主張する「活動力」は、ペスタロッチが主張する教育に目的が達成することによって可能であると、Aさんは主張します。

フーコーのブックレヴューでは、監視社会について論じている学生が多かったです。Bさんは、監視社会をインターネットとの関係について論じています。Bさんによりますと、インターネットでは、社会のように上下の繋がり(監視)はあっても、横の関係性は断たれていると言います。Bさんによりもますと、インターネットでは、一望監視方式での相互監視が成立しにくいと言います。この議論では、監視を善悪では判断しません。

最後に、ブーバーのブックレヴューでは、<われ-なんじ>を永遠の<われ-なんじ>に到達させるための人とのかかわり方について論じている学生がいました。人との関係は、<われ-なんじ>の世界です。しかし、<なんじ>が個々のなんじであるうちは、<われ-なんじ>の関係は<われ-それ>となってしまいます。<われ-なんじ>の状態を継続するには、永遠の<なんじ>が必要ですが、まず自らの意志で永遠の<なんじ>をはっきりさせる必要があると、Cさんは主張します。

以上が、マクロゼミブックレヴューの概略です。ゼミ生のほんの一部の例になりますが、このような感じでテキスト批評は行っています。

普段のミクロやマクロとは違い、問題がない分、個人の読み方が反映され、同じ文献でも読み方がそれぞれ変わってくるのが、テキスト批評の面白いところですね^^

 

以上、小林がお送りしました。

★第三回ワークショップのお知らせ★

投稿日時:2011/06/28 13:34

ウルトラセブン

 「ウルトラセブン・ノンマルトの使者 ― 正義の味方は誰の味方?」

こんにちは、研究演習Ⅰ・渉外担当の神谷妙香です。

今回、研究演習鎌田ゼミからみなさんに、哲学ワークショップ
「ウルトラセブン・ノンマルトの使者 ― 正義の味方は誰の味方?」
のお知らせをさせていただきます!

★タイトル:「正義の味方は誰の味方?」
★開催日時:7月1日(金) 第1部15:20~16:40, 第2部16:50~18:20
★場所:3号館320教室
★タイムテーブル:

 

 

第1部:ワークショップ&グループワーク
15:20 開始(グループワークの説明)
15:40 『ウルトラセブン』観賞
16:00 グループにわかれて、それぞれ意見交換や議論をします。
16:40 休憩(ティーブレイク^^)

第2部:ゼミ
16:50 通常のゼミ形式で、全員が一緒に議論します。グループワーク
での議論や意見を全体で共有しながら、「正義とはなにか?」という問
題を深めます。
18:20 終了予定

(途中参加、途中退出もできます!)

★ワークショップの説明
『ウルトラセブン』(第42話「ノンマルトの使者」)を鑑賞し、その
後、グループワーク形式で「正義とは何か?」について皆で考えてみた
いと思います!
ウルトラマンと哲学にどんな関係があるのだろうと疑問に思った方、ワー
クショップの内容に興味を持たれた方、鎌田ゼミの活動に関心を持たれ
た方は是非この機会に気軽に参加してみてください^^
終了後、鎌田ゼミの夕食会があります。時間のある方は参加してみましょ
う^^
★第1部、第2部、夕食会はすべて参加自由、一部参加も可能です。

質問・連絡はこちらまで
研究演習Ⅰ(3回生):神谷妙香(cyi87089☆kwansei.ac.jp)
研究演習Ⅱ(4回生):高橋祐介(bzg91979☆kwansei.ac.jp)
*スパム対策のため@を☆に変えています。お手数ですが、ご連絡の際は☆を@に変えてください。

マクロゼミ ミシェル・フーコー著『監獄の誕生』

投稿日時:2011/06/15 15:24

こんにちは、研究演習Ⅰの小林です。

5月17日のマクロゼミでは、ミシェル・フーコー著『監獄の誕生』を 扱いました。この原著はフランス語で書かれたのですが、原書のタイトルは、”Surveiller et Punir: Naissance de la Prison”(監視と処罰―監獄の誕生)と、原著と和訳版では、本題と副題が逆転しています。しかしここでは、一般的に知られた訳である『監獄の誕生』 に統一いたします。

まず、タイトルを見て、みなさんはどのように思われたでしょうか?「監獄」というと現代ではあまりピンとこないかもしれませんね。

まずフーコーは、監獄の役割を、フランスの例を出しながら論じます。もともと監獄と処罰は、犯罪を予防するために存在しました。特に重い罪である、殺人罪と強姦罪を予防するためには、その罪を犯すことをやめさせなくてはならないのです。罪を犯すことをやめさせるには、例えば、殺人をやめやせるには、殺人をすることによって得られる利益よりも、殺人を犯したことによる罪の方が大きくなくてはならないのです。

つまり、殺人を犯すことが利益にならないようにしなければならないのです。よって、殺人を犯した者には、非常に重い処罰が行われるのです。身の毛をよだつような方法によって、殺人犯を処罰します。(非常に惨たらしい方法なので、あえて例は出しませんが…) 

さらなる犯罪を予防するためには、公開処刑を行います。公開することによって、同じことを行えば、自分も処罰されるということを与え、罪を行わないように促すのです。このように、監獄と処罰は犯罪の予防として役割を果たしていたのです。

以上は、伝統的な監獄の役割でした。しかし、近代以降では、処罰は変化し、処罰(特に死刑)は公開ではなく、見えない形になりました。監獄の役割が、犯罪の防止から、犯罪者の矯正へと変化したのです。犯罪者の矯正を行うために、犯罪者に規律を与え、訓練させます。

これによって、個人を形成していくのです。個人を形成する上で、監視が必要となります。個人は未熟であり、監視によって適正に個人を形成させる。つまり、権力に対し従順する人間を作る事が監獄の役割になったのです。しかし、これは、監獄のみ当てはまるのではなく、学校などにも当てはまると、フーコーは考えています。

監獄という日ごろあまり、縁がないものに関する考察が、実は、学校や社会にも当てはまるなんて驚きですね。

以上、小林からの『監獄の誕生』の報告でした。

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ミシェル・フーコー著『監獄の誕生』田村俶訳、新潮社、1975年

ミクロゼミ ハンナ・アレント『人間の条件』③

投稿日時:2011/06/15 14:36

こんにちは。研究演習Ⅰの小林です。

第8回ミクロゼミでは、ハンナ・アレント著『人間の条件』第三章(133-221)を扱いました。

第三章では、人間の条件――労働、仕事、活動の一つである「労働」について論じられています。

古代ギリシアにおいて、「労働」は忌み嫌われるものでした。それは「労働」が生命を維持するために必要不可欠なものであると考えられたためです。「労働」することとは、人間が自然的な欲求――例えば畑を耕して食物を得ること――に支配された状態を指します。そのため人々は、奴隷を支配することによって「労働」からの自由を得ていたのです。また「労働」によって得られる生産物は、すぐに消費されその痕跡を何も残しません。

このように、古代ギリシアにおいて「労働」は軽蔑されるものでした。

ところが近代になると、「労働」は賛美されるようになります。古代において軽蔑されていた「労働」は、あらゆる価値の源泉と見なされるようになったのです。この理由は、「労働」による「生産力」にあります。古代ギリシアでは、人々は、生きる為に必要な最低限の生産を行って暮らしていました。しかし近代になると、必要以上に生産すること(=剰余)が重要視されるようになったのです。このため、「労働」は賛美されるに至りました。

労働の賛美、及び生産力の上昇は、結果として消費社会を引き起こしてしまいました。消費社会とは、大量生産、大量消費が為される社会のことです。特に近代以降のオートメーション化は、私たちに労働―生産―消費のサイクルを早く行き来することを可能にしたと言えます。本書においてアレントは、このような消費社会を批判していますが、現代社会ではどうでしょうか。

本書が書かれたのは1950年代のことですが、現代社会で起きている問題を辿ってみると、アレントと同じところに行きつくような気がします。現代の問題について考える上で、『人間の条件』は必読なのではないでしょうか。

以上、小林からの『人間の条件』の報告でした。

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参考文献

ハンナ・アレント『人間の条件』志水速雄訳、筑摩書房、1958年、pp.131~221

 



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