西本昌二研究室4回生の中澤芽衣です。
前回の記事に記した4回生の現在の活動の内容の続きの議事録をアップしたいと思います。
以下をご参照ください。(議事録:木下諒)
【ゼミ4/26】 本日のゼミでは、プロジェクトのテーマについてディスカッションしました。
『議論のポイント』
1. 1年間で実現可能性が高い
2. 数値的目標を達成できる
3. 政策提言できる(リサーチフェア)
4. 欲を言えば、利益が出せる
『議論の結果』(1人2票)
1. 標識(外国人に優しい日本づくり) 8
2. コミュニティ形成(バル) 8
3. 農業支援 12
この結果をふまえて4月30日までに1人1票で投票して頂きたいです。方法は後ほど連絡します。
と、このように3つの基盤のもとから一つ選びプロジェクト形成にうつっていこうという流れになっております。
再び上記の3つのもとから投票をした結果、「農業支援」に決定いたしましたので
私たち4回生は11月に行われるリサーチフェアに発表できるように
農業に関するものでアクションをおこしていきたいと思います。
また、5月のゼミの活動内容についての記事をアップしていきます。
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初めまして。
西本昌二研究室Ⅱの中澤芽衣と申します。
研究室Ⅰのとき、ゼミ活動内容を書くことが無く1年間を終わってしまったのを
反省し、今年1年は最後の1年ということでブログも書いていこうと思います。
というのも、現在4回生は就職活動をしているのが多数の中
私達自身である一つのゴールに向かって何かアクションを起こそうじゃないか!!という
話になり、先生が与えてくださった課題をそっちのけ(笑)で
ある一つのことをみんなで成し遂げようじゃないかとなっています。
4月19日の話合いは以下を参照してください。(議事録:木下諒)
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本日のゼミではお昼休みにカシグラハンプロジェクトについてのミーティングで出た意見により、予定されていたUnited Nation General Assemblyの発表では無くなりました!!そして、初めてゼミでディスカッションの時間が設けられました!!
本日何をしたか端的に言いますと、西本ゼミで何か新しいプロジェクトをしたいという出席していたゼミ生の意見の一致により、新たなプロジェクトの立案を行いました。
『プロジェクト発足に向かった背景』
(1)ゼミで一つのことで成果をあげたい→カシグラハンプロジェクトでは難しい(共通の目的意識持つことが難しい)→新たなプロジェクトを作ればいいのでは…
(2)せっかくロジカルシンキングについて学んだので、学びの実践したい。これはすでに枠組みが出来上がってしまっているカシグラハンプロジェクト難しい。
そこで国内で何か新しいプロジェクトを立ち上げようということになりました。国内となった理由は、海外では卒業までにプロジェクトを軌道に乗せることが難しいという意見が先生から出たためです。
現在議論していることは、絶対に必要である、このプロジェクトのVisonです。このプロジェクトをするにあたってどのような問題に焦点をあてるか話し合った結果、移民や在日などの日本国内の国際問題、Governance & Private Sector, single mother 健康、若者の意識、三田、学校生活、ホームレス、教育、難民、虐待、自殺、小学校における英語教育などの意見が出ました。まだ意見が乱立している段階でゼミの時間内に議論が成熟しなかったので次のゼミまでに意見交換をしようということになりました。
※カシグラハンというものは、カシグラハンという地域の子供に教育を受けれるようにする
奨学金制度をおこなっている活動をしている団体のことです。そして、この団体の活動に西本研究室も賛同しています。
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このような感じで4月19日のゼミは終わりました!!
今後もこのような形でこのブログも活性化してきたいと思います。
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久しく更新しておりませんでした。
つい先日、1ヵ月半ぶりにゼミがありました。
就職活動・教育実習・自主休講・持病の仮病などが重なり、欠席の学生もいましたが
近況報告に花が咲きました。その割にみんなが今後どうするのかは知りません。
交換留学から帰ってきたゼミ生も参加し、再会を楽しみました。お土産なかったけど。
さてさて、前置きが長くなりましたが、講演会の告知です。
我らが西本教授が来る6月9日(水)に公開講座を担当されます。
この公開講座はグローバル社会の国際政策というコンセプトの下、開催されます。
前後の講座に関してはこちらをご覧下さい。
西本教授は「日本人にとって国際協力とは何を意味するのか?」という表題で講演をされます。
教授がいつもゼミで述べられること。
それは開発と発展は異なる、ということです。
道路・電気などのインフラ整備により、開発は進みますが
何のために開発を行うのか?
それは人間としての幸福・文化の昇華=発展を目指すための開発なのに
果たして発展を見据えた開発ができているのか
と開発途上国・先進国・ミクロな視点においては個人レベルでも思考の余地がある問題を先生は提起してくれます。
そしてグローバリゼーションが進む中、日本はどのような立ち位置にいるのか?
鳩山前首相が述べた「世界でリーダーシップを発揮する」ことができる権力と権威を持ち合わせているのか?
私たちの税金から送られるODAは何のためにあるのか?
現代社会のオピニオンリーダーは誰なのか?
こういった問題について9日に西本教授が自身の国際機関のキャリアを経て哲学された見解を述べてくれるはずです。
ちなみに9日の講演の内容はアメリカ帰りでイケイケのY君が議事録をあげてくれるそうです。僕も参加しますけど。
しかし、生で話を聞いて、その場で個々の見解・感性にひっかかった事柄をリアルタイムで質問するのをお勧めします。
6月9日の三田市まちづくり協働センター・多目的ホール(JR・神戸電鉄 三田駅前 キッピーモール6階)
にてお待ちしております。
次回は誰かが何かについて書いてくれるそうです。
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思うことを柄にもなく記してみます。
かと言って余りにもゼミの内容と関係のないことを書くのは気が引けますので
最近読んでいる本をベースにゼミの内容と絡めて書いてみます(絡まないかもしれません、悪しからず)。
最近読んでいるのは「スペクタクルの社会についての注解」です(著:ギー・ドゥボール、訳:木下誠、現代新潮新社, 2000)。
知り合いにオススメされて手にとってみたのですが、難解です。
注解というくらいですので、「スペクタクルの社会」という本もあります。
ただそれは注解の本以上に迷宮だそうです。
なので僕は力不足を感じつつも、「~注解」を読み進めています。
理論的な本のはずですが、とてつもなく詩的に書かれており、それがさらに難易度を高めています。
この本の要点は
・商品経済の独裁的な支配が無責任な最高権の地位に達した
・統治のための新しい技術の全体がこの支配に付随している
の2点かと。
ちなみに
「統治のための新しい技術」=メディア
「スペクタクルの社会」=人々が受動的な観客の位置に押し込められた社会/映画の観客のようにただ眺めることしか残されていない状態
と解釈すればよいと今は考えています。
ゼミの時間で先生がおっしゃっていたことですが(なんとか絡められそうですね)
「現代社会では需要ではなく、供給が経済を引っ張っている」
だそうです。これには同感です。先進国は特に当てはまるのではないでしょうか。
基本的には衣・食・住が揃えば僕たち人間は生活できます。
少なくとも僕の大学の大半の人は必要最小限の衣・食・住に困ってはいないと思います。
それでも「世間」から求められる「イメージ」は必要最小限のハードルをあげていきます。
例えば携帯電話。
あくまで人との連絡手段です。衣・食・住の基本観念からは外れているように見えます。
しかし今や携帯電話を持つことはファッション感覚の要素すら生まれ、衣の観点にも含まれかねない位置にあり
本来持たなくてもよいのにはずだったのに、誰しもが持つから持たないと疎外されてしまいかねない高度な次元の生活における「危険性」が生まれる。
そもそも携帯電話は衣・食・住の根本重要とは無縁だったのにも関わらず。
これなんか、供給先導の経済のよい例なのではないでしょうか。
それでは誰が「世間」と「イメージ」を形成しているのか、と考えたときに「統治のための新しい技術」が顔を出します。
ドゥボールはこれについて
「このコミュニケーションなるものは、しかし、ついに純粋な一方通行の段階に達したコミュニケーションであり、
そこでは人々は、すでに行われてしまっている決定に静かに見とれるだけである。」
と著書にて記しています。
商品を売りたいがために、「新しい技術」を駆使して、当たり前のようなイメージを形成し、消費者を無意識化にて「圧迫」する
「簒奪者というものはみな、自分が到来したのはつい最近のことであるということを忘れさせたいと願ってきたのである。」
無意識のうちにマスメディアは僕たちの習慣を変えてきたな、と強く思います。
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僕自身大学3回生であり、就職活動の時期。
周囲もやれ説明会だ、やれエントリーシートだ、セミナーだ、とみなさんお盛んです。
1か月でセミナー20回参加する!と一種のステータスのように語る友人もいます(もっとも、どれほど意義あるものかは誰にも分かりませんが)。
1月に見た日経の記事によると、有効求人倍率は1.68だそうで。
データのみの判断でいえば僕ら就職活動をしている学生は有利な状況です(なにせ99-00年の倍率は1.0を割っていたそうな)。
ですが、今年は氷河期だ氷河期だと、やはり周りは危惧しています。
僕が思うに、それは「いつ」「どこで」の2本の軸で比較をしなければ語る意義は少ないかと。
されど、「新しい技術」はx, y軸を隠すベールをかけてしまったようで。
見事にスペクタクルの社会はその法に服従した一世代を育て上げることに成功したようです。(当たり前のようにマス・メディアからの情報に追いかけられる僕ら現代人)
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3回生になって、ようやく総合政策学科とメディア情報学科が2本立てで成立していたのか、を自分なりですが理解できました。
このままではいけないという危機感。
先生の講義からかなり内容がかけ離れてしまったので、最後に。
「なぜ?」から「なるほど!」の移行はできる。
それに対して「何をするか」。
これが総合政策学部に問われる点だと先生はおっしゃっています。
この現状を分析し、嘆くためにこの記事自体がまたスペクタクルの渦中へ身を捧げなくてはならないという滑稽な事態に苦笑いしつつ
この辺で筆を置くことにします。
携帯電話の例など、多くの曖昧な部分があるかもしれません。決して完全な記事でもないです。何らかの反応があれば幸いです。
なお、来る1月30日には西本ゼミの交流会が開催されます。
現3・4回生と09年に卒業されたOBOGの方々が参加予定です(僕たちの世代が3期生にあたります)。
その様子もまた更新したいと思います。
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While working at ADB and UNDP, I was constantly made aware of the differences (or the lack thereof) between policy and practice.
At ADB, all policies, whether “operational” or otherwise, need to be considered, and then “approved” by the “Executive Board”. On the other hand, at UNDP, there was no need for the Executive Board to approve such policies, unless they have implications on its Budget, which needs Board’s approval. At the UNCDP Bureau for Development Policy which I headed during 2002-2006, we used the term “practice” more commonly, than “policies”. The major reason is that UNDP “policies” are NOT binding for its clients, while the ADB policies are, both for its staff, and management, and client members.
Looking at KGU, SPS, we come to realize that we deal more of “practices” or rather “better practices”, if not the best. Our policy suggestions are meaningless, except for educational purposes, unless, and until some legally binding power can be attached to them via legislative processes. Have any of our policy proposals been accepted as such anywhere?? To me, this IS our biggest challenge at SPS.
Of course, we can study and analyze existing policies for their validity, effectiveness, and efficiency, and this is VERY important for KGU, SPS, as an educational institution. However, if we are to claim that we try to train policy makers, we should be the first to clearly establish the differences between policy and practice.
I welcome any comments on this topic.
Nishimoto
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11月6、7日、東京で「日メコン会議首脳会議」が行われ、日本は今後3年間で5000億円以上のODAをメコン川流域5カ国に供与することをコミットした。
これは、日本がミャンマー軍事政権にとってプレッシャーをかける機会を失うことになり、当政権にとっては都合のよいことになりはしないのだろうか?
それとも、アメリカのオバマ政権も、ミャンマー軍事政権に対し対話路線を取り始めようとしているようでもあり、日本もODA供与を通し、対話を深め、民主化を進めることになるのだろうか?
ミャンマーの国民は圧力と対話とどちらを望んでいるのだろう?
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今年の夏休みにタイ・ビルマ国境地帯の難民キャンプに訪問した。そこには15万人のビルマ(現:ミャンマー)少数民族の何人が15以上の何人キャンプに暮らしている。ゼミからは私ともう一人の友達含む閑学生は5人と社会人6人で訪問した。私たちの訪問団体は8月8日~16日まで、3つのキャンプと現地のNGO/NPOなどに訪問し、難民の生活と支援について話を聞いた。私たちが訪問した時期にビルマ(現:ミャンマー)の軍事独裁政権が少数民族の25村を焼き払った影響で国内意難民が大量に発生し、タイ側にも流入していると聞いた。タイ政府もたくさんの難民を受け入れており、新しい難民を受け入れるには大変な困難を受けうとして、拒否していることも知った。
難民キャンプの中に学校があり、たくさんの子供たちは元気よく勉強している姿を見て驚いた。しかし、この子たちは自分らはタイに生まれたからタイ人であると認識しており、祖国ビルマ(現:ミャンマー)のことは何も知らないとキャンプ担当の話を聞いて悲しい気持ちになった。難民キャンプの中に暮らす人々はキャンプの外に出ることは許されていない。そこに暮らす人々は、仕事もなく夢も希望もない、暗い未来しかなかった。しかし、彼らの希望の光として第三国定住として受け入れ国に行き安全に暮らすことであった。欧米諸国が受け入れている中、毎年一万人近くが第三国定住として移住している。日本も来年から30人のビルマ(現:ミャンマー)難民を受け入れる方針を決定しており、来年から第三国定住難民が日本にやってくる。現在、受け入れ先として長野県の松本市が名乗り出ているが、兵庫県でも受け入れてほしいと僕は思った。なぜならば、兵庫県はインドシナ難民を受け入れた経験があるからだ。その経験を生かして難民を救うことが人道主義と国際貢献になるからだ。
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This is my second time to send a message, via a training session.
As a matter of fact, I did not bring my password, and it took sometime to figure out how to check in.
Next time, my new password, as a simple one, would work.
My next message will cover the main theme of the book that I am working on now into the year 2010.
Any comments/suggestions will be welcome.
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Monchan
研究分野のキーワード
発展問題、開発政策、民主化
研究内容
国際的な挑戦として、開発/発展、平和構築/維持、及び人権拡大/擁護の3分野が考えられる。この中で開発/発展問題を以下の4項目に...
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