TVドキュメンタリー撮影クルーの際に教えてもらったこと:総政100本の映画番外編

2009 12/30

 伊納さんをはじめ、映像制作者を目指す方々へ

 1978年での最初の海外調査(約2カ月とあまりに短かいとはいえ)はインドネシア・スマトラ島のボホロクでしたが、日本映像記録の撮影クルーにアドバイザーとして加わるというめったにない体験でした(「食べることについてPart1」を参照)。ということで、今回は、その際、有言無言に撮影隊の方々から伝わったことを書き散らしてみたいと思います。授業ではなかなか話す機会もありませんが、ブログならば多少はゆるされるでしょう。

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 まず、撮影クルーですが、デイレクターアシスタントデイレクター(AD)、カメラマンの3人が日本人です。デイレクターは市岡康子さん、東京都立大の人類学出身で、つまり人類学的立場から撮影する先駆的ドキュメンタリー作家でした。数年前に、ふと所属を調べたら立命館アジア太平洋大学で映像を教えていたそうですが、2007年に退職され、現在は日本映像カルチャーセンター常務理事。ADは国際キリスト教大学を出たばかりの竹中さん、そして、カメラマンは映画カメラマンから転向した稲葉さんでした。

 これに私とインドネシア語の通訳で“ディア”という女性が一人。日本語が話せないディアと英語で話していると、スルタンかなにかの末裔の母親と軍隊で出世した父親の間に生まれたとのこと(祖母が死んだ時、葬式に縁者が集まるのに、当時のスハルト大統領がB707を3機ほど手配した!!という話でした)。しかし、こんなことを書いていると、撮影までなかなかいきませんよね。

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なんといっても中年のカメラマン、稲葉さんには酒を飲みながら、いろんなことを教わりました。まず、「日活では、眼がみえなくなってもカメラマン(=撮影監督)が務まるのですよ!」というあたりが、「はあ、はあ」とひたすら相槌で応えるしかないやりとりの始まりです。なんでも、5人ぐらいカメラマンがいて、一番下っ端の第5カメラマンはカメラをほぼ所定の位置に運ぶぐらいのお仕事、次に第4カメラマンがざっとの位置にセット、第3カメラマンが照度計等で露出を考え・・・・(なにしろ、30年前にしかも酒が入ってのうろ覚えなので、間違えていてもお許しください)、すべて用意がととのってから、やおら撮影監督が登場して、実際の撮影が始まる。

 その時には、すべて準備が整っている、というのです。もちろん、冗談半分でしょうが、日活の全盛時代は、そんな雰囲気だったかもしれません。

 「だから、(日活が倒産しそうになって、日活ロマンポルノ路線になる前に辞め、フリーカメラマンとしてTV局のニュース撮影に雇われた当初)、撮影できなかったんです」とおっしゃるのです。

 復帰前沖縄で、軍政下の住民のデモを撮れと現場に行ったけれど(ちなみに沖縄返還は1972年5月15日、私は大学1年生でした)、「映画では構図を崩してはいけない。すべてが計算しつくされていて、その中でカメラが回るはずなのに、ニュース番組のディレクターからすれば、そんなんじゃニュースとしての臨場感がでない。カメラがぶれた方が、もっともらしいんだ。カメラを回せと怒鳴られた」というわけです。

 となれば、もちろん、映画ファンなら、皆さんわかりますね。フランスのヌーヴェルヴァーグ派、ジャン・リュック・ゴダールが出世作『勝手にしやがれ』(1959年)の冒頭、手持ちカメラのぶれた映像でジャン・ポール・ベルモント演じる主人公の心的世界をも表現して、世界を驚かせ、ある人にとっては映画は「ゴダール前」と「ゴダール後」に分かれるという衝撃について。稲葉さんはそれを、日活映画とTVニュース画面で体験したわけです。

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 もうひとつ、若い皆さんに伝えたいことがあります。1978年はまだビデオ撮影が普及してませんでした。市岡さんも交えて話していた時に、市岡さんが、「今度、NHKがビデオでシルクロードを撮るみたい(実際には1979~80年に撮影、1980年放映)。ビデオで撮ると、画面がきれいで、ストーリーや何もなくても、ただそれを流せば、番組になると思っているんだから」と憤懣を抑えながら言っていたのが印象でした(なにしろ、私は映像も何も無知で、フィルムとビデオの違いも知りませんでしたから)。

 しかし、稲葉さんを見ていれば、フィルムとビデオの違いは如実です。なにしろ16mmアリフレックスのカメラだったと思いますが、フィルムのマガジンの大きさから一回に撮影できるのはたしか10分程度、そうすると、毎晩ミーテイングで、明日は何シーンぐらい撮るのか会議です。

 ミーテイングが終わると、稲葉さんは「明日は何シーンだから、いくつぐらい用意しなければいけないか」と考えて、フィルム会社から買ったままの生フィルムの大きなロールから、撮影用のロールに毎晩、小分けしていくのです。光を通さないために、中でフィルムを巻きとれる暗箱のような袋に手を突っ込んで、ひたすら手作業で、明日の撮影のために生フィルムを撮影用のロールに巻いていく。

 それが終わると、酒が入って「日本に持って帰って、現像に出すまで、本当に映っているかどうか、わからないんですよ」「放送に使う分のだいたい7倍のフィルムを使って撮影しているんだけれど(=編集で、7分の1にされる)、NHKは金があるから、10倍ぐらい撮らしてもらえる。そのぐらい撮影できたらな!!」と打ちあけられ、

 さらに「実は、現像が終わっても、編集室にいれさせてもらえないんですよ!! カメラマンからすれば、すっごくきれいに撮った写真なのに、番組に編集する際は、がっとハサミを入れられる。カメラマンを編集室に入れたら、鋏をいれられるたびに「あっ」とか叫んでしまうんで、うるさいから、入るなと言われているんです」

 そうした取材は、たぶん、ビデオの登場で一変したかと思います。まず、その場で見直せる。放送時間の何倍も撮れる。化学フイルムよりも、照度が低くても撮影できる。それらは確かに長所です。しかし、そのために、撮影に対するこだわりが薄れ、映像が甘くなる危険性も心に秘める必要がありそうです。

 とこのあたりでなにやら教訓話になってしまいそうですし、ずいぶん長くなってしまったので、このあとはまた続編(連続活劇みたいですね)にしましょう。 

コメント:1

    投稿者:伊納達也| 投稿日時:2009/12/31 03:26

    記事、興味深く読ませていただきました。
    ありがとうございます。

    道具にはやはり一長一短があって、作りたいものにあわせて適切にそれらを選択できる知識と経験が大切だなと最近強く思います。

    スピードと低コストが大切なテレビの世界ではビデオによって制作工程の大きな変革が起こりましたが、まだフィルムが主流でビデオ化すなわちデジタル化が完全に起こっていなかった劇場映画やCMの世界ではちょうど今、その変革が起こっているように感じます。映画クオリティで撮影できるビデオカメラがやっと廉価で登場し始めているからです。

    これからも当分過渡期の時代は続くのだと思います。
    そんな時代に生きる自分は、アナログの良さとデジタルの良さの両方を体感できる貴重な世代なのかもしれないと、ラッキーに思っています。

    続編も楽しみにしています。

プロフィール


高畑由起夫
◆研究分野:生態学、自然人類学、霊長類学 ◆研究内容:主な研究対象はニホンザルやチンパンジー、ワオキツネザル等ですが、潮間帯の巻貝類や水生昆虫、カラス等も調べたことがあります。霊長類学の視点で、近縁...

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