統計学の奨めPart 1:なぜ“統計”などというものを勉強しなければならないのか?

2010 4/26

総合政策学部の学生・院生の皆さん、とくに新入生の皆さんへ

 教員の高畑ですが、今回は“統計”の薦めです。授業しているといつも感じることですが、今の若い方も、年寄りの方も、皆さん一般に“統計”が苦手です。かく言う私自身が苦手なのですから、これほど確かなことはないでしょう(笑)。とは言え、統計をお勉強しないと“まずい”こともまた確実です。『基礎演習ハンドブック』では、第5章で亀田先生が情熱をこめて“統計”について語っておられます。その一方で、たぶん、多くの方は「統計学」とか「社会調査」の話等、「できるだけ早く通り過ぎたい」というところが本音でしょう。

  それでは、まず、先輩(卒業生=社会人)のお言葉をお聞きください。以下は、渡部先生と私が現在まとめている「卒業生の方から、社会に出た時に“総政”を振り返ってみたら」というインタビュー&アンケート調査の一部です(ちょっと、先走りですが、渡部先生にはお許しいただくことにして)。 

  • 渡部先生: 総政でもっと別のことを学んでおいた方が良かったということが、就職に関してありましたか?
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  • Aさん(現在、B市役所勤務): 今思うと、哲学と国際関係とか、結構限られた分野の授業しか取ってなかったので、今本当に思うのは「データ解析」とか「社会調査法」とか。修士論文を書く時に一番困ったのが、統計と社会調査法とデータ解析をあまり知らない。アンケートでは体系立って勉強やっておかんと、今、ちょっと苦しんでいるので・・・。あれは必修でも良いんじゃないかと思っているんですけど。
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  • 渡部先生: 結局、自分が何かを考え、行動するために、データを取り、分析して、実証するスキルを身につけておけば、良かった・・・。
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  • Aさん: 今も統計学の本を買って来て読んでるんですけど、時間を取って勉強せんとわからんし、やっぱり授業でコースの授業で実習しながら、先生とかに聞きながら半年、一年かけてくらいで身に着けるもんやと思うと、やっとかないかんかったなあと・・・。何となく難しそうとかで避けてしまったんですけど。統計学等をはじめ、数学関係の授業を避けてしまったのが一番悔やまれています。
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  • 渡部先生: 公務員ってデータを取らなければいけないし、それを分析して、そこから政策提言があるので、必須ですよね?
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  • Aさん: 必須です。知らないと辛いことになります。いろんな先生にお願いして、レポートを書いていただいても、統計を知らないと「すごいですね」で終わってしまう。ちゃんとやっとくべきだったと思います。学生でいる時は、何のためになるかわからんと思うのですけど、企業に就職しても、マーケッティング(市場調査)やる人も知らんとあかんだろうし・・・。
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  • 渡部先生: 心強いあなたの意見です。私も嬉しいです。本当にそうなんですよね。
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 というのが、卒業されてからの皆さんの本音なのです。

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 また、別の方のインタビューでは、大学院(総合政策研究科)での経験を、こんな風に話されています。

  • Cさん: (前略)大学が与えてくれたチャンスですが、修士課程でリサーチプロジェクトがあって、初年度が地域福祉ライフデザインでした。調査者募集に応じて、高齢者福祉の知識ゼロから入ったのがきっかけです。修士の五、六割ぐらいのエフォートをかけたと思います。介護職員の職務意識とか、利用者さんや家族の調査で報告書を書いた。不勉強で、統計や福祉系も含めて社会心理学の知識がなく、必要に追われて勉強した。それが大きかったかな。引っ張り込んでもらい、みんなでやったから楽しかったし、関心もまた芽生えて・・・。
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  • 渡部先生: また新しいことを学んだ。大量のデータを取って、報告書を書く。プロジェクトで4回講演してますね。成果を関係者に聞いていただく。
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  • Cさん: その影響は大きいと思います。
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   ひょっとしたら国際だとか、環境だとか、Webだとか、まちづくりだとか、色々授業がありますけれど、企業や公務員でジェネラリストとしての職務に携わる時、もっとも応用範囲が効く学問が“統計”かもしれません。中世ヨーロッパの大学の教養科目=リベラル・アーツの“自由七科”でも、算術がはいっているではありませんか(「新入生の皆様へ、ご入学おめでとうございます;大学とは何か?Part1(2010年4月1日投稿)」もご参照)。フランスの啓蒙主義思想家ドニ・ディドロも、無名時代、数学の家庭教師をして糊口をしのいだと18世紀フランス啓蒙思想の書として傑作の『ラモーの甥』で述べています。

 亀田先生が『基礎演習ハンドブック』で「総合政策学部のカリキュラムを子細に見ると、「統計学Ⅰ」を履修するように「誘導」されているのに気づくかもしれません。総合政策というマルチディシプリンを標榜する学部において、統計学は唯一と言って良いほど、誰にも必要な科目です。社会科学や自然科学はもとより、言語学や哲学でも統計を使うことがあります。どんな学科に進むにせよ、統計手法は身につける必要があります」とお書きの理由は、こんなところにあるのです。

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  ・・・それなのに、みんな、あまり統計を勉強しない! というのが統計関係の先生方の昔からの悩みの種でした(というより「です」)。

 でも、なかなかなじめないですよね、それは認めます。そのかわり、いったん統計を身につければ、こんな面白いものはありませんし、自分の得になるスキルもめったにありません。リサーチ・フェアの発表を聞いていると、「統計的素養があれば、もっと良い結果がでるのに!」と思うことしばしばです。ということで、授業の「統計学」とは別に、裏マニュアル的に「統計」について(ただし、私がわかっている範囲で)紹介してみたいと思います。

 さて、亀田先生は『ハンドブック』で、次のように続けています。「それでは、統計学とはどんな学問でしょうか? 実は、「統計」のイメージは人によって異なります。それはこの分野が、国家運営に必要な社会統計(人口や農業生産等)を目的とする学問と、賭け事(バクチ!)の勝率を計算するための「遊び」ともつかない学問が融合し、発展してきたからです。しかし、近年、その体系は整備され、どんな教科書でもほぼ同じ内容になっています」。したがって、そのあたりから、お話しましょう。

 まず、“統計”は近代国家において必須でありました。なにしろ、戦争するのに、兵隊さんを何人動員できるか? そもそも、うちの国にどれほど人間がいるのだ? “ユビュ王”(「高畑ゼミの100冊Part14;“20世紀現代演劇”について;“うんこったれ!”から、“考えたりするには頭がよすぎるのです”まで(2010年4月9日投稿)」のような、“狂気の王”でさえ、兵隊がいなければ戦争はできない!

 このようにして、絶対王政下、王は貴族による間接的な兵員動員に飽き足らず、“国家”による強制的な兵員動員をはかります=徴兵制の始まりです。この結果、官僚制による国土の支配と国民の把握が必要となってくる=これが近代的統計の起源の一つである、というのが上記の亀田先生のお話です。その一方で、政府が“統計”を握ることで、国民の知識を支配する、そのまたとない道具になるかもしれません。したがって、皆さんはすべからく政府や企業に“騙されない”ためにも、統計の本質を理解する必要があるわけです。

◆近代的官僚制の発達については「官僚について考える~サミュエル・ピープスと朝日文左衛門から:高畑ゼミの100冊Part11(2010年2月4日投稿)」で触れましたので、そちらもご参照ください。 

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 さて、近代的官僚が生まれると、その中の優秀な者がテクノクラートとして頭角を現します。その最初の一人が、「“統計”とは何か? アフリカで感じたこと;国際援助の現場から#6(2010年1月24日投稿)」でも触れたルイ14世治世下の優秀な要塞建築技術者にして(一生に150の要塞を築き)、同時に敵方の要塞を落とすことにも長けている(53の敵方の要塞を攻め落とす)「矛盾」の象徴(なんとなく墨子を思い出しますね)のような人物ヴォーバンです。

 彼は、母国フランスがどこまで戦える知るために国勢調査を実施します。しかし、自然科学者としての側面を持つ彼は、当然、フランスの暗黒面=王政は繁栄していても人民は疲れ切っていることに気づき、それを発表せざるを得ない(『王室の十分の一税』, Projet D’une Dixme Royale)。その結果、絶対王=ルイ14世に罷免されます。

 このルイ14世のような“真実”を嫌う権力者(=王であれ、独裁者であれ、政治家であれ、“党”であれ、民衆自身であれ)は結局は生き延びれない((『王室の十分の一税』から“バスティーユ襲撃”まで81年)。こうして、我々は知りたくもない我々自身の素顔を、近代統計によってやむなく見せつけられることの重要性に気付きます。

 ともかく、統計は国家の必須事項となり、18世紀末にはこうしてドイツの文豪にして、自然科学者でもあったゲーテが名著『イタリア紀行』で「統計ばやりの当今では・・・・ものの本によって調べることもできると思えば、気が休まるというものだ。しかし、現在の私としては、本でも絵でも与えてくれない感覚的印象が大事なのだ」と書きつけるまでになります。

 なお、(念のために付け加えておきますが)アフリカ等では統計というものがそもそも信用できないこと、したがって統計を信じ切ってデータ処理するのも危険であることは、上記のブログで議論してあります。 というあたりで、十分ながくなってしまったので、続きはまた別の機会にしたいと思います。

◆日本政府の総務省統計局のHPに「統計についての総説に関するpdf資料があります。URLはhttp://www.stat.go.jp/info/kenkyu/kyouiku/pdf/1siryo3.pdfです(是非、お勉強を)。それによると、「統計」の三つの源流があり、(1)国の実態をとらえるための「統計」これは、ローマ帝国の「Census」 につながる。(2)そうした資料から、大量の事象をとらえるための「統計学」が発展する。(3)そして確率的事象をとらえるための「統計」として、数学者パスカルフェルマーの交換書簡(1654 年頃)による「サイコロ賭博の問題」をベースにした確率論なのだそうです。 

 それでは、統計学の奨めPar2へ

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プロフィール


高畑由起夫
◆研究分野:生態学、自然人類学、霊長類学 ◆研究内容:主な研究対象はニホンザルやチンパンジー、ワオキツネザル等ですが、潮間帯の巻貝類や水生昆虫、カラス等も調べたことがあります。霊長類学の視点で、近縁...