2010年5月

チャペル・トーク(5月20日):善と悪について

2010 5/20 総合政策学部の学生の皆さんへ

 以下はチャペル・トークでの話の再録です。

主なる神が作られた野の生き物のうちで、最も賢いのは蛇であった。蛇は女に言った。「園のどの木からも食べてはいけない、などと神は言われたのか」 女は蛇に言った。「私たちは園の木の果実を食べても良いのです。でも、園の中央に生えている木の果実だけは、食べてはいけない、触れてもいけない、死んではいけないから、と神様はおっしゃいました」蛇は女に言った。「決して死ぬことはない。それを食べると、目が開け、神のように善悪を知るものとなることを神はご存じなのだ」(旧約聖書創世記第3章1~5節)

 私は、生物学者という立場から、授業ではしばしば「自然科学にはもない」ということを話しています。例えば、「人が死ぬ」という経験論的事実について、善も悪もありません。人は120歳までの生理的寿命のうちに、様々な理由で、ある者は嬰児(みどりご)のまま、また、ある者は病に倒れ、ある者は不慮の事故故に、そしてある者はいわゆる天寿を全うして死にます。その過程を調べる者にとって、死はたんなる事実に過ぎません。

 同時に、ほかの生き物たちにとっての死とは何か? 例えばマタイによる福音書13章に例えにでてくる「毒麦」の寿命は1年に過ぎません。彼らは一生に一度の繁殖の時=の結果を得る時、同時に生の終わりを迎えます。それに対して、同章の「野の花」を仮にユリと考えれば、その寿命は複数年にわたります。そして、レバノンスギは樹齢1000年以上のものもいる。この差をどう考えるべきか、それは自然科学にとってきわめて魅力的なテーマですが、それらは単に事実であり、それぞれの種にはその寿命が進化したそれなりの過去と理由がある(はず)ですが、そこに善も悪もありません。

 その一方で、われわれ個人にとって、「死」は大きな問題です。死も、病もさけるべく、我々は努力する。そこで医学保健学、そして医療をめぐる様々な社会制度、病院、保険、医薬、教育などが生まれていく。それは価値観がベースにあり、善=この場合は死なないこと、そして悪=死ぬことがいわばヒト共通のテーマのようにあらわれてきます。

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 それでは、人にとって、何時、善と悪はあらわれたのでしょうか? 私は進化生物学の徒として、ヒトがいつからヒトとなったのか、そしてそのヒトがいつ善と悪の心をもつようになったのか、これはたぶんタイムマシーンが発明されないかぎり、永遠に解けない課題であるとはいえ、絶えず考えることを強いられます。

 その際に、創世記に表されるアダムとイブ、そして蛇のやりとりを思い出すと、生物学者そして人類学者として、何ともいえぬ感慨を感じるのです。“知恵の樹の実”を味わった二人は“目が開き”、真実を知るとともに、恥も感じ、嘘もためらいも知り、この世に見たいものと見たくないものがともにあることを知ります。そして二人の間に生まれたカインとアベルの間に、最初の犯罪=きょうだい殺しが生じ、そして主はカインにそれをとして、を加えます。

 まったく無垢だったとき、あまりにも清明に見えていた世界は、いったん目が開けば、そこは見たくもない事実に満ちている。このモチーフは、たとえばギリシア悲劇のオイデイプス王、意識しないとはいえ、己の父ラーイオスを殺し、知らぬ間に己の母イオカステーと結ばれて、子供たちを作ったことに、そしてそれが己の王国の災いのもとだと知った時に、テーバイの王オイディプスが自らの目をくりぬく行為に象徴されます(「ギリシア悲劇とその変奏Part1:高畑ゼミの100冊番外編」2010年05月3日投稿を参照)。

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 しかし、我々は何時“知恵”をつけ、罪を犯し、罰を受ける羽目になったのか? たとえば、“非人間的行為”というような言葉があります。あるいは、古来の言葉を使えば“畜生道”ということになるのでしょうか。「あいつは人間でない=人でなしである」というフレーズはあまりにも当たり前です。では、ヒト以外の生き物がおこなうことが、非人間的な行為なのか?

 他者を“死にいたらしめる”ことは、生物にとってめずらしいことではありません。大きなフジツボが小さなフジツボに覆い被さり、やがて殺してしまう。そのフジツボを今度はカキが、自らの殻を成長させることで、覆い尽くして殺していく。しかし、それは結果としての“殺し”であり、“殺意=こいつを殺してしまおうという故意”があるわけではない。したがって、これは決して“殺人”ではありません。

 皆さんの中には、法律に興味があり、3年になれば関根先生のゼミなどに入られて、その後、ロー・スクール等で法曹家になりたいと思っている方もおられるかもしれません。そういう方も含めて、ひょっとしたら知っておいた方がよいかもしれない知識に、たとえ他者を殺したとしても、“故意”の有無などでいろんな段階があることです。たとえば殺人、これは明確な意志をもっての行為です。殺そうとするまでの故意はなく、しかし、相手を攻撃する意図を持ち、その結果として相手を死に至らしめた場合は傷害致死等に、相手を攻撃する意志はなく、誤って相手を死に至らしめた場合は業務上過失致死危険運転致死罪等に分けられていきます。

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 そうした視点で見れば、多くの生物が行う“殺し”は、明確な意志にもとづく“殺人”ではなく、結果としての致死ということになるかもしれません。こうして、私たち人類学者、行動生態学者は暴力、あるいはについて、進化の道筋をたどる時、非人間的行為という言葉とは裏腹に、人間に近くなればなるほど、「これがヒトであったらば暴力だよね」というシンパシーを感じるようになる、といわざるを得ません。

 私はかつて、京都の嵐山の野猿公苑で、ニホンザルを観察していましたが、その時、母と娘の間で互いにかみ合い、果ては娘が重傷を負う事件がありました。その数年後、今度はいわばリターンマッチで母親が重傷を負い、その結果、池におぼれて死ぬということがありました。この“母殺し”は、いわば傷害致死に該当するかもしれません(「岩田山自然遊園地(続き):フィールドについて#2(2010/02/28投稿)」を参照)。

 その一方で、その数年後、アフリカで見たチンパンジー子殺し・共食いは明確な意志、それも3頭の雄の共同意志による“殺人”そしてその結果のカニバリズムという、ほぼ“殺人”といってもよいようなシチュエーションだったと思います。

 今日は時間もありませんので、あえて断言させてもらえれば、こうした経験を踏まえて、個人的な意見としては、“非人間的行為”あるいは文字通り“畜生道”は、むしろ人間に近い者にこそ見られるものであるといわざるを得ません。

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 それでは、ヒトの進化の中で、何時、どこで、我々は“知恵の木の実”を食べ、“善と悪”をともにおこなう能力を身につけたのか? 残念ながら、それは永遠に解けることのない謎ですが(さきほど触れたようにタイムマシーンでも発明されない限り)、しかし、徐々に現在の我々の自意識に近づきながら、神にも紛う能力をみにつけてきたことは間違いありません。

 さて、“悪”が行われたとき、それは“罪”とされ、“罰”が下されます。それが『出エジプト記』の“十戒”です。そこには「殺してはならない」と明記され、「死に値する罪」等についての罰が書かれています。しかし、ここでもう一つつけくわえておかねばならないのは、“罰”があるということは、すでに“罪としての行為”が存在していることにほかなりません。おそらく、人類最初の“殺人”は、“殺人”ではなく、たんなる他者を死に至らしめる行為に過ぎず、それを“殺人”という“罪”と認め、“罰”をくだすため、社会の成立が必要なわけです。

◆さらにつけくわえれば、場合によれば、殺人も正当化されることもさして珍しくはありません。社会秩序を維持するためにおこなわれる死刑=国家による殺人もそうですし、なによりも戦争は殺人が正当化される行為(とはいえ、逸脱すれば、戦争犯罪とされるわけですが)。

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 それでは、これですべてうまくいくのか? もちろん、そうではないことは、現代社会に生きる我々にとってあまりに明白です。ヒトは自らの行為を理由付けし、弁護します。こうして司法の立場に、弁護士検察官が生まれ、それを神・国家の代理としての裁判官が裁く、この構図がうまれてくる。しかし、そこで、真理がわかるのか?

 ノーベル文学賞受賞者の作家スタインベックの友人、海洋生態学者のエド・リケッツが裁判に出席した後で、スタインベックに「みんな裁判に勝つため、真実を憎んでいるんだ」と報告する時、あるいは中国の作家魯迅が「革命者は反革命者に、反革命者は革命者に殺される。どちらでもない者は革命者だといわれて反革命者に、反革命者だといわれて革命者に、あるいはどちらでもないという理由で、そのどちらかに殺される」と言った時、言葉を発明し、それを操り、自らの立場を正当化しようとして殺人まで犯すヒトという存在が明らかになります。

 こうしていまや、善も悪も定かならぬこの世に生きる皆さんにとって、何がもっともふさわしいアドバイスなのか、にわかにはわかりません。この場では、第2次大戦中、ナチス・ドイツの秘密警察ゲシュタポに逮捕・処刑されたチェコの活動家、ユリウス・フゥチークが絞首刑前に密かに書き残した最後の言葉を紹介して、とりあえずの幕引きにしたいと思います(「高畑ゼミの100冊Part12:ユリウス・フチーク『絞首台からのレポート』(2010年2月11日投稿も参照)。

  • 私たちはいつも死を計算にいれていた。私たちはゲシュタポの手中に落ちたら最後だということを知っていた。それで私たちは、ここでもそれにもとづいて行動したのである。
  • 私自身の劇は終わりに近づいている。私はその結末を書くことはできぬ。なぜならわたしはそれがどうなるかまだ知らぬからである。これはもはや劇ではない。これは生活である。
  • 生活には観客などという者はない。
  • 幕があがる。
  • 人々よ私は皆さんを愛した。気をつけなさい。
  • 1943年6月9日 ユリウス・フゥチーク

リサーチ&レポート;リサフェへの近道Part1~いかにして、いくつもの知識を“つなぎ合わせる”か?=「風が吹けば桶屋が儲かる」の実践~

2010 5/13 総合政策学部の新入生の皆さんへ

教員として、ここ近年感じるのは、皆さんの基礎的知識が“ばらばら”である=統合されていないこと、そして皆さんの勉強がかなり“不効率”な感じがすることです。このあたり、どう言えば良いのか?

例えば、「政治・経済」で“保険”の知識を習ったとして、そのベースには「統計学あるいは確率論」の“大数の法則”があり(「統計学の奨めPart 1:なぜ“統計”などというものを勉強しなければならないのか?(2010/04/26投稿))、そこで保険の掛け金を計算するために考案された“生命表”は、生態学の中でも“個体群生態学(個体群動態)”の基本です。

さらに「人口(推計)学」では生存率や死亡率平均寿命(=0歳時の平均余命)を知るための道具であり、かつ、その傾向を読み取れば、「ある地域の将来人口」もある程度把握できて、「政策決定」につながる=将来の小中学校の規模、上下水道の供給・処理能力の予測もできる。

◆大数の法則などについての参考図書『生命保険物語-助け合いの歴史』(http://www.jili.or.jp/school/book/pdf/tasukeai.pdf);“生命保険文化センター”のHP(http://www.jili.or.jp/school/book/tasukeai.html)に掲載のPDFファイルです。保険業界に興味がある方は、是非、一読を。

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このように「風が吹けば桶屋がもうかる」式に、次々と物事の結びつきを解き明かし、それを総合的に理解するのが“総合政策”の醍醐味のはず=“真の教養”。それなのに、「一つの授業」が終われば、その内容は頭から削除(あるいはフォーマット)されて、「次の授業」につながらない。

とくに“楽勝科目”だけを選ぶとこんなことになるはずです。これではあまりに効率が悪く、“楽勝”のはずなのに、結果として“遊ぶ時間”もなくなる。これでは人生楽しくありません。

てきぱき、“ホームワーク”を片づけ、遊ぶ時間を確保しましょう(ただし、そこで手を抜いてはいけません。勉強も遊びも本気でやらなければ)。

◆一言言い添えれば、大学では“遊ぶ”ことも、“学ぶ”こととならんで重要です。そのあたりは夏目漱石の『三四郎』を読んでみて下さい(『基礎演習ハンドブック』のコラムにも紹介しておきましたが)。

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ところで、最近、図書メディア館から、以下の案内がきましたので、アナウンスしておきます。

  • 4 月30 日に、KSC図書メディア館4Fに、レポート&論文の書き方に関連した図書を集中的に配架したコーナーを新設しました。レポートや論文を書く際の一助になればと思いますので、学生の皆様にも機会がございましたら是非ご紹介ください。
    「レポート&論文の書き方」コーナーの設置について   http://library.kwansei.ac.jp/ksc/index.html(図書メディア館ホームページ NEWS&TOPICSに案内を掲載しました)
    「レポート&論文の書き方」コーナーに展示している図書リスト(http://library.kwansei.ac.jp/ksc/news_and_topics/files/report.pdf
    下のような図書を配架しています。
    <レポート&論文作成のサポート>
    ・レポート論文の書き方
    <大学生としての学びについて>
    ・大学での勉強の仕方
    <理工学部向け>
    ・理系の英語論文の書き方
    ・プレゼン技術
    <総合政策学部向け>
    ・社会調査フィールドワークの方法
    ・ディベートの方法
    ・建築系論文の書き方

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さて、それではどうやってリサーチやレポートのテーマを見つけるか?

私のように生態学をやっている者からすれば、この世の中、独りで存在している“もの”(者と物を両方含みます)などありません。すべては繋がっているわけで、その“つながり”を手繰り寄せれば、芋蔓よろしく、いくらでも面白い事実が出てくるはず。

ほら、あなた方の眼の前にあるけれど、それをつい見過ごしてしまう些細な事実、その重要性に気付いた時、貴方は研究者にも、ベンチャー企業家にも、敏腕な行政マンにも、優秀なバイヤーにもなれるかもしれません。

例えば、皆さんは毎日、JRとバスを使ってKSCに来られる。その時、ちょうど今頃は、水をはった田んぼが目につくでしょう。しかし、しかし、どなたも田んぼで働いている姿を見ない! それにお気づきになりますか?

これは大都市近郊農業地帯として(=公共交通で大都市圏に通勤できる範囲)、農家の方々は第2種兼業農家(農業以外の仕事(会社勤めなど)で収入を得ている農家のうち、農業での収入が、全収入の50%以下の農家で、世帯員中に1人以上の兼業従事者がいる農家;Wikipediaより)として、月~金曜日は会社等に出勤、土日に農業をやるという形が多いからかもしれません。

そうなると、金曜日の帰りのバスで目に入った乾いた田んぼが、月曜日の登校時のバスから見ると、いつの間にか水が張ってあったりするのも、理解できるかもしれません。これを「三田市の農家」についての仮説とします。あくまでも“仮説”に過ぎません。

そしてこの仮説をなりたたせているであろう前提を考えます。それは、(1)化石燃料(=石油)を大量に消費しての機械化=現代農業によって、土日だけで稲作ができる(その結果として、稲作に特化してしまう)。そして、(2)JR福知山線の電化・複線化による大都市圏への通勤可能圏の拡大によって、第2種兼業農家が増えた。

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そう考えてから、では、本当のところ、三田の農家の実態はどうなっているのかな? と調べてみる(いや、何がなんでも、調べてみなければいけません)。

そこで便利なのはとりあえず、Webを“検索”することです。「三田 兼業農家」というたった二つのキーワードでGoogleで検索すると、「市町村の姿」-兵庫県三田市」というページが出てきます。それを開けば、三田の農家は専業農家232戸、第1種兼業農家は163戸、第2種兼業農家は1404戸とあり、つまり、78%が第2種兼業農家なのです。

ちなみに、三田市の人口で農家人口が占めるのは8.1%。大部分は非農家なのです。なお、このデータは農林水産省「2005年農林業センサス」によるものと、ページの片隅に書いてあります。かならず、何年の統計なのか、チェックして下さい。そして、レポートには明記して下さいね(それがないと、資料の意味がなくなります;なお、農林水産省の農林業センサスのHPのURLはhttp://www.maff.go.jp/j/tokei/census/afc/です)。

次に、「市町村の姿」のページの「水田率」を見ると、92.8%です。つまり、三田の耕地の大半は水田なのです。多くの農家では、上記のように、機械化が可能な稲作に特殊化しているのかもしれません? ちなみに、水稲の作付面積は1160ヘクタールで、収穫量は5890トン、ということは1ヘクタールあたりの収量は5.08トン!

講義(「自然環境論」や「ヒューマン・エコロジー入門」)で1ヘクタール当たり5トンと皆さんに教えていたのは、嘘ではなかった!と、教員としては、ちょっとほっとするところです。

その一方で、農業産出額総計31億6千万円のうち、米は14億4千万円で、45.5%を占めるにとどまります。

ということは、皆さんおわかりですね、「専業農家」の多くの方が依存しているであろう畜産=肉用牛(すなわち三田牛)と酪農がそれぞれ4億7千万円(14.9%)と3億6千万円(11.4%=意外に、生乳の生産が高い)を占めているのです。そして、都市近郊農業としての野菜が4億5千万円(14.2%)。

ということで、三田の農家はたぶん、牛や野菜も手掛けている専業農家と、米作に特化した兼業農家に分かれているのではないか、というのが1ページのWebから浮かび上がります。でも、これは本当か? ここでも、あくまでもWebの資料からでっちあげた仮説に過ぎません。そこで初めてフィールドワークになるわけですね。

実際のところは、事情を知っている地方自治体の方や、農協の方、そして肝心の農家の方にヒアリングしなければわかりません。ここでは、そこまで深入りする余裕はないわけで、あとは皆さんのお仕事になります。

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こうした日本の農業、つまり専業農家が兼業農家に変わっていくというのは、高度経済成長期からずっと進行してきたことでもあります。

例えば、「高畑ゼミの100冊Part9;食について#2『江戸たべもの歳時記』そして『仰臥漫録』(2009/12/21 投稿)」でも紹介した『富士日記(書籍番号#53)』の1967年7月11日の項には、武田家の別荘がある富士山麓の管理所の中年婦人が、筆者の武田百合子にまくしたてます(その女性自身が管理所に勤めていて、副業をしているわけですが)。

結局、一家のうち、サラリーマンとなって定収入を持っている人が一人はいて、後は野良(註;農作業のこと)をして、それも自分のうちで喰う分と、余れば出すという位作っているのが安気(あんき)だねえ」「何ていっても、サラリーマンが一番!! 能がなければ能がないように安月給をもらってくれば、それはそれなりで、やりくりして暮らせる。頭のいいもんは事務をやればいいし、悪いもんは土方だって、男は千五百円、女は千円とれる。旅館のアルバイトなら女でも千二百円で、食事付き、昼寝付き、おやつ付き、風呂付きで、大切に雇ってくれる世の中である。田畑を人に貸して雇われに言った方がいい。一日千円の日当で畑を作って、今年の野菜の安値ではなあ。雇われていった方がよい

高度成長期まっただなかで、かつて中農養成を主張して農業政策で挫折した民俗学の祖柳田國男先生の思いにも関わらず(「高畑ゼミの100冊Part4;柳田國男と宮本常一(2009年11月14日投稿)」を参照)、そして、農工間の所得格差の是正を目指した農業基本法の主旨にもかかわらず、大多数の農家が選んでいった道の本質が浮き彫りになっているようですが、それは同時に長らく自民党政権を支えた基盤でもありました。

このように『富士日記』は、かつての日本を彷彿とさせるまたとない貴重な資料です。卒業論文ぐらい、いくらでもテーマが転がっているでしょう。

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それでは、皆さんの将来を考えて、このテーマからどんなことが派生するか、考えてみましょう。

  • 仮題1:地方自治体に勤めた場合:その市町村の農業地域の将来性は? 農業から別の業態に変化させるべきか? 将来の人口動態は?
  • 仮題2:JAバンク等の)金融機関に勤めた場合:三田の農業の将来はどうか? 農業人口は今後どのように推移するか? 農家に融資する場合、どんな対象に融資すべきか?
  • 仮題3:農機具あるいは肥料農薬・種苗会社(タキイサカタ等)関係のメーカーに就職した場合:三田の農業の将来次第で、農機具メーカーとしてマーケットであり続けるか? それとも? あるいは穀物メジャー(カーギル等)に就職した場合?
  • 仮題4:小売り・卸売業界に就職した場合:農業地帯でのマーケットしての将来性は? どんな商品が今後も売れていくか?
  • 仮題5:IT系に就職した場合:こうした大都市近郊農業が生き残りをかけて、消費者と直接取引するような場合に、どのようなWebページを作るべきか?

ここまでくれば、リサーチ・レポートも形ができてきそうです。

さりげない事実 → 気付き → Webや書籍での調査 → 仮説(序=イントロダクション) → 調査・仮説検証(リサーチ、リザルツ) → 現状を改善するための具体案作成(プロボーザル、ディスカッション)

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それでは、どうすれば、物事のつながり=連関性をつかめるのか? この肝心なところが、実はもっとも難しいわけです。

その解決策の一つは、やはり“理論”の重要性に気付くことですね。ということで、Part2は、“理論”についてのお話にしたいとおもいます。to be continued・・・・・Part2Part3、さらに番外編

統計学の奨めPart2:近代的統計の発達:“大数”の法則=とくに、保険業界に興味がある方に

2010 5/8  総合政策学部の学生・院生の皆様へ

 統計学の奨めPart1(「統計学の奨めPart 1:なぜ“統計”などというものを勉強しなければならないのか?(2010/04/26 投稿)」に引き続き、統計を紹介しましょう。

 先回、総務省統計局のHP(http://www.stat.go.jp/info/kenkyu/kyouiku/pdf/1siryo3.pdf)から、「統計」に三つの源流があり、(1)国の実態をとらえるための「統計」、(2)大量の事象を分析するための「統計学」、そして(3)「サイコロ賭博の問題」をベースにした確率論があるという話を引用しました。

 もちろん、(1)については、国家がそもそもすべての「統計」を抑えられるか? 疑問がわきます。

 先日、2003年度の卒業生(女性)で、企業で何年から働いてから海外青年協力隊に志願、南部アフリカのマラウイで2年間、医療機関でエイズ予防等に携わってきた方と数年ぶりにお会いしました(イギリスかアメリカの大学院に進みたいので、奨学金の推薦状を書いてほしいという相談です)。

 その方によれば「アフリカの医療統計はとても信じられない、まず、マラリア患者の数は絶対に実態にあっていない」。

 「実際の患者数は統計の半分ぐらいだろう-向こうの医者は、熱がでている患者には、ととりあえずの安全策でマラリア薬を処方するので(=その結果、他の病の患者でも統計上でマラリア患者にカウントされてしまう)」とおっしゃていました。

 この他にも、地下経済密輸出入等も統計からこぼれおちてしまう(昔、タンザニアでは対ドル交換レートが、正規のレートと闇レートで5~6倍も違っていました。これが8倍以上になると、その国にクーデターが起きる確率が高くなる、などという怪しげなことをどなたかからか聞いた記憶もあります)。

 しかし、そんなことばかり言っていても、何もできません。ただ「Web等の情報を盲信しないでね!」というだけのことです。

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  それでは、(2)の例=大量のデータを処理していくための統計学の発展を、皆さんの身近なところから少し紹介してみましょう。『基礎演習ハンドブック』第6章の亀田先生ご担当の「スキルとしての統計」をご参照ください。

 例としては「生命保険」を取り上げるのがよいでしょう。皆さん、あの保険の掛け金はどうやって決まっていくのでしょう? ご存知ですか?

 近代的な生命保険としてもっとも古いものを探すと、17世紀のイギリス、セントポール寺院の牧師さんたちが自らの葬式代を賄うために、お互いにお金を出し合たのが始まりだそうで、「香典前払保険・香典前払組合」と呼ばれました。

 これは、日本では「講(こう)」あるいは「無尽講」と呼ばれる相互扶助制度が近いと思います。

 ところが、この制度はうまくいかず、10年たらずで挫折します。また、同じ頃にできた「孤児と未亡人の生活を保障する組合」もあえなくつぶれます。それは、“統計”の概念が未発達だったからです。

◆ちなみに、アフリカの大都市では、故郷から青雲の志をもって都会に出てきたものの、ストリート・ピープルのまま、異郷に客死した同郷人の遺体を、懐かしい故郷におくりかえすべく、同じ民族出身者たちがお金をだしあうことで、都市における民族社会が形成される、これが私の知り合いの京都大学の社会学の教授のお仕事です(松田素二『都市を飼いならす-アフリカの都市人類学』書評にhttp://www.nansenhokubasha.com/review/review9.html)。どの世界も同じなのです。

 この間の詳しい事情については、“生命保険文化センター”のHP(http://www.jili.or.jp/school/book/tasukeai.html)に掲載のPDFファイルが説明しています。題して『生命保険物語-助け合いの歴史』(http://www.jili.or.jp/school/book/pdf/tasukeai.pdf)。就活で、保険業界を目指す方は、是非、ご一読を。お役に立つかと思います。

 さて、『生命保険物語』によれば、例えば、セント・ポール寺院の場合、「掛け金」の決め方がわからず、全員に一律の会費を課しました。

 この方法だと、しかし、年若い牧師は(死ぬまでに)何年も払い続けねばならず、一緒の間に支払った掛け金に比して、死後に遺族がいただくお金がみあいません。

 対照的に、高齢の方はすぐにお亡くなりになって支払った分よりも多くを受け取る結果になったため、不公平感が生じたというわけです。

 これは「孤児と未亡人の生活を保障する組会」でも、その後にできた「アミカブル・ソサイエティー」でも同じで、運営がうまくいきません。

 といことは、結局、年齢にあわせて掛け金に差をつけなければいけないというわけです。しかし、“統計”がないと、その差をどうやって計算してよいかわからないというわけです。

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 『生命保険物語』によれば、年齢制限にひっかかって「アミカブル・ソサイエティー」への入会を拒否された数学者ジェームズ・ドドソン(1710~1757)は、その反発から、この不公平感をおぎなうために制度の改善に志します。

 その際、ベースにしたのが、半世紀以上も前の1663年に発表されていた天文学者(ハレーすい星の回転周期の発見者!)・数学者であるハレーの「終身年金」に関する論文なのです。 

◆ハレーの論文(An Estimate of the Degrees of the Mortality of Mankind; 1693)のファイルが公開されています。卒業後、保険業界に就職したい方は是非ご覧ください:http://www.pierre-marteau.com/editions/1693-mortality.html

 ハレーはこの論文の中で、住民の死亡記録が残っているドイツ(現ポーランド)にある都市ブレスラウ(ドイツ語、ポーランド語でヴロツワス)の記録に基づいて、死亡年齢を統計的に解析します(Wikipediaより)。

 今日「大数の法則」と呼ばれていますが、資料の数が十分に多くなれば、一人ひとりのばらつきは消えていき、集団としての統計的な平均値に近づいていくことになります=「経験的確率と理論的確率が一致する」。ということで、今回のテーマ「大数の法則」にたどりつきました。

 そこで、「ブレスラウの住民1000人が何歳頃に亡くなったか?」を表にまとめたのが生命表(ハレーの頃は「死亡表」と呼んでいました)、それを曲線にあらわしたのが生存曲線となります。

 この結果、ハーレーはブレスラウの住民が何歳頃に死ぬか予想することに成功、イギリス政府はこれにもとづいて、「各年齢ごとに保険料を払う者の人数と亡くなる(保険金を受け取る)者の人数が推定」して、死亡する確率に応じて保険料に差をつけるようになります。

◆ハーレーによる世界最初の生命表(死亡表)のURL:http://www.york.ac.uk/depts/maths/histstat/images/halley_table.gif 

 ドドソンはこれを生命保険に応用したことになります。

 『生命保険物語』によれば、「ドドソンは『ハレーの死亡表』の理論をもとに、年齢別の死亡率に応じた保険料(自然保険料)を算出しました。しかし、これでは年をとるにつれ、保険料はうなぎ上りにどんどん高くなってしまい、このままでは保険に入りたくても保険料が高くて入れません。そこでドドソンは、この1年ごとでうなぎ上りの保険料を20年・30年の長期間分を集計して、各期間の保険料を平均した平準保険料というものを算出したのです」と説明しています。

 もっとも、ドドソンは生命保険制度設立の申請が認められず、死亡してしまったそうです。

 彼の死の5年後、1762年、ようやく近代的生命保険組合「エクイタブル[公正な]・ソサエテイー」が設立されたというわけです。

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 ここまで述べてくれば、皆さんもおわかりになると思いますが、要するに、多数の資料を集めて、それを一定の方法で分析すれば、全体的な傾向が読み取れて、平均的「人生」はそれに一致する。

 これが、この方面の仕事で統計を使う際の原則と言えます。

 したがって、統計は少数例が苦手です。当たり前のことですが、資料に十分な数がないと、予測しにくい。だから、リサーチ・フェアなどで発表する際は、アンケートの数をできるだけ増やしてください(せめて300あれば!!)。

 また上記の結果は前提があります。つまり、集団のメンバー間には重大な差がないというのが前提です。実は、これほど怪しげなものはない。

 例えば、喫煙する方のグループが、非喫煙者のグループよりも死亡率が有意(統計的に意味があるぐらい)に高ければ、二つのグループで算定を分けた方が良いかもしれない。

 このようにもし高死亡率のグループと低死亡率のグループを分けることが可能ならば、それぞれで掛け金を計算する、ということも必要になってくるわけです。

◆それでは、喫煙する方と非喫煙者の間に差があるのか、ちょっとWebを探してみると、厚生労働省のHPに「40歳からの余命」という基準で統計情報が載っています(http://www.health-net.or.jp/tobacco/product/pd160000.html)。男性で比較すると、喫煙者の方は40歳からの余命が平均38.6歳、喫煙をやめた方が40.4歳、非喫煙の方が42.1歳で、3.5年の差があるということです。

 このように保険業界につとめて、“保険”の仕組みを勉強するのも、“統計”あってこそ、ということになり、話題はいくらでもつきません。

 ということで、“統計”の項もto be continued・・・・・・(統計学の奨めPart3へ)といたします。

ギリシア悲劇とその変奏Part1:高畑ゼミの100冊番外編

2010 5/3

 以前投稿したブログでも演劇に触れたものがありましたが(例えば、「高畑ゼミの100冊Part14;“20世紀現代演劇”について;“うんこったれ!”から、“考えたりするには頭がよすぎるのです”まで(2010年4月9日投稿)」、ここではヨーロッパ演劇の原点の一つ、紀元前530年ころに古代ギリシアで始まり、紀元前480年ころに絶頂に達して、ヘレニズム期に衰退するギリシア悲劇(あるいはそれも包含したギリシア神話)について紹介したいと思います。

 第一厚生棟の2階の書籍売り場でも、文庫本でギリシャ悲劇が並んでいます。皆さんには是非お薦めたいところです。

  それでは、お前はギリシア悲劇(神話)のストーリーで、何が一番好きかと言われれば、まず、“カッサンドラ”の悲劇をあげなければなりません。

 現代イタリア語では「不吉、破局」を意味するという「カッサンドラ」という名の女性の物語です。彼女はいにしえの都トロイア(イリオス)の王女で、ギリシアの神々の一人アポローンに恋されます。そして、アポローンの愛に応える代償に未来がわかる能力=予知能力をねだります。

 しかし、これはあまりに人知を超えた振る舞い(皆さんは、けっして欲しがってはいけません)、予知能力を授かった彼女は同時に「いずれアポローンが自分を捨てる」ことも知ったため、アポローンの愛を拒みます。その報復に、アポローンはカッサンドラに一つの呪い、それは「彼女は確かに未来を予見できるが、それを他の者は決して信じない」という宿命を宣告します。

ソフィア・ローレンリチャード・ハリスバート・ランカスター主演の映画『カサンドラ・クロス』(1976年公開)は、細菌兵器の存在を抹殺するため、アメリカ軍情報部が、細菌に汚染された列車を1000名の乗客ごと、30年前に廃線になって老朽化した鉄橋から転落させて、事実を隠ぺいしようという筋書きのパニック映画のはしりですが、この“カサンドラ”はもちろん上記カッサンドラに由来します。“The Cassandar Crossing”という原題は、「破局を呼ぶ橋」というような大意でしょうか。

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 アポローンの呪いは凄まじく、その後ギリシアとの間で勃発したトロイ戦争では、アガメムノン率いるギリシャ軍に包囲された時も、トロイアの木馬等についての彼女の予言は何の効果もなく、トロイアは滅亡。彼女はギリシアの将小アイアースに神殿でレイプされ、アガメムノンの奴隷としてギリシアに拉致されます。

 しかし、10年にもおよぶ夫アガメムノンの不在の間、かつてアガメムノンがトロイアに勝つために神々に生贄として捧げた娘イピーゲネイアーの非業の死を怨み、アイギストスと不倫の関係を結んだアガメムノンの妻クリュタイムネーストラーは娘の復讐を誓い、アガムノンとカッサンドラを殺します。

 カッサンドラは自らの死をも予知しているのですが、もちろんアガメムノンはそれを信じることなく、彼女と一緒に妻に殺されます。

◆アガメムノンがギリシアの勝利のため、愛娘イピーゲネイアーを殺して神々にささげるストーリーは、後世の劇作家ラシーヌの『イフィジェニー(フランス語読み)』等にとりいれられています。Wikipedia では、英雄アキレウスとの婚儀という嘘で呼び出され、ギリシアの勝利のため、女神アルテミスへの生贄を宣告されて「悲嘆に暮れ、並み居る勇者たちに娘の助命を願い出るクリュタイムネーストラーに対し、イーピゲネイアは王女の務めとしてわが身を捨て国のために生贄となることを承諾する。気高い王女は婚礼の衣装を身に着けたまま、祭壇で命を落とした」とあります。

 このように筋書きを紹介していくと、(ほんの)あらすじを書きつけているだけなのに、息が切れてきそうです。とくに、イピーゲネイアーとカッサンドラの対比は! 時々思うのですが、古代ギリシア以来、芸術という点については、我々はどれほど進歩したと言えるのでしょうか? 以下は、自らの運命を悟り、死への道を進もうとするときのカサンドラとコロスのやりとりです。

  • カサンドラー:(ふたたび決然として歩を宮門のほうへ向ける)でも行きます。たとえ館の中で身のさだめ、またアガメムノーンの運命を嘆き泣くことになろうと。生きた日はもう十分でしょうもの、ねえ、皆さま方、けっして私は鳥みたように、恐ろしさから茂みを甲斐もなく怖がるのではありません。だがこの証人に、私が死んでから、立って下さい。女である私の(死の)ために、ある女が死に、悪い妻をもった男のために、他の男が死んだときには、今死のうというとき、これ、この務めを、皆さんにお願いします。
  • コロスの長:ああ気の毒な、痛ましいのはお前の予言の、死の運め(さだめ)だ。
  • カッサンドラー:もう一言だけ言いたいこと、私はけして、自分自身の挽歌を歌おうとは思いません。ただ太陽に祈るのです。この最後(いやはて)の日差しに向かって、敵を打ってくれる人らが、敵の者に、私を殺した負債(おいめ)をいっしょにはたり取れるよう、-死んでいった女奴隷への、造作もなく手にかけられたものへの負債を。
  • コロス:ああ、はかないのは人の世のわざ、幸せといわれるものさえ、
  • 影でもさせば、変わってしまう、ましてや不運とでも言われれば、
  • 濡れた布巾の一と打ち二た打ち、たちまち消える画にそっくり、
  • これこそあの人たちの運め(さだめ)よりなお、いっそうにいたましいこと。
  •           (呉茂一訳「アガメムノーン」『ギリシア悲劇全集Ⅰ』人文書院より)

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  さて、ギリシア悲劇でカッサンドラのストーリーに対応するのは、まず、三大悲劇詩人の最初の一人、アイスキュロスの『オレステイアス3部作』(紀元前458年前;現在から2500年も前!)の第1作『アガメムノーン』 です。

 この物語の筋書きは、上記で説明したとおりですが、その基本は男性原理(ギリシアの栄光を一身にになう総大将として娘も犠牲にしなければならないアガメムノン=父親)と、女性原理(戦いで娘を犠牲にすることなど想像を絶するというクリュタイムネーストラー=母親)のせめぎあいとも言えるでしょう。クリュタイムネスーストラーは、夫とカッサンドラーを手にかけてから、王の死を嘆くコロスに決然と言い放ちます。

  • コロス:ああ、ああ、われらの殿よ、殿よ、
  • どのように 御身の上を嘆き泣こうぞ、(略)
  • 謀略(たばかり)の非業に伏し、おのれの妻の
  • 手からして、両刃(もろは)の利器(えもの)に死を遂げるとは。
  • クリュタイメーストラー:いえ、この人に自由を欠いた死にざまが・・・・
  • あろうとは考えません。・・・・
  • だって、この人がまず謀略(たばかりごと)のひどい所業を
  • 家の者たちに向かってやったのではありませんか。この人と
  • 私とのあいだに育った若枝、あの嘆いてもなげききれない
  • イーピゲネイアに あれだけのことをしたからには、
  • その当然の報いを受けたからとて、けっして冥土に行ってから
  • 大きなことを言ってもらいたくないわね、剣の刃にかかって、
  • 死でもって、自分が先に犯した罪の、償いをしただけですもの。
  •                      (同上)

 こうして、3部作の第1作では、カッサンドラの予言はもちろんアガメムノンの信じるところとはならず、二人は虚しく殺されていきます。しかし、もちろん、話はこれではおさまりません。

 アガメムノンの残された子供たち、姉のエレクトラ(=精神分析の始祖フロイトが提唱した“エレクトラ・コンプレックス”の語源です)と弟のオレステイアスは、第2作『供養する女たち』で、母クリュタイムネーストラーに冷遇されたこともあり、父親の死への報復を誓います。

 ここで問題になるのは、母系原理(母親の行為を認めるか)対父系原理(父親に対して犯された犯罪を清算させるか)かもしれません。様々な思いを経て、オレステスは母親とその情夫アイギトスを殺し、「父の怨みを晴らし」ますが、それは同時に「母殺し」の大罪を犯すことであり、彼は狂気に襲われます。

◆心理学に詳しい方はもちろん先刻ご承知と思いますが、エレクトラ・コンプレックスとは「女児(=エレクトラ)が父親(=アガメムノン)に対して強い独占欲的な愛情を抱き、母親(クリュタイムネーストラー)に対して強い対抗意識を燃やす状態(Wikipedia)」を指します(もちろん、ギリシア悲劇のエレクトラは父に性的愛情を持っているわけではありません。フロイトがたとえに使っただけです)。

 それに対して、後述のエディップス・コンプレックスとは「母親(イオガステー;後述)を確保しようと思い、また父親(ライオース)に対して強い対抗心を抱いて、アンビバレントな心理を抱く状況(Wikipedia)」ですが、こちらもギリシャア悲劇はいわばたとえに使われているだけです。この二つのコンプレックスはいわば対概念で、近親相姦のタブー(インセスト・タブー)をめぐるフロイトの理論のベースをなしています。

 そして第三部『慈しみの女神たち』はいわば裁判劇(あるいは今はやりの“修復的司法”かもしれませんが)として、オレステスの母殺しについて弁護するアポローン=弁護人と、咎める神「復讐女神エリーニュース」=検察官の間の論争を、アテナーイ市民が陪審員として判断、有罪・無罪同数になります。

 そして最後にアテーナイ女神による裁定で、オレステイスの無罪が宣告され、この一連の悲劇の幕が閉じる、これがギリシア悲劇最高傑作群の開幕をつげる『オレステイアス3部作』です。どうですか、学生の皆さんは、この裁判に“裁判員”として召集された場合、どんな判決を下すでしょうか?

 なお、現代映画でもこのモチーフは、ビスコンティ監督の『熊座の淡い星影』(ソフォクレスの『エレクトラ』がベース)、アンゲロプロス監督の『旅芸人の記録』等に繰り返し使われています。

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 ここで、ギリシア悲劇の“構成”にも注釈を加えておきたいと思います。

 ギリシャ悲劇の初期の段階は、主役(仮面をつけています)と舞踊合唱隊(コロス=英語のコーラスの語源)のやり取りから始まります。ちょうど、日本のがシテ(為手/仕手=主人公)とワキ(=脇役)、そして囃子で構成されるようなものです。なお、このコロスが登場する場所がオルケストラ、つまりオーケストラの語源です。

◆かつて三大悲劇詩人たちが競争したアテナイのディオニューソス劇場の写真のURLは右の通りです。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Theatre_of_Dionysus_01.JPG

 そして、主役は初めは一人=つまり、抒情詩を一人で語り、それに劇の背景や説明をおこなう合唱隊(コロス)が応えて、ストーリーが展開していくものだったのですが、アイスキュロスの段階で2人(能でのシテとワキ)のやり取りが加わり、さらにもう一人が加わる(能だと、シテ+ワキ+ワキツレ)となって、いわゆる“演劇”へと発展していきます。

 なお、役者を3人に増やしたのが三大劇作家の最後の一人、エウリピデスだそうです。これにともない、コロスの重要性はだんだん低下、やがて“背景”的なものになっていきます。

◆仮面を描いたモザイク図のURLは右の通りです:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:TragicComicMasksHadriansVillamosaic.jpg

   ちなみに、この仮面を“Persona(ペルソナ)”と呼びますが、それが回りまわって英語の“Personality(パーソナリティ)”になったという説が有力です。そして、このパーソナリティを明治期、哲学者の井上哲次郎が“人格”と訳します。

 つまり、人格は人が秘かにかぶっている“仮面”ということになるかもしれません?! (なんとなく、納得しますね) そのあたりに着目したのが精神科医・心理学者のカール・グスタフ・ユングで、彼は人間の外的側面をペルソナと呼ぶことを提唱します。この結果、日本では、パーソナリティとペルソナ、この二つの言葉を使い分けるのが普通です。

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  そのギリシャ悲劇の中でも、もっとも完成度が高いのはソフォクレスの『オイディップス王』(紀元前429-425年頃上演)、そしてその後日談『アンティゴネー』(紀元前441年上演)でしょう。アイスキュロスもそうですが、ソフォクレスの劇に通底するモチーフは、人間の悲劇的運命は変えられないが、その運命に悲壮にあらがい(そして、死んでいく)姿こそが、人々の心を打つというものです。

 フロイトの“エディップス・コンプレックス”の語源となった、テーバイ(テーベ)の王オイデイップスはテーバイを襲う疫病の原因を、為政者としてつきとめるべく、「先王ライオースを殺した犯人をつきとめる」べく全力を尽くします。

 その結果わかったことは、実は、その犯人とはテーベにたどりつき、スフィンクスを退治して、王に遇される前の自分自身であること、殺した王は自らの(生物学的)父親であること、そして、戴冠後にめとった先王の妻とはすなわち自分の母親(=近親相姦)であることです。つまり、意識せぬまま行ったとは言え、自らの「父親殺し」と「母親との近親相姦」こそが、今テーバイに降りかかる災難の原因であることに、気付かされるのです。

◆テーバイの町のはずれで、旅人に謎かけをして、応えられない旅人を殺して食べていたスフィンクスの謎かけこそが「朝は4本足、昼は2本足、夜は3本足。これは何か?」というもので(Wikipedia)、オイディプスは「それは人間の赤ん坊、大人、老人を指している」と答えて、スフィンクスを自殺に追い込みます。

 最初はまったく疑わなかった自分自身の行いについて、目の前に次々に明らかにされる事実によって、事態がおぼろげながら妻にして母のイオカステーにわかりかけてきます。彼女は必死に我知らず破滅への道をたどろうとする夫にして息子のオイデイップスをとめようとします。

  • イオカステ:お願い申します、命が大切なら、この詮議はおやめなされませ。私の苦しみだけでたくさんでございます。
  • オイディプス:懸念には及ばぬ。たとえおれが三代続いた奴隷を母とする者であっても、そなたは卑しいみぶんということにはならぬわ。
  • イオカステ:いえ、どうぞわたくしの言うとおりにして下さいませ。これはおやめなされませ。
  • オイディプス:いいや、このことを突き止めぬわけにはゆかぬ。
  • イオカステ:あなたのおためを思うて、いちばん良い事をお勧めしているのでございます。
  • オイディプス:それでは、そのいちばんよいことが前からおれを苦しめているのだ・
  • イオカステ:おお、不幸なお方、ご自分の素性をけっしてお知りになりませぬように!
  • オイディプス:誰か行って、かの牧場番をここにつれて参れ! この女には勝手に貴い生れを喜ばせておくがよい。
  • イオカステ:おお、哀れなお方! わたしが申し上げられるのはこれだけ、これが最後でございます。
  •        [と宮殿内に走り入る=註:既に真実に気づいているイオカステは自死を選びます]
  •                         (高津春繁訳『ギリシア悲劇全集Ⅱ』人文書院より)

 しかし、このあとで繰り広げられる告白に、次第に“真実”に目覚めざるをえなくなった時、“現実”に耐えきれなくなったオイディプスは自らの眼をえぐりだし(=外界との情報を絶って)、王位を捨ててテーバイを去ります(イオカステーはすでに自殺しています)。

  • (オイディプス)おおすべてが明らかとなったようだな。おお、光よ、これがお前の見おさめだ、生まれるべきでない人から生まれ、交わってはならぬ人と枕を交わし、害すべきでない人の血を流したこのおれの! [宮殿内に走りこむ]

 このあとを、コロスの合唱が舞台に響きます。

  • おお、人の子の代々、
  • はかなきは命。
  • 誰かある、誰かある
  • 幸いを得し者。人みな
  • 幻の幸を得て、
  • 得し後に墜ちゆくのみ。
  • なが定めこそそのためし、
  • なれが、なれが定めこそ。おお幸薄きオイディプス
  • 人の子にはことほぐべき者なべてなし。
  •             (同)

 しかも、悲劇の連鎖はこれでは終わりません。次のストーリーとなる傑作『アンティゴネー』でも、過酷な運命に逆らう人間の姿が描かれるのですが、それはto be continued・・・・・としましょう(アンティゴネーはエディップスとイオカステーの間に生まれた娘です)。

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 ギリシャ悲劇あるいはギリシア神話は、その後、多くの劇作家にインスピレーションを与え続けます。17世紀、ルイ14世の絶対王政下に数々の傑作をものにしたラシーヌに『アンドロマック』、『フェードル』がありますが、このあたりも稿を改める必要があるでしょう。

 そこで、ここで最後に紹介するのは現代フランスの実存主義作家にして思想家、ノーベル文学賞辞退者のサルトルによる現代的ギリシア悲劇『蠅』です(1943年初演;以前「高畑ゼミの100冊Part14;“20世紀現代演劇”について;“うんこったれ!”から、“考えたりするには頭がよすぎるのです”まで」で紹介したカミュの『カリギュラ』とほぼ同時代)。

 これは、上記、アイスキュロスのオレステス3部作をベースに、人々の心まで操ろうと権謀術策を繰り広げる神ゼウスと、近代的人格を背景に、“母殺し”に“神の恩赦”など必要なく、自らの行為に対する批判・呪いはすべて一身に引き受けようとするオレステスの対決がクライマックスとなっています。

 一連のやりとりの後で、ゼウスはそういう人間=“神を必要としない者”があらわれるのはわかっていたとつぶやきます。

そうか、オレステス。そのことはみなわかっていた。ひとりの人間がわしなる神の黄昏を告げにやってくるはずであった。それがおまえか? 昨日、若い娘のようなおまえの顔を見て、いったい、だれがそれを信じようか!」(石沢秀二訳)

 しかし、彼も神々の中の神、神の力はまだ衰えきってはおらず、その呪いを受けるがよいとばかりに宣言して、退場します。

こう夢見るが良い。わしの王国はまだ終わりを告げてはいないとな。いや、終わるどころかその逆だ-わしは戦いをなげようとはせんぞ。わしにつくか、反抗するか、よく考えるがいい

 そして、エリーニュースの呪いを受けながら、オレステスがテーバイを去るところで幕が下ります。

プロフィール


高畑由起夫
◆研究分野:生態学、自然人類学、霊長類学 ◆研究内容:主な研究対象はニホンザルやチンパンジー、ワオキツネザル等ですが、潮間帯の巻貝類や水生昆虫、カラス等も調べたことがあります。霊長類学の視点で、近縁...