高畑ゼミの100冊Part16:ジュディの読書案内(『あしながおじさん』に見る20世紀初頭のアメリカ女子大生の読書から#1)

2010 6/1 総合政策学学部の新入生の皆様へ

 今回は「高畑ゼミの100冊Part7;芸術家たち『アリス・B・トクラスの自伝』等(2009/12/19投稿)」ですでにご紹介済みのJ・ウェブスター原作『あしながおじさん』(書籍番号#43)から、孤児院育ちで「あしながおじさん」の援助を受けて大学で学ぶことになるジルーシャ・アボットこと、ジュディの読書体験を振り返りながら、アメリカ女子大学における教養教育に迫りましょう! なお、作者のウェブスターは1897年にヴァッサー大学に入学していますから、19世紀末から20世紀初頭の女子大学教育と思ってください。

  ちなみに、ヴァッサー大学は1861年設立、アメリカの典型的リベラル・アーツカレッジで(もちろん、教養学部しかありません)、著名女子大学群グループのセブンシスターズの一員だったそうですが、1969年に共学化、現在も最難関校の一つだそうです(大山捨松メリル・ストリープ等が卒業、故ケネディ大統領夫人ジャクリーン・ケネディ・オナシスが一時在籍[ソルボンヌを経て、ジョージ・ワシントン大学を卒業])。

 Wikipediaでも、『あしながおじさん』について、「手紙の中の学生生活は20世紀初頭のアメリカの女子大学生の生活を記した資料としても読むことができる。作者のジーン・ウェブスターは孤児院や感化院の近代化に興味を持っており、それと自らの経験とがこの作品には生かされていると考えられる」と書かれています。つまり、資料として読めば、文化史的レポートの材料になるわけです。

 例えば、「『あしながおじさん』にみられる19世紀アメリカの養子制度」とか、「『仰臥漫録』における明治期文化人の食生活の研究-とくに洋食の受容について」とか、「『サミュエル・ピープスの日記』 における、イギリス近代官僚制の萌芽」とか、「『白ナイル』から読み解くイギリス帝国主義のアフリカ進出」とか、いくらでもレポートのテーマが出てきそうですね。

 と思ってGoogle Scholarという学術論文検索エンジンで調べてみると、例えば、ピープスの日記は「19世紀イギリスにおける貨幣理論の発達」と「『ハイド・パーク』におけるセクシュアリティ表象の双方向性について」「文学ゆかりのコーヒーハウス~ドライデンとウィルズ」等の論文で資料として使われています。それなら、ピープスと官僚制について議論しても十分よさそうです。ということで、以下、どのように文化史的なレポートを書くか、というインストラクションとしてもお読み下さい。

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  ジュディの読書は、実はちょっと複雑です。孤児院で基礎的教養を身につける機会がなかった彼女は、一般常識ももたないため、とりあえず、空いている時間のかなりを一般書に振り向けます。その一方で、授業では、日本の漢文よろしくラテン語の授業もとらねばいけません。これはローマ時代の古典です。また外国語としてのフランス語、そして、もちろん、一般の教科書。

◆ある日のジュディの手紙「10月10日 あしながおじさま あなたはミケランジェロのことをお聞きになったことはおありでしょうか? 彼は中世紀にイタリアにすんでいた有名な画家でございます(略)私は彼を天使長(アーキエンジェル)のことかと思ったのでクラスじゅうが大笑いいたしました。(略)大学でやっかいなことは、自分が習ったこともないことをいろいろ知っているのが当然だと思われることでございます・・・・」(松本恵子訳、新潮文庫版

 さて、ジュディはそれでは何を勉強していたのか? この10月10日の手紙の後半に、いくつか書いてあります。まず、「(1)ラテン語=第二次カルタゴ戦争ハンニバルとその軍隊は前夜トラシメナス湖畔に野営、ローマ軍に備えて伏兵を配置す。今暁4時、戦闘開始、ローマ軍後退す

 残念ながら、書名が書いてありません。ラテン語ですから、ティトゥス・リウィウスの『ローマ建国史』かもしれませんし、プルタルコスの『対比列伝』(通称『英雄伝』;書籍番号#75)かもしれません。ほら、尾藤先生が「総政100冊の本・書評編」でご推奨の『プルターク英雄伝』です。なお、プルタークとはギリシア語のプルタルコスの英語読みです。

 尾藤先生のご推奨の文は「(1)個性的な実在の人物を歴史的場面の中で描いているわけですから、ともかく面白いです。(2)人生の教訓を学ぶのに役立ちます。これからの人生が定まっていない若者にとって、時代が異なるとはいえ人間社会は変わりないですから、彼らの生き様を知ることは、特にためになるでしょう。(3)欧米の人たちにとっては、この本に描かれた人物や歴史上の出来事は一般的な教養であり、いわば常識化しています。これから海外で活動しようという若者として、欧米人との親しい交流をする上で、この本を読んでいないことは恥ずかしいことでしょう」とのこと。

 まったく同感です。これらの本は欧米の教養として、大学生はみんなが読まされる本なのです。問題はその中身ということになります。

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 このラテン語の教科書が『ローマ建国史』であれ、『プルターク英雄伝』であれ、また、他の書物であったとして、ジュディが読まされた箇所が何をさしているのか、私でも判断がつきます。

 それは第2次ポエニ戦争、はるばるスペインからアルプス超えを敢行、ローマ共和国の心臓部に突撃すべく、カルタゴの知将ハンニバルが、無敵のローマ軍団を続けざまに4度たたきのめす、そのうちの三番目のトラシメヌス湖畔の戦いにほかなりません。紀元前217年6月24日、 濃霧の中を湖畔にさしかかったローマ軍兵力25000人に、周囲を取り囲むべく伏兵を配置しおえたカルタゴ軍の50000~60000人が襲いかかります。

 ローマ軍団は奸知に長けたハンニバルの罠にかかかり、湖畔の隘路にしつらえられた鉄の檻に押し込められ、3時間の戦闘で指揮官の執政ガイウス・フラミニウスも含めて、実に6割の15000人が戦死するという大敗北(逃亡できたのは6000人、後は捕虜となります)。

 ハンニバルの手勢の損害は約10分の1の1500~2000人にすぎません。なお、一般の戦争では、戦闘兵力の3分の1が死傷した場合は、戦闘継続能力を失うといわれています。つまり、戦術的大勝利です。 

 アメリカの女子大の“教養”には“戦争”もはいっているわけです。日本の大学では、しばしば平和を習うが、戦争は習わない。しかし、プルタルコスでもタキツスでも、ヨーロッパの古典は、戦いも裏切りも、要するに善も悪も皆教えてくれる。それが本当の教養なのです。日本の政治家も、明治頃までは漢文で史記とか春秋左子伝などを習っていたでしょうけれど、どうも今の方々はまったくだめなようです。カエサルキケロとは言わないまでも、せめてプルタルコスかタキツスぐらい目を通してほしいものです。そうすれば、追いつめられた修羅場をどうやって切り抜けるか、知恵もつこうというものです。

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 このあと、ハンニバルは紀元前216年、カンナエで5万の兵力で8万のローマ軍に対し、少数兵力で逆に多数を包囲・殲滅するという大勝利をおさめます。ローマ軍の死傷者6万(大半が戦死)、捕虜1万、死者には再び指揮官で執政のルキウス・アエミリウス・パウルスが含まれます。これが、現在でもアメリカ陸軍士官学校(通称ウェスト・ポイント)を始めとするあらゆる将校養成機関で教材になっているという“カンナエ”の戦いです。

 しかし、4度の大勝利にも関わらず、ハンニバルはローマまであと一歩とせまりながら、とどめをさすのをためらう。その時、部下から「神々はただ一人の人物(=ハンニバル)に恩寵を独占させはしない。あなたは勝利をつかむことはできる人だが、勝利を利用するすべを知らない」とののしられます(I・モンタネリ『ローマの歴史』より)。戦闘(=戦術)には無敵でも、その勝利をもって政治的勝利まで勝ち取る(=戦略)ことができないハンニバル。

 栄光と悲惨を経験した彼は、ついにトラシメヌスの15年後、8歳の幼少時に父兄とともに離れた故国カルタゴで、自らの弟子ともいえるローマの大スキピオザマの決戦で敗れます(紀元前202年)。

 このスキピオは18歳の時から、ポエニ戦争に従軍、敗戦を積み重ねて、ついにハンニバルの秘密(ビジネス・プランならぬバトル・プラン)を会得します。つまり、二人は師弟、しかも互いに殺しあいながらの師弟なのです。ちなみに、大スキピオの妻は、カンナエで戦死したパウルスの娘です。

 そのザマの決戦からさらに年を経て、ローマ軍に追われ、亡命の地で、宿命の師弟(敵同士なのですが)が再開します。伝説では、弟子(大スキピオ)は師(ハンニバル)に、「今、もっとも強い将軍はだれか?」と問いかけます。ハンニバルはそれに応えて「まず、アレクサンドロス大王、2番目が戦術の名手エペイロス王ピュッロス[註]、そして次が私だ」と答えます。すると、

スキピオはさらに「もし、ザマであなたが勝っていたら」と尋ね、ハンニバルは堂々と「その場合は、私がアレクサンドロスを越え、トップに立っていただろう」と応じたといわれています。

註:勝利を得ても、出血が多い「割にあわない勝利」を「ピュロスの勝利」と呼ぶのですけれど。これは、「ローマ軍を連戦連勝で撃破したが、戦いのたびにギリシアから遠征してきたピュロスの軍勢は戦うごとに数を減らし、またローマが講和に応じないため、戦勝の慶びを述べた部下に対して、「もう一度戦ってローマ軍に勝ったとしても、我々は全く壊滅するだろう」と言った(Wikipedia)」という故事から来ています。

というあたりで、to be continuedとしたいと思います。

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プロフィール


高畑由起夫
◆研究分野:生態学、自然人類学、霊長類学 ◆研究内容:主な研究対象はニホンザルやチンパンジー、ワオキツネザル等ですが、潮間帯の巻貝類や水生昆虫、カラス等も調べたことがあります。霊長類学の視点で、近縁...

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