芸術家たちPart2:俳優の“我儘”と“憂鬱”後編:歌舞伎の和事、実事、荒事とは?

 2011 5/26 総合政策学部の学生の皆さんへ

 明日は上ケ原関学会館で開催されるリサーチ・コンソーシアムですが、このブログではPart1“俳優たちの我儘と憂鬱”の続編、まずは野郎歌舞伎勃興時の立役(たちやく)のことから話を始めましょう。

  「立役者」の語源ともいうべき立役は、Wikipediaによれば「歌舞伎における尋常な成年男子の役、またその役を演じる役者。ただし芯からの悪人(敵役)、滑稽を主とするもの(道化役)、老人(老役)は含まない」「多く劇中において善人方としてふるまい、白塗りのこしらえをもっぱらとする。立役役者は歌舞伎における中心的な存在であり、ほかの職掌にある役者よりも高い地位にあるものとされた。通常座頭は立役がつとめる」とあります。つまり、誰が何と言おうと、主役な人たちを指す言葉です。

 さて、歌舞伎初期、当時の文化はいまだ上方優勢でした。その上方歌舞伎では、いかにも上品な二枚目(=いわゆる和事[わごと])である坂田藤十郎と名手近松門左衛門に運命を託します。 では、和事=二枚目=イケメンとはどんなものか? 基本的には男女をめぐるストーリーで、いかにも優しげな色男、しかし、運命の歯車を逆転させる能力はなく、やがて悲劇に流されかねない。浄瑠璃で言う世話物の主人公ですね。

  美貌がゆえに(ほとんど、それしかとりえがない)悩むしかない。近松門左衛門の代表作『曽根崎心中』は、「元禄16年4月7日(1703年5月22日)早朝に大阪堂島新地天満屋の女郎・はつ(21歳)と内本町醤油商平野屋の手代である徳兵衛(25歳)が西成郡曾根崎村の露天神(つゆのてんじん)の森で情死した事件(Wikipedia)」がモデルですが、二人が心中へと向かう道行きの切々とした語りが有名です。

  •  この世の名残、夜も名残
  •  死にに行く身を譬(たと)うれば、あだしが原の道の霜、
  •   一足ずつに消えていく、夢の夢こそ哀れなれ
  •   あれ、数うれば暁(あかつき)の、七つの時が六つ鳴りて、
  •   残る一つが今生(こんじょう)の、鐘の響きの聞き納め、
  •   寂滅為楽(じゃくめついらく)と響くなり
  •   鐘ばかりかは草も木も、空も名残と見上ぐれば、
  •   雲心(くもごころ)なき水の音、北斗は冴えて影映る、星の妹背(いもせ)の天の川・・・
  •   

 いかにも名調子の道行きの果て、徳兵衛とお初が心中したという露天神社(つゆのてんじんじゃ;通称、お初天神)は、梅田の駅から曽根崎署の脇を通って数百mです。皆さんもお暇な時に参拝されてみては。こうした和事は、ギリシア悲劇ならびにそれにインスパイアされたヨーロッパ演劇では、オルペウスオレステス等があげられるかもしれません。

 なお、『曽根崎心中』は本来は人形浄瑠璃の台本で、歌舞伎用に書かれたものではありません。このように浄瑠璃本の原稿をもとに歌舞伎を演じるのを、丸本歌舞伎と呼びます。

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 もっとも、このイケメンをめぐる物語がさらに先鋭化すれば、不条理劇にもなりかねません。近松の諸作品の中でも江戸時代の観客には理解されず、1721年に書かれながら、不評にそれこそ“お蔵入り”してしまい、再演は実に20世紀に入ってからの1909年、それ以後は大絶賛をあび、繰り返し上演される“女殺油地獄(おんなころし あぶらのじごく)”が筆頭です。

 恋のもつれも、情もなく、ましてや理もない殺人劇。それゆえにこそ、当時の江戸町民には理解されなかったのかもしれません。初演時、近松、実に68歳、死まであと4年弱、老いても衰えぬ筆力だ、と現代(いま)となっては感心するほかありません。

 現代の歌舞伎界では片岡孝夫、現15代片岡仁左衛門演じる河内屋与兵衛(油屋「河内屋」の次男。放蕩の限りをつくし、遊郭に義父・徳兵衛の名前でつけを抱えている問題児。女郎を巡って喧嘩をしたはずみで通りがかりの侍に泥を浴びせ、彼に仕える伯父を浪人させ、心を砕く義父や母、更には病身の義妹にまで暴力を振るった挙句に勘当される・・・(Wikipedia)。

 その彼が金にこまって眼をつけるのが、5代坂東玉三郎演じる豊島屋お吉です(河内屋の向かいにある同業者「豊島屋」の内儀。人格者で容姿も美しい出来た妻だが、その隙を与兵衛に襲われ殺されてしまう。27歳;Wikipedia)。

 「不義になって貸してくだされ」と迫る与兵衛に、あまりのこととて言葉を失い、「ならぬと言うに、くどいくどい」と拒むお吉、しかし、その先は油まみれの大立ち回りと、観客すべてをやりきれなさに引きずり込む女(おんな)殺し。

 与兵衛とお吉のからみで知られているこの演目、孝夫と玉三郎以外の組合せはちょっと考えつきません。色男にして殺人者、しかも、どんな論理をもってしようと共感するにはほど遠く、とは言え、どんな者でも犯しかねないあまりに惨めな小悪党劇、やはり20世紀にならないと理解できなかった不条理劇の先駆です。ここまでくれば、フツーの二枚目をはみ出して“色悪”というキャラになってしまいます。

  そして、歌舞伎史上もっともクールな色悪と言えば、初世中村仲蔵演じる仮名手本忠臣蔵五段目の斧定九郎にとどめをさすでしょうが、こちらはPart3にまわしましょう。

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 では、“実事(じつごと)”とは? ギリシア悲劇にあるように、あらがいがたい運命に対して、忍び難きを忍び、たとえ他者に理解されることが難しくとも、天に命じられた己のミッションのために全力をつくす。「円満な常識をそなえ、理非分別のあるすぐれた人物。劇中の問題を解決し、ドラマのしめくくりをつける役であることが多いために「さばき役」とも呼ばれる」(Wikipedia)。仮名手本忠臣蔵の大星由良助に代表される実直な男こそが、実事のシンボルです。 

 主君塩冶判官高貞(史実では赤穂藩主浅野長矩)の恨みをはらすべく、艱難を忍び、敵方を欺き、敵役高師直(同じく吉良義央)の屋敷に打ち入るこの立て役は、どんな際にも冷静沈着にふるまいます。敵(かたき)を欺くため、京の島原で遊興のかぎりをつくすとも、基本的に彼はすべてに真面目です。そして、仮名手本忠臣蔵のクライマックス、第11段、吉良邸討ち入りにおいては、主君の敵(かたき)を討つ際もそれなりの口上を述べねばなりません。

  •  「(師直を)柴部屋に隠れしを 見付だして 生捕りしと
  •   聞より大勢 花に露 いきいき勇んで由良助
  •   ヤレでかされた 手柄々々
  •   去(さり)ながら うかつに殺すな
  •   假(かり)にも天下の執事職
  •   殺すにも禮儀(れいぎ)ありと
  •   請取って 上座にすへ
  •   われわれ倍臣(ばいしん)の身として
  •   御館へふん込 狼藉仕るも主君の怨を報じたさ
  •   慮外の程 御許し下され
  •   御尋常に 御首を給わるべしと 相述れば
  •   師直も遉のゑせ者 わろびれもせず
  •   ヲヽ尤々。覚悟は兼ねて サァ首取れと
  •   油断さして 抜き打ちにはっしと切る
  •   引はづして 腕捻上げ
  •   ハァ、 しほらしき御手向かひ
  •   サァ いづれも 日々の鬱憤 此の時と
  •   由良助の初太刀にて 四十餘人が聲々に
  •   浮木にあへる盲亀は是
  •   三千年の優曇華の花を見たりや
  •   嬉しやと 踊上がり 飛び上がり 
  •   筺の刀で首かき落とし
  •   悦びいさんで 舞も有・・・・
  •      (『仮名手本忠臣蔵』岩波文庫版)
  •  

 ◆13代守田勘弥の大星由良助の画像がこちら初代尾上菊五郎の大星由良助はこちらです。ギリシア悲劇で言えば、オィディプス王等が該当するかもしれませんね。

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 そして江戸では、和事とはあまりに対照的に隈どりもいさましく、坂田金平=金太郎こと坂田金時の息子であり、その強力ゆえに「金平牛蒡」の語源ともなったという金平というキャラで、江戸歌舞伎のスーパースター初代市川團十郎が誕生します。

 ともすれば運命に流されかねない和事、運命にあらがって悲運をものともしない実事、それに対して、怪力乱心によって運命=筋書き自体を一変させてしまう“荒事”の登場です。

 その典型は、いかにも憎々しげな悪役(清原武衡=こうしたキャラを公家悪と呼びます)が善男善女が苦しめようとするさなか、「しばらく、しばらく・・・・」と大音声で見得を切り、六方を踏みながら花道に登場する鎌倉源五郎です。舞台狭しと荒れ狂い、観客をカタルシスの極地に導く=荒事の本質です。

 ◆暫の画像:九代目団十郎(下記の七代目の二男):http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Danjuro_Ichikawa_IX_as_Kamakura_Gongoro_Kagemasa_in_Shibaraku.jpg

 そして、この荒事こそ、初代団十郎が江戸歌舞伎隆盛に乗じて、家の芸としてゲットする一大キャラなのです(戸板康二『歌舞伎十八番』中公文庫版)。

 とくに 七代目団十郎が定めた“歌舞伎十八番”では、『助六』(すけろく)、『矢の根』(やのね)、『関羽』(かんう)、『不動』(ふどう)、『象引』(ぞうひき)、『毛抜』(けぬき)、『外郎売』(ういろううり)、『暫』(しばらく)、『七つ面』(ななつめん)、『解脱』(げだつ)、『嫐』(うわなり)、『蛇柳』(じゃやなぎ)、『鳴神』(なるかみ)、『鎌髭』(かまひげ)、『景清』(かげきよ)、『不破』(ふわ)、『押戻』(おしもどし)、『勧進帳』(かんじんちょう)と荒事の芸が並びます。

 このうち現代も上演されるものでは『勧進帳』の弁慶、『』の鎌倉源五郎、『毛抜き』の粂寺弾正、『鳴神』の鳴神上人等、みな荒事ばかり。『外郎売』と『助六』も、主人公は一種の貴種流離、実は曽我物語曽我五郎という設定で、イケメンであると同時に喧嘩にも強い荒事である、という当時としては新しいキャラだったようです。

 ギリシア悲劇では、なんといってもヘラクレスあたりでしょう。

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 さて、一世を風靡した七代目団十郎については、奢侈を理由に江戸を追われ、大阪に滞在中、息子の八代目が呼びに来て、そのあげく、上品でかつ愛嬌のある二枚目(イケメン=切られ与三等が持ち味だったとか)の八代目が突如自殺してしまう事件が起きます(戸板『歌舞伎十八番』)。

 その七代目の最後について戸板は、病を患って「休演をすすめられたが、舞台で死んでもいいといって、病をおして出た。しかし、鎧をふりあげて見得をきるところで、口がきけなくなったので、幕をひいたのだった」としたうえで、「なんとなくすさまじい野分の通ったあとを思わせるような晩年である」と結んでいます。

 したがって、 “かぶき”者こそ市川宗家の荒事の伝統であり、当代の海老蔵もその伝統にのっとっているとも言えるでしょう。かつ、モームが指摘するように、俳優に対して、常の人の道までも要求してはいけないのかもしれません。俳優の我が儘に大衆がカタルシスを感じれば、それはそれできちんと社会的機能を果たしたことになるはず。

 とすれば、酒の上での狼藉=かぶき者的所業が何が問題かとすれば、やはり近松が言うところの、“虚”と“実”の皮膜を自ら踏み外したという点にあるといえましょう。

 リアリズムだけでは舞台にならず、かといって、虚がいきすぎれば、大衆は白ける。俳優の人生もまたそのもので、“虚実”のあやういバランスの上でつかの間踊ってみせてこそ、大衆を満足させる“かぶき者”になれる。その点、やはり大衆を興醒めさせたのは未熟のそしりを受けざるをえない、というところでしょう。

 やはりここは、七代目、八代目、そして九代目にならって修行を重ね、荒事に徹するほかはなかろうかと思ってしまいます。

 ということで、本当は初世中村仲蔵あたりまでご紹介したかったのですが、今回はこのあたりで、幕をひくことにいたしましょう。

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プロフィール


高畑由起夫
◆研究分野:生態学、自然人類学、霊長類学 ◆研究内容:主な研究対象はニホンザルやチンパンジー、ワオキツネザル等ですが、潮間帯の巻貝類や水生昆虫、カラス等も調べたことがあります。霊長類学の視点で、近縁...

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