高畑ゼミの100冊Part23&住まいの人類学:貧民窟探険記シリーズ1『最暗黒の東京』中編;近代化の光(給食)と陰(残飯屋)

2011 9/2 総合政策学部の学生・院生の皆さんへ

 前編に続いて、明治中期の貧困ジャーナリスト松原岩五郎の傑作ルポルタージュ『最暗黒の東京』中編です。今回まずご紹介したいのは、松原がしばしアルバイトの形で潜り込んだ“残飯屋”の話です。

 “残飯”、これこそ近代社会の誕生を意味する言葉かもしれません。明治時代、急激な近代化は、それまでになかった多くの組織、軍隊や学校を産み出します。そこではみんな一定時間に、一斉に“給食”を食べる。そして、その食べ残しが都市に群がる“貧民”たちに販売される。その中だちをする(そのついでに、金儲けをはかる)稼業が、すなわち“残飯屋”です。

 エコと言えばエコ、しかし、エコだからと言って、ただ感心していればよいのか?(末尾の、松原の慨嘆を読んで下さいね) 究極のエコ都市だったという江戸を偲びつつ、“近代化の光と影”のまさに陰の部分です。

 なお、“給食”のそもそもの語源は、古く律令制での「高等教育・官人育成を目的とした大学寮の設置に遡る。大学寮の学生は直曹と呼ばれる学舎兼学生寮に住むこととなっており、大学寮から学生に対して給付した食事を給食と称した」のだそうです(Wikipediaによる)。

 明治という近代化のなか、急激に“給食”が広がります 士官学校、兵営、寄宿舎(例えば、工場付き女工寄宿舎)、病院・・・・。今日に残る女工の食事の記録ですが「26社の中で、白米のみ3社、麦2割6社、麦3割4社、麦4割2社、麦5割1社、白米に台湾米を混ずるもの4社、不明6社」とされます(ただし、麦飯は脚気にはよかったわけですが)。一方、副食はというと、「朝:菜汁、香々、昼:空豆、香々、夕:焼豆腐、香々;朝:馬鈴薯汁、香々、昼:ヒジキ、香々、夕:菜の煮たの、香々」等とならびます。これでは、女工たちが病気に倒れるのも当然と云うべきでしょう。

 こうして、「“給食”の社会史」あるいは、「“給食”の経営学」、さらには「ヒューマン・エコロジーの立場から見た“給食産業”」等、いくらでもレポートのネタがありそうですね。ちなみに、日本最初の学校給食は「1889年(明治22年)に山形県鶴岡町(現鶴岡市)の大督寺内の私立忠愛小学校においておにぎり・焼き魚・漬け物といった昼食を貧困児童に与えた」のだそうです(Wikipediaより)。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 

 さて、松原岩五郎は前編でご紹介した通り、まずは下谷山伏町界隈の貧民窟に身を潜めたのち、木賃宿を探索、さらに浅草花川戸あたりをめぐって、日雇斡旋を探しますが、なかなかうまくいかず、根津宮下町、小石川柳町、伝通院通りウラ、牛込赤城下、市ヶ谷長延寺界隈と、貧民街をさまよいます。

 と言うか、東京の至る所に貧民窟があったのですね。現在の街はどうなっているのでしょう? 旧貧民街巡りでも、レポートが書けるかもしれません。ついに四谷鮫ケ橋の親方株(有力者、顔役といったところでしょうか)清水屋弥平より、「人間は遊んでいて食するものにあらず」「若き漢(もの)が骨を惜しむという事あるべからず」と、近所の残飯屋への斡旋がきまります。岩五郎の筆は躍ります。

ああ残飯屋、残飯とはいかなるものか、これ大厨房の残物なるのみ。諸君試みに貧民を形容するにもといかなる文字がよく適当なりと見る。飢寒、襤褸、廃屋、喪貌、しかれども予はこれが残飯または残菜なる二字の最も痛快に最も適切なるを思わずんば非ず。

まず見る貧窟残飯屋の光景、西より入れば窟(しま)の入り口にして少しく引き込みたる家なりしが、やや広き表の空き地には、5、6枚のを舗(し)きて残飯の饐(あざ)れたるをの如く日に干したるものありしが、これ一時に売り切れざりし飯の残りを糒(ほしいい)として他日売るものにやあらんかれらのためには即ちこれが彼の凶荒備蓄的の者ならんかと想像せしめたり。

家は傾斜して殆ど転覆せんとするばかりなるを突かい棒もて、それを支え、軒は古くて朽ちて屋根一面に蘚苔(こけ)を生やし、庇檐(ひさし)は腐れて疎らに抜けたるところより出入りする人々の襟に土塊の落ちんかを殆(あや)ぶむほどの家なりしが、家内は田舎的の住居にして坐舗(ざしき)よりも庭広く殆んど全家の三分の二を占めたる処に数多(あまた)の土取笊、半切桶、醤油樽、大なる壺、粗き瓶(かめ)そのほか残飯残菜を容るるに適当なる器具の悉(ことごと)く不潔を帯びて不整列に並ばり居るをみたりき。

しかるになんぞ図らん、この不潔なる廃屋こそ実に予が貧民生活のあらゆる境界を実見して飢寒窟の消息を感得したる無類の(材料蒐集に都合よき)大博物館なりしならんとは

◆Webサイト「100年前の貧民窟を行く」(http://www.tanken.com/hinminkutu.html)に、残飯屋の挿絵が掲載されていますhttp://www.tanken.com/hinminkutu5.jpg 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 岩五郎は慣れない力仕事にいそしみます。

その日より余は残飯屋の下男となり、毎日、朝は8時、昼は12時半、夕は同じく午後の8時頃より大八車に鉄砲笊(てっぽうざる)と唱えたる径1尺あまりの大笊、担い桶、または半切、醤油樽を積みて相棒二人とともに士官学校の裏門より入り、三度の状食の剰り物を仕入れて帰る事成るが、・・・その労苦は実に容易のことならず・・・。

「さるほどにこの残飯は貧人の間にあってすこぶる関係深く、彼らはこれを兵隊飯と唱えて古くより鎮台営所の残り飯をいみするものなるが、当家にて売りさばくは即ちその士官学校より出づる物にて、一ト笊(飯量およそ15目)50銭にて引き取り、これを一貫目およそ5、6銭位に鬻(ひさ)ぐということは、一ト笊(約60kg)あたり40銭の儲けにしかなりませんので、これで大丈夫か? と心配するも及ばず)

「これ(飯)に属する残菜はその役得として無代価として払い下げたるものなるが、何がさて、学校の生徒始め教官諸人数、千有余人を賄う大庖厨の残物なれば、或る時は彼の鉄砲笊3本より5、6本出る事ありて、汁菜これに準じ、沢庵漬の截片(きりはし)より食麺麭の屑、ないし魚の骸(あら)、焦飯等皆それぞれの器にまとめて荷づくりすればほとんどこれ一小隊輜重ほどありて、朝夕三度の運搬は実に我々人夫の労(ほね)とする所にありき。

「この残物を買う者如何(いかん)と見渡せば、皆その界隈貧窟の人々にして、これを珍重する事、実に熊掌鳳髄(ゆうしょうほうずい=珍味中の珍味)もただならずというべく。我らが荷車をひきて往来を通れば、彼らは実に乗輿(じょうよ)を拝するが如く、老幼男女の貧人ら皆々手ごとに笊(ざる)、面桶(めんつう=1人盛りの食器)、重箱、飯櫃(めしびつ)、小桶(こおけ)、あるいは丼、岡持(おかもち)などいえる手頃(てごろ)の器什(うつわ)を用意しつつ路(みち)の両側に待設けて、今退(ひけ)たり、今日は沢山にあるべし、早く往(ゆ)かばやなどと銘々にささやきつつ荷車の後を尾(おい)て来るかと思えば、店前(みせさき)には黒山の如く待構えて、車の影を見ると等しくサザメキ立ちて、さながら福島中佐(シベリア単独横断した英雄)の歓迎とも言うべく颯(さっ)と道を拓(ひら)きて通すや否や、我れ先(さ)きにと笊、岡持を差し出し、2銭下さい、3銭おくれ、これに1貫目、ここへも500目(1目は1匁)と肩越に面桶(めんつう)を出し腋下より銭を投ぐる様は何に譬(たと)えん、大根河岸、魚河岸の朝市に似て、残物屋に似て、その混雑なお一層奇態の光景を呈せり。

「そのお菜(かず)の如き漬物の如き、煮シメ、沢庵等は皆手攫(てつか)みにて売り、汁は濁醪(どぶろく)の如く桶より汲みて与え、飯は秤量(はかり)に掛くるなれど、もし面倒なる時はおのおの目分量と手加減を以てす」

◆残飯屋の店先に殺到する“貧民”たちの図:http://www.tanken.com/hinminkutu6.jpg

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 この光景に圧倒された岩五郎は「残飯残菜は実にこの一銭的庖厨の惨状を救う慈悲の神とも言うべく、彼ら5人の家族にて飯2貫目、残菜2銭、漬物1銭、総計14、15銭位にて一日の食料十分なるなり」と断じます。

 しかし、ある日、士官学校の残物が3日間にわたってほとんどなく、厨房の賄い方に願ったところ「そこに豚の食うべき餡殻と畠を肥やすべき馬鈴薯の屑が後刻に来るべく塵芥屋(ごみや)を待ちつつある」と言われたものを持ち帰ります。

 そして、それを貧民に売る様をみて、「ああ、いかにこれが説話すべく奇態の事実でありしよ。予は予が心において残飯を売る事のそれが確かに人命救助の一つであるべく、予をして小さき慈善家と思わせし。しかるにそれが時としては腐れたる飯、饐れたる味噌、即ち豚の食物および畑の食物を以て銭をとるべく不応為を犯すの余儀なき場合に陥らしめたり。

 もしも汝らが世界にむかって大なる眼を開くならば、彼の貧民救助を唱えて音楽を鳴らす処の人、または慈恵を名目に幟(はた)を樹(た)つる所の尊き人々らの、常に道徳を語りまた慈善をなす事のそれが必ずしも道徳、事前であらぬかをみるであろう」と喝破します。社会福祉に興味がある方は、是非、この『最暗黒の東京』に眼を通して下さい。

コメント:0

この記事にはコメントすることができません。

プロフィール


高畑由起夫
◆研究分野:生態学、自然人類学、霊長類学 ◆研究内容:主な研究対象はニホンザルやチンパンジー、ワオキツネザル等ですが、潮間帯の巻貝類や水生昆虫、カラス等も調べたことがあります。霊長類学の視点で、近縁...

月別記事