市の人類学番外編:異文化交流の場としてのマーケット#2

2011 9/12 総合政策学部の皆さんへ

 前篇では神戸南京町上野アメ横センタービル地階を紹介しましたが、それ以外にも身近に、異文化交流というか、異なる社会の接点としての市というものがいたるところに存在しています。そのあたりを少し調べたら、、まちづくり等、いくらでもおもしろいテーマが見つかると思うのですが。

 例えば、京都に「出町」という地域があります。京阪の駅だと「出町柳駅」、七条駅から地下にもぐる京阪電鉄の終点、地上に戻って、叡山電車に乗り換えの駅ですが、鴨川高野川と賀茂川にわかれる合流点を西にわたると、そこは出町桝形商店街です(http://masugata.demachi.jp/)。

 この「出町」とはどんな由来なのでしょう。あるHPでは

  •  「この「出町」という地名の由来についてはいろいろ説があります。そのひとつに古くから東海道・山陰道・西国街道など、京都を起点・終点とする街道が発達し、多くの人びとが往来していたことに理由があるようです。
  •  若狭から京都へ至る多数の街道や峠の中でも、もっとも盛んに利用されていた道は、小浜から上中町の熊川宿を経て滋賀県の朽木を通り、 京都の大原から出町柳に至る「若狭街道」です。この道は、日本海の海の幸、とくに名産の鯖(さば)を運んだ街道で、 昔から通称「鯖街道」といわれていました。
  •  ちなみに、若狭から運ばれたひと塩の鯖は、京の都に着く頃には調度よい塩加減になっていたそうです。鯖街道の京への出入り口は 「大原口」(おおはらぐち=現在の寺町今出川・大原口町)といいます。
  •  行商人などが出入りする町として栄えたことから『京の町を出る主要な街道への出入り口』つまり『人や物が出入する町』だから「出入町」と呼ぶこととなり、 それがいつしか「出町」と呼ばれるようになったそうです(http://www.itohkyuemon.co.jp/site/kyoto/tuu87.html)。
  •     

 とありますが、ここは素直に、昔は「京都の町を出るところ」、あるいは逆に「京都の町へ入るところ」と思った方が良いのではないでしょうか。

 つまりは、「町の文化」と「村の文化」が出会う場所だったのです。今やほとんど顧みられませんが、この出町柳からは、高野川の川筋からすこし東にずれて、北に向かうのが旧大原街道、つまり、大原女(おはらめ)が薪を売りに、あるいは鯖街道として裏日本の魚介類が京都に運ばれる道すがらでした。

 私が学生生活を送っていた頃は、この桝形には鞍馬の佃煮(木の芽煮、きゃらぶき、葉唐辛子等)を売る店や、逆に(現在でも残っていますが)種屋さんがあって、おそらくはその昔、薪や柴漬、佃煮を売りに町まで出てきて、そしてなにがしかの鳥目(ちょうもく)に替えて、その銭でまた作物の種を買って、また一条寺、修学院大原倉に帰って行ったのではないかと思っていました。こうして、町民と村民が出会うところ、そこが出町だったのではないかと思います。

 現在は、桝形の地下には駐車場ができ、佃煮屋があったところはコンビニ付きのビルと変わり、種屋の“タネ源”も、どちらかというと花屋的な雰囲気も漂わせるようになり、随分変わってしまった印象です。

 この出町桝形商店街から同志社にややよったあたりに、古くからの“ももんじ屋”の風情を残した、改進亭総本店がありますが、、いわゆるジビエを扱う名店です(昔、京都にいた頃は、クマ肉100gr900円、シカ肉同800円等だったかと覚えています;HPはhttp://www.kaishintei.demachi.jp/)。このあたりの肉も、昔は鞍馬のあたりから運ばれてきていたのでしょうか?

 甘いものが好みならば、河原町通りに面した「京の生菓子 出町ふたば」がお薦めです(列がすぐにできます;名代豆餅、田舎大福等)。

 なお、“桝形”とは、本来、城郭の出入り口を防衛のため複雑化して、門の内側あるいは外側に方形の空間を設けて、そこに突入した寄せ手を3方から攻撃するという桝形虎口(こぐち)に由来する言葉で、出町の場合、1590年代に太閤秀吉が築いた御土居の桝形の形がそのまま残っていたことによるといわれています。

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 さて、こうして人々の動きにあわせてできる市場、アラビア語ではスークsouq、سوقsūq)ですね。東アフリカに広がるリンガ・フランカ(共通語/通商語)のスワヒリ語では、アラビア語がなまってソコ(soko)になります。Wikipediaでは、以下の5種類に大別できるとしています。

  • (1)一般的スーク(伝統的市場)
  • (2)スーク・ル=ハール(政府公認青物市場)
  • (3)スーク・ル=ジュムア(定期市)
  • (4)季節市
  • (5)スーク・ル=インタージュ(年一度の地場産品市)
  •  

 この伝統的スークとは、もともとはキャラバン(隊商)が通る道に定期的に立つ市で、祝祭空間でもあったものが、やがて恒久的なスークが登場して、英語の「マーケット(market)」とほぼ同意になったとのことです。アフリカの市場については、「“市”をめぐる人類学Part1:アフリカ等で市場を見ながら、経済人類学から都市・国際政策まで考える(2010/11/27)」や「“市”をめぐる人類学Part2:アフリカ等で市場を見ながら、経済人類学から都市・国際政策まで考える(2010/12/19)」等で詳しく紹介しているので、そちらをご参照ください。私が昔よく言っていた、西部タンザニアのキゴマのSoko(1992年撮影のようです)の写真が出ているHPがあります。画像はhttp://userdisk.webry.biglobe.ne.jp/019/827/27/N000/000/002/130771435099916406615_mahare02soko.jpghttp://mahale.main.jp/chimpun/013/013_Fig04.JPG

 そして、本来ソコは多民族が集まるところ。私の知り合いのトングウェたちは、キゴマの町では“田舎者と見られがちでしたから、30年も前は、町に行くだけであこがれなのですが、町につくと馬鹿にされないかと思って、緊張しっぱなしでした(もちろん、今はそんなことはないと思いますが)。

 ソコはオープンな感じですが、アラビア文化圏ではショッピングモールのように恒久的な建物の中に、小さな店舗がぎっしり並ぶ商店街もあります。言葉にするとペルシャ語ゆかりのバザール(bazaar)がふさわしいでしょうね。私は、インドネシアのメダンで初めて目にしました。まるで迷路のような道筋の両則に、様々な店が軒を連ねている。皆さんもそういう場所にいったら、是非、迷い込んでみて下さい。とはいえ、安全にも気をつけて。子供がしつこく寄ってきたら、スリだったりすることも実際よくある話です。すくなくとも、ザック類は背中にしょわず、カンガルースタイルでお腹の方にまわしましょう。

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プロフィール


高畑由起夫
◆研究分野:生態学、自然人類学、霊長類学 ◆研究内容:主な研究対象はニホンザルやチンパンジー、ワオキツネザル等ですが、潮間帯の巻貝類や水生昆虫、カラス等も調べたことがあります。霊長類学の視点で、近縁...

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