2012年11月

“枯れた技術”とは何か?

2012 11/25 総合政策学部の皆さんへ

 今回のタイトルを観て、ぱっとわかる方はどのぐらいいらっしゃるでしょうか? “枯れた技術”? なかなかぴんと来ませんね。では、Googleで検索してみましょう。

 すると、「ソフトウェアやハードウェアが発売・公開されてから長期間が経過し、多くの人の手によって不具合などが検証・修正され、利用に当たっての注意点などの情報が大量に蓄積されている状態のこと。安定した導入・運用ができるという良い意味で使われる」とでてきます(IT単語帳;http://www.keyman.or.jp/it-word/15/61003702//)

 以前から存在している技術で、「古臭い」としか言いようがない。しかし、長年磨き上げられた安定性も捨てがたく、それなりのスキルも発揮する。さらには、いまさらそれを上回るだけの新製品を開発するコストをかけるより、なじんだ腕で“枯れた技術”を駆使した方がましだ、ともいえる。

 こういった技術は、実は大事です。なによりも任務・目的達成にはそれで十分な場合には。

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 その“枯れた技術”でなおかつ現役である典型例が、例えば、かつてのソ連、現在のロシアが誇る宇宙船システムソユーズです。

 1967年4月23日に打ち上げられたソユーズ計画最初の一人乗りソユーズ1号は、翌24日の帰還時にパラシュートが作動せず、乗員のコマロフ大佐が死亡(最初の宇宙飛行時の事故死)、1971年6月のソユーズ11号では、やはり帰還時に気密が保てず、行士3人が窒息死したほか、いくつかの事故で操縦士の生命が危機にさらされたり、重傷を負ったりする事故が多発します。 

 しかし、そうした初期のシステム事故を克服した現在、今やもっとも安全なシステムとして、高く評価されているというのです。

 例えば、Wikipdeiaでは「現役の有人宇宙船としては最も安全で経済的であるとされ、極めて高く評価されている。商業用の宇宙観光が全てソユーズで行われたのもこの為である。特に、1981年の初飛行以来2度死亡事故を起こした「スペースシャトル」に比べ、ソユーズは基本設計は古く、技術的に「枯れた」機体であるが、極限まで改善が進んでいるため確立された性能を誇る。既に30年以上に渡って死亡事故を起こしておらず、その信頼性は極めて高い」。これが「枯れた技術」です。

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 そんな「枯れた技術」のもう一つの双璧は、アメリカ空軍の巨大爆撃機B-52でしょう。

 最初にターボプロップ機XB-52として構想されたのが1946年(第2次大戦終結の翌年、今から66年前!)、ターボジェット機に変更されてから、YB-60との競争にも勝ち、初飛行が1952年。運用開始は1955年、冷戦時のアメリカ軍の基本的戦略=大量報復戦略をになうものとして、自由落下型核爆弾を搭載しながら空中で警戒する戦略パトロール任務(airbone aleart duty)を担い、スタンリー・キューブリック監督の傑作映画『博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』にも登場しながら、実戦ではその膨大なペイロード(最大で32トン)を活かして、ベトナム戦争での北爆や、アフガニスタン侵攻、イラク戦争では通常爆弾の絨毯爆撃に従事します。

 生産機744機のうち、例えば北爆時のラインバッカー作戦等では17機をベトナム側の対空ミサイルで失い(かわりに計15万トンの爆弾を投下;Wikipedia)、かつ、1966年と1968年にはスペインとグリーンランドで水爆を載せたまま事故をおこして放射能汚染を引き起こします。

 そうした経緯を経て、初飛行からちょうど60年が過ぎた現在もなお、「多種多様な兵器を、大量に搭載し、遠方に投入・投下する」性能を称揚され、2045年頃まで使用されるだろうとされています。しかもこの間、B-58B-70B-1B-2等の数々の後継爆撃機が開発されながら、結局、老骨にむち打ちながら、現役を続ける羽目になっているのです。

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 最後に、もう一つ、“枯れた技術”を紹介すれば、それは“ブローニングM2重機関銃”かもしれません。第2次大戦突入前のアメリカ陸軍がこの機関銃を正式採用したは1933年、実に80年前。

 しかし、「費用を考慮しての、基本構造・性能トータル面でこの機関銃を凌駕するものは、現在においても現れていない」(Wikipedia)。

 そして、「戦車(現代ではM1エイブラムズ)や装甲車(同じくM2ブラッドレー歩兵戦闘車 、トラックやジープ等の車載用銃架、地上戦闘用の三脚架、対空用の背の高い三脚銃架、連装、または四連装の動力付き対空銃架、艦船用対空銃架、軽量銃身型の航空機用固定機銃(例えば、翼内に8丁も搭載したP-47航空機用旋回機銃架(例えばUH-1)、動力付き航空機用旋回機銃架など、様々な銃架に載せられ陸・海・空軍を問わず広く配備」されてきました。

 そのなかには、狙撃銃としての単発使用まで含まれています(アメリカ海兵隊のスナイパー“白い羽”ことカルロス・ハスコックはベトナム戦で距離約2500ヤード(約2300m)で狙撃に成功、後にフォークランド紛争でアルゼンチン軍が同様の手法を使って、イギリス軍に大きな損害を与えます)。

 確実な技術なら、時代遅れ気味であっても、任務は達成できる。しかも、手慣れたやり方で、システム上の故障も少なく。となれば、あなたはどちらを選びます? 枯れた技術か? それとも、今を盛りの流行のものか? この二律背反は、戦場でなくても、ビジネスも含めたどんな世界でも起こりうることでしょう。

国際援助の現場からPart 12:どんな技術を移転すればよいのか? マダガスカルで“牛車”を見たことに関連して

2012 11/16 総合政策学部の皆さんへ

 久しぶりの“国際援助に関連して”です。もう30年近く前になりますが、アフリカのタンザニアで国際協力事業団の派遣専門家として2年を過ごして以来、国際援助における技術移転にいて、そもそもどんなテクノロジーこそふさわしいのか? という疑問がありました。

  例えば、アフリカ大陸において、サハラ以南のいわゆるブラック・アフリカでは円運動を利用することをほとんど思いつかなかった、という話があります。“円運動”、わかりますか? 例えば、“車”、“車輪”です。エジプトでは、ファラオの昔から“戦車(チャリオット)”が利用されてきました(Wikipedia掲載の画像)。

 しかし、ブラック・アフリカでは戦車をはじめ、そもそも“車”がなかった。“車”がないと、車を通すための“道路”もきちんと整備されなかった。19世紀末から始まる帝国主義時代、植民地政府がまずやることは、車を通すための道路、あるいは鉄道の建設でした。

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 ほかにも円運動に関係することとして、例えば、土器の作成等にロクロを使わない(もっとも、手ひねりで丸い土器を作り出す、それはそれで結構な技なのですが)。

  さらに製粉等に使うでも、往復運動の縦臼やサドル・カーン型の臼を使うが、日本のひき臼(石臼)のような円運動を使う臼(ロータリー・カーン)は使わない。もちろん、水車もなかったし、深い井戸から水をくみ上げる時にも、滑車を使うことがなかったわけです。

■サドル・カーン型の臼(Wikipedia掲載の画像
■縦型の臼と杵(Wikipedia掲載の画像
■ひき臼(Wikipedia掲載の画像

 しかし、と思うのですね。ということは、円運動で動き、かつ簡単に作製・使用・維持できる道具類を技術移転するならば、それだけでアフリカでの労働生産性は飛躍的に伸びるはずではないか。

 もっとも、さらに付け加えれば「自分たちで作製・維持する」というところが肝心です。先進過ぎてブラックボックス化した技術より、自前でなんとかできる技術を伝授する。というのが30年前に初めてアフリカの奥地に行った時の私の感想でした。現在の援助は当然、変わっていることを期待したいところです。

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 さて、円運動を利用しないアフリカの世界に親しんだ後で、1997年に訪れたマダガスカルでまず目に入ったのが“牛車”です。のんびりと牛に車を引かせている。かつ、その車輪を、例えば市場の片隅で、牛車屋さん(とでもいうのでしょうね)が木工で作っているのです。これには、感心したいというか、アフリカ大陸と異なる“アジア的世界”を感じたことでした。

 もちろん、牛車にはいろんなタイプがあって、例えば、(たぶん壊れた)自動車のタイヤ付き車軸をそのまま流用したタイプ(アフリカではよく見かけましたね)もあるようですが、本当に木工品的に作られたタイプもある。私が感嘆したのは、とりあえず、自分たちで円運動の道具を作ってしまうその才覚で、それを“アジア的”だなあ、とついつい思ってしまったのです。

 マダガスカルの人たちは、牛車をどのように使っているのでしょう? 論文検索サイトのGoogle Scholarで「マダガスカル、牛車」で検索してみると(皆さん、Google Scholarはお使いですよね? レポート作成にこれほど便利なものも少ないと思いますが)、例えば、深澤秀夫先生(東京外国語大学教授、知り合いです)が『東南アジア研究』26巻4号(1989年3月)に「稲作を生きる,稲と稲作の実践と戦略一北部マダガスカルTsimihety 族に於ける稲作と協同労働一」という論文をお書きであることがわかり、かつpdfファイルが公開されていますから、それをダウンロードしてみると、

 刈取りが終わると、男性は水田の近くに脱穀場(valan’tonta)をつくる作業にとりかかる。予定地の草をぬいて整地し、水をまいてから砂を混ぜた牛糞を塗り、床面を固め、最後に周囲に牛の侵入を防ぐ柵をめぐらす。この後、 水田に置いてあった稲を牛車(sa・rety 仏語のCharretteに由来)を使って運び、脱穀場内に円錐状に積み上げてゆく(tonta)。ここまでの作業が終了すれば、乾季はほとんど雨が降らないこともあり、脱穀そのものは9月中に終わらせればよく、農作業は一段落する。

 また、森尾康治・井上美公・菊地正滋さんたちの共著(日本の国際援助関係会社の老舗“日本工営”のコンサルタント海外事業本部の方々のようです)で、『こうえいフォーラム』第15 号(2007.2)に掲載の「発展途上国乾燥地における農村飲料水供給実態(STATUS OF DRINKING WATER SUPPLY SYSTEM IN ARID RURAL AREAS IN DEVELOPINGCOUNTRIES)という論文では、

 アンボボンベ地域では、浅井戸、河川、天水溜めなどが主な水源として利用されていることがわかる。また、沼地、水売り(牛車とプラスチック樽を利用)、雨水を溜めた水槽なども重要な水源となっている。ここでも、モロッコ同様浅井戸の水位は季節変動が大きく、また乾季後半には天水溜めは空になってしまうため、乾季には住民はこの数字以上に厳しい水条件にさらされている。

 写真のキャプションには、「写真-9  短時間の豪雨直後牛車でかけつけ、道路の陥没部に溜まった雨水を生活用水として汲み集める住民」とあります。皆さん、想像がつきますか? 国際協力とか国際援助の現場では、こうした世界をなんとか、もっと住みやすい世界にしようということになるわけです。

 なお、日本工営のサイトのURLは右のとおりです(http://www.n-koei.co.jp/)。ご関心がある方は、ぜひご閲覧を。

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 そうなると、マダガスカルの牛車の改良のために、何かできることはないのか? せめてゴムタイヤを普及すれば、牛も楽になるのではないか? あるいは、いっそ日本のリアカーの技術をマダガスカルの牛車に応用するとか(しかし、田舎の市場の片隅で牛車を作っている大工さんたちの職をうばわないかな)?

 同時に、マダガスカルの道を自分たちの手で、安く、簡単に舗装する道はないのか? そのあたりは、何といっても現地で人々の暮らしに接するしかないかと思います。

プロフィール


高畑由起夫
◆研究分野:生態学、自然人類学、霊長類学 ◆研究内容:主な研究対象はニホンザルやチンパンジー、ワオキツネザル等ですが、潮間帯の巻貝類や水生昆虫、カラス等も調べたことがあります。霊長類学の視点で、近縁...