2013年2月

国家の成り立ち、あるいは“地域”と“国家”の関係:連合王国の場合#1

2013 2/22 総合政策学部の学生の皆さん

 今回のテーマは、国家と地域というか、近代国家としてのまとまりと地域との関係です。その対象はイギリスとイングランド、そしてスコットランド(できれば、ウェールズも)。なぜ、こんなテーマをとりあげるかと言えば、最近、学生さんと話しているうち、“スコットランド”を「知らない=聞いたことがない」という人がいて茫然としたからです!! 困ったことです。

 とはいえ、ここまで話したところで、タイトルの“連合王国”(英語でUnited Kingdom)がいわゆるイギリスだ、ということに気付かない人もいらっしゃるかもしれません。ということで、今回は連合王国の話です。

 さて、皆さん、Googleで「英国大使館」と検索をかけると、http://ukinjapan.fco.gov.uk/ja/のURLで駐日英国大使館のHPが出てきますが、トップページのタイトルが“UK in Japan”です。大使館自体は“British Embassy Tokyo(English versionでは)”です。イギリスもイングランドもでてきませんね。

  それではイギリスの正式名称は何かといえば、「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国(“United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland”」となり、このUnited Kingdom(連合王国)の頭文字がUKになるわけです。

 これらの言葉にはすべて歴史が刻まれています。“ブリテン”は実は地名=ブリテン島あるいはグレート・ブリテン島です。それではこの“ブリテン”はどこから来たかと言えば、紀元前にギリシア商人たちがこの島を“プレタニケ”と呼び、それが“ブリトニー”になり、さらにラテン語で“ブリンタニア”に変化したとのこと。たしかに、カエサルの『ガリア戦記』やタキツスの『ゲルマニア』には“ブリンタニア”などと表記されているはずです。それならば、スコットランドとはどこか?

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 これが実にローマ5賢帝の一人、というよりも最近ではヤマザキ・マリ原作の傑作コミック『テルマエ・ロマエ』の最重要脇役の一人、ハドリアヌスが関係しているとも言えます。

 実は、ローマ帝国はブリテン島のすべてを支配することはついにありませんでした。ブリテン島北部にはカレドニア人たちが立てこもり、ここだけは征服できなかった。そして、紀元117年帝位を継いだハドリアヌスは先帝トラヤヌス等の際限なき外征路線を断念します。

 これは「東部国境の安定化ならびに防壁建造などによる帝国周辺地域防衛策の整備」によって、「ローマ帝国全体の統合と平準化」を図るという帝国戦略の一大転換でもありました(Wikipedia)。そして、ハドリアヌスは紀元122年から、カレドニア人を防ぐ防壁“ハドリアヌスの長城”を建築します。長城建設は秦の始皇帝だけではなかったのですね。

 さらに紀元142~144年に、さらに北側に“アントニヌスの長城”も建設されますが、結局は放棄されます。以後、紀元407年にブリタニアから撤退するまで、ローマ軍はこのハドリアヌスの長城で、“蛮族”たちを防ぎとめます。その遺構は“万里の長城”と同様に、現代に残ります。

 それはさておき、この“ハドリアヌスの長城”は実質的に、城壁より北の地域(スコットランド)と城壁より南の地域(イングランド)の国境として、実に17世紀頃まで持ちいられることで「イングランドとスコットランドの国境として半ば固定化」してしまいます。

 すごいものですね。一人物の政治的判断が、民族(スコットランド人対イングランド人)、言葉(スコットランド・ゲール語 vs. 英語)、文化の境界を作ってしまい、それが世界史にも影を落とす出来事になる!

 なお、このローマ帝国占領時代をメインに扱ったのが、イギリスの小説家ローズマリー・サトクリフ原作ローマン・ブリテン4部作です。このシリーズのトップバッター『第九軍団のワシ』がまさにハドリアヌスの長城建設時代、そして、第4作の『辺境のワシ』が紀元350年頃、ローマのブリタニア支配に黄昏がしのびよる頃になります。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 それでは、“スコットランド”の語源は何かというと、スコット(Scot)+ランド(land)というわけで、スコット人(Scots)の土地というわけです。ですから、こちらは民族名から来た地域名(もし万一独立すれば、国名)となります。ちなみにイングランドは、アングル(Engla)+ランド(land)でこちらはアングル人の土地、やはり民族名となるでしょう。

 このスコットランド人、現在のスコットランドには450万ほどが残っているようですが、それよりも全世界に子孫たちが散らばっています。例えば、アメリカでは480万人ほどが「自分たちはスコットランド系だ」と考え、カナダでも470万人ほどが同じように考えている。

 そのスコットランド人(そして同じケルト系のアイルランド人もそうですが)によくある姓が「Mac-、あるいはMc-」で始まるもので、「ゲール語で息子(mac)を意味し、マクドナルド (MacDonald) はドナルド (Donald) の息子ということになる」(Wikipedia)。

 例えば、皆さんご存知の『ピーターラビット』に登場の農夫マグレガーさんはMr. McGregorですから、もちろんスコットランド人のはずです(Gregorの息子=Gregorの子孫)。「イギリスの俳優」と紹介されているユアン・マグレガーは正真正銘のスコットランド生まれです。一方、マクドナルドのハンバーガーの名前の由来となったRichard and Maurice McDonaldは同じケルト系でも、こちらはアイルランド系アメリカ人です。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 もちろん、こうしたスコットランド人が最初から単系の民族であったわけではなく、英語版Wikipediaでは“Scotland has seen migration and settlement of peoples at different periods in its history. The Dalriadans, the Picts and the Britons had respective origin myths, like most Middle Ages European peoples. Germanic people such as Angles and Saxons arrived beginning in the 7th century while the Norse settled many regions of Scotland from the 8th century onwards. In the High Middle Ages, from the reign of David I of Scotland, there was some emigration from France, England and the Low Countries to Scotland.”とあります。

 このように、日本列島系日本人と同じく、というよりもさらに複雑に、そして中世まで多くの民族の移動によって形成されたことがわかります。

 中世頃にスコットランドに移住した名家の姓にはブルース家、ベイオール家、マレー家、ステュアート家があるそうですが(Wikipedia)、最後のステュアート家は(世界史を勉強した方はわかりますよね)後世、イングランド王家であるステュアート朝を開きます。こうしてやがて連合王国が成立するわけです。

 なお、このステュアート(本来Stewertで、のちStuartに改める)は、「スコットランド語の宮宰(Steward of Scotland)に由来」するとのこと(Wikipedia)。仕事が“姓”に変わったわけです。

 この宮宰とは「もともとは、王家や諸侯の私的な家事の管理者」だったそうなので、日本語にむりやり超訳すれば「尚侍朝」とか「蔵人朝」、あるいは「別当朝」等ということになるのでしょうか? しかし、このあたりでかなり長くなってしまったので、そろそろto be continuedとしましょう。

生き物を紹介しましょうPart9:害虫と雑草について#1

2013 2/13 総合政策学部の皆さんへ

 本日のテーマは、雑草と害虫としましょう。ヒトの都合によって、“雑草”“害虫”といかにもマイナスな名称で呼ばれている生物たちです。

 ちなみに、かの『広辞苑』では、雑草とは「自然に生えるいろいろな草。また、農耕地で目的の栽培植物以外に生える草。たくましい生命力のたとえに使うことがある」とあります。また、害虫は「人畜に直接害を与え、または作物などを害することによって人間生活に害や不快感を与える小動物の総称」とでています。

 しかし、自然の進化においては、害虫も雑草もそれぞれ地球生命30億年の歴史を生き残ってきたわけで、ヒトとのおつきあいはアウストラロピテクスから数えてもせいぜい4,500万年、雑草に至っては、農耕が始まってたかだか1万年のおつきあいでしかありません。

 ヒトがえらそうに「害虫・雑草」と呼んだとしても、なかなか絶滅するわけもないことはおわかりいただけるかと思います。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 以前のブログでも触れたかもしれませんが、新約聖書でのキリストの言葉には農業と牧畜(=地中海農耕文化)の譬えが目につきます。“麦”と“毒麦”もその一つです。

  マタイによる福音書13章24-43節、Wikipediaでの「毒麦のたとえ」を文語訳新約聖書から引用します(なお、文語訳聖書の言葉使いには何とも言えない魅力が漂っています)。

また他の譬を示して言ひたまふ
 天國は良き種を畑にまく人のごとし。
  人々の眠れる間に、仇きたりて麥のなかに毒麥を播きて去りぬ。
   苗はえ出でて實りたるとき、毒麥もあらはる。
僕ども來りて家主にいふ「主よ、畑に播きしは良き種ならずや、然るに如何にして毒麥あるか」
 主人いふ「仇のなしたるなり」
  僕ども言ふ「さらば我らが往きて之を拔き集むるを欲するか」
主人いふ「いな、恐らくは毒麥を拔き集めんとて、麥をも共に拔かん。
 兩ながら收穫まで育つに任せよ。收穫のとき我かる者に
  「まづ毒麥を拔きあつめて、焚くために之を束ね、
   麥はあつめて我が倉に納れよ」と言はん」

 Wikipediaではこの意味を「ある人の畑に、敵が毒麦をこっそりと蒔く。しもべ達が気づき、すぐに刈り取ろうとするが、主人は収穫の時期を待つよう指示する。すぐに抜けば良いものも抜いてしまうが、生長しきったときなら完全に選り分けることが可能だからである」と解説します。納得させられますね。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 さて、 このドクムギ(毒麦)は学名を“Lolium temulentum、コムギ・オオムギと同じイネ科の草なのですが、「悪魔に蒔かれた子ら」として刈られ、つまり憎むべきものとして焼き尽くされる運命にあります。

 それというのも、芽が出た段階ではムギと区別がつかないのに、「バッカクキン科Neotyphodium属の感染により、菌の生産する昆虫に対する神経毒ロリンアルカロイド」や「動物への毒性を持つ麦角アルカロイド」が含まれたりするからです。つまり、ドクムギはそれ自体が毒を出すわけではなく、菌類の感染で有毒物質ができるわけです。

  ついでに紹介すれば、この麦角菌(バッカクキン)に感染したコムギやライ麦から誘導される物質の一つが、強力な幻覚剤LSDなのです。

 さらにおまけをつければ、こうした“有毒物質”がたまたま病気に効く場合は薬ともてはやされ、雑草”がめでたく“薬草”に昇格する、そんな結果が訪れることもないわけではありません。

 現に、このLSDも発見された際は「1950年代に入ると世界各地でLSDを使用したことによる強烈な体験を精神医療に利用しようとした」ということです(Wikipedia)。もっとも、結局は薬よりも幻覚剤としての使用が一般化して、やがて禁止薬物になってしまいます。

 とここまでくれば、「雑草や害虫とは人間の勝手なラベリングであり」、状況がかわれば「手のひらを返すようにもてはやすこともある」、むしろそれこそが我々人間の特徴なのだ、という本日の主旨もおわかりいただけるかと思います。もちろん、、これは「雑草/害虫」に限ったことではなく、いわゆる“マイノリティ”に対してもよくあることだ、と指摘しておきましょう。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 さて、雑草、とくにヒトの周囲で暮らす雑草には、ある種の感慨を感じないわけにはいきません。

 例えば、Wikipediaの“雑草”では、「特定の分類群を示すものではないが、人間の活動によって強く攪乱を受けた空間を生息場所とする点で、共通の生態学的特性を共有することが多い。転じて、重視されないがたくましい存在、悪く言えばしぶとい存在として、比喩に用いられる」とあります。

 この“しぶとさ”ゆえに嫌われる雑草は、しかし、ヒトのそばにとどまってこそ発揮できる“しぶとさ”でもあり、ヒトがいなくなって自然の遷移が進めば、あれだけ身近だった雑草たちはやがてその地を追われることもあります。

 例えば、このKSCにもよく見かけるセイヨウタンポポ。私も以前は、日本に侵入してはびこる憎っくき外来生物と思っていましたが(事実、その通りなのですが)、少し調査してみると、ニュータウン等のヒトが攪乱した土地にははびこっていますが、そのタンポポでさえ、人がいなくなれば遷移が進み、もっとほかの植物に駆逐されるかもしれません。

 それゆえ、雑草はたとえどんなにヒトに嫌われながらも、ヒトのそばに住みつかざるをえない。そして、やがて来る環境の変化に備え、セイヨウタンポポは栄養生殖単為生殖など、ありとあらゆる手段を駆使して絶えず増えよう、もっと生き場所を拡大しようと、“けなげに”努力しているようにも見えてきました。

 このように、ちょっと身を入れて調べてみると、生き物についての好悪の評価は難しいものがあります。要注意外来生物に指定され、かつ、“日本の侵略的外来生物ワースト100”にまで選定されているのに、ちょっと情が移りそうです(もちろん、こうした攪乱はない方がよいので、やはりお引き取りいただくしかないのですが)。

 このタンポポも野菜と思えば、また見方も変わる! 原産地のイタリアなどはサラダに利用します(アメリカの短編小説の妙手O・ヘンリーの掌篇では、“タンポポのサラダ”が若い男女の思わぬ再会をもたらします)。また、日本では、鶴橋のコリアン・マーケットのキムチ屋さんでは、春になると旬のキムチとして、タンポポのキムチを売っています。ちょっと苦くて、なかなかの味です。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 ということで、今回、害虫まで話がまわりませんが、雑草一つとってみても、「何が雑草なのか?」、「雑草は、ヒトに嫌われても、ヒトにすがって生きるしかないかも?」、さらに「雑草も、ヒトの都合でめでたく野菜に昇格することもある」等々、話題に事欠かないことだけは覚えておいてください。

プロフィール


高畑由起夫
◆研究分野:生態学、自然人類学、霊長類学 ◆研究内容:主な研究対象はニホンザルやチンパンジー、ワオキツネザル等ですが、潮間帯の巻貝類や水生昆虫、カラス等も調べたことがあります。霊長類学の視点で、近縁...