2013年4月

女性は自分の財産を管理できないのか? ヨーロッパにおける女王の存在とサリカ法典

2013 4/8 総合政策学部の皆さんへ

 今回は、女性の財産管理権について、ちょっとした話題提供です。ということで、話の枕として、皆さん、世界史等でお気づきですか? とまずクイズからはじめましょう。フランスに女王様がいたことがあるでしょうか? ぱっと答えられますか? そんなことは考えもしませんでしたか? それではこれからは考えることにしましょう。ジェンダー論や男女共同参画社会、何にしても重要です。次のクイズは、それでは女王様はどこの国にいるでしょう? これもぱっと答えられますか? イギリス(古くは対立王位請求者としてのマティルダ、そして9日間だけの女王ジェーン・グレイ等々)、それとスペイン(イサベル1世)、スウェーデン(クリスティーナ)等、地域が限られています。それでは最後のクイズですが、これはどうしてでしょう? その答えは法律にある、それがサリカ法典です。ということで、本日は、中世~近世ヨーロッパにおける女王の存在と、女性の権利、そして法律の話です。

 さて、“サリカ法典”、なんだか聞きなれない名前ですね。例によってWikipediaを開けてみると、「フランク人サリー支族が建てたフランク王国の法典」とあります。「ラテン語で記述されており、編纂にあたってはローマ人の法律家の援助を得たと言われているが、ローマ法とは異なり、金額が固定された金銭賠償(贖罪金)に関する規定が主であり、自力救済を原則としていたことにも特色がある」。つまり、ローマ帝国全体を支配していた、いわば普遍的法律=ローマ法ではなく、現地の慣習法的存在=ゲルマン法の一部なのですね。

 このサリカ法の相続条項第59条こそが、ヨーロッパの多くの国で“女王”の存在を否定した根拠なのです。それでは、真面目に法律に取り組みたいという方のため、きちんとした文献をさがしてみましょう。文献検索エンジンのGoogle Scholarで「サリカ法典、女性、土地所有」と入力して検索すると、8件ヒットしました。それでは、『長岡技術科学大学言語・人文科学論集』掲載の松井志菜子氏「人権についての一考察」を紹介してみましょう。

 ゲルマニア族の部族の慣習法を成文化した種族法にはサリカ法典(Lex Salica)、リブアリア法典(Lex Ribuaria)、ブルグンド法典(Lex Bergundionum)、西ゴード法典(Lex Wisigothorum)などがある。サリカ法典(Lex Salica, Loi des Francs saliens)はフランスにおいては現在に至るまで生きている。フランスに女王が生まれないのは、女性が不動産すなわち土地、王国領土を所有することができないとしたサリカ法典に由来すると言われている。属人法の決定は、嫡出子については父の属人法(lex paterna)、非嫡出子については母の属人法(lex materna)、妻の属人法については夫の属人法(lex mariti)、奴隷についてはリブアリア法典にある貨幣投げやローマ法に拠るなど、裁判所が適用する属人法の決定は属人法宣言によって決まった。

 これもまた奥が深そうな話題ですが、要するに女性は不動産を所有できない ⇒ 王たるものはその支配地を所有、管理するものである ⇒ したがって、女は王になれない。もし、ある王朝の男性後継者がいなくなった場合(人口学的には、よく起こる=したがって予測可能な出来事に過ぎないのですが)、直系女性親族は女王になれず、王権はその配偶者に移ってしまう。

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 例えば、フランス、ヴァロア朝のルイ12世は、娘2人しか成人しなかったため、王権は長女クロードと結婚した傍系のフランソワ1世に移ります(フランソワ自身はルイの従甥に相当します)。この時、ルイは死にいたるまで、娘婿フランソワを警戒しながら、クロードのことを気にしていたとのこと。彼の最期の言葉は「おお、私のかわいいクロード、クロード」だったということです(Wikipedia)。できることならば、かわいい長女を女王にしたかったであろうけれど、サリカ法典の下、王にさえ、その自由はない。しかも、配すべき夫は、(王権の維持を考えて、最近親者を選ぶとすれば)、(野心満々の従甥)フランソワしか、いない・・・・・

 こうして又従兄弟のフランソワ1世と結婚後のクロードは「絶え間ない妊娠と夫(=フランソワ)が作った多くの愛人たちの存在のため、心が安まることはなかった」(Wikipedia)そうですが、男子3人、女子4人を産み、それぞれ2人ずつが成人に達します。こうして、フランソワ1世自身は、男系男子として二男のアンリ2世が王位を継ぐことになります。

 ちなみに、この「恋多き王」フランソワ1世と彼の道化道化師トリブレ、そしてトリブレの娘ブランシュをめぐる悲劇を描いたのが、ビクトル・ユーゴーの『王は愉しむ(Le Roi s’amuse)』(1832年11月22日フランセ座初演)ですが、王権を批判する過激な作品で、即上演禁止、これをイタリアのマントヴァに置き換えて、オペラ化したのが、歌劇『リゴレット』(1851年初演)です(Wikipedia)。ついでに言えば、フランソワ1世は同じように「恋い多き王(老色王とさえ言われた)」アンリ4世と並んで、フランス人の大衆的人気を誇っています。

 その一方で、ヨーロッパでもいわゆる“周縁”部、イギリス、スウェーデン、スペインはこのサリカ法典が必ずしも認められていません。その国々にのみ、男系相続者がいない場合に、女王が生まれる。それがエリザベス1世やイサベラ1世たちなのです。

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 それでは、フランソワ1世ならぬマントヴァ公爵が歌う「女心の歌(La donna è mobile)」(堀内敬三訳)の歌詞です。ベルディの軽快な旋律にのせ、公爵が朗々と歌い上げるこの歌詞の中身自体を議論するのは、また別の機会にしましょう。

 風の中の 羽のように いつも変わる女心
  涙こぼし笑顔つくり
   うそをついて だますばかり
    風の中の 羽のように
     女心かわるよ ああ 変わるよ

プロフィール


高畑由起夫
◆研究分野:生態学、自然人類学、霊長類学 ◆研究内容:主な研究対象はニホンザルやチンパンジー、ワオキツネザル等ですが、潮間帯の巻貝類や水生昆虫、カラス等も調べたことがあります。霊長類学の視点で、近縁...