2013年7月

“花”を観ていると感じること:シンビジウムの憂鬱

2013 7/14 総合政策学部の皆さんへ

 正月からKSC1号館のエントランスにシンビジウムCymbidiumの株が花を咲かせていたのにお気づきでしたか?

 実はこれは、新年の挨拶にKSCに出入りの造園業者の方々からいただいたものを、事務室等に飾っておいても人目にもあまり触れないので、エントランスにおいたものです。そこからかれこれ4か月月強、花を咲かせ続けているわけですが、さすがに5月にはいってめっきり勢いがなくなり、ついに引退の日を迎えました。

しかし、こんなに長く花が咲いているということに、皆さん、なんとなく疑問に思いませんか? 例によって、総合政策の得意技(であるはずの)問題発見、今日は“”についてです。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 さて、皆さん、植物は何のために花をつけると思いますか? 言うまでもなく、花は“セックス”=遺伝子と遺伝子を交換し、互いによく似た遺伝子集団として自集団を“再生産”するためにあるのです。したがって、本来は人を喜ばすためにあるのではない!

 おそらくは受粉を速やかに運ぶため、昆虫、鳥(熱帯ではハチドリの類)やコウモリを引きつけるために発達させたものに他なりません(Wikipediaの「花」の項には「植物が固着性の生活様式を持つため、繁殖時の生殖細胞、具体的には花粉の輸送に他者の力を借りなければならない。被子植物の多くがその対象を昆虫や鳥などの小動物とし、彼らを誘うために発達した構造が美しい花びらで飾られた花なのである」とあります)。

そのあたりを事細かに言うのは野暮の骨頂、興ざめな次第ではありますが、とは言え、総合政策の学生としては、「春は(桜の)お花見に始まり、チューリップ、夏はヒマワリ、秋はキク、そして寒い冬でもスイセン」、それぞれの“花見”の時に、そのあたりがちょっと頭によぎっていただければ、と考える次第です。 

 シンビジウムをはじめとする園芸植物は、言うまでもなくヒトの都合によって、品種改良(と言えば、聞こえが良いが、ありていにいえば、人為淘汰による遺伝子組成の変化)によって、次から次へと長期間にわたって花が咲くように工夫されたものがあります。

例えば、開花期が10月~5月に及ぶパンジー、そして冬の花として秋から春に花を咲かせ続けるシクラメン(別名、ブタノマンジュウ=英名のsow breadの直訳)、私のような野生生物の研究者にとっては、ちょっと不気味にも感じてしまうのですが、皆さんはどうお思いでしょうか?

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 KSC1号館の玄関で4か月以上にわたって咲き続けたシンビジウムの花が実をつけ、その実が新しい世代まで育つことはついにありません。

 パンジーも同様で、日本の寒さに枯れてしまえば、翌年、また鉢上の状態で花屋から運ばれ、花壇に植え付けられるだけ。そこに、ヘンリー・ミラーの「冷房装置の悪夢」にも似た近代生活への懐疑と疑問を感じることもまた可能かもしれません。

 思えば、バナナの花は(三倍体ゆえ種のならない)実をつけるためだけに咲き、シンビジウムもパンジーも、シクラメンもヒトを喜ばすためだけに花を咲かす。

と考えれば、シンビジウムの(あるいは胡蝶蘭の)花にもそこはかとなき憂鬱を感じていただければ、と思ったりもします。

プロフィール


高畑由起夫
◆研究分野:生態学、自然人類学、霊長類学 ◆研究内容:主な研究対象はニホンザルやチンパンジー、ワオキツネザル等ですが、潮間帯の巻貝類や水生昆虫、カラス等も調べたことがあります。霊長類学の視点で、近縁...