2013年10月

総合政策の名言集Part15:夢もなく、怖れもなく(Nec spe nec metu):女性のキャリアを突き詰めた時

2013 10/18 総合政策学部の皆さんへ

 本日のテーマである「夢もなく、怖れもなく(Nec spe nec metu)」とは、イタリア・ルネサンス期の女性の理想像の一つ、マントヴァ侯爵夫人イサベッラ・デステの書斎にかかげられたモットーです(塩野七生『ルネサンスの女たち』中公文庫版)。

 “夢”もない、しかし、何ものにも“怖れ”もない。自分が生きている時代を生き抜くことができる者だけが持つ矜恃があふれている言葉ですが、同じ時代、神権よりも俗権=剣を選んで挫折したチェーザレ・ボルジア、神権によって俗権までも支配しようとしたユリウス2世、そして“国民国家”という(数百年後に実現する)共同幻想を夢見て、国民皆兵まで試みたマキャヴェッリたち、夢をおいかけてそれぞれ挫折する男たちに対して、「時代を超えもしなかったが、時代に流されることもなかった塩野七生)」彼女の人生を象徴する言葉でもあります。あの現実主義に徹し切ったキッシンジャーならば、どう評価するところでしょうね?

 ちなみに、このルネサンスの高名な(しかし、あまり懐が豊かではなかった)パトロンの一人、イザベラ・デステが、かの巨匠ティツィアーノに初老の顔を写実的に描かれて激怒し、(40歳も前の)16歳の顔に書き直させたという有名な肖像がこちらです。

 アガサ・クリスティも生涯、30台の頃の顔写真で押し通したと聞いていますが、似たようなものかもしれません。16歳と言えば、エステ家からマントヴァ公爵家の侯フランチェスコ2世・ゴンザーガと結婚した時のころですね。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 さて、イザベラは一時期、レオナルド・ダ・ヴィンチを迎え、肖像画を描かせようとしますが、スケッチしか描いてもらえなかった、ということを塩野七生はちょっと皮肉っぽく『ルネサンスの女たち』に書いていますが、その絵がなんと見つかったというニュースがしばらく前に流れていました。

 「4日付イタリア主要紙コリエレ・デラ・セラなどは、同国の巨匠レオナルド・ダビンチ(1452~1519年)が描いた新たな肖像画がスイス北部で見つかったと報じた。最終的な確認はされていないものの、鑑定した専門家は同紙に「弟子が加筆しているが、ダビンチの作品だということに疑問の余地はない」と述べた」(MSN産経ニュース、2013年10月4日)

 新たな作品とされるのは、イタリア北部のマントバ候妃イザベラ・デステを描いた油絵。ほぼ同じ構図で、1500年前後に描かれた木炭画の習作がルーブル美術館に収蔵されているが、これまで彩色された絵は存在しないとみられていた。スイス北部トゥルギ在住のイタリアの名家のコレクションの中から、数年前に発見された。サイズは縦61センチ、横46・5センチで、1513~16年ごろに描かれたとみられる

 本当ならば大発見というところですが、写真を見る限り、これまで知られていたスケッチの構図と同じようです(http://sankei.jp.msn.com/world/photos/131004/erp13100422590003-p1.htm)。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 そのイザベラへの評価ですが、Wikipediaでは

1500年にフランス王ルイ12世とミラノ公国で会談しフランスとマントヴァとの間に不可侵条約を結ばせることに成功するなど、当時のイタリア情勢で大きな政治的、外交的手腕を発揮した

イザベラは芸術を庇護し、その最先端のファッションはイタリアのみならずフランス王宮の女性たちにも大きな影響を与えた。詩人ルドヴィーコ・アリオストは「自由達で高潔なイザベラ」と賞賛し、マッテオ・バンデッロ  は「最高の女性」と評している。さらに外交官ニッコロ・ダ・コレッジョはイザベラを「世界一のファーストレディ」と高く評価した」とベタほめです 。

 「見果てぬ夢」など追い求めず、かといってチェーザレ・ボルジア、ユリウス2世(夫フランチェスコが対ヴェネツイア戦で捕虜となったとき、味方のはずの教皇と互いの個別利害のために対立、「あのブッターネめ!」とユリウスがののしった、というくだりは是非『ルネサンスの女たち』をご参照下さい)、イル・モーロ等煮ても焼いても食えない男たちに「恐れもなく」対峙する。ルネサンス期の女性のキャリアとすれば、最高かもしれません。

 同時に、イザベラの愛する弟、フェラーラ公アルフォンソ・デステの2番目の妻、チェーザレ・ボルジアの妹、ルクレチア・ボルジア(つまり、義妹にあたるわけですが)が、自分の夫フランチェスコと不倫の関係になってしまう。そして、そのルクレチアは、あらかたの評判とは別に、それなりの才能の持ち主であり、こちらもまたルネサンス期の女性のキャリアをそれなりにつきつめた存在だった、というあたりも現代から振り返ると、非常に微妙なところです。

プロフィール


高畑由起夫
◆研究分野:生態学、自然人類学、霊長類学 ◆研究内容:主な研究対象はニホンザルやチンパンジー、ワオキツネザル等ですが、潮間帯の巻貝類や水生昆虫、カラス等も調べたことがあります。霊長類学の視点で、近縁...