2013年12月

ドナルドの数学教室(ドナルドのさんすうマジック)で、数学を学ぼう!

2013 12/28 総合政策学部の皆さんへ

 ちょっと以前の話になってしまいましたが、8月初め頃に、7大学政策系学部長懇談会という、なにやら物々しげなタイトルの集まりがありました。要するに、慶応、中央、南山、同志社、立命館、関大、そして関学、政策系学部を持っている7大学の学部長が年に一度集まって、いろいろとお話しする会合です。

 そこでお会いした慶應の総合政策学部長の方はなんと数学の先生でした。互いに理系出身者の気安さか、(向こうの総政で)数学を講義することの大変さを嘆かれるので、「リベラル・アーツの基本には数学(幾何学と代数学)が入ってるじゃないですか」と私が言うと、「こちら(慶応)では、誰もそんなことは言ってくれません」とおっしゃいます。

 それで、ついつい、「いや、そんな時こそ、“ドナルドの数学教室”を見せたら、どうですか!」とお奨めしたのが、今日のタイトル、“ドナルドの数学教室”です。ドナルド、もちろんドナルド・ダックのことです。

アヒルをモチーフにしたディズニーアニメのキャラクター」で、「人をからかうことが好き。短気な性格であり、ディズニーキャラクターの中で最も喜怒哀楽が激しい。また、自己中心的な上とても騙されやすい。そのため、短編映画などでは悲惨な目に遭って終わるオチが多く、特にチップとデールとの共演作品では、ほとんど悪役的存在として描かれ、毎回と言っていいほど散々な結末(ドナルド自身に身体的被害・財産に被害を受けるのがほとんど)で終わる。かなり短気のせいなのか、口調は子供っぽいがかなりの毒舌である

という、根っからの“悪ガキ”キャラ、言うまでもなく、“よい子”キャラのミッキーの対極です。

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 その悪ガキ、ドナルドがどうしてまた数学(さんすう)など? というわけで、例によってWikipediaを開けてみると、これまた単独の項目として掲載されているではありませんか! しかも、DVDが市販されている。ただし、Wikipediaのタイトルは現在の市販DVDのそれにのっとり、『どなるどのさんすうマジック』です。制作は1959年、ドナルドダック・シリーズの第125作(スタンダード、カラー作品)とのこと(上映時間28分)。教材として購入してもよいかもしれません。

 アメリカ公開が1959年6月26日、日本公開が翌1960年11月22日ですから、私は小学校1年か、2年の時にこれを映画館の併映短編映画で観たことになります。

粗筋ですが、Wikipediaではいたって簡単に、「ドナルドは嫌いな算数の国に迷い込むが、次第に算数が好きになっていく」とだけ書いています。しかし、40年前の記憶をたどれば、ピタゴラス学派の紹介から始まり、音楽の音の高さと数学の関係から、数学の魔宮・迷宮、ラビリンスの世界に誘い込む映像の数々、であったような記憶です。

 Wikipediaでは、「ピタゴラス教団は・・・哲学者のピタゴラスによって創設されたとされる一種の宗教結社。現在の南イタリアのロクリスに本拠を置き、数学・音楽・哲学の研究を重んじた」とあります。ピタゴラス派が、リベラル・アーツの祖であったとは、初めて知りました。

 ちなみに、「ニコニコ動画」の方では、「数学は賢い人のものだと思っていませんか? 数学は自然界のあらゆる所に存在しています。さらにはスポーツやゲームの中にも数学は溢れているのです。そんな不思議な数学の世界をドナルドと一緒に探検してみよう」というのがうたい文句です。

皆さん、興味はわきませんか? 井垣先生ならば、きっとご同意いただけるはず。

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 ということで、しばらく、ディズニーネタのシリーズもおもしろいかもしれません。 

ネクタイ考:ファッションの人類学Part 8

2013 12/14 総合政策学部の皆さんに

 最近、会合などの案内でも“クールビズ”でお越し下さい、等と書いてあったりするのですが、それでは、このクールビズとは何か?

 例によってWikipediaを開けてみると、「日本で夏期に環境省が中心となって行われる環境対策などを目的とした衣服の軽装化キャンペーン、ないしはその方向にそった軽装のことを示す造語である」とされていますが、その定義はまだ完全には定まっていないようです。

 例えば、衣服 クールビズは「ノーネクタイ 、半袖シャツ、かりゆしウェア 」はOK、「ポロシャツアロハシャツ、Tシャツ、タンクトップ、 ジーンズ、ハーフパンツ、サンダル」は×、そして「ノージャケット、チノ・パンツ、スニーカー」は意見が分かれる、ということになりそうです(Wikipedia)。

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  このように、最近は旗色がやや悪いネクタイ、この起源を皆さんはご存じですか? というのが今回のテーマです。私の知っている限りでは、日本におけるネクタイについての文献で古いものに『高橋是清自伝』があります。

 以前、「あなたにとって、“仕事”とは何か? 陰陽師から漱石、そしてトム・ソーヤーからフランクリンまで;高畑ゼミの100冊Part 13」でご紹介した、アメリカで奴隷契約の身に落とされてから、総理大臣までに出世して、かつ2/26事件で暗殺されるというジェットコースターのような人生をたどったあの方です。

 さて、この自伝では、高橋是清が1868年に帰国後、同士の鈴木六之助と、仙台藩江戸藩邸を訪れた話に、「ネクタイ」がでてきます。

いま楽山公は、芝の増上寺に蟄居していられる。二人がアメリカから帰ったことを申し上げたら、会いたいとの思し召しであるから、お目見えしたら良かろう」ということで、「私と鈴木はアメリカより帰りたての洋服を着て、浅井につれられ、増上寺にまかり出た。(中略)楽山公は立ったままでいられたが、そばにおった侍が洋服のネクタイを首巻と思って、静かな声で「御前の前だから首巻は取ってはどうじゃ」という。「これはネクタイでありまして、つけているのが礼であります。これをつけなければ、ちょうど人足のいでたちと同じようになります」と申し上げた。すると「そうか」といって顧みて笑ったようなありさまであった。

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  それでは、このネクタイの起源は何なのか? 例えば、現代のフロックコート等のダブルブレストがポーランド軽騎兵(ウーラン)の制服が起源だとすれば、ネクタイの起源は何か?

  Wikipediaによれば、それは首に巻くスカーフだったいうことになります。その説では「クロアチアの兵士がフランスを訪れた際、(中略)無事な帰還を祈って妻や恋人から贈られたスカーフを首に巻いたが、それを見たルイ14世が興味を示し、側近の者に「あれは何だ?」とに尋ねたところ、側近の者はクロアチアの兵士について尋ねられたと勘違いし、「クロアチア兵(クラバット)です」と答えたため、その布をクラバット(cravat)と呼ぶようになったという逸話である」「どちらにせよ、1660年ごろに人気のあったクラバットは、単に幅広のネッカチーフを首に巻いたものに過ぎなかった」。

 こうした経緯でヨーロッパに広がったネクタイが、1868年には洋行帰りの高橋是清が藩の重役に「つけているのが礼であります」と言い放つまでになる。そして、そのほぼ150年後、クールビスのおかげで、ネクタイ業界がやや左前になってしまう。服装というのもまことに不思議なものです。

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 ちなみに、日本のネクタイ業界は、東京ネクタイ共同組合という団体があるようです(http://www.tokyonecktie.or.jp/)。このHPによれば、2000年には輸入2403.1万本、国産は山梨が760.6万本、西陣714.4万本、京都アウトサイダー71.3万本、八王子491.2万本等国産合計2307.8万本ということで、日本には47010.9万本、つまりは国民一人あたり0.4本ぐらいになる検討です。

 しかし、これが2011年には輸入2351.1万本、国産合計実に570.5万本、計2921.6万本、国民一人あたり0.24本に減っている(それも国産はほぼ4分の1に減少)。日本のネクタイ産業は、そもそもネクタイ需要の長期的減衰と、国外からの流入であっという間に衰退しつつある、とも見えます。

 となると、ネクタイ業界がクールビズに抗議するのも理解できる気はします。とは言え、単にクールビスだけではこんなに減るはずはないかもしれません。言うまでもなく、かつて和服の需要が急変したように、次は服飾業界も大きな流れが出ているのかもしれません(=就活にもご注意を)。

 なお、2011年の輸入2351.1万本のうち、実に2140.6万本(91.5%)が中国からの輸入です。次がイタリアの164.8万本ですが、このネクタイの単価を知りたいところです。たぶん、中国=安価で大量、イタリア=高価で少数ということになるかと思います。そして、中国からの輸入品のうち、どのぐらいが日本資本で中国で生産された商品なのか? そのあたりも興味がわくところでしょう。

ほのかな尿の匂いが味覚をそそる:高畑ゼミの100冊#25&食についてPart14ジェームス・ジョイス「ユリシーズ」

2013 12/2 総合政策学部の皆さんへ

 皆さんにとっては、いきなりとんでもないタイトルだと思われるかもしれませんが、これは20世紀を代表する小説の一つとされるアイルランド生まれの小説家ジェームス・ジョイスの傑作『ユリシーズ』(書籍番号#82)の一節です。

 もう少し正確に引用すれば(私の手元にあるのは、京都で大学院生をやっていることに古本屋で仕入れた河出書房版世界文学全集Ⅱ-13の『ユリシーズ1』(丸谷才一、永川玲二、高松雄一訳;なお、今、生存しているのは最後の高松雄一おひとり、時代の流れを感じます)の68頁)に以下の通りです。

ミスタ・レオポルド・ブルームは好んで獣や鳥の内臓を食べた。好物はこってりとしたもつのス-プ、クルミの味のする砂嚢、詰め物をして焼いた心臓、生パン粉をまずした肝臓のカツレツ、鱈子のソテー。なかでも大好物は羊の腎臓のグリルで、ほのかな尿の匂いが彼の味覚をそそった」と出てきます。朝起きたばかりの彼は、猫にミルクをあげながら、考えます、「木曜日、とするとバクリーの店にもないだろうな、うまい羊の腎臓は? バターでいためて、胡椒をふりかけて。いっそドルガッチの店で豚の腎臓を買ってくるか。湯が沸くまでの間に

 こうして『ユリシーズの』主人公の一人、寝取られ男のブルームは、朝が弱い奥さんをおいて、腎臓を買出しに出かけます。

 これが1904年6月16日、20世紀最大の小説の記念すべき1日(=「ブルームの日」)の始まりです。なにしろ、この分厚い本は、このたった1日での、太った中年男ブルーム(これが、ひょっとしてあのホメロスが詠うオデュッセウス?!)と若い詩人スティーブン・ディーダラス(こちらはテーレマコス?!)の、ダブリンの街における一瞬の擦れ違いを描くだけですから。

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 それにしても1904年6月16日、この日はどんな日か? 世界の他の場所では何が起きているのか?

 チェーホフの『桜の園』(最近は、むしろサクランボ畑と訳した方がよさそうだとのことですが)のモスクワ芸術座初演(1月17日)の5か月後、日露戦争最初の戦火の仁川沖海戦(2月8日)のほぼ4か月後、パナマ運河起工(5月4日)の1月半後です。

 そして、セントルイス・オリンピック開幕(7月1日)が半月後(日露戦争中に開催!)、20世紀の塹壕戦(歩兵の突撃とそれを防ぐ塹壕と、そしてすべてをなぎ倒す機関銃)をいわば決定づけた旅順港攻防戦で日本軍が死者の山を築く第1回総攻撃(戦死5,017名、負傷10,843名)が2か月後(8月19~24日から)、そして与謝野晶子の「君死に給うことなかれ」(9月1日)が2か月半後になります。

 ちなみに、旅順港攻防戦での日本軍の損害は戦死約16,000名、戦傷(延数)約44,000名、ロシア軍は戦死約10,000名、戦傷(延数)約30,000名! しかし、当時観戦武官でこの戦闘を見守った欧米の軍人以外はその本質が見抜けず(軍人たちは、つねに、昨日の頭で戦争にのぞみがちです)、10数年後の第一大戦では、たとえばヴェルダン要塞攻防戦で連合軍死傷者37万7千人~54万2千人(内死者不明者 162,308人)、ドイツ軍33万6千人~43万4千人(内死者 10万人)と桁違いに増加してしまいます。

 それにしても、ヴェルダン攻防戦での死傷者数のぶれぐあい、連合軍がはたして38万人しか死傷しなかったのか、それとも54万人も死傷したのか、誰も正解がわからない。これが戦争の本質のひとつを教えてくれます。

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 話がいつのまにかあらぬ方にそれてしまったようです。今日は「ほのかな尿の匂いが味覚をそそる」で連想するアイルランドの臓物料理の話のはずなのに・・・・。

 さて、朝食から臓物を食べる・・・・日本人にはなかなかついていけない世界かもしれませんが、これがアイルランド料理の世界のようです。と言いながら、ふと、不安になりますが、皆さんアイルランド料理はご存知ですか? せいぜいアイリッシュ・シチューぐらいかもしれませんね。

 なお、アイリッシュ・シチューとは、Wikipediaによれば「角切りの羊肉(主に首肉が使用される)、輪切りのタマネギ、ジャガイモ、香辛料としてタイム、パセリ 、塩胡椒とスープストックで煮たシチュー。切り分けた羊肉、タマネギ、ジャガイモを交互に重ね、弱火で煮込んで完成となる。材料は炒めず、ブイヨンやルウを加えずに煮込んで白く仕上げる点が特徴である」とあるのですが、その数行前に「アイルランドにおける伝統的な料理であり、家庭の数だけレシピがある」とも書いてある。

 日本の“味噌汁”、インドの“カリー”のようなもので、例えば、東北人にとって京都の白みそなど、仰天の世界かもしれませんが、それも“味噌汁”、あれも“味噌汁”。同様に、北海道人にとっては赤飯には甘納豆が入っていたり、香川県・徳島県の一部では、“雑煮”にあんころもちが入っていたりする。それでも、その総体は日本料理、というようなものかもしれません。

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 さて、何故にアイルランド人が臓物などを好むのか?

 このあたりはWikipediaでは「中世農奴制の元、農民は牛の生産を行わされ、生産された牛肉は、貴族や富裕層のみが消費していた。農民は燕麦や大麦と、牛乳、バター、チーズなどの乳製品、肉では牛の内臓や豚足、ブラック・プディングと呼ばれる血のソーセージなどを食べていた」と説明します。

 この解釈は、ブラジルでの奴隷料理が国民食にまでなってしまったという(異説もあるそうです)フェイジョアーダ・コンプレッタ(黒いフェイジャオン[隠元豆]と豚の脂身、豚や牛の干し肉または燻製肉、リングイッサ(Linguiça)という生ソーセージ、豚の耳や鼻、豚足、尾、皮などを、ニンニクと岩塩の塩味でじっくり煮込んだ料理;Wikipedia)とよい勝負かもしれません。

 いわゆる“階級”が、新しい料理を産み、本来そんな粗末なものを口にするはずのない上流階級たちが、いつのまにかやみつきになる。そこに歴史の皮肉を見るのもよし、あるいはヒトの本質をさぐるのもおもしろいかもしれません。

プロフィール


高畑由起夫
◆研究分野:生態学、自然人類学、霊長類学 ◆研究内容:主な研究対象はニホンザルやチンパンジー、ワオキツネザル等ですが、潮間帯の巻貝類や水生昆虫、カラス等も調べたことがあります。霊長類学の視点で、近縁...