ほのかな尿の匂いが味覚をそそる:高畑ゼミの100冊#25&食についてPart14ジェームス・ジョイス「ユリシーズ」

2013 12/2 総合政策学部の皆さんへ

 皆さんにとっては、いきなりとんでもないタイトルだと思われるかもしれませんが、これは20世紀を代表する小説の一つとされるアイルランド生まれの小説家ジェームス・ジョイスの傑作『ユリシーズ』(書籍番号#82)の一節です。

 もう少し正確に引用すれば(私の手元にあるのは、京都で大学院生をやっていることに古本屋で仕入れた河出書房版世界文学全集Ⅱ-13の『ユリシーズ1』(丸谷才一、永川玲二、高松雄一訳;なお、今、生存しているのは最後の高松雄一おひとり、時代の流れを感じます)の68頁)に以下の通りです。

ミスタ・レオポルド・ブルームは好んで獣や鳥の内臓を食べた。好物はこってりとしたもつのス-プ、クルミの味のする砂嚢、詰め物をして焼いた心臓、生パン粉をまずした肝臓のカツレツ、鱈子のソテー。なかでも大好物は羊の腎臓のグリルで、ほのかな尿の匂いが彼の味覚をそそった」と出てきます。朝起きたばかりの彼は、猫にミルクをあげながら、考えます、「木曜日、とするとバクリーの店にもないだろうな、うまい羊の腎臓は? バターでいためて、胡椒をふりかけて。いっそドルガッチの店で豚の腎臓を買ってくるか。湯が沸くまでの間に

 こうして『ユリシーズの』主人公の一人、寝取られ男のブルームは、朝が弱い奥さんをおいて、腎臓を買出しに出かけます。

 これが1904年6月16日、20世紀最大の小説の記念すべき1日(=「ブルームの日」)の始まりです。なにしろ、この分厚い本は、このたった1日での、太った中年男ブルーム(これが、ひょっとしてあのホメロスが詠うオデュッセウス?!)と若い詩人スティーブン・ディーダラス(こちらはテーレマコス?!)の、ダブリンの街における一瞬の擦れ違いを描くだけですから。

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 それにしても1904年6月16日、この日はどんな日か? 世界の他の場所では何が起きているのか?

 チェーホフの『桜の園』(最近は、むしろサクランボ畑と訳した方がよさそうだとのことですが)のモスクワ芸術座初演(1月17日)の5か月後、日露戦争最初の戦火の仁川沖海戦(2月8日)のほぼ4か月後、パナマ運河起工(5月4日)の1月半後です。

 そして、セントルイス・オリンピック開幕(7月1日)が半月後(日露戦争中に開催!)、20世紀の塹壕戦(歩兵の突撃とそれを防ぐ塹壕と、そしてすべてをなぎ倒す機関銃)をいわば決定づけた旅順港攻防戦で日本軍が死者の山を築く第1回総攻撃(戦死5,017名、負傷10,843名)が2か月後(8月19~24日から)、そして与謝野晶子の「君死に給うことなかれ」(9月1日)が2か月半後になります。

 ちなみに、旅順港攻防戦での日本軍の損害は戦死約16,000名、戦傷(延数)約44,000名、ロシア軍は戦死約10,000名、戦傷(延数)約30,000名! しかし、当時観戦武官でこの戦闘を見守った欧米の軍人以外はその本質が見抜けず(軍人たちは、つねに、昨日の頭で戦争にのぞみがちです)、10数年後の第一大戦では、たとえばヴェルダン要塞攻防戦で連合軍死傷者37万7千人~54万2千人(内死者不明者 162,308人)、ドイツ軍33万6千人~43万4千人(内死者 10万人)と桁違いに増加してしまいます。

 それにしても、ヴェルダン攻防戦での死傷者数のぶれぐあい、連合軍がはたして38万人しか死傷しなかったのか、それとも54万人も死傷したのか、誰も正解がわからない。これが戦争の本質のひとつを教えてくれます。

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 話がいつのまにかあらぬ方にそれてしまったようです。今日は「ほのかな尿の匂いが味覚をそそる」で連想するアイルランドの臓物料理の話のはずなのに・・・・。

 さて、朝食から臓物を食べる・・・・日本人にはなかなかついていけない世界かもしれませんが、これがアイルランド料理の世界のようです。と言いながら、ふと、不安になりますが、皆さんアイルランド料理はご存知ですか? せいぜいアイリッシュ・シチューぐらいかもしれませんね。

 なお、アイリッシュ・シチューとは、Wikipediaによれば「角切りの羊肉(主に首肉が使用される)、輪切りのタマネギ、ジャガイモ、香辛料としてタイム、パセリ 、塩胡椒とスープストックで煮たシチュー。切り分けた羊肉、タマネギ、ジャガイモを交互に重ね、弱火で煮込んで完成となる。材料は炒めず、ブイヨンやルウを加えずに煮込んで白く仕上げる点が特徴である」とあるのですが、その数行前に「アイルランドにおける伝統的な料理であり、家庭の数だけレシピがある」とも書いてある。

 日本の“味噌汁”、インドの“カリー”のようなもので、例えば、東北人にとって京都の白みそなど、仰天の世界かもしれませんが、それも“味噌汁”、あれも“味噌汁”。同様に、北海道人にとっては赤飯には甘納豆が入っていたり、香川県・徳島県の一部では、“雑煮”にあんころもちが入っていたりする。それでも、その総体は日本料理、というようなものかもしれません。

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 さて、何故にアイルランド人が臓物などを好むのか?

 このあたりはWikipediaでは「中世農奴制の元、農民は牛の生産を行わされ、生産された牛肉は、貴族や富裕層のみが消費していた。農民は燕麦や大麦と、牛乳、バター、チーズなどの乳製品、肉では牛の内臓や豚足、ブラック・プディングと呼ばれる血のソーセージなどを食べていた」と説明します。

 この解釈は、ブラジルでの奴隷料理が国民食にまでなってしまったという(異説もあるそうです)フェイジョアーダ・コンプレッタ(黒いフェイジャオン[隠元豆]と豚の脂身、豚や牛の干し肉または燻製肉、リングイッサ(Linguiça)という生ソーセージ、豚の耳や鼻、豚足、尾、皮などを、ニンニクと岩塩の塩味でじっくり煮込んだ料理;Wikipedia)とよい勝負かもしれません。

 いわゆる“階級”が、新しい料理を産み、本来そんな粗末なものを口にするはずのない上流階級たちが、いつのまにかやみつきになる。そこに歴史の皮肉を見るのもよし、あるいはヒトの本質をさぐるのもおもしろいかもしれません。

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プロフィール


高畑由起夫
◆研究分野:生態学、自然人類学、霊長類学 ◆研究内容:主な研究対象はニホンザルやチンパンジー、ワオキツネザル等ですが、潮間帯の巻貝類や水生昆虫、カラス等も調べたことがあります。霊長類学の視点で、近縁...

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