2014年1月

第一次世界大戦勃発から100年#1:サラエボでの暗殺から1世紀が過ぎました

2014 1/31 総合政策学部の皆さんへ

 今年は2014年、総合政策学部とKSC開設20周年が2015年3月だということばかり気にかけていましたが、気がつけば、第一次世界大戦勃発から100年が過ぎようとしています。たった100年か、とも思いますし、そんなに経ったのか! とも思います(私も、そのうちの60年を生きているわけですが)。ということで、とりあえず、第一次大戦100周年について少し述べたいと思います。

 まず、何と言っても、1871年の普仏戦争以後、ヨーロッパ中央では先進国同士の激突は避けられてきました、実に43年間。それが、「私ならお前と同じことをしたくない。私には時には5つのボール(=大国)をもって馬にまたがり、1つのボールも落とさずに曲芸を演じている騎手のように見える(つまり、誰もビスマルクの真似はできない)」と新生ドイツ皇帝ヴィルヘルム1世に評された鉄血宰相オットー・フォン・ビスマルクの個人的才覚によって維持されたかどうかはさておき、とりあえず、1871年から1913年までに勃発したのは基本的に植民地戦争か、小国同士の争い(例えば、バルカン戦争)でした。また、そのためにこそ、日露戦争での旅順攻囲戦奉天会戦の本質を見落とし、西部戦線で異常なまでの犠牲を積み重ねることになるわけですが。

 さて、第1次大戦前のヨーロッパを象徴していたのは、何度もこのブログで言及していますが、ハプスブルグ家が支配するオーストリー=ハンガリー帝国と、スルタンが支配するオスマン・トルコ、それにロマノフ王朝下のロシア帝国です。これらはいずれも複数の民族をベースに、“帝国”を象徴する皇帝の独裁的支配下にあり、また、一面ではグローバルな、少なくとも民族を越えた“国際帝国”でした(これに清朝をいれるのか? 入れるべかもしれません)。

 国境などもあって、ないようなもの(とくに中国では)。オスマン・トルコのように、皇帝のお眼鏡にかなえば、異民族でも出世できる可能性がある。ロマノフ朝の場合、外国人でも皇帝になれる。例えば、ロマノフ朝皇帝の中でも傑作の一人ピョートル大帝の死後、貴族の一部は後継者にピョートルの2番目の妻エカチェリーナを推しますが、彼女は現在のラトビア=リトアニア地方の戦争捕虜出身なのです。このエカチェリーナ1世の37年後即位するこれも女帝のエカテリーナ2世はドイツ生まれでした(なお、1世も2世も、宗教的にはカトリックからロシア聖教に改宗しています)。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 こうした世界的な体制の枠組み自体が、1914年6月28日、セルビア人民族主義者ガヴリロ・プリンツィプによるオーストリア=ハンガリー帝国皇位継承者フランツ・フェルディナント・フォン・エスターライヒ=エステ夫妻へのたった2発の銃弾がきっかけで、崩壊していった事を考えると、なんとも言えない気分になります。その年から今年でちょうど100年目です(なお、暗殺者プリンツィプの名前は「報道を運ぶ者」という意味だそうです)。

 ユダヤ系ドイツ人ジャーナリストエーミール・ルードヴィヒの『1914年7月』は、この暗殺事件から(ちょうど1カ月後の)7月28日のオーストリー=ハンガリー帝国によるセルビアへの宣戦布告、31日のロシア軍総動員、それに呼応した8月1日のドイツ軍総動員、そして8月4日の英仏参戦というめまぐるしい1カ月(恐るべき破綻をなんとか食い止めようとする者たちと、勢いですべてを決着させようとする者たち)を描いています。

 しかし、1929年刊の『1914年7月』を今あらためて読み返せば、実のところ、この銃弾が偶然のものではなく、フェルディナントの暗殺であろうとなかろうと、国際帝国の自己矛盾と破綻がいずれはどこかで爆発せざるを得なかったことが次第に伝わってきます。

 なおかつ、勝利者たる英仏もまた、次に続く戦間期の20年で、こちらもまた自己矛盾による破綻を経験せざるを得なかったことを我々に教えてくれます。

 ルードウィッヒは最後に書き付けます、「なんびとといえども、世界大戦によって永遠の利益をえたものはない」、しかし「このような事態一切を引き起こした真の責任者は、いまなお処罰されず、自由の身を楽しんでいる(1929年の時点で)」「最初に極力戦禍を避けようとしてふたりの人物、ツァーとチッサ伯はおのおの自国民のために殺害された」、そして「全ヨーロッパの民衆は、900万の屍をもって勘定書きの支払いをしたのだ」(世界ノンフィクション全集版、早坂二郎訳)。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 こうした惨状が、世界を変えていったのは当然のことと言えるでしょう。

 また、こうして“民族自決”によって無数の国民国家に分割されたヨーロッパが、再びEUとしてまとまろうとして、まとまりきれないのも、また、興味深くもあり、過去の死者数を考えると痛ましい限りです(以下、to be continued・・・・・・)。

 

ディズニーのキャラクターについて

2014 1/22 総合政策学部の皆さんへ

 先に『ドナルドの数学教室(さんすうマジック)』をご紹介しましたが、それでは皆さん、アニメのキャラは誰が好きでしょうか? と言っても、今日日(きょうび)はやたらに増えすぎているようです。そもそもディズニーのキャラはどんなものがあるのでしょうか?

 そのウォルト・ディズニー、生まれは1901年ですから、まさに20世紀の申し子、享年は65歳と10日あまりなので、それほど長生きとは言えません。職業は、Wikipediaによれば「アニメーター、プロデューサー、映画監督、脚本家、声優、実業家、エンターテイナー」ということで、たんなるクリエーターを超越した20世紀の花形職業の一つ=プロデューサーとして、一代で巨大国際企業を作り上げた人物です。

 ちなみに彼の誕生日(1901年12月5日)に生まれた人物は、1932年ノーベル物理学賞受賞者ハイゼンベルグです。9日遅れが俳優阪妻こと阪東妻三郎(田村正和のおとっさんです)、11日遅れが文化人類学者マーガレット・ミード、22日遅れがドイツ生まれの女優マレーネ・ディートリッヒ。代わりにディズニー誕生前後に世を去った人物としては11月7日に李鴻章、12月13日に中江兆民。やはり時代の変わり目を感じます。

 まだ人生のピークに達するにはしばらくかかる、という段階はやがて20世紀前半の最大のアート・プロジューサーの一人にのしあがるロシア・バレー団創設者のディアギレフ、まだ29歳、帝室マリインスキー劇場の特別任務要員(何をする役なのでしょう?)から、罪人同様の扱いで追放されています。20世紀の現代劇の幕を開けたアルフレッド・ジャリは一つ下の28歳、すでに劇『ユビュ王』を上演して、ピークが過ぎた頃、たぶん“2リットルの葡萄酒”が朝飯だったという破滅的生活で、その死まであとたったの6年。そして、映像の幕をひらいたリュミエール兄弟が映画撮影に乗り出してから6年目(有料公開は1895年12月28日)、そんな時代です。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 さて、ディズニーが創造したキャラとして、ミッキーは“長男”ではありません。それは、「しあわせウサギのオズワルド」なのだそうです(Wikipeidia)。ところが、このキャラを巡って、「1928年2月配給先のユニバーサル・ピクチャーズと所有権をめぐり交渉が決裂し、さらにチャールズ・ミンツによる従業員引き抜き工作によってウォルトとアブは作品を放棄」、こうして全権利とアニメーターまで失ったウォルトは、しかし工房の権利だけは確保して、不朽のキャラたる“ミッキーマウス”を創造、自らの“失った嫡出子”オズワルドまでをも圧倒してしまう、という結末に至る、と言うわけです。

 禍福はあざなう縄のごとし、人生すべて塞翁が馬、七転び八起きのディズニーの快進撃がここから始まるわけですが、この苦い経験が、ビジネス体としてのディズニー・プロダクションを特徴付ける執拗なまでの著作権の主張になってくるわけですね(眞壽田先生の知財の世界です)。

 この“失われた嫡出子”オズワルドの画像は、ユーチューブでは次のURLで観ることができるようです(http://www.youtube.com/watch?v=cfGeOT0Q3MsQ3Ms)。

 しかし、このオズワルドの画像、微妙ですね。ミッキーを見慣れた眼からすれば、“うさぎ”というより、“耳が長いネズミ”に見えてします。版権争いで、負けてしまったことが、ディズニーにとっては、そしてオズワルド/ミッキーというキャラにとっても、かえって良かったかもしれない、そんなことも考えさせられます。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 こうしてディズニーに管理されているキャラクターの一覧はWikipediaに「ディズニーキャラクター」をどうぞ。なかなか膨大であるとは言え、ミッキーやドナルドのように、手塩にかけて育てた、というキャラはそれほど多くはないかもしれません。

 例えば、白雪姫やピーターパン、シンデレラなどの原作物も目につきます。あのバンビもまた、ハンガリー出身でユダヤ系オーストリア作家のフェーリックス・ザルテンによる童話があるそうです。なお、童話ではヨーロッパが舞台で主役はノロジカでしたが、アニメでは北米でアカシカが演じることになります。

 最後に、Wikipediaの「アメリカアニメーションの黄金時代」に登場のキャラに触れてみると、ディズニー出身者は他にグーフィー(ミッキ-シリーズから)ぐらいですね。ポパイやベティ・ブープ、バックス・バーニー等、ちょっとくだけたキャラはみんなディズニー以外の出身です。そのあたりも、おいおい紹介していきましょう。

単位について;インチ、フィート、ヤード、ポンド、そして口径#1

2014 1/15 総合政策学部の皆さんへ

 以前、講義で「1マイルって何キロ?」と尋ねると、どなたも答えられませんでした。「それでは、アメリカでは運転できないぜ!」というところですが(「飛行機の操縦もできないぜ!」とも言えます)、皆さんはご存じですよね、1インチが25.4mmで、そのインチが12集まると1フィート(304.8mm)、そのフィートが3つで1ヤード(914.4mm)、そのヤードが1760集まると1マイルです(1,609.344m)。

 このヤード・ポンド法の基本であるフィートは本来「足の長さ」で、つまりは人の身体の一部が基準の身体法です。そのため、日本で古来から使われてきた尺貫法と同じく、捨てがたいところがあるわけです(地球の円周から機械的に計算されたメートル法とは、基本的になじむ訳がない)。ところで、日本での“尺”は「曲尺の1尺は日本語で言う1歩分(片足を前に踏み出した長さ)」(Wikipedia)とのこと、303.03mmなので1フィートとほぼ同じです。感覚的にはこのあたりがなじみやすいスケールなのかもしれません。

 日本人にとって、「六尺あまりの大男(身長180cm)」、あるいは「今までは人並みなりと思ひしに、五尺に足りぬ、四尺(ししゃく、と読んで、子爵にかける)なりとは!」という勝海舟の狂歌に思いが及ぶところです(勝自身は五尺=身長150cm)ぐらいだったとのこと)。

 もっとも、日本の法律ではヤード・ポンド法は例外規定をのぞいて、使用禁止です。それではその例外というと、Wikipediaによると、
(1)輸出されるべき計量器(計量法9条2項)
(2)航空機の運航に関する取引・証明(計量法附則5条2項1号)
(3)ヤードポンド法で表記されて輸入された商品の取引・証明(計量法附則5条2項2号)
(4)日本国内の合衆国軍隊・国際連合軍隊に属する者が用いる場合(計量単位令6条1項2号)
(5)自衛隊が武器の一部として使用する計量器(計量単位令12条1号ロ)
 となります。
 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 先に触れた例外規定をみると、要点が三つあることはわかりますね。まず、輸出入(具体的には対アメリカでは、デファクト・スタンダードであるヤード・ポンド法にしないと、売れない。当然、トヨタやホンダ等の自動車もそのはずです)、次に同じデファクト・スタンダードとして航空機に使われるスケール(エアバス登場まで、大型旅客機はアメリカ製が独占状態でした)、そして軍事関係です。

 もちろん、このほかにも、たとえメートル法で表示されているとは言え、実質、ヤード・ポンド法が支配している世界もあります。例えば、PCのディスプレーのサイズ、14型というのは対角線の長さが14インチということです。あるいは、バターの重さ、業務用サイズは450グラムか225グラムだったりしますが、なぜ500グラムでないのか? あれはおそらくポンド(正確には453.59グラム)に由来するのでしょう。子どもの頃、不思議に思ったことでした。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 ということで、軍事物質の多くが、大生産国・消費国であったアメリカ・イギリスの基準により、決められるわけで、この点、メートル法というフランス革命の一大遺産をかかえたフランスが軍需産業という点で遅れをとっていることが、単位の動向からもわかってしまいます(ある意味、エアバスはアメリカから重要産業を奪回して、グローバル社会でのプレゼンスを取り戻すための悲願とも言える企業であるわけです)。

 いずれにしても、アメリカ軍(人)の基本はヤード・ポンド法です。政策についてよく使われる譬えをもじれば、文字通り、“大砲”も“バター”もヤード・ボンド法なのです。「ハイネマンのホットロッド」と呼ばれた小型艦上攻撃機A-4から巨大爆撃機B52まで、彼らが落とす自由落下型爆弾はすべてポンド単位でした。

 例えば、A-4ではMk.81 汎用爆弾 (250ポンド=113.4キロ)か Mk.82 汎用爆弾 (500ポンド=226.8キロ)というわけです。B-52だと、Mk.82からさらに重く、Mk.83(1000ポンド)、Mk.84(2000ポンド;907.8キログラム)となります。

 そして特殊な爆弾にはディジーカッター(BLU-82/B)で15,000ポンド (約6,800 kg) 、あるいは第2次世界大戦でイギリス軍が使用したUボートバンカー破壊用、その名もグランドスラム(22,000ポンド;約11トン)があります。 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 それでは、このあたりで話をきりあげ、to be continued・・・・・・としましょう。

プロフィール


高畑由起夫
◆研究分野:生態学、自然人類学、霊長類学 ◆研究内容:主な研究対象はニホンザルやチンパンジー、ワオキツネザル等ですが、潮間帯の巻貝類や水生昆虫、カラス等も調べたことがあります。霊長類学の視点で、近縁...