2014年8月

武器輸出における日本の近代化Part1:第一次大戦での駆逐艦の例、そしてその“名前”

2014 8/15 総合政策学部の皆さんへ

 本日は69回目の終戦記念日ということで、具体的なテーマ、“武器輸出”を取り上げてみたいと思います。その武器輸出等で活躍する武器商人については「彼らの理想は、敵対する国の両方に自分の武器を売り込むことだ」などと聞いたことがあります。

 例えば、第2次大戦での日本海軍の零式艦上戦闘機(正式には“れいしきかんじょうせんとうき”とお読み下さい。実は、“ぜろせん”というのは、正式名称ではないようです)が備えた20mm機関砲(九九式二〇ミリ機銃)も、それを撃ち落とす米軍艦船の20mm機関砲も、どちらも元々はスイス製のエリコンFF/SSであった・・・。それはさておき、日本はいつ頃から武器輸出をしていたのか? 皆さんはご存じですか?

ちなみに、日本の武器三原則はご存じですね? 現在の政権はこれを変更したいようですが、Wikipediaによれば「武器輸出三原則(ぶきゆしゅつさんげんそく)とは、日本政府がとっていた武器輸出規制および運用面の原則のことである。政府答弁などで明らかにされていたものの、直接法律で規定されてはおらず、政令運用基準にとどまっていた。また、「武器」の定義等をふくめて議論があった。それが、2014年4月1日に武器輸出三原則に代わる防衛装備移転三原則が閣議決定された」とのことです。

 それでは日本の武器輸出の嚆矢とは? それはひょっとして戦国末期から江戸時代にかけて、御朱印船で運ばれた輸出品に銀、銅、銅銭、硫黄、刀などの工芸品」(Wikipedia「朱印船」)」とある日本刀かもしれません。日本人が世界史にちょっと顔をのぞかせるアンボイナ事件(皆さん、ご存じですよね)、そこで脇役として登場する日本人傭兵(平和な江戸時代に、仕事にあぶれてしまった武士たち)も、この日本刀をちらつかせていたかもしれません(同事件ではオランダ人の手により、イギリス人10名、日本人9名、ポルトガル人1名が斬首されます;Wikipediaより)。

 その日本がペリー来航からこっちの明治維新で、列強との技術差に圧倒された後、武器輸出国までになりあがる過程で、どんなことがあったのか? 歴史の片隅から掘り起こす それが今回のテーマです。

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 さて、幕末から後、日本ではとくに大型艦は外国発注は当たり前な時代が続きました。日本で最後に外国に発注された戦艦であった「金剛」(ヴィッカース社製が起工が1911年、竣工が1913年、就役が1913年(喪失は第2次大戦中の1944年11月21日)だったのに対して、その就役後たった4年後に、日本がフランスに(小型とは言え)駆逐艦を輸出していたというのは、ちょっと驚きでした。

 これはこのところ時折耳にする、昨日までの途上国が急速に発展して、生産品を先進国へ逆輸出しだすという現象の“走り”かもしれません。

 ちなみに、1904年に勃発した日露戦争のため、日本海軍はいわゆる6・6艦隊(戦艦6隻、装甲巡洋艦6隻)の建造に乗り出しますが、1897年竣工の富士型戦艦2隻はイギリスに発注、さらにそのあとの敷島型戦艦4隻もマジェスティク型戦艦の改良型として、イギリスに発注。

 装甲巡洋艦も浅間型2隻(イギリス)、八雲型1隻(ドイツ)、吾妻型1隻(フランス)、出雲型2隻(イギリス)ですべて外国製、なお、発注先が3カ国なのは外交的配慮のようです。そしてさらに、戦争直前にアルゼンチンが購入するはずの春日型2隻(イギリス)を急きょ取得します。アラブ型駆逐艦の輸出はその日露戦争のたった10数年後なのです。

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 ということで、調べてみると、なんと軍艦の輸出はそれより前に始まっていました。例えば、1911年に成立した中華民国には砲艦として、江元級4席(川崎造船所)、楚秦級6隻(同)、永翔級2隻(川崎造船所神戸造船所と三菱造船所長崎造船所)等を輸出。永翔級の竣工は1913年ですから、すでに武器輸出の実績は着々と積み重ねている感があります。

 なお、永翔級の排水量は780トン、アラブ級駆逐艦は685トンと良い勝負です。ちなみに、Wikipediaの清国海軍のリストでは、清国海軍時代はイギリス・アームストロング/ヴィッカーズ/J・S・ホワイト・コーズ造船所、ドイツ・フルカン造船所などが並んでいて、日本からの輸出は見当たらないようです。中華民国と日本のこの微妙な関係もまた、近現代史のテーマとして取り上げるべきものかもしれません。

 さて、日本から輸出されたアラブ級駆逐艦とは、「フランス海軍が第一次世界大戦中に就役させた駆逐艦の艦級。日本製の艦であり、大日本帝国海軍の樺型駆逐艦の同型艦を購入した」ものだそうです。フランスは参戦後、駆逐艦不足から日本に12隻を発注したというのがWikipediaの解説です。ポートサイドでの引き渡しまでは日本海軍の艦籍をもち、フランス海軍に引き渡されたとのことです。 ただし、フランス海軍で付けられたこの“アラブ(Arabe)”級駆逐艦の艦名は、どうでしょう? 以下、Wikipediaから抜き出した一覧です。

日本海軍艦名「第1番駆逐艦」、 アルジェリアン(Algérien);「第2番駆逐艦」、 アンナン(Annamite);「第3番駆逐艦」、 バンバラ(Bambara);「第4番駆逐艦」、 ホヴァ(Hova);「第5番駆逐艦」、 カビーリ(Kabyle);「第6番駆逐艦」、 マロケイン(Marocain);「第7番駆逐艦」、 サカラバ(Sakalave);「第8番駆逐艦」、 セネガル(Sénégalais);「第9番駆逐艦」、 ソマリ(Somali);「第10番駆逐艦」、 トンキノワ(Tonkinois);「第11番駆逐艦」、 トアレグ(Touareg)。

 脳天気なまでの帝国主義というか、すべて植民地の地名・民族名が付けられています。アルジェリアンやアンナン、セネガル、ソマリはいうまでもないことですが、ちなみにサカラバはマダガスカルの民族、トアレグは北アフリカの民族です。トンキノワはベトナムのトンキン湾のことでしょうか? マロケインはフランス領モロッコか?(フランス語ではMaroc)

 実はこれには同類があります。それはイギリス海軍のトライバル級 16隻、こちらは文字通り「部族」級というわけで、アシャンティ(Ashanti)、からズールー(Zulu)までそろっているようです。このあたり、軍艦の命名ルールともあいまって、また稿をあらためたいと思います。

プロフィール


高畑由起夫
◆研究分野:生態学、自然人類学、霊長類学 ◆研究内容:主な研究対象はニホンザルやチンパンジー、ワオキツネザル等ですが、潮間帯の巻貝類や水生昆虫、カラス等も調べたことがあります。霊長類学の視点で、近縁...