2015年2月

ものを食うということについてPart2:様々な食の形、巣鴨プリズンの朝食から

2015 2/23 総合政策学部の皆さんへ

 この世の中には、時折、食について詳細を描き残す方々がいます。そこに描かれる様々な食の光景に、自ずとヒトの本質が浮かび上がってくるかもしれない、それが本日のテーマです。

 例えば、昭和23年9月26日(日)曇時々小雨の巣鴨プリズンで、太平洋戦争開戦時の東条英機内閣の商工大臣(後の総理大臣、さらには「昭和の妖怪」の徒名を欲しいままにした、そして安倍現首相の祖父たる)岸信介は、刑務所の寒さに閉口しながら『罪と罰』(英訳)を読みふけり、「著者の深刻な人生観が身に迫るのを感ずる」と記した後で、その日の食事を記録します(それにしても、刑務所で英訳本の『罪と罰』を読む。

 現在の政治家のなかでこんな方はいるでしょうか? しかも、正式に起訴されて有罪を言い渡されれば、死刑もありうる状況で!)。その日、岸がとった食事は、以下の通りですが、ピーナツバターとあるのを見れば、いかにもアメリカ進駐軍からのあてがいぶちという感じです。

 朝:饅頭(パンのことか?)、ピーナツバタ、濃汁(ポタージュか?)、ゼリー、珈琲
 昼:白鶉豆入飯、味噌汁、烏賊煮付け、巴旦杏3個、茶
 夜:米飯、キャベツ汁、アメリカ味噌汁
(この表現がしばしば出てくるのですが、詳細不明)、コーンビーフ馬鈴薯入雑煮、茶 
 そして短歌が1首「秋雨の降りしくひとや冷えぬれど衣重ねむすべもあらなく

  9月29日は以下のとおりです。
 朝:饅頭、チョコレート、味噌汁、素キャベツ、珈琲
 昼:米飯、粉卵汁、缶詰牛肉タマネギ人参入雑煮、トマトジュウス、茶
 夜:米飯、アメリカ味噌入汁、鰺煮付け、白鶉豆砂糖煮、茶
そして同じく短歌が一首「虫の音は寂しきものと知り乍ら待てども泣かぬ夜の寂しき

  なお、『岸信介の回想』では出獄後の回想で「弟(のちの第61~63代首相佐藤栄作)はちょうど内閣の方に行っていて、しばらく待ったら帰ってきた。ちょうど昼飯の時間で何か好きなものがあるなら食べさせる、というので、巣鴨にいる間、3、4回マグロの刺身が出たことがあって、二切れしかなかったけれど、実にうまかった。他日出獄した折にはマグロの刺身を腹一杯食べてみたいと思っていた、というと、大きな皿に盛ったマグロの刺身をとってくれた。ところが食べていると、いっこうにうまくないんだよ(笑)。それでね、落語にあるでしょう、目黒のサンマ。こっちは巣鴨のマグロなんだ、マグロは巣鴨に限る(笑)」。

 やはり、政治家というもの、なかんづく「昭和の妖怪」とまでうたわれた人はそれなりの覚悟と、そして鋭い感性の持ち主のようです。

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 その岸がアメリカ駐留(占領)軍のお仕着せによる食事を喫するその数年前の1945年8月15日(ご存じ、終戦の日)、3月10日の東京大空襲で長年住み慣れた偏奇館を焼け出された永井壮吉こと金阜山人あるいは断腸亭主人、すなわち小説家永井荷風は疎開先の岡山で、これまでと同様に出口の見えない朝を迎えます。

 8月15日。陰りて風涼し。宿屋の朝飯、雞卵、玉葱味噌汁、はやつけ焼、茄子香の物なり。これも今の世にては八百善の料理を食するが如き心地なり。『断腸亭日乗』)

 彼は前日、同じく疎開中の作家谷崎潤一郎から「津山の町より牛肉を買ひたればすぐお出ありたしと言ふ。急ぎ小野旅館にいたるに日本酒もまたあたためられたり。細君下戸ならず。談話頗る興あり。9時過辞して客舎にかへる。深更警報を聞きしがおきず」とあります(ちなみに、荷風が「酒」とか、「清酒」と書かずに「日本酒」と書いているのに、今はじめて気づきました)。

 なお、「細君」とは谷崎の愛妻、先日、水茎うるわしい書簡が発見された松子夫人にほかなりません。その谷崎は、かつて自らをひきたててくれた先輩荷風を懇切に世話します。上記8月15日の条を続ければ、

 「鉄道乗車券は谷崎君の手に既に訳もなく購ひ置かれたるを見る。雑談する中汽車の時刻迫り来たる。再開を約し、送られてともに裏道を歩み停車場にいたり、午前11時20分発の車に乗る」「出発の際谷崎君夫人の送られし弁当を食す。白米のむすびに昆布佃煮及牛肉を添えたり。欣喜措く能わず」そして岡山の宿に帰ると「今日正午ラヂオの放送、日米戦争突然停止せし由を公表したりと言ふ。あたかも好し、日暮染物屋の婆、雞肉葡萄酒を持来る、休戦の祝宴を張り皆々酔うて寝に就きぬ 

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 それにしても、終戦(あるいは、敗戦、そして荷風は「休戦」と書く、この言葉遣いの微妙さ。正確には戦闘行為が停止されたので、荷風が記しように“休戦”とすべきかもしれません)の報に「あたかも好し」と思うかどうか、再び、「昭和の妖怪」岸に話を戻せば、『岸信介の回想』では以下の一問一答が展開します。

 8月15日の玉音放送を聞かれたのはお宅ですか。
岸 私はちょうどその時猩紅熱にかかっておりまして、家で寝ていたんですが、病床であの放送を拝聴したんです。
- そのときのお気持ちはいかがでしたか。
岸 今言ったように戦争はやめなきゃならんと思っておったけれども、ああいう全面降伏、そして陛下からああいうお言葉を賜ったということで、ほんとうに魂が抜け出たような気持ちでしたね。(略)
岸 第一段に考えたのは、どうせわれわれはアメリカ軍に捕らわれて、裁判にかけられるだろう。それは覚悟しなきゃならんが、これだけ破壊された日本を将来長きにわたって、どうして復興するか、これは自分の一生にはできないことだろうけれども、われわれが戦争指導者であった責任からいって、長い目でみて、日本の将来の基礎をつくらねばならない、それにはどうしたらいいかを考えましたね

 と結んでいます。 

ウチワサボテンの憂鬱:“異国”で“ペスト(ヒトや環境に害を与える生物)”になってしまったこと:生き物を紹介しましょうPart 11

2015 2/15 総合政策学部の皆さんへ

 「ウチワサボテン」と聞けば、あの独特の形態をすぐ思い出すことでしょう。サボテン科の中でもオプンティア (Opuntia spp.) 属約200種の総称だそうですが、日本人にとっても親しみのあるサボテンの一つです。「それにもかかわらず、このタイトルは?」と感じた方へのブログです。

 もうかれこれ18年も前になりましたが、マダガスカルに初めて訪れた時、誰でもすぐ気づくことですが、太古からの無人島で大型哺乳類もほとんどいなかったこの島に1500~2000年前にヒトとウシという大中型哺乳類が渡来したとたん、多数の野生動植物があっという間に絶滅に追いやられ、外来動植物が跋扈する世界になってしまったのです。

 その一つの象徴が、ほかならぬウチワサボテンです。フィールドだったマダガスカル南部のベレンティ私設保護区に向かう道筋、中継地点のフォール・ドーファウン(フランス語で“皇太子砦”、現地名トラナロ/トラニャロ)から次第にあたりが乾燥してくると、やたらにウチワサボテンが顔を見せます。どうやらセンニンサボテン(Opuntia strictaのようですが、Wikipediaでは「在来種の植物の生育地を奪うなど世界中で植生に甚大な影響を与えていることが報告されている。また、鋭い刺を持つため人や家畜が傷つく被害も起こっている。国際自然保護連合が選定した世界の侵略的外来種ワースト100のひとつにリストされている」といういわば札付きの“ペスト(=ヒトや環境等に害を与える動植物)”です(日本では寒いために、野生化していなくて、良かったですね、と皮肉も言えるかもしれません)。

 こうした侵略的外来種は、(1)ヒトによって意図的に持ち込まれた意図的導入種と、(2)たまたま侵入してしまった非意図的導入種のケースがありますが、ウチワサボテンはフランス人による意図的導入種にあたります。現地で聞いた話では、トゲトゲがあることで(鉄条網のように)家畜囲いにちょうどよい、トゲはたき火で表面を焼くと落ちるので、家畜の餌にもなる等の理由で植えた結果がやたらにはびこって、もはや手が付けられない状況にあるということでした・・・。なお、私の研究対象のワオキツネザルも頻繁にサボテンをかじっていました(たしかに、年間降水量500mm;三田の3分の1ですから、水分の多いサボテンは彼らにとっては貴重な資源)。そこで見ていると、トゲトゲの品種に混じって、なんと突然変異によるトゲナシ品種(実際にはトゲが短くなっているような印象で、まったくないわけではない)のサボテンも導入されているのです。たき火で焼かなくても家畜の餌になる、というわけです。観察では、やはりトゲナシ品種の方が集中的に食べられているようで、「このトゲは進化史的に意味があるのだ」と納得しました。

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 もちろん、サボテンは現地の人々にとって 役に立たないわけではない。家畜囲いにはそれなりに有効ですが、何より、その実が市場で売られているぐらい、食物として一般化しています。皆さんも“ドラゴンフルーツ”を食した方もいらっしゃるかもしれませんが、あれよりよほどジューシーで、“果実”という雰囲気です(なお、ドラゴンフルーツはウチワサボテンとはやや遠縁のヒモサボテン属のサンカクサボテンの果実とのこと)。

 Wikipediaには、メキシコの市場で売られているウチワサボテンの果実の写真がでています。花も結構きれいです。半砂漠で咲いているのを見ると、ちょっとけなげで、可憐な印象です。

 さて、世界中でペストと化したウチワサボテンですが、実は寄生虫のカイガラムシ(種としてはコチニールカイガラムシ)がつきます。このコチニールカイガラムシが実は「アステカやインカ帝国などで古くから養殖され、染色用の染料に使われてきた。虫体に含まれる色素成分の含有量が多いため、今日色素利用されるカイガラムシの中ではもっともよく利用され、メキシコ、ペルー、南スペイン、カナリア諸島などで養殖され、染色用色素や食品着色料、化粧品などに用いられている(コチニール色素の項を参照のこと)」(Wikipedia)とのこと。

 それならば、この寄生虫を導入して、ついでに高価なコチニールをとれば、一石二鳥ではないか、と当然、誰もが考えるところらしいのですが、マダガスカルではどうもうまくいっていない、と聞いた覚えがあります。

 それにしても、ローマ五賢帝の一人マルクス・アウレリウスが「あの貴婦人方がまとっている高価な衣装は、実は、虫が吐いた糸(=絹糸)を貝の血(=アッキガイ類の色素)で染めたにすぎないし・・」と言う意味の警句を書いているところ、その伝で行けば「サボテンの虫の血で染めた・・・」となるかもしれません。

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 さて、こうした侵略的外来種には(私も含めて)多くの方は邪険に扱いがちですが、このグローバル時代、当然、日本発のペストも存在するわけです。植物では、例えば、クズ Pueraria lobata;北米)、アケビ(北米)、イシミカワ(北米)、イタドリ(ヨーロッパ、北米)、ススキ(北米、南米)、スイカズラ(北米)、そしてなんとワカメ(ヨーロッパ、ニュージーランド、オーストラリア)等です。

 生まれた初めての外国として、スマトラに行った時、稚樹を植えたばかりのゴム園が、雨による土壌流出防止用に蔓植物を植えているということで、よく見ると、クズにしか見えないので、これは何だ、と尋ねたところ、“kudu”(音としてはこう聞こえました)だ、というのです。

 どうも、アメリカに土壌流出防止用に渡ったクズが、さらにスマトラまで導入された、と聞きました。はたしてそれが本当かどうかは、未確認情報としておきましょう。

 それにしてもグローバル時代が進めば、こうしたペストは(人間の意図の有無をさらに超えて)世界にますます跋扈していくわけで、それをどう受け止めるべきか、議論が続きそうです。

プロフィール


高畑由起夫
◆研究分野:生態学、自然人類学、霊長類学 ◆研究内容:主な研究対象はニホンザルやチンパンジー、ワオキツネザル等ですが、潮間帯の巻貝類や水生昆虫、カラス等も調べたことがあります。霊長類学の視点で、近縁...