2015年5月

一人の兵士が何人敵兵を殺せるか?:戦争の本質について

2015 5/31 総合政策学部の皆さんへ

 本日はかなり物騒なテーマです。しばらく前に、クリント・イーストウッドの最新作にして、彼の作品にしては珍しく商業ベースに乗ってヒットしたという『アメリカン・スナイパー』を観ました。ただ、結末について最終的な結論を観客それぞれに委ねたようにも感じられます。

 主人公クリス・カイル(アメリカ海軍特殊部隊Navy Sealsの実在のスナイパー、イラク戦で公式に160人、非公式に255人を射殺)の行為が善なのか、悪なのか、あるいは・・・・、それは観る人の解釈次第、そこが余韻となるのかどうか、微妙な雰囲気です。そのあたりも、やや投げやり気味なタイトルにつながったかもしれません。

 なお、『文芸春秋』2014年10月号の『スターは楽し』連載100回記念対談で評論家の芝山幹郎と女優の洞口依子がイーストウッドを俎上に揚げていますが、「ドン・シーゲルと組んだ『白い肌の異常な夜』も素晴らしかった」と洞口が応えると、芝山が「イーストウッドは、あの映画で自分の変態性に気づいたんじゃないかな。彼はサディスティックな面もマゾヒスティックな面も、両方とも持ち合わせていますよね」と指摘、なるほどと思いました。

 一見、マッチョな塊のようなダーティ・ハリーに潜む影の部分、そのあたりが『アメリカン・スナイパー』では露わになっているかどうか微妙ですが、それだからこそアメリカ大衆に受けたのかもしれません(『アメリカン・スナイパー』は制作費$58,000,000で、興業収入[世界]が$392,858,239、ざっと6倍以上です;Wikipediaによる)。

 さて、本題に戻って、公式記録として何人殺したかがわかる任務、すなわち狙撃手(スナイパー)の記録をみれば、それはフィンランド冬戦争の英雄、 「白い死神」ことフィンランド国防陸軍少尉シモ・ヘイヘ です。小国フィンランドに襲いかかるソ連軍に対して、ソ連製モシン・ナガンM28ライフルを駆使、狙撃によって100日間で505名を射殺、このほか、サブマシンガンで200名以上を殺戮、さらにこれは公式記録だけで、記録の不備や未確認記録がさらにあるということです。一人で少なくとも700人を殺す、キルレシオが0対700、ほとんど無限大です。

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 それにしても“冬戦争”、皆さん、ご存じないですよね。数年前、全世界的にヒットしたスウェーデン映画『ドラゴン・タトゥーの女』の中で、登場人物の一人が兄について、「ナチスが好きな右翼だった。1940年には冬戦争に行った」という台詞がいきなり飛び出し、「おおっ」と思いました。

 「第二次世界大戦の勃発から3ヶ月目にあたる1939年11月30日に、ソビエト連邦がフィンランドに侵入した戦争である。フィンランドはこの侵略に抵抗し、多くの犠牲を出しながらも、独立を守った(Wikipedia)」という、フィンランドにとってはまったく理不尽な一方的な侵略戦争とされています。こういう事例を見せつけられると、「平和主義など、現実を観ていない夢想に過ぎない」という声が聞こえてきそうです。

 この侵略戦争を、あのヒトラーの助けまで借りて防ぎきったのがフィンランドの英雄カール・グスタフ・エミール・マンネルヘイム(1867~1951年)です。今や“悪の権化”となっているドイツ第三帝国総統ヒトラーと侵略者ソビエト連邦共産党書記局長スターリン、この20世紀最大の独裁者二人に挟まれたマンエルヘイムにとって、彼らを手玉にとりながら、冬戦争から継続戦争と祖国を守る戦いの日々を続ける際、1日として心穏やかに過ごすことなどなかったでしょう。

 例えば、ある日、「フィンランドに対ソ連の手伝いを求める」ためにフィンランドを訪れたヒトラーに対して、マンネルヘイムはその面前でどうどうと葉巻を取り出し、火をつけます。嫌煙家であるヒトラーは(実は菜食主義者でもありました)が、自らを優位としてフィンランドに一方的な要請を押しつけるならば、必ず葉巻を消すように要求するはず・・・。息をのんだ周りの者たちの見守る中、ついにヒトラーはマンネルヘイムに「葉巻を消せ」とは口に出せず、マンネルヘイムはヒトラーを見切って、その要求を凌ぎ切ります(Wikipediaによる)。

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 そのマンネルヘイムの指揮下、フィンランド国防軍第12師団第34連隊第6中隊(通称カワウ中隊)で、積雪中の戦闘のため、純白のギリースーツをまとったヘイヘを含むフィンランド軍32名は、通称“殺戮の丘”で、ソ連軍4000人を撃退、ヘイヘは赤軍から“白い死神”、あるいは“災いなす者”などとあだ名されたとのことでした。

 なお、戦後、狙撃の秘訣を聞かれた時には「練習だ」とだけ答え(戦争前はヘイヘはケワタガモの漁師でした)、多くの敵兵を殺戮したことに後悔はしないのかとの問いには「やれと言われたことを、可能なかぎり実行したまでだ」と言ったそうです(Wikipediaによる)。

オスマン朝とイエニチェリ:国際帝国の本質について#5

2015 5/4 総合政策学部の皆さんへ

 #4ではオスマン朝の皇帝たちを支えた大宰相たちが必ずしも“トルコ人”ではなかった、という話をしましたが、次は、オスマン朝の最強軍団、イエニチェリです。このイェニは「新しい」を、チェリは「兵隊」を意味するトルコ語ということで、「新軍」というわけですね。

 従来のトルコ兵ではない、皇帝直属の軍隊、つまりは絶対王政の象徴とも言うべき存在です。徳川家でいえば“旗本”にあたるかもしれませんが、古来、皇帝や王は直属の親衛隊を持っていました。古くはローマ皇帝を支えたプラエトリアニです。

 ローマ帝国の実質的な創設者ジュリアス・シーザーの場合、彼が率いる軍隊はローマ軍団として、マリウスによる志願兵制度によってパトローン=クライエント関係が生じていたとはいえ、あくまでも公的軍隊が建前です。それが、シーザーの甥(養子)で初代皇帝アウグストゥスが就任時、外地の属州配置の軍団と別に、イタリア半島内に駐屯する親衛隊を創って、自らの直属とします。

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 オスマン朝でも、始祖とされるオスマン1世がその父エルトゥールルから受け継いだ兵力は、「遊牧を送っていたことを伝えていたり、一方ではキリスト教徒出身者まで含む多様な出自の戦士たちからなる軍事集団となっていたことを窺わせる記述があることから古来、オスマン朝の起源を血縁を紐帯としたトルコ系遊牧部族であったとする説と多様な出自からなるガーズィー(Ghazi;ジハードに従事する戦士)であったとする説があり論争になってきた」とされています。

  この背景には、小さな一民族社会から発展する際、他のイスラム国家を模範にムラト1世(第3代皇帝、1319年もしくは1326年~1389年;在位は1360年頃~1389年)が組織再編を行ったことにあるそうです。その一つが常備軍イエニチェリで、「ムラトが征服地のキリスト教徒を徴用したものが起源とされている」(Wikipedia)。

 自民族ならば、報酬に土地等をあたえ、貴族化してやった挙句に、己の首までかかれかねない。それならば、皇帝の一存で言うことを聞く(はずの)奴隷たちを、(当然、異教徒・異民族ですから)改宗させ、幼い頃からたたき込み、軍人に仕立て上げる。 

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 こうしてオスマン朝の基本構造にまで組み込まれた奴隷制度は、やがて、「1360年代のトラキア征服中に施行されたペンチッ制度がイェニチェリを徴収するデウシルメ制度の基と」なり、戦争で獲得した捕虜の約5分の1が皇帝の下に送られ、常備軍に組み込まれていったというわけです。

 常備軍、ルネサンス期の政治思想家マキャヴェッリが夢想し、実践し、そして挫折するスタイルですが、実は、「近代ヨーロッパで最初の常備軍となったのは、帝政ロシアにおける「ストレリツィ」(銃兵隊)であった。オスマン帝国のイェニチェリをモデルにそれまでのモンゴル・タタール式の士族軍にかわる軍隊として創設され、16世紀から18世紀初頭までおかれた。他にプロイセン王国の常備軍が知られている」(Wikipedia)。

 そして、「徴兵制による常備軍の創設は、17世紀のスウェーデン(バルト帝国)の陸軍で、軍事史における軍事改革の画期的な成果の一つであるとされている」。

 なお、このイエニチェリは「君主直属の主力軍団として原則的に首都イスタンブルにある兵営に住まわされ、また妻帯することを禁じられるが、同時に高い俸給を与えられ、免税など様々な特権を享受した」。

 妻帯できない、つまり子供がない。彼ら自身は再生産できないので、新たな補充は新たな奴隷で補われる。すごいシステムですね。戦争に勝つ手段は、絶え間ない戦略によって調達される奴隷たちで埋め合わされる。究極の軍事国家体制といえるかもしれません。

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 いずれにしても、この非トルコ人・異教徒出身のイエニチェリは強かった(なにしろ、戦争しかしない人たちなのですから。そして、なおかつ、信用できない傭兵ではない)。

 そして、皇帝とも“親しい”、なにしろ、どちらも非トルコ人の遺伝子を引き継いでるわけです。

 彼らは「君主と食事を共にする特権を持ち、野戦で使用される大きな鍋とスプーンをシンボルとしていた」。「イェニチェリの営舎には大きな鍋が置かれ、反乱をおこすときは鍋をひっくり返した。「なべをひっくりかえす」と言う言葉はトルコでは大騒ぎや反乱という意味とされる」とのことです(Wikpedia)。

プロフィール


高畑由起夫
◆研究分野:生態学、自然人類学、霊長類学 ◆研究内容:主な研究対象はニホンザルやチンパンジー、ワオキツネザル等ですが、潮間帯の巻貝類や水生昆虫、カラス等も調べたことがあります。霊長類学の視点で、近縁...