2016年1月

身体の人類学Part1:“くちびる”はどのように進化したのか?

2016 1/9 総合政策学部の皆さんへ

 2016年度最初の投稿ですが、今回のテーマは“くちびる”です。皆さんはくちびるがどのように進化したのか、考えてことはありますか? Wikipedia「唇」では、「哺乳類の口の回りにある器官である。

 解剖学的には口唇(こうしん)という」とあっさりと書かれていますが、その後で、「類人猿においては、ヒトの様な粘膜が外に現れた唇はなく、皮膚の部分のみしかない。しかし、内側の粘膜を自らめくって表に現す行動が見られる」と付け加えられています。

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 実は、私は昔から、人のくちびるがサルやチンパンジーにはほとんどないこと、それではどうして進化したのか? 気になっていました。それというのも、Wikipediaに書かれているように、アフリカで野生のチンパンジーを観ていると、時には感情が激した際に、口がまくれ上がり(つまり、筋肉によって唇に相当する口腔の赤い内膜が引き上げられて)、チンパンジーの黒い肌と白い歯、そして赤い内膜があまりにも鮮やかな信号(シーニュ)となるのに気づいたからです。

 当然のことながら、化石人類学では“唇”のような軟組織は化石に残りにくく、したがって、アウストラロピテクス類やホモ・エレクトスに果たして“くちびる”が発達していたのか? 形質人類学には疎い私にはよくわかりません。そこで国立科学博物館のHPで「人類の進化と顔のつくり」のページを見ると、そこにでているピテカントロプス(ホモ・エレクトス)の復顔図ははっきりと(ヒト的な)くちびるが描かれています(こちらがその図です)。

 一方、ネットにも色々でているアウストラロピテクス類の復顔図では、くちびるはチンパンジーと上記ピテカントロプスの中間というべきか、なかなか微妙です(Wikipedia掲載のアウストラロピテクス・アファレンシスの復顔)。

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ところで、私が昔からもう一つ、不思議に思ってきたことに、ツタンカーメン王の黄金のマスクがあります。そのくちびるは彩色されていないのです。皆さんもご存じのように、あの マスクは「金の板をロールかハンマーで延ばし、部分ごとに鍛金で成型したものをろう付で継ぎ足して一体にした」ところに、黒目はオブシディアン(黒曜石)」、白目は「マグネサイトの粉砕を固形して接着」、アイラインは「ラピスラズリを粉砕してニカワで成型、接着」、頭のコブラには「カーネリアンの研磨物を接着」、胸飾りには「カーネリアン」と「マイクロクリン」で鮮やかに飾られています(ジュエリーブログ・ニュース・ジェムランドから引用;http://weblog.gem-land.com/?p=333)。

 ところが、唇だけはむくの黄金の地肌のままです。こどもの頃から、このマスクではどうしてくちびるを紅く染めていないのか、いまだに疑問におもっています。そんなこともあって、くちびるには昔から興味がありました。

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  そこで、Google Scholarで「口唇、進化」を検索してみたのですが、あまりぴったりした論文が見つかりません。例えば、「顔の魅力研究の現在:普遍性と個人差に対する進化学的アプローチ」という論文には、「性ホルモン・マーカーとは、主に思春期以降に性ホルモンの作用によって形成される形態的特徴である。・・・女性では、エストロゲンの作用により、頬や口唇が膨らむ一方で骨の成長が抑制されることで、全体に幼い容貌が維持される」とだけ、記述されています(これは東京大学教育研究科の紀要です)。

 もう少し調べて見ると、「サルからヒトへの頭頸部携帯の変化」という論文が出てきました。こちらは形質人類学関係のようで、それによれば口唇はいくつもの機能に関わっているようです。まず、呼吸と発声について「 喉頭の下降による咽頭部の形態変化の結果、サルでは呼気のほとんどが鼻腔に抜けていたものが口腔に入りやすくなったため、呼気の際に口腔内に空気を通して舌や昂進などを使いその流れに変化をさせることができるようになり、さらに舌根部の運動域にも広がりができたことが、その後の発音の多様性に影響を与え、さらには言語の発達に重大な影響を与えたものと考えられる」としています。だから、音声コミュニケーション上でも重要なのですね。

 形態的には、「道具ならびに火の利用に伴う口の利用形式の変化は、同時に咀嚼筋の筋力を低下させた。その結果として、口は次第に後方へ退縮して、現代人において口唇は鼻尖よりも後方に位置するようになった」とあります。これが形態的進化ですね。

 そして、顔面の表情のコミュニケーションの道具として、「比較的進化をしたサルである直鼻猿亜目(真猿亜目)や人類においては情報伝達手段として表情が使われるため、とくに口唇の周囲の筋が発達し、様々な表情が作れるようになっている」と記述されています。

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  というように、唇(口唇)の進化もなかなか奥が深そうです。もう少しこの話題を続けたいと思いますので、今回はこのあたりでto be continuedとします。

プロフィール


高畑由起夫
◆研究分野:生態学、自然人類学、霊長類学 ◆研究内容:主な研究対象はニホンザルやチンパンジー、ワオキツネザル等ですが、潮間帯の巻貝類や水生昆虫、カラス等も調べたことがあります。霊長類学の視点で、近縁...