2016年3月

身体の人類学Part2:ヒトはなぜ“毛変わり”しないのか?

2016 3/27 総合政策学部の皆さんへ

 今回の話題は“毛”というより、ヒトの“毛髪”とニホンザルの“毛”の比較、ということになるでしょうか。それでは話の“まくら”は何か? それはニホンザルが毎年“毛変わり(毛替わり、毛代わり、毛換わりとも)”することです。

 “毛変わり”はとくに局地に住む哺乳類や鳥等に顕著です。“カワリウサギ(Variable Hare)”とも呼ばれるユキウサギが典型ですが、夏毛は茶褐色ですが、冬に近づくと「ほとんどの個体が白色(もしくは大部分が白色)の毛になる。尾は一年を通して完全な白色で、このことは尾の上部が黒色であるヤブノウサギ(Lepus europaeus)との違いとなる」(Wikipedia「ユキウサギ」)。これは当然、冬に雪がつもれば、そこでの保護色として色を変えざるを得ない適応ということになります(=冬眠しない、ということでもありますね)。ユキウサギの場合は、捕食者に見つからないための換毛なのでしょうが、逆に捕食者も被食者に見つからずに忍び寄るためか、エゾオコジョ等のように白い冬毛に換毛する種もいます。

 Wikipediaの「毛(動物)」では、「全身の毛は主として防寒の役割を果たすが、四季のはっきりした地域では、季節による気候の差に対応するように、毛の生え方が変わる。夏のそれを夏毛と言い、冬のそれを冬毛という。一般に冬毛の方が細かい毛が密生している。毛皮の用途には冬毛が喜ばれる。この2つの毛は、見かけの色も大きく変化する例があり、オコジョやエチゴウサギでは、冬は真っ白の体毛になる。これは雪の多い地方での保護色として働く。この中間の季節には短い時期にこのような毛が入れ替わる時期があり、毛変わりと呼ばれる」と記載されています。

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 それでは、ニホンザルはどうでしょう。夏毛は4~6月頃に生えてきて、濃い褐色の短い毛です。その毛が冬にかけると、だんだん伸びてきて、ぼさぼさの感じになってきます。生え方が変わるというよりも、長いこと床屋にいかなかったために、ぼさぼさに伸びてしまった毛という印象で、冬毛があらたに生えてくるという印象ではありません。そして、色は次第に褪せたような、白っぽい色に変わります。その毛が春に入ると抜け出す。そして冬毛が抜けた地肌に、短い、濃い暗褐色のような夏毛がびっしりと生えてくる、という印象です。

 実は、大学院に入りたての頃、この“ニホンザルの毛替わり”を調べたことがありました。その少し前にアメリカの論文で「アカゲザルでは毛替わりが、長いしっぽや手足の先端、額などから変わり出す」という発表があり、それではニホンザルではどうだろう? と先輩で当時龍谷大学教員だった好廣眞一さんから尋ねられたからです。

 それで春学期に観察すると、一点、面白いことに気づきました。まず、毛替わりはオスやコドモが早く、メスは平均すると遅いのですが、とくに妊娠したメスが遅いというか、出産してから毛替わりするのです。妊娠で体内のホルモンバランスが変わり、それが毛替わりに影響を及ぼすらしい。この結果、4月も過ぎると、どのメスが妊娠しているのか、毛替わりを始めたかどうかで、ほぼ100%判断できるようになりました。

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 そのサルの親類である(正確に言えば、数千万年に遡れば祖先を共通にしている)人間の頭髪は、なぜ毛替わりしないのか? それも人の毛はずっと伸び続ける(Wikipediaによれば、東アジア民族でおよそ11 cm/年 = 0.3 mm/日 = 3 nm/秒)。これもちょっと不思議ですね。

 サルよりははるかにヒトと近縁のチンパンジーでもそんなに長い毛はしていないのに、人間ならばかなり長く伸びます。世界最長の髪の毛は、どうやら5~6mもあるようです。ある記事ではベトナムの男性、Tran Van Hayさんは6.8mと推定されていたそうです(2010年にお亡くなりになったようです;The Telegraphの記事より)。進化生物学的には、髪が長いことになにか意味があるのでしょうか?

 それともう一つは、ハサミもなかった古代、ヒトは長い髪をもてあまさなかったのか? ついでに長いヒゲも? 厳しい生活の仲で、髪もヒゲもすり切れて、そんなに長い髪/ヒゲになることはなかったのでしょうか? そのあたりは、毛髪に関する発生学/生理学的特徴から考えなければならず、いまのところ、私もお手上げです。少し勉強してみたいと思います。

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 それにしても、髪の毛でもう一つ思い出すことがあります。それはアフリカでまる2年間、西部タンザニアのマハレ山塊国立公園建設予定地に滞在していたときのことです(そもそも、そこに国立公園を建設するための基礎調査、というのが私のJICA(国際協力事業団、現国際協力機構)の専門家としての任務だったわけですが)

 当然、床屋もないわけですから、さすがに長い髪をパートナーに切ってもらって、その髪を捨てたところ、チンパンジーたちが異様なまでの関心を示し、まず、しげしげとのぞき込み、匂いをかぎ、しかし、なんだかわけがわからないという風情でやがて立ち去っていく姿でした。

 頭に付いている時には当たり前の髪の毛が、切られて地面に散らばっていると、チンパンジーたちに「何が起きたか、よくわからない」という疑問を引き起こす。おそらく、ヒトの髪の毛という連想がつかず、何かの生き物の毛であろうか、それがなんだか、得心がつかない、という彼らの困惑ぶりは、なかなか興味深いことでした。

プロフィール


高畑由起夫
◆研究分野:生態学、自然人類学、霊長類学 ◆研究内容:主な研究対象はニホンザルやチンパンジー、ワオキツネザル等ですが、潮間帯の巻貝類や水生昆虫、カラス等も調べたことがあります。霊長類学の視点で、近縁...