2016年4月

“命名”に関する文化的差Part1:日本人が軍艦、そして建物に個人名をつけることを避ける傾向について

2016 4/30 総合政策学部の皆さんへ

 以前、「武器輸出における日本の近代化Part1:第一次大戦での駆逐艦の例、そしてその“名前”」について、日本から最初にヨーロッパに武器輸出したのが、フランス海軍の“アラブ(Arabe)”級駆逐艦ですが、それぞれの艦名は、 アルジェリアン、アンナン、バンバラ等の植民由来の名前が付けられた脳天気ぶりを紹介しました。

 同様に、イギリス海軍ではトライバル級 16隻、文字通り「部族」級で、アシャンティ(Ashanti)からズールー(Zulu)まで、そろっている。例えば、1941年のナチス・ドイツのノルウェー侵攻では、第2次ナルヴィク海戦でベドウィン、パンジャビ、エスキモー、コサックが参加、エスキモーが大破しています。

 それにしても、例えば、ベドウィンの人たちが「いつのまにか、自分の民族の名前をつけた駆逐艦が作られ、かつ、その艦がいつの間にか撃沈されている(ベドウィンは 1942年6月15日パンテレリア島沖でイタリア艦隊と交戦、イタリア軍機の攻撃で沈没;Wikipedia)」と知ったら、どのような思いに駆られるでしょうか?

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 さて、こうした軍艦の名前の付け方には、各国の文化が絡んでいるのか? というのが今回のテーマです。ちなみに、アメリカ合衆国海軍では、第2次世界大戦当時、ほぼ完璧なルールがありました。

 それは、①戦艦は州の名前(ミズーリなど;ちなみに大型巡洋艦アラスカ級は、当時州に昇格していなかったアラスカ、ハワイなどです)、②重・軽巡洋艦は大都市の名前(ボストン、バーミンガムなど)、③駆逐艦は人名(フレッチャー、ギアリングなど)、④潜水艦は魚類(スケート、ガトー、、ソードフィッシュ)、そして⑤航空母艦は古戦場(サラトガ、レキシントン)、もっとも⑥護衛空母あたりにとなると島(ロング・アイランド)、川(サンガモン)、外国の地名(カサブランカ)、直近の戦場(コレヒドール、ツラギ)と様々です。

 ところが、アメリカ海軍ではこのルールがいつの間にか、変化してしまいます。1980年代ぐらいから、かつて戦艦につけられていた州名は、まず、原子力巡洋艦に付けられていましたが(カリフォルニア型原子力巡洋艦バージニア型原子力巡洋艦)、これらの艦種はあっという間に時代遅れ、いずれもすでに退役して、現在はオハイオ級以降の戦略原潜と、バージニア級以降の攻撃原潜に変わっています。

 つまり、かつての戦艦の地位が原子力巡洋艦から、さらに原子力潜水艦に変わったというべきでしょう。そして、駆逐艦の名称につかわれた人名がしばしば原子力空母につかわれるようになっています(ロナルド・レーガン、ジョージ・H・W・ブッシュ等)。

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 此処までが話のまくら、次に日本の軍艦/自衛艦の名称の話に移りたいと思います。というのは、日本軍/自衛隊はある意味、少し変わった命名法をとっています。というのは、まず、個人名を徹底的に避けるのです。

 例えば、文部科学省所属ながら海上自衛隊が運行していた南極観測船“しらせ”は、白瀬矗陸軍中尉の名前に由来するのではなく、公式には、「白瀬氷河に因むものとされている。これは「自衛艦の名称等を付与する標準」において砕氷艦の名称は、「名所旧跡の名」とされている事に準拠している(Wikipedia)」なのだそうです。

 こうして、第2次世界大戦時の旧帝国海軍では戦艦は旧国名(長門、陸奥、武蔵、・・・・)、巡洋戦艦と重巡洋艦は山の名前(金剛、比叡、鳥海、比叡、・・・)、軽巡洋艦は川の名前(那珂、夕張、仁淀、・・・・)、駆逐艦は気象現象(吹雪、雪風、・・・)、空母は戦艦からの改装だと国名(信濃、加賀)、巡洋戦艦改装だと山の名前(赤城)、そして新造の場合は龍あるいはめでたそうな名前を付ける(飛龍鳳翔、・・・)。しかし、そこには人名を使うことはありませんでした。

 これがイギリス海軍ではキング・ジョージ5世(戦艦)、アメリカ海軍だとフレッチャー(駆逐艦;元提督)、フランス海軍だとリシュリュー(戦艦;政治家・枢機卿)、ドイツ海軍ではビスマルク(戦艦;政治家)、イタリア海軍ではジュリオ・チェザーレ(戦艦;帝政ローマの創始者カエサル)、ロシア海軍ではクニャージ・スヴォーロフ(戦艦・バルト艦隊旗艦;ロシア帝国大元帥)、トルコ海軍ではヤウズ・スルタン・セリム(ドイツ海軍巡洋戦艦ゲーベンの改名;トルコのスルタン、セリム1世)、大韓民国海軍では忠武公李舜臣(駆逐艦、李朝朝鮮の英雄李舜臣)と目白押しなのに、日本海軍/海上自衛隊だけがかたくななまでに人名を使わない、というのも、考えてみれば日本の文化の特色なのではないか、というのが今回の主旨です。これもまた社会言語学の一側面なのかもしれません。

 それにしても、この「人名をかたくなに避ける」という文化、どこに由来するのでしょうか?

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 などと考えていると、実は軍艦名だけではなく、日本では、建物にも人名を使いたがらなかったことに、皆さん、お気づきですか? 世上、よく耳にするのは、例えば、東大の安田講堂(安田財閥の実業家安田善次郎の寄付、ただし、匿名によるものだそうです。まさに陰徳ですね) ですが、実はこれは正式名称ではありません(正式には“東京大学大講堂”)。もっとも、ほかの例を探すと、早稲田大学の大隈講堂(正式には早稲田大学大隈記念講堂)のように、“**記念講堂”などの名称が次第に増えてきたようです。このあたり、日本人の心情も変わってきているのかもしれません。

 さらによく耳にするものに、創始者森泰吉郎の名をとった“森ビル”があります。この森ビルはかつて「貸ビル業者として、竣工順に番号を付したナンバー・ビル(第○○森ビル)を新橋周辺に順次建設していった(Wikipedia)」ことが知られていました。

 ところで、この森泰吉郎は一橋大学(当時は東京商大)出身、横浜市立大学商学部長・教授を勤めながら、一代で森トラストを築き上げ「アメリカで提唱されたオペレーションズ・リサーチの手法を早くから取り入れ、案件ごとにプロジェクトチームを結成して縦割り組織の弊害を避けた。また地域の再開発では地権者など共同開発者も組織化することで意思決定の効率化を目指した。また、ビルの維持管理へのコンピュータシステムの導入を1970年代から進め、他社に先駆けてコストダウンを実現している(Wikipedia)」とのこと。研究と実務を両立させた希有な方だと聞いたことがあります。

 それはさており、我が関学では、実は古くから個人名が使われている例が、ベーツ・チャペル、ランバス・チャペルなどあることに皆さんもお気づきでしょう。原田の森キャンパスに今も現存する神戸文学館も、旧名はブランチ・メモリアル・チャペルでした。ということで、関学で学ぶことは、ひょっとして、一般の日本文化とは少し違った立ち位置で学んでいることになるのかもしれない、と最後に指摘しておきます。

プロフィール


高畑由起夫
◆研究分野:生態学、自然人類学、霊長類学 ◆研究内容:主な研究対象はニホンザルやチンパンジー、ワオキツネザル等ですが、潮間帯の巻貝類や水生昆虫、カラス等も調べたことがあります。霊長類学の視点で、近縁...