2016年12月

ResearchGateでみる自分の論文の“読まれ方”について#2

2016 12/16 総合政策学部の皆さんへ

 ResearchGateでみる自分の論文の“読まれ方”について#2ですが、今度はどの論文がよく読まれているのか、自分の論文がネタではちょっとつらいところもありますが、話を続けましょう。

 さて、全部で686件の“Reads”を集めました(国別のデータと数値に差がありますが、これはResearchGateの集計に若干時間差があることに、はじめは気付かなかったためです)。文献の数にすると57編が並んでいますが、このうち上位10編で46.5%を占めます。対象(ニホンザルか、チンパンジーか、ワオキツネザルか?) とか、テーマで結構差があるようです。

 ということで調べて見ると、私が関係した論文でもっとも読まれているのは、1960年代から1980年代にかけ、西部タンザニアのマハレ山塊国立公園で起きたチンパンジーの単位集団、K-groupの消滅について、隣接集団のオス間競争という視点で捉えた1985年に発表の“Group Extinction and Female Transfer in Wild Chimpanzees in the Mahale National Park, Tanzania ”で、57回(全体の8.3%)でした。

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 この論文は長年マハレで研究されて、先年なくなられた西田(利貞)さんが筆頭で、現東大教授の長谷川寿一さんが第2著者、私は末席の第3著者ですが、30年たってもまだ読まれている! という点に感謝すべきかどうか? 霊長類学のこの30年を踏まえると、ちょっと複雑な気持ちもします(つまりは、もう忘れられてもよいかもしれない、という気もしないではない?!)。

 というのも、この論文は著者らの視点がオス間競争に偏っている、という批判もあるからです(例えば、ハート&サスマンの『ヒトは食べられて進化した』(日本語訳は 2007)等)。そんなこともあって、昨年、本当に久しぶりに私一人の単著”Disappearance of K-group male chimpanzees: re-examination of group extinction”を、30年ぶりの再考察を書きました。もっとも、こちらは雑誌ではなく単行本(“Mahale Chimpanzees: 50 Years of Research”)に掲載したこともあって、いまだ引用されていません。力足らずですね。

 もっとも、私はチンパンジーとニホンザルでそれぞれ観察対象の集団が“消滅”してしまった、というちょっと希有な体験の持ち主ということになります(なんだか、“呪われた研究者”という印象ですが)。幸い、ワオキツネザルではそういう事態がなんとか避けられたのですが。

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 それでは、2番目に読まれている論文は“ A ten-year summary of reproductive parameters for ring-tailed Lemurs at Berenty, Madagascar ”で、日本モンキーセンターから発行されている学術雑誌Primatesに2001年に掲載したものです。47回で全体の6.9%を占めています。これはワオキツネザル(原猿です)における“メスの繁殖パラメーター(出産率、幼児死亡率等)”を、母系集団における二重の競争(集団間競争と集団内競争)のバランスをベースに論じたものです。

 基本的に“人口学的データ”あるいは“繁殖データ”は、資料の蓄積自体に時間がかかりますから、作製にはそれなりに時間がかかります。したがって、本数もすくないので、結局、長い年月にわたって引用されることがある、という一例かもしれません。

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 そして、3番目が、1985年にヨーロッパで出版されているFolia Primatologicaという雑誌に載せていただいた“Adult Male Chimpanzees Kill and Eat a Male Newborn Infant: Newly Observed Intragroup Infanticide and cannibalism”です。これはタイトルを見ればおわかりの通り、上記のマハレ山塊国立公園でのチンパンジー集団内でのオトナオスによるアカンボウ殺しと共食いの記録です。ちょっとセンセーショナルな話題に受け取られるかもしれません(詳細はまた別の機会に)。

 以上、締めて上位3件はチンパンジーが2件、ワオキツネザルが1件、第4位からはニホンザルが出てくるものの、世界的な霊長類研究の相場観からすると、地域限定銘柄かもしれぬニホンザルよりも、チンパンジーと原猿類に注目が集まるということかもしれません。ということで、この項はto be continued…とします。

高畑ゼミの100冊#27:貧家の子女がその両親ならびに祖国にとっての重荷となることを防止し、 かつ社会に対して有用ならしめんとする方法についての私案(1729)

2016 12/7 総合政策学部の皆さんへ

 高畑ゼミの100冊、#84はかの夏目漱石も瞠目したイングランド系アイルランド人で政治家、作家、宗教家、そして匿名政治パンフレット作者を兼ねた稀代の鬼才、ジョナサン・スイフトの傑作『貧家の子女がその両親ならびに祖国にとっての重荷となることを防止し、かつ社会に対して有用ならしめんとする方法についての私案(1729年)』、通称『穏健なる提案』にしましょう。

 日本文に訳してもたかだか8000字にも満たない小冊子に過ぎぬこの本ですが、Wikipeidiaでは「スウィフトの諷刺文書の中でも最も強烈な傑作と評価されている」と賞されています。ちなみに青空文庫にも掲載済みです。

 さて、夏目漱石も絶賛するスィフトの語り口は冒頭、「(貧しきアイルランドの)子供たちを社会にとって健全かつ有用な社会的財産にするための、公正で、安価で、簡単に実行できる方策を発見できる者がいるならば、その者は社会にとって望ましい人であるから、国家の保護者として銅像を設置するに値しよう!」と、まだ何も気付かぬ、いたいけもない読者の心をくすぐりながら、「この提案を実行すれば、子供が両親や教区に負担をかけたり、死ぬまで衣食に苦労させるかわりに、何千もの人々に食料と(幾分かは)衣料を提供することになるのだ」と断言します。

 その上で、スイフトは「私の提案にはもう一つ大きな利点がある。それは、堕胎を防止し、母親が私生児を殺すという恐ろしい事態を防ぐことができるのだ。ああ! そんなことが我が国で横行し、無垢な赤ん坊を死に追いやっているのだ。おそらく恥辱を隠すためというよりは出費を避けるためであろうが、これにはいかに極悪非道な者の胸にも同情の涙を催さずにはいられないであろう」と、と大見得を切ります。

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 そして、肝心のその策とは、(無垢な読者が)読み進めばびっくり仰天、「ここに私見を述べさせて頂く次第であるが、これに対してはおそらく御異議はあるまいと思っているのである。ロンドンで知合になった大変物識のアメリカ人の話によると、よく育った健康な赤ん坊は丸一歳になると、大変美味い滋養のある食物になる。スチューにしても焼いても炙っても茹でてもよいそうだが、フリカシーやラグーにしてもやはり結構だろうと思う」と切り出します。

 つまり、アイルランドがこのままイングランド人による植民地支配による苛政=すなわち「ヒトがヒトを食う」ような状況を強いられ続けるならば、どうせ不幸になるはずのアカンボウを食べるのも一つの解決策なのだ! という痛烈な風刺が全面展開です。

 おまけに、こうした風刺文書特有の表現ですが、細部にわざと細かな数値を散らし、もっともらしさを誇張しながら、話もどんどん盛り上がります。

 「先に計算した12万の子供の中2万は子孫繁殖用に保留しておく、男はその4分の1でよろしい、それでも、羊や牛や豚よりも割がいい。この子供達は正常な結婚から生れたものは稀なんだし、未開人の間では結婚なんてあまり尊重されない事だしするから、女4人に男1人で十分だろうというのが、その理由である。残った10万を丸1歳になったら国中の貴族、富豪に売りつける」。

 さらにこの挫折した政治家にしてダブリン聖パトリック寺院の首席司祭は、宗教問題までもネタの一つに持ち出します。「旧教徒の赤ん坊はこの国では少なくとも三対一で多数を占めているからである。それだから、私の提案によると、我国の旧教徒の数が減ることになるから、更にも一つ利益が加わるわけである」。ちなみに聖パトリック寺院はアイルランド国教会に属するので、いわゆるプロテスタント。アイルランドでの多数はである“旧教徒”=カトリックとは相反する形になります。

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 終盤、おそらく猛烈な非難の嵐を予想し、スイフトは抜け目なく煙幕を張ります。「私だって何もあくまで自説を固執して、賢明な方々の御提案になる同じように無害で安直で容易でまた効果的な方法を排斥しようなどとは決して思わないが、私の案に反対して、私のよりもっと優れた計画を出そうとする人は、その前に、先ず、次の二つの点を慎重に考えてもらいたいのである」

 とは言え、その舌鋒はもちろん止まるところを知りません。「一つは、現在のような事態で、10万の役にも立たない子供の口を糊し、背をおおう食物と衣料をどうして見つけることが出来るか、ということ。第二に、このアイルランド中に人間の形をした生物がたっぷり100万はいるが、今仮にその生活の資を全部一まとめに共通財産として考えてみると、200万ポンドの借財が残る勘定になる、事実上乞食同然の妻子を抱えた農業者、水呑百姓、労働者の大部分に、乞貪を正業としている者を加えてみると、そうなるのだ

 「それで、私案を毛嫌いし、あえて反駁を試みようとなさるであろう当路の方々にお願いしたい、先ずこれらの子供の両親たちにこういって訊いてみてもらいたい-私のすすめているような風に丸一歳の時食べ物として売られて、そうすることによって、その後経験した数々の不幸の連続を避けた方が、ずっと幸福だったと今彼等は考えはしないだろうか。地主の暴虐に苦められ、金も仕事もなくて地代が彿えず、命をつなぐ糧に事欠き、住むに家なく、塞さを凌ぐ着物もない、しかも、同じ或いはもっとひどいみじめな暮らしを子供達が永久に続けていかねばならないという先の見通しを避けることも出来ない、これでも生きていた方がよかったかどうか?

 いずれ不幸になるのはわかりきっているアイルランド人にとって「ヒトがヒトを食う」、これこそが最上の策ではないのか? という問いかけは、こうして、アイルランド人を不幸にしている現状について、何も変えようとしない人々への痛烈な非難で幕を閉じます。

プロフィール


高畑由起夫
◆研究分野:生態学、自然人類学、霊長類学 ◆研究内容:主な研究対象はニホンザルやチンパンジー、ワオキツネザル等ですが、潮間帯の巻貝類や水生昆虫、カラス等も調べたことがあります。霊長類学の視点で、近縁...