2017年2月

総合政策学部の名言集No.18:“いつも幸運に恵まれたければ時代とともに自分を変えなければならない”(後編)

2017 2/20 総合政策学部の皆さんへ

 マキャヴェッリの金言「いつも幸運に恵まれたければ時代とともに自分を変えなければならない」後編です。

 マキャヴェッリは、カルタゴ軍に対して慎重な配慮と細心の注意を払い続けたファビウスの持久戦略に対して、まず高い評価を送ります。「これはローマ人にありがちな、衝動にかられ向こう見ずにつっぱしる傾向からは、ほどといいものと言わねばならない。幸運に恵まれた彼のこの行き方は、時代に即応したものだった」。若さと運に満ちたハンニバルに対抗するためには、「鈍重のきらいはあっても、用心深い将軍が出て、敵を見張らせておくより他には、よりよい幸運を手に入れる手段はありえなかった」というわけです。

 その一方で、このファビウスの選択がいつも、あるいはいつまでも正しいわけではない、とマキャヴェリは冷徹に断定します。マキャヴェッリは話を続けて「一方ファビウスにとっても、自分の持って生まれた性格や行き方に、これほどぴったりの時代にめぐり合わすことは考えられなかった。だからこそ、あのような栄誉を一身にあびるまでになったのである」。しかし、それはファビウスの生まれながらの性格によったものに過ぎず(つまり、性格がたまたまその時代にあっただけ)、その後は、ファビウスは「時代」あるいは「環境」が変わった時代に対応できなかった、というのがマキャヴェッリの見立てです。

 その根拠は、カンナエの戦いから11年後の紀元前205年、大スキピオことプブリウス・コルネリウス・スキピオ・アフリカヌス・マイヨルが、ハンニバルとの千日手にも近い情勢の一発転換を劃して、イタリアにとどまっているハンニバルではなく、カルタゴ本国を直撃する提案に、カンナエの二の舞を演じることを危惧したファビウスは、保守派の巨頭として(さらには“ギリシア”かぶれの若者、スキピオへの個人的反感も加わり)猛反対したことによります。11年前に「時代/環境」にマッチした“英雄”は、しかし、次の「時代/環境」に合わなくなっている!

 ちなみに、このスキピオのカルタゴ本国直撃案は、軍事戦略とすれば、小牧長久手の戦で秀吉が採用した(結果的に痛恨の敗北を喫した)“中入れ”策に比すべきものかもしれません。

 まさに、「将軍たちは昨日の戦いの経験から今日の戦争を考えるが、明日を考える者にこそ、勝利が訪れる」ということになるわけです。

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 この事態にたじろがぬスキピオは入念に工作します。彼は「市民の中から義勇兵を募集し、シチリア島で兵の訓練に日を費やす。彼の呼びかけは全イタリアに届き、とくにカンナエの戦いで生き残った者たちが雪辱のために応募した」、そして「アフリカ遠征の吉凶をキュベレ神に伺ったところ神託が吉と出たこともあり、スキピオは北アフリカへの渡航のみは許された。ただし「ローマ軍の正規の作戦として認めない」という元老院の露骨な態度は明らかで、経済的な支援や援軍は望むべくもなかった」(Wikipedia)。

 こうして、スキピオがもくろんだ戦略転換は見事成功、ハンニバルはカルタゴ本土に呼び戻され、紀元前202年、ザマで両者は激突、大スキピオは(戦いの師ともいうべきハンニバルに)圧倒的な勝利を得ます。それはやがて、ローマに“巨大な国際帝国”を与えることになります。

 マキャヴェッリは、それに故に、ファビウスについてこう結論します。「ファビウスの主張が通っていたら、ハンニバルはなおイタリアにとどまっていただろう。これはファビウスが時の流れを察知するのにうとく、それにつれて戦争遂行の方法も変えていかねばならないことを理解しなかったことを示すものにほかならない」。したがって、ファビウスが王だったならば、ローマは敗れていたはずだ! しかし、ローマは共和制であり、新しい時代に対処できるスキピオが控えていた。それが、国内に様々な才能の持ち主をストックして、使い分けることができる“共和制”の勝利なのだ、というのがマッキャベリの“ディスコルシ”です。

 しかし、故国ローマ、とくに元老院はこのギリシャかぶれの英雄、そして宿敵(であり、師でもある)ハンニバルにも好意を隠さない大スキピオに対して必ずしも好意的ではありませんでした。晩年、「敵から賄賂をもらったのではないか」という疑惑で政治的に失脚したスキピオは引退、先祖代々の墓に入ることを拒否した上で、墓碑銘を「恩知らずの我が祖国よ、お前は我が骨を持つことはないだろう」と刻ませたとのことです(Wikipedia)。

人びとを隔てるもの:トランプ氏の“壁”、そして“ハドリアヌスの長城”、あるいは“進撃の巨人”

2017 2/12 総合政策学部の皆さんへ

 皆さんは“壁”と聞くと何を思い起こしますか? 今をときまくトランプ氏の“壁”か? それとも、古代ローマでもっとも不可思議で、かつ近代的な人物であったという皇帝ハドリアヌスの“壁”か? あるいは、映画『進撃の巨人』で主人公たちを取り巻いている壁か?

 すでに“国家の成り立ち、あるいは“地域”と“国家”の関係:連合王国の場合#1”で紹介済みですが、ハドリアヌスがイングランド北部に築いた長城は17世紀頃まで二つの地域を隔てつづけ、イングランドとスコットランドの国境として半ば固定化してしまいます。

 それゆえ、トランプ氏の“壁”も『進撃の巨人』のごとき巨壁と化して、アメリカ合衆国とメキシコを永遠に隔てるかもしれません?! もし壁を“不法”に越えようとする“やから”があらわれれば、誰かに似た巨人がぬっと顔を出して恫喝するかもしれません。

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 その一方で、“壁”を作って侵入を防ごうとする者は、いつの間にか自らが作った壁の中こそ閉じ込められる。そして、壁の中こそが悲惨な状態になって、逆に“壁”を越えて外に逃げ出すようになってしまう!

 実は、これが帝政末期のローマの姿です。イタリアの歴史家モンタネッリは名著『ローマの歴史』で、ディオクレティアヌス帝の治世下、「ローマ史始まって以来、初めて、「国境(ミリテス)」を越えて帝国から逃亡するローマ市民が現れたのはこの頃である。「国境」と言えば現在のベルリンの壁のようなものだが、これを越えて「蛮族」の間に安住の地を求める「難民」が出現したのだ。かつては「蛮族」がローマ帝国に安住を求め、再考の財産としての「市民権」を求めて流れ込んできたものだ。今や逆流が生じた。これぞ帝国滅亡の予兆である」と記します。

 つまり、(長い歴史をひもとけば)トランプ氏の“壁”もいつ“逆転”するかわからない。自らを守ろうと“壁”を作る者は、実は、自らが“壁”にとらわれてしまう存在に過ぎないかもしれない! 難民を嫌うアメリカ人が自ら難民になってしまう未来。そう考えれば『進撃の巨人』のモチーフも、またトランプ氏とその支持者たちの心根も、さらにさらに陰影が増してくるというものです。

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 それでも、ほぼ500年紆余曲折ありながら存続できたローマ帝国。創始者カエサルも、後継者でありパックス・ロマーナを実現したアウグストゥスも、そしてここが限界であると“壁”=“ボーダー”を築いた賢人ハドリアヌスも“大した奴だ”と感嘆すべきですが、トランプ氏は彼らに倣えるのか?

 それとも(いまや大方の心に芽生えた疑いのように)、現代演劇の始祖の一人アルフレッド・ジャリが19世紀末に創造したユビュ王現代のユビュ王として残るのか、これは見物でしょう。

 ちなみに、アウグストゥスは死のまぎわ、「友人に「私がこの人生の喜劇で自分の役を最後までうまく演じたとは思わないか」と尋ね、「この芝居がお気に召したのなら、どうか拍手喝采を」との喜劇の口上を口にした」(Wikipeida)そうです。

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 アウグストスの台詞を踏まえ、もしユビュ王にも匹敵するキャラとしてアメリカ民衆史に残るとすれば、その最後の言葉はひょっとして、かのポパイの決めぜりふ、“I am what I am and that’s all that I am[オレはオレだから、オレなんだ!]”かもしれません。

 それは言うまでもなく、“進撃の巨人”のモチーフの一つ=自分の周りに壁を張り巡らすことは、自らを壁に閉じ込めることにほかならないという悲劇(あるいは喜劇)そのものを表象しているかもしれないのです。

プロフィール


高畑由起夫
◆研究分野:生態学、自然人類学、霊長類学 ◆研究内容:主な研究対象はニホンザルやチンパンジー、ワオキツネザル等ですが、潮間帯の巻貝類や水生昆虫、カラス等も調べたことがあります。霊長類学の視点で、近縁...