2017年4月

権力者とポピュリズムPart1:コーラとワグナー、そして・・・・

2017 4/10 総合政策学部の皆さんへ

 コーラとポピュリズム、そしてワグナーと続いて、皆さんは何を連想しますか? もしコーラ・ディ・リエンツォを思い起こす方がいらっしゃたら、あなたは充分に政治思想史の教養をお持ちである、と称揚したいところです。そして、言うまでもなくこの三題噺の主題は、今をときめくアメリカ大統領トランプ氏にほかなりません。

 それでは、このコーラとは何者か? ルネサンスの歴史を彩る巨人たちの列伝体で語る傑作『ルネサンスの歴史』において著者モンタネッリとジェルヴァーゾが、1305年から始まるフランス王によるカトリック教皇庁のアヴィニヨン移転、いわゆるバビロニア捕囚のためにすっかり寂れきったローマの民衆が、1343年、アヴィニョンに転座した教皇クレメンス6世に対して自らの代表を派遣しようとした件を説明するくだりから紹介しましょう。

選ばれたのはまだ若い公証人ニコラ・ディ・リエンツォ・カプリー二、通称コーラである。料理屋の亭主と選択女の間に生まれ、川向こうのもっともプロレタリア的な環境に育ったから、過去の栄光と現在の悲惨のギャップに悩む庶民の反逆心を身につけていた。典型的なイタリア式扇動家で、自分で自分の言葉に酔い、扇動の言葉を自分で信じ込み、現実感覚と節度はどこかに飛び去ってしまうのだ」

 なんだか、どこかで聞いたことがあるような台詞に思えてきませんか? 過去のアメリカの栄光と、アメリカ自動車産業の元労働者(クリント・イーストウッドの傑作『グラン・トリノ』が頭によぎります)たちの嘆きとエスタブリッシュメント(その怒りの矛先こそがヒラリーにほかなりません)への怒り! あまりの類似に、マルクスの至言が頭をかすめたりもするかもしれません、すなわち「歴史は繰り返す。一度目は悲劇として、二度目は喜劇として」。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 さて、ローマに話を戻して、コーラはアヴィニヨンでまず大詩人ペトラルカ「帝国と皇帝と栄光について、また凱旋門と円柱と鷲の紋章について滔々と弁じ」、その心をすっかり魅惑したあと、教皇クレメンス6世に謁見します。

「(クレメンス6世は)コーラを、慈父のような態度で迎えてくれた。もっともこの教皇は大領主であると同時に大懐疑家でもあったから、この男がとんでもない妄想狂であることをすぐに見抜いてしまったが、ローマ貴族を弾劾するその弁舌に、機嫌良く耳を傾けていた。のみならず、貴族の横暴に対して抵抗を組織するよう、コーラを激励しさえしたのである。その上、訪問者を決して空手で帰さぬという主義を今度もたがえず、ヨハネス(22世)が貯め込んだ金貨をたっぷりとお土産にくれた」(『ルネサンスの歴史』から)

 こうしてコーラの疾走、あるいは暴走が始まります。ちなみに、このクレメンス6世は「フランス出身の貴族で、本名ピエール・ロジェ(Pierre Roger)」「豪奢な生活でも知られており、「どんな君主も、金遣いの派手さでかなう者はなく、気前のよさでも匹敵する者はいない」、白テンの毛皮を1080枚も所持し、「ギャンブルや競馬」に打ち興じ、つねに女性を歓迎」していそうです(Wikipedia)。コーラもコーラならば、法王も法王、互いに理解しあった、と思うこと自体がまちがいだったのかもしれません。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 コーラはローマに帰ると、「剣の模様を刺繍した奇妙な頭巾をかぶり、元老院ふうの白いトー賀を着て、1347年の降誕祭の日に人民議会を招集、市長兼教皇代官及び「神聖ローマ共和国解放者」に推挙される。どんな権限があるのかだれにも分からぬ無意味な照合だったが、コーラはそれを最大限に解釈し、人民軍を編成してその指揮に当たり、貴族私兵団撲滅を呼号する」に至ります。

 しかも、はじめはそれなりに成功する。「最初のうち、コーラの政治は悪くなかった。税制を正し、裁判を機能させ、ピエトロ・コロンな公のような有力者でも裁判を受け、有罪となれば投獄された。だが、この成功に酔った護民官コーラは、「キリストの意志による神聖ローマ帝国の復活者」などと自称し、だんだんおかしくなってきた」。あげくにクレメンス6世からも見放され、「貴族たちは軍勢を率いて市の城壁に迫る。護民官(コーラ)は教会の鐘を鳴らさせて民衆を集めようとするが、ほとんどだれもやってこない」という事態に発展。

民衆はコーラの弁舌を惨めな生活の慰めとしていたら、なおもかれを支持していたけれど、(コーラが居座り続けると、開催をとりやめるとクレメンスが脅す1350年の)聖年祭はローマ市民のプライドを満足させる無二の機会であり、観光収入を期待できる唯一の祭典でもあったから、これを失ったらたいへんだと思ったのである」(『ルネサンスの歴史』)

 こうして、民衆に見放されたコーラは、ローマから遁走する羽目になります。(to be continued)

プロフィール


高畑由起夫
◆研究分野:生態学、自然人類学、霊長類学 ◆研究内容:主な研究対象はニホンザルやチンパンジー、ワオキツネザル等ですが、潮間帯の巻貝類や水生昆虫、カラス等も調べたことがあります。霊長類学の視点で、近縁...