2017年5月

権力者とポピュリズムPart2:コーラとワグナー、そして・・・・

2017 5/19 総合政策学部の皆さんへ

 権力者とポピュリズムPart2です。ローマから逃亡したコーラの末路をまず、まとめましょう(それにしても、現代版コーラ?ことトランプ氏の末路はこれからどうなるのでしょうか? 本日、5月18日のワシントン、ロイター電では、「トランプ米大統領は18日、ロシアの米大統領選関与疑惑を巡る捜査に特別検察官が設置されたことを受けて、米国史上「最大の魔女狩り」と批判した」ということですが、共和党主流派にとって「いかにして自分たちに被害が及ぶことなく、ペンス副大統領を昇格させるか?」が最大の目標というべきでしょう。その際、トランプ氏の側近たちの運命も含めて、マキャヴェッリの『ティトゥス・リウィウスの最初の十巻についての論考(ディスコルシ)』や『フィレンツエ史』、それとも『プルタルコス英雄伝』あたりをひもといているかもしれません)。

 さて、コーラはひとまずドイツにいた後の神聖ローマ帝国皇帝カール5世(当時はボヘミア王カレル1世)に救いを求めますが(イタリア史においては、皇帝派(ギベリン)と教皇派(ゲルフ)は不倶戴天の敵、つまり、いったんは教皇の敵対者に身を委ねるわけです)、その1年後、思い切って方針を転換、教皇に許しを求めます。教皇はこれを寛大にも受け入れて、蟄居させます(=つまり、万が一の備えのために身柄を確保しておくわけですね)。そして、2年後、コーラ後の混がもたらした新たなデマゴーグ、バロンチェッリの登場に政情乱れるローマの状況を見て、新教皇インノケンティウス6世はこの捨て駒(いわば鉄砲玉)コーラ投入を決断します。毒をもって毒を制す、ということでしょうか?

 コーラは見事、市民の歓呼の声を浴び(この後の展開を見れば、このあたりが民衆の恐ろしさ。骨の髄まで貴族派だった(マキャヴェリのお友達の)グイチャルディーニ等が、軽蔑と恐怖をもって民衆を見る所以です)、バロンチェッリを追放、市政の権力を再び握ります。

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 とは言え、よかったのはここまでのこと。モンタネッリを引用すれば、「しかしローマ市民は、カンピドリオの広場に護民官(コーラ)の姿を仰ぎ、その言葉を聞いた時、少しく幻滅を感じた。40を過ぎたばかりというのに、ぶくぶく肥って肉がたるみ、弁舌も往年のさわやかさを失っていた」「あとが全然駄目だった・・・すぐに警察体制を布き、気に入らぬ者を片端から逮捕し、粗雑な審理でどんどん処刑した。何か機会があればバルコニーに出て、バラ色の希望と破局の予見、はったりと脅迫をないまぜた演説をぶちまくる」(バルコニーからの演説は、後の独裁者ムッソリーニが好んだところです)。

 こうして「復帰後70日にして郊外の民衆が反乱を起こした。貴族勢力のまいた金と扇動がものを言ったかも知れない。コーラはいままで通り弁舌で事を鎮めようとしたが、もはや彼の舌からは神通力が失われている」ことを悟り、逃げだそうとして捕まり、惨殺されます。「穴だらけになった屍体は2日間バルコニーに晒された」(『ルネサンスの歴史』から)。

 この間、教皇から命じられて、コーラに同行するはずだったアルボルノス枢機卿ははじめ「コーラの人気を徹底的に利用する気」でしたが、すぐにこの捨て駒に見切りを付けて「狂気の再発と民衆のリンチの中に見殺し」、自らはフィレンツェにとどまって金と軍勢をかき集め、ローマ周辺の教皇領の群小領主たちを討伐、無事、教皇のローマ帰還にこぎ着ける、というあたりで、皆さんも習ったかもしれない世界史の記述に戻ります。かつては聖職者といえども、政治家と軍人も兼ねていたわけです(アルボルノスはもともとはスペイン出身の軍人あがり、マティス国防長官のようなものです)。

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 さて、それでワグナーです。コーラ惨殺から306年が過ぎた19世紀半ば、フランス革命の限定相続人であったナポレオン失脚から25年後の1840年、当時新進気鋭(まだ27歳でした)で後世の大作曲家リヒャルト・ワーグナーは最初のオペラの題材になんとこのコーラを選びます。もっとも、Wikipediaには「ワーグナーは台本を作成する際に、ブルワー=リットンの原作(及び史実)を改変し、リエンツィが民衆の支持を得て政権を手にしたものの、やがて当の民衆から反逆され、彼らによって殺される物語とした」とあるように、オペラの主役コーラは、民衆の支持をえていったんは政治の権力を握りながら、貴族、皇帝、そして教皇から攻撃をうけて、悲劇的ながら雄々しくも死んでいく英雄に変貌しているとのことです(残念ながら、私は未見)。

早稲田大学交響楽団のHPからストーリーをかいつまんで紹介すると、「多くの貴族は自らの利益のため、邪魔なリエンツィを暗殺しようとするが、貴族コロンナの息子アドリアーノはリエンツィの妹イレーネを愛しているためにこの勢力には加わらない。貴族オルジーニはリエンツィの暗殺を画策するも失敗し、彼の同僚であったコロンナも捕えられる。民衆は彼らの死刑を望むが、リエンツィはアドリアーノの願いを聞き入れて謀反者を許す。しかし、貴族たちはまたも反乱をおこし、リエンツィはこれを鎮圧、その中でコロンナは命を落とす。父の死を見たアドリアーノはリエンツィを呪う。新たに即位したローマ皇帝は教皇と結託してリエンツィを弾圧し、民衆の心もリエンツィから離れてゆく。父の敵討ちを望むアドリアーノは民衆の反感をあおり、人々はリエンツィとイレーネのいるカピトール宮殿に火を放つ。アドリアーノはイレーネを助けようと中に入るが、3人が炎に包まれる中、宮殿は崩れ落ちる

 とくに聞かせどころは第5幕の「リエンツィの祈り」のアリアで、「民衆からも教皇からも見放され、神に「再び力を与えたまえ」と祈る」とのことです! さらに、19世紀のアンシャンレジーム対革命勢力の対決の風潮にあおられたか、オペラ『リエンツィ』は「初演が熱狂的な成功を収めたことによって、ドレスデンでは1873年までに100回、1908年までに200回上演されている。このことから分かる通り、ワーグナーが作曲したオペラの中では最も成功した作品の一つでもあった」(Wikipedia「リエンツィ」)。

 しかし、このワグナーがやがてコーラよりもはるかに優秀な政治的デマゴーグ、ヒトラーに熱狂的に愛されていくその後の展開を知っている者には、複雑な思いを感じさせるでしょう。

プロフィール


高畑由起夫
◆研究分野:生態学、自然人類学、霊長類学 ◆研究内容:主な研究対象はニホンザルやチンパンジー、ワオキツネザル等ですが、潮間帯の巻貝類や水生昆虫、カラス等も調べたことがあります。霊長類学の視点で、近縁...