海外流出美術品と日本の近代化:売立目録所収美術作品のデータベースよりアートを考える(下編)

2017 7/8 総合政策学部の皆さんへ

 前編に引き続き、『売立目録所収美術作品のデータベース』からもう少し探ってみましょう。売り立てには色々なパターンがあります。前編では松浦家のいわば没落にともなう売り立てを紹介しましたが、下村家が大丸再建を願って、自家の家財を売り払ったように(資本主義としては前近代的とも言えますが)、“攻め”の売り立てもあります。

 その典型は、大正10年11月5日・6日下見、同年11月7日入札の尾州徳川家御蔵品売立。政治家、植物学者、狩猟家(北海道で熊狩り、マレーで虎狩り)で、かつ現在の北海道土産の定番「木彫りのクマ」の原案をスイスから紹介したという尾張徳川家第19代当主徳川義親が「尾張家伝来の優れた美術品・文化財の永続的な保存のため、財団法人徳川黎明会を設立し、美術品の保存、公開施設としての徳川美術館を建設する資金を得るため」(報告書)、主催者の高橋箒庵に依頼したものです。これぞ「攻めの売り立て」とも言えるでしょう。ちなみに、Wikipediaではこの多才な「最後の殿様」について、他家の財政逼迫にも積極的に支援に乗り出し「理財の天才」と讃えています。

 ところで、この時、札元には山澄力蔵・中村好古堂・梅沢安蔵・川部商会・多門店・本山幽篁堂・伊丹信太郎・池田慶次郎・林新助・土橋永昌堂・服部来々堂・戸田弥七・山中吉郎兵衛・池戸宗三郎・春海商店・野崎久兵衛・米万商店・味岡由兵衛・伊藤喜兵衛・横山守雄・長谷川長宣堂と並んでいます。なお、この一人山中吉郎兵衛こそ、「(日本、そして中国等の)東アジアの秘宝を欧米人に売り込み」、戦後は其一の「朝顔図屏風」をメトロポリタン美術館に納入する山中商会中興の祖、山中定次郎(三代目山中吉郎兵衛)でしょう。

 調べてみると、古美術商としては土橋永昌堂、中村好古堂、春海商店等が現役です。古美術商もなかなか老舗ぞろいのようです。

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 さて、報告書に戻ると、この売立も「高橋箒庵が、世話方として関わっているが、その出品作品に価値の高い物が少なかったため、度々、価値のある作品の出品を尾張家に求めたが、優品を美術館で保存しようという尾張家側の意向を崩すことはできなかったという。・・・出品作に優品が少ないという当時の世評にも拘らず、第1回の総売り上げは、570,000円余に及んだ」とあります。

 義親はこの資金で、徳川美術館(運営母体は財団法人尾張徳川黎明会)の開設に邁進しますが、その間、なんと他家から流出の古美術品をさらに収集、「豊国祭礼図屏風」(蜂須賀家)、「清正公兜」(紀伊徳川家)、「侍中群要」(近衛家)から入手するなど、美術のパトロンとして八面六臂の活躍です。

 実は、義親は美術館以外にも、徳川生物学研究所(のち、ヤクルトに譲渡)、徳川林政史研究所も設立。ここまで自分が所有する資源を社会貢献に各種有効活用された方も少ないかもしれません。

 ちなみに、『売立目録所収美術作品のデータベース』では、 大正14年5月25日に前田侯爵邸で開催された“前田侯爵家御蔵器入札”でも、旧金沢藩主前田家は「入札で得た利益をもとに、所蔵品のうち重要なものを保存するための体制を固める」ため、当主前田利為が同年2月26日、公益法人育徳財団(現、前田育徳会)を設立、その資金をえることが目的のようだと記されています。

 その結果、「前田家伝来の作品の中で特に優れたものが出品されたとはいえないが、「織部餓鬼腹茶入」(現野村美術館)が57,800 円など、茶器を中心に高額落札が相次ぎ、総落札額は1,090,000 円を超えた」とありました。

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 最後に、話のそもそもの発端である其一の朝顔図屏風に話を戻すと、かつての豪商松澤家から流出後、1894年以来、ニューヨーク・ボストン・ロンドンなどで東洋美術を欧米のブルジョアジーや美術館に売り込んでいた山中商会の手を経て、1954年にメトロポリタン美術館に収蔵されます。またその前年には、光琳の「八橋図屏風」もメトロポリタン美術館に渡っています(朽木ゆり子 『ハウス・オブ・ヤマナカ 東洋の至宝を欧米に売った美術商』 )。こうして、故郷を離れた美術品自身にとって、異郷の地で多くの人びとの眼にふれることがよいのか、それとも故郷に再び帰ることがよいのか、皆さんはどう思いますか?

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高畑由起夫
◆研究分野:生態学、自然人類学、霊長類学 ◆研究内容:主な研究対象はニホンザルやチンパンジー、ワオキツネザル等ですが、潮間帯の巻貝類や水生昆虫、カラス等も調べたことがあります。霊長類学の視点で、近縁...

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