研究者はけちんぼか?:研究者についてPart1

2017 9/9 総合政策学部の皆さんへ

 皆さんが「ちょっと変わったタイトルだな」と思われたら、それは私の術策に嵌ったのかもしれません。

 その昔、大学に入学する前に、“研究者”への私の個人的イメージを決定的にした書物を3つあげましょう。

 まず、小学校の頃にまったくたまたま目にした永井隆博士の『ロザリオの鎖』、そして中学の頃に読んだアントン・チェーホフの『退屈な話』に登場の名誉教授ニコライ・ステパーノヴィッチ某、そして高校の時に触れたスタインベックの『キャナリー・ロウ』のための試作品とでも言うべき『蛇』のフィリプス博士(名前こそ違えど、まぎれもなく“ドック”の青年時代)の3つです。

 こう並べれば、見事なまでに衆人の記憶にあまりのぼらない人たちばかり、“ドック”など自然科学界では“超”がつくぐらいのマイナーな存在かもしれません。そこで、どうしたわけで影響をうけたのか、これが本日のテーマです。。

 さて、「研究者とはけちんぼか?」というタイトルは、明治41年、松江市に医師の子として生まれ、長崎医科大学を昭和7年卒業、物理的療法科で放射線療法を研究中、昭和20年、原子爆弾により被爆、糟糠の妻もなくし、二人の子供をかかえながら昭和21年教授に昇進するも、白血病に倒れ、昭和26年5月1日永眠(享年43歳)の永井博士が戦後の病床で綴った『ロザリオの鎖』の中からの抜粋です。

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 それにしても、「研究者はけちんぼか?」、永井博士はこのように切りだします。

けちんぼは世の人からつまはじきにされる。
 このごろは主食の値が高くなって、農家のふところには紙幣がどんどん流れ込み、一尺祝いというものをやるそうな。百円札を重ねて一尺の高さになったら家内集まって大祝いをやるという。(略)
 一尺祝いが悪いといいうのではない。問題はそれをどんなに使うのかにある。どしどし公共事業に出すのなら偉い。貧乏人に与えるのなら感心だ。
 しかし苦労してためたものを、おいそれと出したがらぬのは人情だ。貸して欲しけりゃ頭を下げて来い。中学校へ寄付してもらいたけりゃ、その代わりに委員に選挙しておくれ。・・・こんなけちんぼは世の人から爪はじきにされる。

 ところが世の人から少しも爪はじきされないけちんぼがたくさんいる。それがけちんぼとは知られていないから、爪はじきにされぬどころか、偉い人だと世の人から尊敬されている。国家からも相当の待遇を受けている。

  そのけちんぼとは学者である。
 大学教授、研究所員、工場技師、蔵書家、名人、家元などという連中の中にいる知恵のけちんぼである。
 「この問題はあの先生に聞かねばわからない」
  「彼は門外不出の古文書を持っている」
  「彼の急死によって、この技術の秘密は墓に埋められた」
  こんな話題の主はみんな学会のけちんぼである。知的財の守銭奴である。

 斯界の権威を以て自らを任じ、象牙の塔にこもて庶民を見くだし、我が国の知的水準の低いのは慨嘆に耐えぬなどと高言している者。特殊な発明を完成しながら、その機密を容易に発表したがらぬ者。学問の切り売りはしないなどと称してことさらに民衆教育をいとう者。そんな連中が現代いかに尊敬されているのであろうか?

 なるほど彼らがその知的財を頭脳に蓄積するまでにはなみなみならぬ苦労があったであろう。農夫が粒々辛苦する以上の辛苦であった。しかもその辛苦はもともと人類文化の進歩のためになされたのではなかった? おそらく彼らといえども髪黒く歯白く、血の赤かった青春のころから知的守銭奴を志望して勉強を始めたのではあるまい。勉強の成果として知的財を頭蓋骨の倉におさめたとたん、欲がでたのであろう。権威欲、名誉欲、優越欲、それからその知的財を資本に一儲けしようとする物欲などが、髪白く歯黒く血の青くなった赤はげ頭の中に燃え上がったのである。
 しかも彼らは朝飯の後で新聞を読みながら、農夫の一尺祝いを憎みかつあざけるのである

 こう書き綴った永井博士は最後に、こうさりげなく告白して、議論のすべてを見事に相対化させます。

 わたしもまた知的けちんぼの一人だ。しかしたいした資本ではない。長屋の高利貸しぐらいのところである。(『ロザリオの鎖』ユニバーサル文庫版、p.140~142)

 ちなみに、永井博士の業績をGoogle Schoarで調べたところ、永井隆・柴田精郎(1944)「嚥下困難ヲ呈セル畸形性頸椎炎ニ就テ」『日本耳鼻咽喉科會會報』50(9):718-723が見つかりました。原爆投下の1年前の公表ですが、永井博士はこの頃すでに戦時中の治療におけるレントゲン被曝で、白血病に罹患していたようです。

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 たしかに、21世紀の現在、文科省でさえ産学官共同を薦める流れにのって(文科省HP「大学等における産学官連携」)、研究者はさらに“知的けちんぼ”への道を邁進しているかもしれません。いまだに記憶に新しいSTAP細胞(刺激惹起性多能性獲得細胞)のケースでは、まっさきに特許が出願されているところ(Vacanti, C. A. et al. (2013年10月31日). “Generating pluripotent cells de novo WO 2013163296 A1”. (国際特許公開、優先日:2012年4月24日、出願日:2013年4月24日、公開日:2013年10月31日))など、まさに永井博士が70年も前に指摘されている通りです。

 それで、我が身を振り返ると、霊長類の生態・行動生態という本業から照らすと、とても「特殊な発明を完成しながら、その機密を容易に発表したがらぬ」者に該当するはずもなく、その点では、『キャナリー・ロウ』のドックのモデル、エド・リケッツと同様に「長屋の高利貸し」にも及ばぬ懐具合と言えそうです。

 この点では、20世紀以降の“研究者”、二つのアーキタイプの間のバリエーションのどこかにいるかもしれません。その一つの頂点は“ビッグ・サイエンティスト”あるいは“学問的守銭奴”であり、そしてもう一つは“ドック”に象徴される“片隅の賢者”かもしれません。
to be continued・・・・

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プロフィール


高畑由起夫
◆研究分野:生態学、自然人類学、霊長類学 ◆研究内容:主な研究対象はニホンザルやチンパンジー、ワオキツネザル等ですが、潮間帯の巻貝類や水生昆虫、カラス等も調べたことがあります。霊長類学の視点で、近縁...