2018年7月

新入生の方々に向けて、リサーチで重要なこと#2:学生・院生にとって、“相撲部屋の親方”は搾取なのか、それとも?、あるいは『半分、青い。』再び

2018 7/31 総合政策学部&理工学部の皆さんへ

 理工学部の学生の方々がこのブログを目にとめるとは到底想像もできないことですが、本当は(理系にとって)重要なことだから、ついでに入れてしまいましょう。というのも、今日のマクラは“秋風塾”、これは言ってみれば、教育のあり方を日本国民に問いかける作者からの(重要な?)メッセージかもしれないのですが、皆さん、それにお気づきですか? というテーマです。

 さて、朝ドラ『半分、青い』東京・胸騒ぎ編では、カリスマ秋風羽織先生が主催の“秋風塾”が舞台となっています。この秋風塾、秋風羽織が若い世代をそだてるべく、8名の気鋭の若者を呼び寄せながら、当然、とんがった個性の持ち主たち、いつの間にか二人に減ってしまったところに、ヒロインがひょんな成り行きで加わる、という設定です。

 このあたりのくだりでは、なんとなく20世紀最大の芸術家の一人、アンリ・マティスと彼の画塾のエピソードを想い出します。それは、(まったくうろ覚えですが)、マチスがようやく名声を得て、画塾を始める。そして、なんとミケランジェロのデッサンから始めるのですが、当然、集まった連中は最初からマチス風に描きたい。先生の方は、まず基本を身につけて、それから発展形として自分の個性を伸ばすという道筋を思い描いていたのに・・・・、ということであえなく、画塾はつぶれてしまった、というものです。教員も学生も、心して考えなければいけないのではないでしょうか?

 しかし、『半分、青い』を見ていると、教育経験のないはずの秋風先生の自由奔放な“教え”は、実に理にかなっている。オリジナリティ(自分の個性)とリアリティ(読者に得心してもらうための必須事項)、この二つを個性豊かな若い世代にどうやって伝えるのか、その微妙なタイトロープ(綱渡りの綱)のまことに見事な例とも言えましょう。

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 こうした私塾あるいはそこから発展した学校の例として、手塚治虫の『陽だまりの樹』前半で活写された緒方洪庵の「適塾」(なお、主人公の一人は福沢諭吉の『福翁自伝』でも揶揄的に登場する手塚良仙、手塚治虫の曾祖父です)が好例ですが、有名な先生が後継者を育てようと私塾をつくり(福沢自身の慶応義塾がまさにその通りです)、それがやがて制度的な学校に発展していくという、大学の起源の一つの例です(それゆえ、適塾は大阪大学医学部と慶應義塾大学の源流の一つに相当するともされています)。

 そこでは、カリスマ的教員が教え(=講義の起源)、教え子に論争させ(=プレゼン/ゼミ/ディベートの起源)、練習させる(=実験・実習の起源;適塾では治療、秋風塾ではアシスタント+習作)ところから出発する、と思って下さい。そう思って『半分、青い。』を見ていると、なかなか蘊蓄があるというものです。

 ところで、私塾とは別に、国家あるいは権力が何らかの目的をもって“学校”を作るというごく初期の例が、「マンガ(コミック)で世界を知ろうPart2:ヒストリエ」でご紹介したアレクサンドロス大王と学友たちが青春の日々を過ごす「ミエザの学園」かもしれません。もちろん、これは権力者ピリッポス2世が後継者アレクサンドロス3世の成長を目的としたものであり、かつ、アレクサンドロスの死後、学友たちは互いを殺し合う“ディアドコイ戦争”に突入します。

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 さて、こうした大学の“研究室”において、とくに理系では教師(教授)を中心とした“研究室”が中心に展開されます。例えば、「雑務で消耗しながらも教育に情熱を燃やす「工学部平(ヒラ)教授」の物語を書きたい」という今野浩先生著『工学部ヒラノ教授』では、パデュー大学のA・ウィンストン教授から盗み取った研究室運営のことを「学生との徹底的な研究分業、すなわち一人で研究するのが当たり前の数学科教授が批判するところの“搾取”である」と喝破します。それは以下のように進行します。
(1)教員は良いアイデアが浮かんだら、きっちりと脳内に格納する(オリジナルなアイデアが降臨するわけです)。
(2)1週間ほど寝かして、論文になりそうか検討する(そのアイディアが通用するか、時間をかけて吟味)。
(3)決心したら、手が空いている院生を呼び出し協力を求める(下請けに出す=まるで日本の企業の“系列”のような世界です)。

 この(3)こそが、文系の先生(理系なら数学の先生)が“搾取”とよび、あるいは“相撲部屋の親方みたいだ(=自分では相撲をとらない)”と揶揄しつつも、グローバルな研究世界ではよくある段取りであり、“搾取”なのか、それとも(教員と院生の)“共生”なのか、判断が分かれるところではあります。

 ヒラノ(今野)先生は、自らの専門分野(理財工学)に引き寄せて、以下の6つのステップに整理、かつそれぞれに異なるスキルを推奨します。
Step 1:問題を発掘する:オリジナリティが必要!(リサーチではこれが肝心)
Step 2:問題の定式化を行い、解法を考案する:数学力が必要!
step 3:解法をプログラム化し、具体的なデータを用いて問題を解く:プログラミング技術が必要!
Step 4:得られた結果を検証する:分析力が必要!
Step 5:結果を論文にまとめる:プレゼン力・文章化能力が必要!
Step 6:論文を専門誌に投稿して、レフェリー・編集委員と交渉する:(英語による)交渉力が必要!
 もちろん、分野が違うと段取りも違う。実験科学ならばまず研究費獲得能力が、そしてStep 3は実験力が必要。

 自然科学の場合は昔からそうでしたが、社会科学でも近年、こうした“搾取”あるいは“共生”による共同作業がますます重要になってきており、それゆえ、(総政の方々は)基礎演習でグループ・リサーチのコツを掴んでおかねばならないのです。もちろん、こうしたグループ・リサーチは大学生活よりも、むしろ卒業後、就職からの“仕事”にこそ役立つというものです。

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 最後にやはり『半分、青い。』に戻りますが、秋風羽織を中心にぐるぐる廻る人間関係(秋風のアシスタントをしながら、教えをいただき、作品についてだめ出しをうけ、やがて独立していく)は、実は、こうしたグループ・ワークの修業の場なのである、ということを肝に銘じていただければ幸いかもしれません。

新入生の皆さんへ:「総合政策」を学ぶための気軽な課題図書 Part3:“まつりごと”とは何か?

2018 7/28 総合政策学部の皆さんへ、とくに新入生の皆さんへ

 『基礎演習ハンドブック』初版から第6章 「総合政策」を学ぶための気軽な課題図書の復刻シリーズ、以下は“まつりごと”、すなわち“政策”に関する文献のご紹介です。

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 ローマ帝国から近代国家の誕生まで、ヨーロッパの政治史を楽しみながら、「国家や市民とは何か?」、「政治とはどんな芸術(ラテン語でアルテ=英語のアーツ)なのか?」を学ぶのに良い本として、イタリアの歴史家のI・モンタネッリらが執筆した『ローマの歴史』と『ルネサンスの歴史』をあげておきましょう。どちらも文庫本で読みやすく、お薦めです。きら星のような登場人物たちの中でもっとも印象的な人物は間違いなく、ローマ帝国の創設者ユリウス・カエサル(英語ではジュリアス・シーザー)でしょう。

来た、見た、勝った(Veni, Vidi, Vici)」(ラテン語の台詞ですが、きちんと頭韻を踏んでいる点にご注意)
賽(サイ)は投げられた(Alea jacta est)

等の卓抜なキャッチ・コピーで知られるこの「怪人物」は、「共和制」が行き詰まっていたローマを(民衆の支持を得ながら!)「君主制」で立て直そうと大奮闘します。その結果は、彼自身の著作『ガリア戦記』に活写されたガリア(現在の西ヨーロッパ)征服を通じて、「普遍性」という価値観をベースにヨーロッパに君臨する一大国際帝国(ローマ帝国)として結実します。

 この古代ローマ帝国、ローマ法によって皇帝の支配下、普遍的な掟によって支配される国際帝国こそが、現在のEUの基本かもしれません。例えば、カエサルはブリテン島にも上陸しますが、その結果、ローマ帝国は5世紀まで、現在のイギリスを支配します(「だからと言って、イギリスはEU離脱をすべきでない」と主張する気はありませんが)。もっとも、現在のEUは古代ローマ帝国の支配地からかなりはみ出しています(「だからと言って、EUは拡大し過ぎて、内部に矛盾を抱え込みすぎている」と主張する気もありませんが)。

 しかし、「共和制と君主制のいずれの政体を採るべきか?」 この悩みは周囲の人々、同輩のポンペイウスとクラッスス、敵対者の小カトー、哲学者キケロ、暗殺者ブルータス等々を次々に巻き込み、ほぼ全員を非業の死に導いたにとどまらず、彼の覇業の1500年後には、本来は「共和派」であるはずの政治思想家N・マキャヴェッリに『君主論』を執筆させ、さらにはイギリスの劇作家W・シェイクスピアに政治劇『ジュリアス・シーザー』を書かせるほどです。

  • 注1)『ローマ人の物語』:『ローマの歴史』は、歴史作家塩野七生の『ローマ人の物語』にほぼ時代が重なります。同じ登場人物についての評価が、両者で微妙に異なったり、この二つを読み比べるのも楽しみです。
  • 注2)ユリウス・カエサル:古代ローマの共和政末期に活躍した政治家・軍人ガイウス・ユリウス・カエサル(前100~前44年)。終身独裁官時に暗殺されたが、事実上の帝政を開始。『ガリア戦記』はガリア征服についての自筆の記録。

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 ところで、『ルネサンスの歴史』の登場人物でもあるフィレンツェのノン・キャリア官僚のマキャヴェッリは、こんな風に語ります。

「(君主は)人に恐れられるよりも愛せられる方が良いのか、反対に、愛されるよりも恐れられる方が良いのか。私は両方ともであって欲しい、と言うであろう。しかし、同一人で二人とも兼ねることは難しいから、両者のうちいずれかをえらばねばならぬとしたら、愛されるよりも恐れられる方がむしろはるかに安全であろう。それは、人間は恩知らずで、多弁で、臆病で、吝嗇であると一般にいうことができるから」(『君主論』第17章)。

 そのマキアヴェリ本人は(当時四分五裂していた)イタリア統一を実現するためにはたとえ悪魔とでも手を結ぼうという愛国者であり、一般に誤解されているような権謀術数家、いわゆる「マキャヴェリスト」ではありません。一方、彼の年下の友人、法王庁のキャリア官僚F・グィッチャルディー二が、自分の子孫のために書き残した『リコルディ』(邦訳の題名は『フィレンツェ名門貴族の処世術』)こそ、自らの「個別利害」を第一とする現実主義者(真のマキャヴェリスト)の独白と言われています。次の文章は、権力者に取り入ろうとしながらも、というよりもむしろそれゆえにこそ、権力者を冷たく見すえる彼の真骨頂です。

権勢ならぶものがなく、また賢君の誉れも比肩するもののなかったアラゴンのフェルデナンド・カトリック王が、なにか新しい仕事をやろうとしたり、あるいは非常に重要な決定を下そうとしたとき、王みずから自分の考えを公にする以前に、宮廷および人民全体が「王はまさにこれこれの事業をしなければならない」と声を大にして熱望するようにし向けていたのに、私は気付いたものである。こうして王の立場が一般に待望され要求されるようになってはじめて、自分の考えを公にしたわけである」(『リコルディC』80節)

 マキアヴェリ同様、グイッチャルディー二の台詞もまた多くの人たちに「身も蓋もない」という印象を与えるようですが、同時に、自分の時代を生きる上で多くのヒントにあふれてもいます(右の言葉も、どこかの政治家に聞かせたいものです)。同様に、シェイクスピアの『ジュリアス・シーザー』では、自分のボスであるカエサルを暗殺したばかりの政治的敵対者ブルータスに敬意を表しながら、舌先三寸で民衆を扇動、形勢を一変させて、「高潔の士」ブルータスにとどめの一撃を加えるマーク・アントニーの弁論術の冴えに、観客/読者はただ感歎するほかありません。同じシェイクスピアの歴史劇『リチャード三世』もまた、政治的権力者の悪の魅力を存分にまき散らす作品です。

 こうした権力の魔力・魅力については、できればフランスの劇作家A・ジャリの『ユビュ王』、そして同じフランスのノーベル賞作家、A・カミュの戯曲『カリギュラ』等もご覧いただきたいところです。

  • 注3)マキャヴェッリ:ルネサンス期のイタリア、フィレンツェの官僚・政治思想家ニッコロ・マキャヴェッリ(1469~1527)。著作に『君主論』、『ティトゥス・リウィウスの最初の十巻についての論考』等。現実主義的視点で政治を論じたが、しばしば権謀術数家と誤解されています。
  • 注4)グイッチアルディーニ:フィレンツェ出身の法王庁官僚・政治家・歴史家のフランチェスコ・グイッチアルディーニ(1483~1540)。教皇軍副将を勤めてから、トスカナ公国のコジモ1世に仕えるが、失脚、歴史書として『イタリア史』等を執筆。『リコルディ』は子孫に読み聞かせるために私的に書き残した処世訓の覚え書き。
  • 注5)フェルデナンド・カトリック王:アラゴン王フェルナンド2世(1452~1516)。カスティーリャ女王イザベル1世と結婚・共同統治、カスティーリャ王としては5世。スペインの経営に辣腕をふるい、孫のカルロス1世(神聖ローマ皇帝としてはカール5世)に継承します。

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 それでは、我々個人はどんな生き方をすべきでしょうか? ルイ14世による絶対王政出現を目前にして、大宰相マザランに逆らってもろくも敗北したフランスの大貴族ラ・ロシュフーコー公爵は、フロンドの乱に青春のすべてを消耗しつくした自らの人生を振り返り、『箴言集』を編みます。読者の多くを不快感に誘うこの本は、まさに左の箴言で始まります。

われわれの美徳は、ほとんどの場合、偽装した悪徳に過ぎない

 しかし、別の日には、かつての戦友達を想ってか、彼はこうも書き記します。

友を疑うのは友に欺かれるよりも恥ずかしいことだ

『箴言集』の原題を直訳すると、『人間考察もしくは処世訓と箴言』とのことですが(『箴言集』翻訳者による解説)、この書は先ほど触れた『君主論』と並んで、人間の美徳と悪徳を論じることで、古来毀誉褒貶の的となってきた問題作なのです。

  • 注6)マザランとフロンドの乱:ジュール・マザラン(1602~1661)はイタリア生まれのフランス王国の政治家・枢機卿。幼少のルイ14世を補佐して絶対王政を確立します。フロンドの乱(1648~53)は、彼の政策に対する貴族の反乱ですが、最終的には屈服させることに成功。ロシュフコーは大貴族としての名誉を賭けてマザランに対抗するも、敗れ去るのです。

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 一方、日本の英文学者家夏目金之助は19世紀から20世紀の変わり目にロンドンに留学中、自分が研究している英文学とは何か? という疑問にとらわれ、やがて「それを考えている自分は誰か?」、そして「自分にとって日本とは何か?」に気付きます。そこで「知識の内発性」に思い至った彼は、「個人主義」に目覚めたのです。この過程で小説家夏目漱石に変身した孤独な知性は、学習院での講演記録『私の個人主義』で、明治という日本が近代化にむかって突っ走った変革期において、個人はどう生きるべきか模索した道筋を物静かに語りきかせます。

 その一方で、「近代」は否応もなく進みます。そして、その途上、ヨーロッパのプロテスタントの一部に、資本主義的精神が生じた経緯を分析したのがマックス・ヴェーバーです。彼の『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』の末尾には以下の言葉が見えます。

「(ヨーロッパの)近代資本主義の精神の、いやそれのみでなく、近代文化の本質的構成要素の一つと言うべき天職理念を土台とした合理的生活態度は―この論考はこのことを証明しようとしてきたのだが―キリスト教的禁欲の精神から生まれ出たのだった」(岩波文庫版363~364頁)

 もしさらに余裕があれば、ヴェーバーが資料として使ったB・フランクリンの自伝もひもとかれると、何故、21世紀の我々が「時間」というものを絶えず意識せざるを得ないか、自問するはずです。そんな時には、M・エンデ作の「時間泥棒」が登場する物語『モモ』をあらためて読んで下さい。一方、資本主義の受容も含めて、日本の近代化について、自らの経験を飽くことなく語る福沢諭吉の『福翁自伝』もまた皆さんにお勧めです。

  • 注7)マックス・ヴェーバー:ドイツの社会学者・経済学者(1864~1920)。宗教社会学、比較文明・経済史等で大きな影響を与え続けています。他の著作に『職業としての学問』『職業としての政治』、『宗教社会学論集』等。
  • 注8)ベンジャミン・フランクリン:アメリカ合衆国の政治家、外交官、著述家、科学者(1706~1790)。植民地時代から独立戦争にかけて、合衆国の精神的支柱になったとも言える人物。各方面に多大な貢献を残すが、その自伝はWASP(ホワイト・アングロ・サクソン・プロテスタント)の理想である勤勉、合理主義等を推奨して、ヴェーバーの経済史研究の資料となっています

新入生の皆さんへ:「総合政策」を学ぶための気軽な課題図書 Part2:“経済”を学ぶには?

2018 7/21 総合政策学部の皆さんへ、とくに新入生の皆さんへ

 『基礎演習ハンドブック』初版から第6章 「総合政策」を学ぶための気軽な課題図書の復刻シリーズ、以下は“経済”について、主に亀田啓悟先生がお書きになった「経済」についてのご紹介です。

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 生きた経済を学ぶのに、「経済小説」を読むことも一興です。2007年に亡くなった城山三郎はこの分野の先駆者ですが、『男子の本懐』は昭和恐慌以後の経済政策、特に金本位制への回帰を目指す井上準之助と浜口雄幸の物語で、「政策とは何か?」を考えさせられる政治経済小説です。第二次大戦に向かっていく日本の空気もよく描かれています。ただし、経済の基礎知識を知らないと、この作品の醍醐味が伝わらない恐れもあるかもしれません。

 また、『落日燃ゆ』は第二次大戦後の東京裁判で、A級戦犯のうち唯一人文官で処刑された広田弘毅の話です。戦争に反対しながら、文官の誰かは責任を取らねばならないという理由で自ら死を選んだ広田ですが、戦勝国・敗戦国という概念について再考させられた記憶があります。また靖国問題等を考える上でも、一読の価値があると思います。

  • 註1:城山三郎:名古屋出身の小説家(1927~2007)。一時期大学で経済学の教員も勤めましたが、小説家に専念。経済小説ならびに伝記小説を得意としていました。
  • 註2:広田弘毅:外交官・政治家(1878~1948)。戦前総理大臣を務めるが、東京裁判でA級戦犯として有罪、処刑されました。

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 次は、高杉良の『小説日本興業銀行』です。敗戦後の復興金融金庫の時代から高度経済成長までの日本経済を、「財界の鞍馬天狗」こと中山素平を主人公に、日本興業銀行(現みずほフィナンシャルグループ)の視点からみた経済小説です。

 復金インフレの混乱から日本経済が立ち直り、所得倍増を達成する頃までが描かれています。海運再編(1962)、昭和四〇年不況と日銀特融(1965)、自動車メーカーの日産とプリンスの合併(1966)、新日鉄の誕生(1970)等、戦後の産業政策を勉強するためには、まず、この小説を読むほうが早いかもしれません。

  • 註3:高杉良:東京出身の小説家(1939~)。業界紙編集長から参加に転じ、ビジネスマン小説のジャンルを開拓。
  • 註4:中山素平:銀行家・財界人(1906~2005)。日本興業銀行頭取や経済同友会代表幹事を歴任。
  • 註5:復金インフレ:1947年頃、全額政府出資の復興金融金庫が、重工業に資金と資材を重点的に投入〈傾斜生産方式〉しました。この際、財源を日本銀行直接引き受けの債券発行に頼ったため、通貨の増発を招き、インフレーションが生じました。
  • 註6:所得倍増:1960年に池田勇人内閣の下で策定された所得倍増計画では、10年間に国民総生産を26兆円に倍増させることを目標に掲げ、その後の経済の驚異的成長をもたらしました。

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 ついで、NHKスペシャル・ワーキングプア取材班『ワーキングプア』を推薦します。この問題をおそらく最初に取り上げた話題作です。職を持ちながら生活保護水準以下の所得しかない、ワーキングプアの実態がリアルに描かれています。

ただこの本だけを読むと、「構造改革は格差を生んだ→構造改革は悪だ」という短絡的な意見にとびついてしまう怖れもあります。

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 一方、ビジネス・リサーチについて、実践例を教えてくれるのはF・フォーサイス作の1970年代のベストセラー小説『戦争の犬たち』かもしれません。

 得体も知れない依頼主から、アフリカの小国でのクーデターを持ちかけられた傭兵あがりの主人公、キャット・シャノンが現地に乗り込み、小なりとは言え、一国の転覆を謀るべく、種々のリサーチをしながら綿密に計画をねりあげていく様は、(その後の計画実行時の微に入り、細をうがつ描写でも)まさにビジネスパーソンの鏡とでも言うべきでしょう。

  • 註7:F・フォーサイス(Frederick Forsyth):イギリス生れの作家(1938~)。主な作品に『ジャッカルの日』、『オデッサファイル』、『悪魔の選択』。

叙勲とは何か? 勲章から見た近代国家像について

2018 7/14 総合政策学部の皆さんへ

 本日のテーマは“勲章”あるいは“叙勲”と、それを通して垣間見える近代国家の性格です。こんなことを考えたのも、すでに旧聞になってしまいましたが、4月29日の朝日新聞に掲載の「春の叙勲」を眺めるともなく眼を通していると(本来はあまり興味がないのですが)、外国人への叙勲の中に旭日小綬賞にアグネス・チャンさんの名前が目につきました。そして、そのお隣がなんとジェーン・バーキンなのです。

 と言っても、今の学生さんには「えっ、そもそもジェーン・バーキンとは誰?」と思うでしょう。20世紀後半、フランスで「反体制的な作風で人気を博し」、「作詞に特徴が強く、ダブル・ミーニングなどの言葉遊びを多用する。また、ときにはメタファーを使って、ときには露骨に性的な内容を語った歌詞が多い」(Wikipedia)ことで知られたフランス(両親は帝政ロシア(現ウクライナ・ハリコフ)出身のユダヤ人)の作曲家・作詞家・歌手・映画監督・俳優であったセルジュ・ゲンズブールと長年カップル(事実婚)だった女優・歌手なのですが、その彼女がよりにもよって“体制派”的な響きをともなう“勲章”を受け入れる! と感じた次第です。

 Wikipediaを調べると、バーキンは「2011年、日本の東日本大震災の発生を受けて、同年4月6日という早い段階で来日し震災支援のチャリティーコンサート」を行い、その後も震災支援を続けており、こうした活動への評価が込められているのでしょう(なお、外国籍の受賞者は外務省からの推薦とのことです)。ちなみに、“反体制”的シンボルであったセルジュ・ゲンズブールも「死後はその栄光をたたえて、ジャン=ポール・サルトル、シャルル・ボードレールなどの著名人が数多く眠るモンパルナス墓地に葬られた」そうです(Wikipedia)。

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 ジェーン・バーキンへの勲章授与という(私にとっても思いもかけない)ニュースに心ひかれて、旭日小綬賞者のリストを調べると、少し離れたところに同じフランスのシンガー・ソングライターであるシャルル・アズナールが出ています。御年なんと93歳! ちなみにアグネス・チャンさんは62歳、ジェーン・バーキンは71歳。さらに昔ロッテの監督をしていたバレンタイン監督が67歳で、関西国際空港のターミナルを設計したことで知られる建築家レンゾ・ピアノ氏は80歳での叙勲です。

 ちなみに、旭日大綬賞には、オルブライト元国務長官、ジョン・シドニー・マケイン3世(上院議員、元アメリカ海軍大佐[ちなみに祖父と曾祖父はともに海軍大将]、3世自身は北爆中に撃墜され、捕虜となった過程で重度の障害を負い、解放後、海軍を退役、政治家に転身します)、ジャン・クロード・トリシェ(元欧州中央銀行総裁)などそうそうたる顔ぶれが見えます。また、旭日重光章にノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロらも含まれています。

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 それでは、日本人ではじめて勲章をいただいた方は誰か? 皆さん、わかりますか?

 翻訳家・比較文学研究者の高橋邦太郎氏による『 日本国勲章起源考』(1966)によれば、天正13年(1585)、ローマ法王シスト5世から伊東マンショら天正遣欧少年使節に贈られた金拍車騎士(Cavalieridi Sporoni d’oro)で、標章として金の頚飾と金の拍車とからなる勲章が授けられたとの嚆矢とのこと。その次の授与者は、天明2年(1782)、ロシアに流れ着いた伊勢白子浦の船頭大黒屋光太夫らで、女帝エカチェリナ2世に拝謁時に光太夫に金色の勲章が、あとの二人に銀色の勲章が授与されているそうです。

 それに対して、近代日本で“勲章”を初めて授与したのは、実に江戸幕府でも明治新政府でもなく、薩摩藩なのです。というよりも、1867年(慶応3年)のパリ万国博に江戸幕府に対抗すべく、「薩摩琉球国」で出品した薩摩藩を密かに支援したフランス貴族モンブラン伯が張本人で、「時宜的な手を打って幕府に大きな打撃を与え」るべく、「薩摩琉球国勲等”を製作し、皇帝はじめ要路の大宮へ贈進」私用としたことである。「モンブラン伯はパリの勲章師にレジョン・ドヌール勲章にかたどり、赤い五稜屋の中央に、丸に十字の島津家の紋章を白く浮かし、五稜の間に、金文字で「薩摩琉球国」と五字をはさみ、赤地に細い白条を両端に近く1本ずつ入れた綬をリボンを結んだ形でつないだ、甚だ異国趣味の横溢した勲章のもつ意義とその功用は、モンブラン伯の意図通り、非常に大きな効果をもたらした」というわけです(現在は、鹿児島の集成館に展示されているという)。

 高橋は「この勲章が皇帝以下に贈られた時は、相当なセンセーションを起した。もっとも有力なフィガロFigaro、ルタンLe Temps等の諸紙がこの記事を掲載したことでも立証することが出来る」と続けます。もちろん、これは「日本は絶対君主としての徳川将軍が治める国ではなく、ドイツと同様に各地の大名が林立する領邦国家であり、徳川家といえども一大名に過ぎない」(Wikipedia)という政治的プロパガンダとしてまことに有効な手段であったと思われます。この時、江戸幕府代表としてパリに赴いた徳川昭武一行にとっては、この「生き馬の目を抜く」ような事態にあっけにとられたようです。

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 こうした先例を踏まえば、“勲章”がたんなる「お飾り」ではなく、“国家”やそのアイデンティティに深く関わるものであり、政治的なメッセージをももつものだ(もちろん、それは勲章を拒否することさえも含んで)ということはおわかりいただけでしょう。

 この「薩摩琉球国勲等」を踏まえてか、御一新後、明治政府はまた勲章制度に着手します。それでは、薩摩琉球国勲章が範としたレジョン・ドヌール勲章について、次に紹介したいと思います(ふと気づけば、今日はパリ祭=レジョン・ドヌール勲章にも縁深きフランス革命の始まり、バスティーユ牢獄陥落の日です)。 to be continued…

新入生の皆さんへ:「総合政策」を学ぶための気軽な課題図書 Part1:いかに生きるべきか?

2018 7/8 総合政策学部の皆さんへ、とくに新入生の皆さんへ

 『基礎演習ハンドブック』初版から、『改訂版』では削除された第6章「「総合政策」を学ぶための気軽な課題図書」の復刻シリーズです。この章は先生方からみなさんへ、「教養=生きる力」を身に付けるのにふさわしい本をご紹介して頂いたものです。

 それでは、まず、渡部律子先生がお書きになった「生きるとはどういうことなのか?」から始めましょう。

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 「生きる」とは? 辛くてどうしたらいいか分からない、自分の理解を超えるできごとに出会ってしまった、知識や経験では対処が困難だ、そんな時、以下の書物がいろんなヒントを与えてくれると思います。

 まず、田辺聖子をとりあげましょう。少女小説作家としてデビュー後、「中間小説」と呼ばれる読みやすい本で、特に女性に人気を博している作家です。その一方で、古典を現代人にわかりやすく解説・紹介した大きな功績があります。例えば、『新源氏物語』では、(現在のように)女性が一人で強く生きていく姿や高齢者がおしゃれに元気に生きていく姿をクローズアップして描くなど、先見の明がある作家です。田辺さんご自身の生き方にも学ぶところが多く、自伝的小説『楽天少女通ります』には、封建的な社会で女性がどのように生きていたか? 家族はどんな機能を果たしていたか? 上手に描写しています。

 次は向田邦子で、1981年に突然の飛行機事故で亡くなった後も、数々の作品が映像化され、語り継がれるほど、表現力に優れていた書き手です。とくに、戦前の家族像と不器用な父親像を表現した『父の詫び状』、微妙な男女の関係を描く『あ・うん』、愛や嫉妬という複雑な感情を表現した『阿修羅のごとく』では、日常の細かな、かつ正確な描写が登場人物の感情を表現して、非言語コミュニケーションがどんな効果をもつのかよくわかります。エッセイの書き方だけでなく、「昭和」という時代を学ぶのにも適した作品をいくつも残しています。

  • 注1)田辺聖子:大阪生まれの小説家(1928~)。1964年に『感傷旅行』で芥川賞受賞。小説やエッセイ多数。
  • 注2)向田邦子:東京都出身の脚本家、エッセイスト、小説家(1929~1981)。1980年直木賞を受賞、1981年台湾で航空事故に遭い死亡。
  • 注3)非言語コミュニケーション: ノン・バーバル・コミュニケーションとも言います。言葉以外のコミュニケーションの総称です。表情、身振り、距離、髪型・服装・装飾品・化粧・香水等、メッセージ性をおびるものはすべて含まれるとも言えます。

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 時代を学ぶと言えば、芹沢光治良の大作『人間の運命』では、読者が全三巻における主人公の成長を追体験できます。著者の自伝的要素をも含む明治・大正・昭和の三時代にまたがって、生きる意味、差別を深く考えさせてくれます。さらに、「両親の生き方を子どもがどのような目で捉えるのか?」、「貧困がどのような影響を子どもに与えるのか?」などを課題として突きつけます。

 遠藤周作も感慨深い作品を残した作家です。『狐狸庵閑話』等の軽いエッセイ集で人気を博しましたが、純文学の『沈黙』では江戸時代のキリスト教徒弾圧をテーマに、人間の強さと弱さ、宗教の力等を扱い、高い評価を受けています。

 歴史小説では池波正太郎の代表作『鬼平犯科帳』はドラマでもよく知られています。このシリーズは江戸文化に興味がある人にお勧めです。食通としても有名で、食文化に興味のある人は『食卓の情景』、『剣客商売』はいかがでしょうか?

  • 注4)芹沢光治良:静岡県出身の小説家(1896~1993)。戦前に農商務省を辞職、フランスに留学。代表作に、ノーベル文学賞候補にもなった『巴里に死す』や『人間の運命』等があります。
  • 注5)遠藤周作:東京都出身の小説家(1923~1996)。1995年『白い人』で芥川賞受賞。ユーモア小説と同時に、カトリック信仰をベースにした作品を執筆。
  • 注6)池波正太郎:東京都出身の劇作家・時代小説家(1923~1990)。1960年『錯乱』で直木賞受賞。食通・映画評論家としても有名。

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 少し話題を変えて、A・ピーズ&B・ピーズ『話を聞かない男、地図が読めない女―男脳・女脳が「謎」を解く』は、日本だけでも200万部を売り上げたベストセラーです。女性と男性の思考や行動パターンの違いを、3年間かけて専門家や専門書から取材した本です。「男性は××である」、「女性は○○である」等のステレオタイプで偏った見方は危険ですが、そんな危険性をわきまえておけば、男女の基本的な違いを理解するのに役立ちます。また、同じような男女差を言語学的に分析した本に『You Just Don’t Understand: Women and Men in Conversation』(Deborah Tannen著)があります。男女の会話スタイルを分析して、それぞれ強調する点がどのように違うか論じています。英語にチャレンジしてみたい人はぜひお読み下さい。

 次に、病気や健康について。N・カズンズの『笑いと治癒力』は著者自身の体験記です。原題は翻訳とはかなり違い、『Anatomy of an Illness as Perceived by The Patient: Reflections on Healing and Regeneration』といいます。ニューヨークイブニングポスト編集長時代に膠原病が発症した時に経験した医療システムの問題点と、病気の回復に有効な要素としての「ユーモア・笑い」の効用をいち早く指摘しました。最近では笑いの効用が知られてきましたが、そのルーツと言っても過言ではなく、神経生理心理学(neurophysio psychology)と呼ばれる新しい研究領域になりました。彼のもう一つの作品『ヘッド・ファースト』は、UCLAの医学部に移ってから、心筋梗塞を伴う発作に見舞われて、患者が病気の症状コントロールにどれだけの力を発揮できるかについて書いた本です。

 最後に、実存主義心理学者のR・メイは『生きる勇気』で、「勇気は決して特殊なものではなく、日々の生活で様々な選択、決断、コミットメントをすることにある」と主張します。一見、難しくてとっつきにくい本のように思われるかもしれませんが、多くの学びが得られる本です。そのほか、同じ著者の『失われし自己を求めて』も読んで欲しいと思います。

  • 注7)ノーマン・カズンズ(Norman Cousins):アメリカのジャーナリスト・作家(1915~1990)。被爆者への支援でも知られています。
  • 注8)膠原病(こうげんびょう):慢性的に発熱・倦怠感・関節痛等を示す症候群。自己免疫疾患の可能性が考えられているが、完全には解明されていない。

(to be continued)

新入生の方々へ:皆さんにとって“大学”とは何か?~三四郎とあしながおじさん~

2018 7/1 総合政策学部の皆さん、とくに新入生の皆さんへ

 今回は、『基礎演習ハンドブック』初版から、現在の改訂版からは削除されたコラム「文学作品での“新入生”~三四郎とあしながおじさん~」を再録・補足しながら、皆さんに、昔の大学が新入生に対してもっていた意味についてお伝えしたいと思います。

 かつて、大学に入学することは未知の世界への招待であり、新入生は『美しき惑いの年』(ドイツの小説家H・カロッサの小説のタイトル)を経験したものです。カロッサは1878年生まれのドイツの作家で、19世紀末から20世紀初頭にミュンヘン大学で医学を学びますが、その頃の生活を40年後に振り返ったのがこの小説です。

 一方、カロッサのほぼ10年年長、1867年生まれの夏目漱石は40代に入ったばかりの前後に、ほぼ1世代若い青年たちをモデルに、大学生のそんな心の揺れを『三四郎』に結晶化します。この小説をひもとくと、明治末に「田舎の高等学校を卒業して、東京の大学にはいった三四郎が新しい空気にふれる。そうして同輩だの先輩だの若い女だのに接触していろいろに動いてくる(漱石による小説の予告の文章)」様子を膚で感じることができます(ちなみに、タイトルロールの三四郎のモデルは小宮豊隆といわれています)。

 第一高等学校(現東京大学教養学部)教員として、東京大学でも英文学を教えていた漱石の小説には、当時の大学をめぐる話が頻繁に出てきます。『三四郎』の4年後に執筆された『彼岸過迄』では、話のきっかけはなんと就職活動です(なお、当時の大学では、卒業してから就職活動をするのが一般的でした)。

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 一方、数多くの小説の主人公たちのなかで、最も幸福な新入生の一人は1876年生まれ、カロッサとほぼ同世代のアメリカの女流作家ジーン・ウェブスター原作『あしながおじさん』のジルーシャ・アボット、ことジュディでしょう。孤児院育ちのジュディは、予想もしなかったキャンパスライフを始めるにあたり、大学に送り出してくれた“あしながおじさん”に手紙を書きます。

「孤児を大学へ送り給えるご親切なる評議員さま。
 私はこちらへ参りました! 昨日汽車で四時間も旅をいたしました。とても奇妙な胸のわくわくするような気持ちでございました。だって私は今まで一度も汽車に乗ったことがなかったんでございますもの!
 大学って、とても大きくて、とてもまごつくところでございます。(中略)もっと気が落ち着いてから学校の様子をお知らせするつもりでございます。そのときには学課のことも申し上げます」(松本恵子訳『あしながおじさん』新潮文庫版16頁)

 この小説の背景に、19世紀のアメリカ市民社会で生まれた孤児院や養子制度等があります。福祉政策等に興味がある方は是非お読み下さい(ちなみに『三四郎』は1909年、『あしながおじさん』は1912年の発刊でほぼ同時代です)。

 新入生の彼女は、孤児院育ちのために世間も知らず、色々な文芸作品にもせっしてこなかったことにとまどいとコンプレックスを感じながらも、猛然と読書に励みます。ラテン語の授業でセネカの『老年について』『友情論』等に苦闘しつつ、『ローマ帝国衰亡史』、『ベンベヌート・チェリー二自叙伝』、『ピープスの日記』、『不思議の国のアリス』、『若草物語』、『シャーロック・ホームズ』等を読破しながら、幸福な大学生活をスタートさせるのです。

 もっとも、「朝食前にぶらりと外へ出ていって、ふらっと人殺しをしてくる」チェリーニや、妻に浮気を悟られぬため暗号めかした文字で日記を認めるピープスなど、20世紀初頭のアメリカの女子大生の読書対象はなかなかに含蓄があるもののようです。

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 このほぼ同時代の2作に共通するものは何か?

 それは大学入学が、それまでの世界とまったく異なる世界への招待状であったといういうこと(ことに、三四郎のように“田舎”しか知らなかった者にとって、都会の喧噪やカレー、そして寄席までもが自らの蒙を啓くものでした)、その衝撃こそがカロッサの言う「美しき惑いの年」だったことです。

 長じて、現在、大学や都会はかつて持っていた(善悪を越えた)魔力を失っているかのようです。皆さんも、大学に入られても、どうやらすでに知ったことがあるような印象さえあるのかもしれません。しかし、それは皆さんの前に潜んでいる最大の罠です。大学という新世界で、それまでの自分という殻を脱ぐことを失念させるブービー・トラップであると思って下さい。一目見て何も変わらぬようでも、一皮めくれば、別の世界が広がっているかもしれない。それが大学というものです。

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 それでは、最後にもう一作、ロシアのプロレタリアート作家マキシム・ゴーリキーの『私の大学』もあげておきましょう。この作品には実は、“大学”は登場しません。労働者階級の子弟として“世に出た” 若者ゴーリキーが広大なロシアを放浪し、そこで出会った人たちの交流こそが、自分にとっての“大学”だったと、自らの青春を回想する物語です。

プロフィール


高畑由起夫
◆研究分野:生態学、自然人類学、霊長類学 ◆研究内容:主な研究対象はニホンザルやチンパンジー、ワオキツネザル等ですが、潮間帯の巻貝類や水生昆虫、カラス等も調べたことがあります。霊長類学の視点で、近縁...