“ボヘミアン・ラプソディ”:ベンベヌート・チェリーニあるいはカラバッジョ、そしてスタインベック

2018 12/4 総合政策学部の皆さんへ

 数週間前に、いまや巷にその名も高いロック・スター、クイーンのボーカルフレッド・マーキュリーの壮絶な人生を描く『ボヘミアン・ラブソディ』を観てきました。ネットでは毀誉褒貶がとびかっていますが、上映4週間で興業収入33億円越え、ヒットしているようです。もちろん、映画という表現スタイルとしての評価では、同じミュージシャンの人生を描くとしても、例えば『エディット・ピアフ〜愛の讃歌〜』、『ドリームガールズ』(歌手を描くというよりも、モータウンレコードを一代で立ち上げたベリー・ゴーディの物語というべきでしょうが)などには一歩も、二歩も及ばぬところでしょう。

 とは言え、この映画は一にも二にもファルーク・バルサラことロック・バンドクイーンのリード・ボーカルだった故フレディ・マーキュリーの霊がのりうつったかのような ラミ・マレックの熱演と、「従来のヒット曲に加えて11トラックの未公開音源(1985年7月のライヴエイドからの5トラックを含む)が収録された」という、クイーンの圧倒的なオリジナル演奏を駆使した、アルバム製作現場とライブ演奏の再現に入れ込んでしまえば、それで十分というものでしょう。

 それにしても、“ボヘミアン・ラプソディ”のフレディ作の歌詞、昔ラジオで聞いていた時には、こんな歌詞だとは思ってもみませんでした(今でもそうですが、私は英語の歌詞などどうでもよくて、ただ、音と旋律を楽しんでいただけでした)。

Mama,just killed a man,                  ママ! 一人殺っちまったよ
Put a gun against his head,                そいつの頭に銃を突きつけ
Pulled my trigger,now hes dead,              引き金を引いたのさ、そいつはたったいま死んだんだ
Mama,life had just begun,               ママ! 俺の人生は始まったばかり
But now Ive gone and thrown it all away-         でも、それも終わりさ、すべて駄目にしちまった
Mama ooo,                          ママ!
Didnt mean to make you cry-               あんたを泣かせるつもりはなかったのに
If Im not back again this time tomorrow-         明日、僕がこの時間に、戻ってこなくても
Carry on,carry on,as if nothing really matters-      何もなかったのように、そのまま生きておくれ

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 この歌詞が眼にはいったとたん、想い出したのはボヘミアン=芸術家として“殺人もやっちまった”二人のアーティスト、云うまでもなく一人はルネサンスの名彫金師/彫刻家ベンヴェヌート・チェリーニ、そしてもう一人はカラバッジョです。

 もっとも、『あしながおじさん』の主人公ジルーシャ・アボットことジュディに「チェリーニってとても愉快でございますわね? 彼はいつも朝飯前にぶらりと粗手に出ていって、ふらっと人殺しをしてくるのですもの」(新潮文庫版、松本恵子訳)とからかわれているチェリーニですから、“ボヘミアン・ラプソディ”の“俺”とは違い、人生に悩みがあったとしても、それにとらわれることなどあるわけもない。破天荒な人生を刻銘に描いた『自伝』にひもとけば、以下の通りです。

「・・・(喧嘩相手の)顔面を突き刺そうとしたとき、相手が驚き、とっさに顔をそむけたため、ちょうど耳たぶの下のところを短刀は突いた。そこへ二突き見舞っただけで、その二突き目で彼は息たえ、私の腕にぐったりもたれた。私の意図せざるところであった。よく言うが、思わず殴るときは手加減できるものではない。(中略)ユーリア街の往来を引き上げながら、どこへ行けば助るかを考えた」 (『自伝』から;古賀弘人訳、岩波文庫版)

 そう言えば、この『自伝』の“自序”には、以下の詩が書き付けてあります。

    • 苦しみに満ちたこの私の<生涯>を書き記す
    •  造化の神に感謝するために、
    •   私に魂を吹き込み、ついで守って下さったことを、
    •    ゆえに私は様ざまな高き仕事を果たし、なお生きてある。
    • あの私の非常の<運命>、にもかかわらずことなきを得た
    •  それは私の命の賜であり、格別の栄光と実力、
    •   恩寵と、勇気と、美と、このような体躯の賜物である、
    •    ゆえに私は多くの者を追い越し、私を追いこす者に追いつく
    • 心は激しく痛むばかりだ、空しくもうしなわれた
    •  あのかけがえのない時を思い知るいまは。
    •   われらのはかない想いを風が運び去る。
    •    悔いても甲斐なきことだ、それゆえ満足しよう
    • この見事なトスカーナの花園に<よく来た子(ベンヴェヌート)>として
    •  降りたった私がいま昇ってゆくのだから。

(同書から)

 こちらの詞もぜひ、フレッドに曲にしてもらいたいところですが、それはいまは詮ないこと。さて、「粋で優雅なカスティリオーネ」、「陽気で不敵なアレティーノ」、「博識で内気なアリオスト」とならび、典型的ルネサンス人「乱暴で勇敢なチェリーニ」についてモンタネリはこのように結びます。

かれはルネサンス・イタリアの冒険児の典型であった。天才と異常性格、信仰とシニズム、無暴な勇気と宮廷人の卑屈さが、かれの中に共存していた。良心も理想も持たぬかれは、この世紀の知的剛胆と道徳的汚穢を誰よりもよく体現していた。この世紀は、善であれ悪であれ、中途半端な人物、中途半端な手段を許容しなかったのであるる」(『ルネサンスの歴史(上)藤原道郎訳』より)。

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 そのチェリーニ生誕から71年後に生まれ、イタリア・ルネサンスからバロック期に入った頃に活躍したミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジオもまた、中途半端では生きていけなかったかもしれません。しかし、すでにルネサンス期が過ぎ、“黒”でぬりつぶされるスペイン支配が強まったイタリアでは、おなじ「人を殺める」にせよ、チェリーニのようにはいかないのも無理ありません。

2週間を絵画制作に費やすと、その後1か月か2か月のあいだ召使を引きつれて剣を腰に下げながら町を練り歩いた。舞踏会場や居酒屋を渡り歩いて喧嘩や口論に明け暮れる日々を送っていたため、カラヴァッジョとうまく付き合うことのできる友人はほとんどいなかった」。そして、「1606年5月29日におそらく故意ではないとはいえ、ウンブリア州テルニ出身のラヌッチオ・トマゾーニという若者を殺害してしまう」(Wikipediaから)。

 殺人者としてローマを逃げ出したカラバッジョは、しかし、逃亡先のナポリ、マルタでも問題を引き起こし、かつ暗殺されかけ、ナポリからローマへと向かう旅の途中で死去したとされています。

 こちらの方が、チェリーニよりいっそ“ボヘミアン・ラプソディ”に近いかもしれません。

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 フレッド、チェリーニ、カラヴァッジョと続いて、最後の締めはアメリカの現代作家スタインベックの短編集『長い谷間(The Long Valley, 1938)』所載の『逃走』にしたいと思います。

 カリフォルニアから15マイルばかり南の海岸に面した農場に住む貧しい一家の長男ぺぺ、19になりながら、おとなしくて、やさしくて、怠け者のこの青年をおっかさんは「立派で勇敢な若者だと思っていたが、面と向かってそんなことを言ったことは一度もなかった」。

 ある日、オトナになるため、母からモンテレイで「薬と塩を買いに」一人で行ってくるように言いつかった彼は母親に「これからは何度でも、おれをひとりで出してくれていいだよ。おれはもう大人なんだから」と言うと、おっかあは「お前は脳みその足りねえひよっこだよ」と送り出します。

 その晩、戻ってきたぺぺは「顎からは、あの弱々しい線が消えてしまったようだった」。そして、人を殺してしまったので、これから逃げなければいけない、と母に告げます。

 母は「おまえは大人だ、なあ、ぺぺ、こんなことになるんじゃねえかと思っていただ」と息子に銃と残った10発ばかりの弾をわたし、逃亡へと送り出します。妹がそれに気づき、ぺぺはどこへ行くのか尋ねると、「ぺぺは旅に出るだ。ぺぺはもう大人だでな。大人としてしなきゃなんねえことがあるだ」。息子に別れを告げた母は、妹たちとともに哀歌が口に出ます「我らがうるわしきもの-いさましきもの、我らを守るもの、我らの息子は逝けり

 妹と弟は母の祈りを危機ながら、会話を交わします。
ぺぺはいつおとなになったの?」「ゆうべさ、ゆうべモンテレイだよ」
ぺぺは旅にでたんだ。もう帰ってこないよ
死んだのかい? 死んだと思うのかい?
死んじゃいないわ」「まだね

ということで、この結末を知りたい方は、是非『スタインベック短編集』(大久保康男訳、新潮文庫)を御覧下さい。

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プロフィール


高畑由起夫
◆研究分野:生態学、自然人類学、霊長類学 ◆研究内容:主な研究対象はニホンザルやチンパンジー、ワオキツネザル等ですが、潮間帯の巻貝類や水生昆虫、カラス等も調べたことがあります。霊長類学の視点で、近縁...