2019年2月

ファクトチェックにトライしよう#1:「産業政策」をめぐる“偉い”人の発言が本当か、みんなでできる簡単な調べ方

2019 2/17 総合政策学部の皆さんへ

 さて、今回は少しくだけた話題として、“偉い”方々の発言が本当かどうか? 用心するに越したことはない、という話です。

 先日、ネット記事を読んでいると、ある主要官庁出身の高名な大学の先生が「政策を考える場合には、しばしば国際比較をするのだが、当時から産業政策に対応する英語がなかなか見つからなかった。「Industrial Policy」 という人もいるが、ほとんどその前にJapanese と付ける必要がある。つまり、産業政策というのは、日本独特のもので、先進国での例を探すことはほとんど困難だ」とお書きです。

 私などまったく門外漢ですから、なるほど、そうか、これは例によって学問分野での“ガラパゴス化”というか、「産業政策」とは日本だけに通用する学術用語なのか、とすぐ信じてしまうところですが、ひるがえって考えてみれば、そもそもこれは本当か?

 そこで学生の皆さんでも一番手っ取り早く確認するやり方として、学術論文・書籍検索サイトのGoogle Scholarをあけて、英語で“Industrial Policy”と入力して外国語の文献のタイトルを検索してみることにしました。

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 さて、検索してみると、もっとも引用数が多いのは“MITI and the Japanese miracle: the growth of industrial policy: 1925-1975”(Johnson, 1982)という書籍で引用はなんと7994件、タイトルからすると確かに日本の通産省(通称MITI;現経産省METI)の産業政策をとりあつかったもののようですが、2番目に引用数が多い文献は“ Small states in world markets: Industrial policy in Europe”(PJ Katzenstein, 1985)で5216件、こちらの対象はヨーロッパの小国のようです。

 3番目は“”Industrial policy for the twenty-first century”(D Rodrik, 2004)で引用が1921件、内容的には日本はあまり関係なさそうです。さらにその次は“Optimal trade and industrial policy under oligopoly”(J Eaton, GM Grossman, 1986)という論文で、The Quarterly Journal of Economicsという雑誌に掲載された論文ですが、1685件引用されています。

 このほか、結構多数の論文のタイトルに“Industrial Policy”が含まれているので、やれやれと思った次第です。たしかに、日本や韓国、アジア諸国など発展途上国についての話題が多いようですが(当たり前の話、途上国の段階こそ産業政策が必要なので、高度に発展すれば政府がそんなことをする必要はない、とも言えます=それを確かめるだけで、レポートのテーマになりそうです)、すくなくとも現在では「産業政策というのは、日本独特のもの」との断言にはやや首をかしげます。

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 ここまで検索で調べてから、そうだ! Wikipediaの英語バージョンで“Industrial Policy”を検索すればよいだけだと気づくと、こちらもちゃんと記事がでていました! (もっとも、それほど長い文章ではありません)。

 そのキモの部分をコピペすると、「An industrial policy of a country, sometimes denoted IP, is its official strategic effort to encourage the development and growth of part or all of the manufacturing sector as well as other sectors of the economy. The government takes measures “aimed at improving the competitiveness and capabilities of domestic firms and promoting structural transformation.” A country’s infrastructure (transportation, telecommunications and energy industry) is a major part of the manufacturing sector that often has a key role in IP.」とあるので、だいたいは我々が“産業政策”という言葉から受けるイメージに近いのではないでしょうか。

 するとこのごく簡単なファクトチェックからの推論は、

当時から産業政策に対応する英語がなかなか見つからなかった」というご発言にして、可能性として高度成長期の日本政府の活動に着目して、欧米関係者が造語した可能性=これ以上は、“Industrial policy” の初出の語源を文献調査しないとわかりません(充分レポートのネタになるのでは)。

 と思って、さらに時代限定(1940年代)でGoogle Scholarを検索すると、“Government and the American economy” (M Fainsod, L Gordon,  1941)という論文にIndustrial policyという単語が見つかりましたので、高度成長期以前でも、頻度は低いものの単語としては存在していたようですね。そして、書籍のタイトルとしてIndustrial Studyがあらわれるのはどうやら1960-65年頃からのようです(書誌学ですね)。

 ちなみに日本語の「産業政策」では、なんと1909年に加藤政之助『産業政策』が出ています。かつ、pdfもついていますが、これはこの本の書評でした。Wikipediaで調べると「加藤 政之助(1854-1941)、明治期、大正期、昭和期の政治家、ジャーナリスト、実業家、衆議院議員、貴族院議員、大東文化学院総長(第7代)などを歴任」とありました。

「Industrial Policy」 という人もいるが、ほとんどその前にJapanese と付ける必要がある」:上記の可能性があるにせよ、現在では、主として小国や発展途上国で、学問用語としては確立している(この先生はそれをあまり意識していない??)。

先進国での例を探すことはほとんど困難だ」;この点はその通りかもしれません。高度成長期の日本や、その後の発展段階の途上国、そして小国でこそ“Industrial policy”は有効な言葉なのだということなのでしょうか(なお、この先生はその点について無意識に理解しているかもしれませんが、「上から目線」で大衆に教えを垂れようという文章にはそれがあまり反映されていないようです)。

 このあたりがファクトチェックとしての落としどころになるのかもしれません。

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 もっとも、こんなことを言って他人をあげつらっていると、何時自分に跳ね返ってくるか分からない! 昔は「天につばする行為」などと表現され(この場合、「人に害を与えようとすれば、かえって自分自身に害がふりかかる」という本来の意味)、最近では「ブーメラン」とも呼ばれているようですが、用心するに越したことはありません。

堤清二×辻井喬;経営者としての多重人格-『ポスト消費社会のゆくえ』(辻井喬・上野千鶴子著)を読んで

2019 2/5 総合政策学部の皆さんへ

 江戸時代、「売り家と 唐様(からよう)で書く 三代目」という川柳があります。この句の主旨は「初代が苦労して作った家屋敷も3代目となると売りに出すことになる。商いをおろそかにし中国風の書体などを凝って習ったおろかさが『売家』のはり紙にあらわれていることを皮肉った」(広辞苑第5版)とされています。

 それでは、なぜこんな句を持ち出したからと言うと、『ポスト消費社会のゆくえ』(辻井喬上野千鶴子、中公新書、2008)という本を読んで、経営者兼文学者としての堤清二(その筆名が辻井喬)に興味を持ったからです。一代の才人上野千鶴子が相対(あいたい)しても、なかなかにその本質をつかみきれない、いわば現代版ヌエとしての辻井喬=堤清二。西武鉄道創業者にして第44代衆議院議長も兼ねた別名「ピストル堤」、こと堤康二郎の次男として西武百貨店をまかされたかつてのセゾン・グループ総帥の本質は、単純・明快な理論ではなかなか割り切れないようです。

 それはおそらく、辻井喬・堤清二が一身にして「一代目」、「二代目」、「三代目」の要素をすべて備えているからだろう、というのが今回の眼目になります。これは言うまでもなく、「経営者」としてたえず変化する環境にどのような姿勢で田既往すべきか? というテーマになります。「赤の女王仮説」さながら、高度成長期に「二代目」として資産を継ぎながら、変わっていく環境に完全と挑戦する「一代目」としての才覚をもち、かつ、「内在する破滅願望」にゆれうごく「三代目」、堤清二自身がそうした構図を意識しながら、それでも「時代を超えよう」として、事実「一時代を越えながら」、やがて「時代が自分を押し流していくこと]を自覚する、そんな人生双六の流転かもしれません。

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 さて、時系列的に考えれば(レポートの組立から言えば)、堤清二の出発点はまぎれもなき「二代目」ということになります。なにしろ、すでに明治初めの乱世も落ち着き始めた明治22年、目に一丁字なき中間の身分から三井大番頭にまで成り上がる三野村利左右衛門等に遅れること78年、滋賀県の兼麻仲買いの家に生まれ、苦学の末、早稲田を卒業、政治と商売の両方にしくじりを重ねながら、やがて不動産業から鉄道経営(西武鉄道)をへて、大実業家・政治家になりあがった父堤康次郎が「ピストル堤」の異名をとるような、乱世の英雄の風格をただよわせた「一代目」ならば、清二なはいにしえの唐の皇帝太宗人が言った「創業は易く守成は難し」(「貞観政要」論君道)の時期にあたるはずでした。

 しかし、彼は父康二郎によって、後継としての西武グループの総帥の位置からはずされ、総帥は異母弟の堤義明にまかされます(義明はその後、父親譲りの豪腕を発揮して、「フォーブス誌で一時は総資産額で世界一となったこともあるが、西武グループの度重なる不祥事の責任を取って一線を退き、その後にインサイダー取引疑惑で有罪判決」(Wikipedia)を受けることになりますが、それはまた別の話にしましょう)。

 この結果、清二は傍系であった西武百貨店を率いることになりますが、日本が高度成長期に入った1960年代から90年代にかけて西武流通グループとして、西武百貨店・西友・朝日工業・西洋環境開発、クレディセゾン(西武クレジット)・西洋フードシステムズ・朝日航洋・セゾン生命保険・インターコンチネンタルホテル・大沢商会・パルコ・ファミリーマート・ピサ等による巨大グループ体制を創り上げます。

 西武百貨店という遺産をベースにしながらも、紛れもない第一世代=創業者としての才覚ということになります(なお、清二は父の死後、「当時阪急百貨店会長・清水雅の宝塚市にある自邸に行き、清水より経営手法などを学ぶ」(Wikipedia)になりますから、稀代の創業者であった小林一三の系譜を次ぐとも言えるでしょう)。

 ちなみに、日経ビジネスオンラインの記事には、「無印良品、ファミリーマート、パルコ、西武百貨店、西友、ロフト、そして外食チェーンの吉野家--。堤清二氏が一代でつくり上げた「セゾングループ」という企業集団を構成していたこれらの企業は、今なお色あせることはない」「日本人の生活意識や買い物スタイルが大きな転換期を迎える今、改めて堤氏とセゾングループがかつて目指していた地平や、彼らが放っていた独特のエネルギーを知ることは、未来の日本と生活のあり方を考える上で、大きなヒントとなるはずだ」と絶賛です。

 しかも、その独特の物言い。その後作家として大成することになる林真理子は「コピーライターとしてプレゼンテーションに参加した時、堤さんに「君のコピー、ひどいね」というようなことを言われました。私は末席にコピーライターとして控えていただけで、直接はほとんど口をきいていません。それでも、つくったコピーが「出来損ないの現代詩」と言われたのはよく覚えています。もう、周りの人は真っ青ですよ(笑)。(略)堤さんは、私が作家になった後も「君はコピーライターの素質がないって僕があれだけ言ったから、今の林さんがあるんだよ」とよくおっしゃっていました」と回顧します(『堤清二の辛辣な言葉が作家・林真理子を生んだ』)

 みなさんもこんな辛辣な言葉で人を育てる方に巡り会うことができれば、どんなにか良いことでしょう。

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 その清二が結局、経営者として破綻します。直接は1980年代末から1990年代初頭にかけてのバブルが崩壊したことによって、「金融機関からの借り入れで依存して事業の急拡大を進めていた」経営が破綻し、経営者失格を宣告することになる(上記のように、弟の義明もまた、別の形で経営者失格を迎える)。

 多くの点で、「変わりつつある環境を見抜き」(=赤の女王よろしく、絶えず走り続け)、「新しい分野に果敢にいどみ」、生き残りを図ろうとするこの才人がつまづく一つの象徴は、「あの人には破滅願望が潜在している」という、清二が手がけた文化ビジネスの一つ、西武池袋本店にあった書店「リブロポート」の元店員の方が書いた別の本での指摘です。

 2世として任された仕事に飽きたらず、自らも1世を追い越すかのように、しかし、別の方向で走り抜け、しかし、心の中に「唐様で売り家と書く」ことへの想いを秘めた経営者。なかなかに世に現れない、魅力的な方であったでしょう。

プロフィール


高畑由起夫
◆研究分野:生態学、自然人類学、霊長類学 ◆研究内容:主な研究対象はニホンザルやチンパンジー、ワオキツネザル等ですが、潮間帯の巻貝類や水生昆虫、カラス等も調べたことがあります。霊長類学の視点で、近縁...