塩を考える-過剰と不足:食についてPart.17

2019 6/4 総合政策学部の皆さんへ

 食を考える人類学、本日の話題は“塩”です。

 “塩”についてのもっとも気が利いている逸話は、徳川家康とその側室英勝院(お勝、あるいはお梶)のやり取りかもしれません。ある日、家康が部下に「食べ物でおいしいものは何か」とご下問、答えが定まらず、そこでかたわらのお勝に尋ねると、「それは塩でございます」と断言します。塩がなければ、どのようなものも美味しくない。「それでは、食べ物でまずいものは?」と重ねて尋ねると、「それも塩でございます」、塩が多すぎればどのようなものも美味しくなくなる、と答えたという説話です。不足すれば困る、かつ、多すぎても困る。最適値がどこかにあるはずだ、というまことに蘊蓄のこもったアネクドートです。かくも賢いスタッフを身のまわりに侍らしているというところこそ、家康のすごみであり、かつ、最終的に天下をとった由縁なのかもしれません。まさに「権現様」なのです。

 このような「過ぎたるは及ばざるがごとし」の見本のような塩ですが、先日、若い頃から一度訪れてみたかったウズベキスタンサマルカンドに残されたウルグベク天文台跡を見物すべく、ツアー旅行に加わると、ウズベキスタンの大地にはところどころうっすらと白いものが。試しになめてみると、かすかに塩の味がして、これが授業でも時々口にしていた塩類集積か! とちょっと感激しました。もっとも、ソ連時代に「計画経済によって綿花栽培の役割を割り当てられた過去があり、そのため近年になって鉱産資源の開発が進むまでは綿花のモノカルチャー経済に近い状態だった。・・・・しかしウズベキスタンは元来降水量が少なく綿花の栽培には向いていない土地であったため、近年においては灌漑元であるアラル海の縮小や塩害などに悩まされている」(Wikipedia)わけで、現地の方にとっては悩みの種なのです。

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 その塩ですが、40年ほど前、JICAの派遣専門家として西部タンザニアのマハレ山塊国立公園で2年間を過ごしていた頃です。それこそ計画経済がうまくいかず(そもそも国家統計の基盤がないアフリカで、計画経済ができるはずがない)、1980年代後半にIMFの構造調整の軍門に下る前の、社会主義政策末期、135kmも離れたキゴマの市場に行こうと、まったくたまに首都のダル・エス・サラームのマーケットをのぞこうと、店の棚にはなにもない、という状態でしたが、塩はさすがに置いてありました。これがなければやっぱりやばいというところです。

 海岸からはるかに離れた、いわばアフリカのど真ん中のキゴマの市場で売っている塩(スワヒリ語ではchumbi) は海の塩ではなく、岩塩で薄茶色の大きな砂粒のようなもの、なかなか溶けないので料理には手強かったのを覚えています。ある日、ふと思いたって、住んでいた小屋の前に板をおき、そこにこんもり、岩塩を盛ってみました。その昔、ロシアでは「猟師がシカを撃つのに、森の中に塩の袋を置いて、そこで待ち伏せして捕っていたが、ある年、皇帝がさすがにそれは残酷だ、と禁止した」という話を思い出したのです。

 すると、なんと、3日後には野生のブッシュバックTragelaphus scriptus)があらわれ、それまでまったく慣れておらず、我々に近寄りさえしなかったのに、その塩をなめ始めたのには驚きました。そも、それまで塩など口にしたこともないはずなのに、さらに、どうしてそれを塩と気づいたのか? 謎だらけです。それにしても、野生動物にとって塩が貴重品であることを、あらためて思い知らされた次第です。

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 また、ある日、トイレに入って仰天したこともあります。トイレは小屋から10mほど離れた場所に、大きな穴を掘って、その穴に板を掛け渡し、中をみえないようにアシの類で囲いをつくり、屋根にトタンをかぶせた粗末なもので、しかし、誰もいないマハレの山の中ではそれで充分というものでした。

 そのトイレに掛け渡している板に、小便などがかかって、だんだん塩類がこびりついていたのですが、その“塩”を巨大なヤマアラシがなめていたのです。たぶんアフリカタテガミヤマアラシ(Hystrix cristata)だと思うのですが、そちらも私にびっくり仰天、長い棘をいっせいにたてたので、直径1mほどはあるかと思われる針山が、どうしよう!とあせりながら、トイレの中でぐるぐるまわっています。

 もちろん、こちらも「危険を察知すると、ヤマアラシはその針をぴっぴっと飛ばす」などという怪しげな噂を耳にしているので、こわいものみたさに、その囲いごしに眺めていると、ふっと思い立ったのか、その棘をさっとおさめて、囲いのすきまをするっと通り抜け、またぱっと棘をたて、月光をあびながら、さしわたし1mの針山がシャラシャラと音を立てながら、藪の中をきえていくのを見送りました。

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高畑由起夫
◆研究分野:生態学、自然人類学、霊長類学 ◆研究内容:主な研究対象はニホンザルやチンパンジー、ワオキツネザル等ですが、潮間帯の巻貝類や水生昆虫、カラス等も調べたことがあります。霊長類学の視点で、近縁...