2020年4月

ケチャップの歴史1:食についてPart18

2020 4/22 総合政策学部の皆さんへ

 今回の話題は“ケチャップ(英名:ketchup)”です。とはいえ、ここではあえてトマト・ケチャップと言っておきましょう。というのも、世界にはいろいろなケチャップがあるからです。

 といきなり言われても何のことか見当がつかない、トマト・ケチャップ以外のケチャップって? ととまどう方も多いでしょう。それでは一つ質問です。ケチャップとはそもそも何語でしょうか? 皆さんご存じでしょうか?

 日本語版Wikipediaの「ケチャップ」の項には、「1690年に出版された北アメリカの辞書 A New Dictionary of the Terms Ancient and Modern of the Canting Crewにketchup、1699年に出版されたイギリスの飲食用語辞書 BE’s Dictionary of the Canting Crew of 1699にcatchupという言葉が収録され、説明として「東インド奥地のソース(a high East-India Sauce)」と記されていた」とあります。

 この東インドとは、「インド東部」ではなく、「アジア・極東・東洋。狭義には東インド諸島・オランダ領東インド」のことで、つまりは英語ではないのです。17世紀後半から19世紀にかけて、イギリス帝国主義勃興期、様々な外来語が英語にはいってきました。「バンガロー」はヒンディー語の बंगाल(バングラ=ベンガル風)という言葉に由来し、「バラック」はカタルーニャ語の「barraca」から、キャラコ(インド産の平織りの綿布)はインドのカリカット港の名前に由来します。ケチャップもその一つなのです。

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 では、東インドのケチャップとは何か? Wikipediaでは「ケチャップというと日本ではトマトケチャップのことを指すが、インドネシア語ではソース全般を指し、語源は東南アジアで使われている福建語の”ke-zyap 鮭汁”といわれている」。つまり、Ke-zyap(鮭汁;福建語)⇒kecap(インドネシア語=もともとはマレー語のスマトラ・リアウ州の方言)⇒catchup、catsup(イギリス)⇒ketchup (現代アメリカ英語)と変化した次第です。

 なお、“鮭汁”とは「閩南語や台湾語では、小魚やエビの塩辛から分離した液体を kechiap、koechiap(鮭汁ケーチアッ)」と呼ぶとのことで(Wikipedia)、要するに魚醤のことですね。この場合、中国で使われる漢字の“鮭”とは「フグを指し、サケという意味は日本での国訓で」なのだそうです。したがって、“鮭汁”とあっても日本のサケが材料ではありません。

 インドネシア語でのケチャップはさらに、ケチャップマニス(甘いケチャップ)とケチャップアシン(辛いケチャップ)にわかれるそうですが、前者がより一般的だということです。ケチャップマニスの作り方は「大豆と小麦を発酵させ、パームシュガー、塩などを加えてつくられる」(Wikipedia)とありますから、醤油に糖分が混じっているようなものだとも言えます。皆さんも神戸の南京町の商店の奥の方に入り込むと、その世界が見えてくるはずです。

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 このケチャップがヨーロッパではさらに分かれていくというのが食べ物の面白いところで、イギリスではまずキノコを使った発酵食品になります。すなわち、「キノコの保存調味料(Mushroom ketchup)、キノコに塩を振り、2・3日置いてからしみ出た汁を香辛料と煮詰めたもの)」(Wikipedia)となります。さらに「カキ、アンチョビ、ロブスターといった魚介類や、クルミ、インゲンマメ、キュウリ、ブルーベリー、クランベリー、レモンそしてブドウなど植物素材を材料とするソースが考案され、様々なスパイスが加えられるなどして変化しながらバリエーションを増やしていった」というわけなのですが、さらにアメリカに渡ると中南米原産の作物、トマトとの劇的な出会いが生じる。これがトマトケッチャプなのです。

 ですからトマトケチャップは根っからのアメリカ食品。ケチャップと聞いて、トマト・ケチャップしか頭に浮かばないようでは、イギリス人あたりに「君はアメリカ文明、あるいはハリウッド文化にすっかり染められているんだね」とからかわれてしまうかもしれません。

 昔、ある冒険活劇通俗小説のなかで(もうすっかりタイトルも、作者が誰かも忘れてしまいましたが)、イギリスの上流階級出身でギャンブル狂の海軍軍人が「もしも俺の頭のなかが狂ってしまったら」と妄想をはじめ、「あのアメリカ人のように、なんにでもケチャップを振りかけたりするんだろうか!!」と慨嘆するシーンがでてきたのをうろ覚えしています。

 Wikipediaでも逸話として、「2016年アメリカ合衆国大統領選挙を経て大統領になったドナルド・トランプは、ウェルダンに焼いたビーフステーキにトマトケチャップをかける食事風景が話題になり、洗練された味覚とはかけ離れている、または素材を台無しにするといった批判を受けることも多いが、依然として外遊先の食事にトマトケチャップを用意させるなど、外交儀礼よりも自身の好みを優先させる方向性は改まることがない」とつけくわえていますが、あなたはケチャップ派? それともマヨラー? もちろん、どちらも好き、という方でもかまいませんが。

サルやヒトにとっての“外なる海”と“内なる海”

2020 4/11 総合政策学部の皆さんへ

 以下の文は、日本のナショナル・トラスト運動の草分け、天神崎の自然を大切にする会の会報『天神崎だより』に掲載した記事の再録に加筆したものです。

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 今回執筆させていただく会員の高畑です。少しだけ自己紹介すると、専門はサルやチンパンジー等の霊長類学・生態学です。ずいぶん昔に白浜や徳島県の鳴門周辺でウニや潮間帯の巻貝等を多少調べたこと以外は、海にあまり縁がない研究生活を送ってきました。そこで、今回はサル等の哺乳類にとっての海をとりあげ、“外なる海”と“内なる海”というテーマでお話します。

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 サルや類人猿にとって、自分の身体の外にある“外なる海”、あるいは大河等は活動を妨げる障害物にほかなりません。霊長類の祖先はいまからおよそ6500万年前、樹上生活に進出することで進化を始めました(それには色々理由があるはずですが、ここではパスします)。その後、ずいぶん時代が下ってヒヒやニホンザル、そしてチンパンジーなどが再び地上をよく利用するようになるまで、ずっと樹上での暮らしに適応していました。

 そのためもあってか、たとえ地上におりても、どちらかといえば水は苦手です。とくにチンパンジーなどは極端なまでに水に触れることを嫌がります。もちろん、泳ぐことなどもってのほかです。川から直接水を飲もうとする際も、本当におっかなびっくり、手も濡らさないように用心します。ですから、海や大河を越えるなどできようはずもありません。これが霊長類にとっての“外なる海”となります。

 なかには、チンパンジーとその近縁種であるボノボ(ピグミーチンパンジー)のように、中央アフリカを流れる大河、コンゴ河によって隔てられることで、種分化してしまった例まであります。

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 もうお気づきでしょうが、この“嫌水病”とでもいうべき状況を、いつの頃からかはわかりませんが、克服したのが我々ヒトの先祖です。いつしかベーリング海峡等を越え、さらには太平洋等の離島にまで進出します。こうして復活した海とのつきあいは、私たちに豊かな恵みをもたらします。

 その象徴が、例えば、縄文時代の貝塚です。生態学的には、とくに河口や沿岸では、川によって内陸部からの栄養塩類が流れ込み、とても豊かな生態系が形成されます。これを利用しない手はありません。同時に、水上交通はヒトの移動を大きく助けました。舟あるいは筏等が手に入れば、障害物どころか、むしろ交通路と変わります。

 上記のコンゴ河も、いったんカヌーを手に入れれば、障害物どころかアフリカ奥地を行き来する水路に変身しますが、探検家スタンレーのアフリカ横断の旅の後は、奴隷商人たちの跋扈の手段とも変わってしまいます。ちなみに、スタンレーはその後の帝国主義的行動(コンゴ自由国建設と「エミン・パシャ救出」等)で様々に非難されていますが、なかには「トリパノソーマ症の感染地域拡大についても責任を問われている」そうです。コロナ・ウィルスが広がっている今、身につまされるような経歴とも言えるでしょう。

 ところで、ヒト以外に、ニホンザル等ごく少数ですが、海岸に出てくるサルもいます。そこで海の恵みに気づく者もでてくるかもしれません。事実、宮城県の金華山や、宮崎県の幸島のような島に棲むニホンザルのなかに海藻やカサガイ、タコ等に手をつける者も現れています。私自身は屋久島での調査が長かったのですが、残念ながら、そこでは海岸まで降りて岩場で休憩することはあっても、波打ち際まではおりません。屋久島では切り立った断崖状の海岸ばかりなので、海辺まで近づく気になれないのかもしれません。ヤクシマザルにとっては、海はあいかわらず越えられない、また利用できない障害物のままです。

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 それでは、“内なる海”とは何でしょうか?

 それは私たちの身体を流れる血液です。およそ4億年前に陸上に進出した動物たちは、体内環境維持のため、身体に当時の海水の元素組成とほぼ同じ血液を循環させるようになったという話があります。

 もし、これが本当ならば、私たち一人一人は身体のなかに“内なる海”を持っていると言えないわけではありません。その一方で、その成分の維持のため、私たちは塩類を必要とします。これがどんなに重要かは、例えば、上杉謙信の「敵に塩を送る」の故事などを思い起こせばよいでしょう。

 それでは、ヒト以外の野生動物はどうでしょうか? すでに「塩を考える-過剰と不足:食についてPart.17」で触れたことですが、今を去る30年ほど前、ODAの末端現場で、JICAの派遣専門家として、東アフリカのタンザニア、マハレ山塊国立公園に滞在していた時のことです。帝政ロシア時代、「猟師がシカを捕るため、森に塩の袋を置き、舐めに来るシカを待ち伏せて撃っていたのを、皇帝が残酷だと禁止した」といううろ覚えの話を思い出したて、住んでいる小屋の庇の下に板をおいて、そこにこんもり(現地の市場で売っている)岩塩を盛ってみました。すると、なんと数日後には野生のカモシカがあらわれ、それまで小屋に近寄りさえしなかったのに、塩をなめ始めたのには驚きました。それまで岩塩など見たことも、口にしたこともないはずなのに、どうして気づいたのか? 謎です。

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 いずれにしても、私たちヒトも含む陸上動物にとって、“内なる海”=血液の組成を維持するためには、塩分を必要としていることに間違いないのです。

プロフィール


高畑由起夫
◆研究分野:生態学、自然人類学、霊長類学 ◆研究内容:主な研究対象はニホンザルやチンパンジー、ワオキツネザル等ですが、潮間帯の巻貝類や水生昆虫、カラス等も調べたことがあります。霊長類学の視点で、近縁...