青べか物語にみるフィールドワーカーの苦悩と原罪:高畑ゼミの100冊#28

2020 5/15 総合政策学部の皆さんへ

 その昔、山本周五郎という文士がいました。Wikipediaでは「作風は時代小説、特に市井に生きる庶民や名も無き流れ者を描いた作品で本領を示す。また、伊達騒動に材を求めた『樅ノ木は残った』や、由井正雪を主人公とした『正雪記』などの歴史小説にも優れたものがある」とあります。本名清水三十六、1903年生まれで1967年死去、享年63歳。

 さて、山本が遺した作品のなかに『青べか物語』という逸品があります。文庫で出版している新潮社のHPでは「根戸川の下流にある浦粕という漁師町を訪れた私は、沖の百万坪と呼ばれる風景が気に入り、このうらぶれた町に住み着く。言葉巧みにボロ舟「青べか」を買わされ、やがて“蒸気河岸の先生”と呼ばれ、親しまれる。貧しく素朴だが、常識外れの狡猾さと愉快さを併せ持つ人々。その豊かな日々を、巧妙な筆致で描く自伝的小説の傑作」とあります。

 この“浦粕”とは、いまやTDL/TDRで日本はおろか、アジア一円に知られる浦安市です。あまりにもあからさまで、ほとんど匿名とは言えないぐらいですが、この「貧しく素朴だが、常識外れの狡猾さと愉快さを併せ持つ人々」を“巧妙”に描くことは、描かれた方々からすれば、あまり面白くないことかもしれない=これが今回のテーマであり、フィールドワークを志す方にはぜひ肝に銘じてほしいところなのです。

 調べてみたら、青べか物語はなんと『青空文庫』にはいっているのですね。以下の文章にご関心があれば、皆さん、ぜひ、ご照覧下さい。総合政策的視点でも、様々なインスピレーションをあたえてくるかもしれません(青空文庫『青べか物語』)。

 ちなみに、こうした「貧しく素朴だが、常識外れの狡猾さと愉快さを併せ持つ人々」を描いた傑作としてはほかにも後述するきだみのるの『気違い部落周游紀行』や、スタインベックの『キャナリー・ロウ』をあげておきましょう。あるいは、ツルゲーネフの『猟人日記』もあげておきたいところです。

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 さて、学生の皆さんは授業でフィールドワークを学び、いろんな場所で実践されるかもしれません。その際、覚えておいていただきたいことがあります。

 それは、フィールドワーカーが研究終了後に、応えなければいけない対象があることです。それは言うまでもなく、研究の対象とされた人々へのご報告です。人類学という業界ではすでに多くの批判がよせられていることですが、多くの研究報告や基づいた著作は先進国の言葉で書かれ、現地で情報を提供してくれたインフォーマントはおろか、現地の人々に読まれることさえ期待されていない、という状態が長年続きました。つまり、先進国あるいは知識階級による“情報”の搾取、独占です。

 イギリスの下層階級の子供たちを活写したポール・ウィリスの傑作『ハマータウンの野郎ども:学校への反抗・労働への順応』でも、“野郎ども”がウィリスの調査結果を眼にしたのか、文章だけでは読み取れません。したがって、一見、理想的な参与観察であるかのようなウィリスと彼らの関係も、旧来の“文明と未開”の構図とさして異ならないかもしれのです。

 あるいは、これは私自身の実見ではなく、他の方からの伝聞ですが、ある離島で訪れた学生の人がその島の良さをしきりに称揚していると、それを聞いていた島の人が静かに「では、あなたは、この島に住みますか?」とつぶやいたところ、その場が一気に凍り付いてしまった、とのことでした。余所者がどういおうと、そこでの暮らしについてはなかなかに言い尽くせぬ感慨と言い分があるはずです。

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 この点、描かれた人たちからの視線が絶えず基調低音として感じられ、さらには作者の含羞・とまどい・不安がさりげなく表されているのが、この『青べか物語』です。

 作中で“浦粕”と呼ばれる漁師町の細緻なルポルタージュとも言えるこの作品の後半で、作者は浦粕から脱出後8年目、ある作品の主人公、留さんに出くわします。すでに留さんの「頭があったかい」所業を小説に書いてしまった作者は当惑するのですが、当の留さんは「おら(その小説を)宝にするだ」と羞かみ笑いをうかべて去っていきます。

 そして、さらに20数年後、再び浦粕を訪れた作者はまるで“罰”を受けるかのように、町の誰もが自分を覚えていないことに直面して(読者とともに)とまどいます。この結末の背景に浮かぶ作者の表情には、フィールドワーカーが感じるある種の苦味に通じるものが漂っていたかもしれません。

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 同じような“罰”を被った例がきだみのるかもしれません。パリ大学で社会学・人類学を学んだ後、第二次大戦中から戦後にかけて一山村にすみついた彼が著した『気違い部落周遊紀行』はベストセラーになりますが、その内容は村人たちからの反感を買い、「地元では「気違い」扱いへの反撥が激しく、きだに鎌を振りかざして寺からの立ち退きを迫った」(Wikipedia)とのことです。

 さて、冨山百科文庫版のあとがきに、きだの子息である山田彝が印象的な話を記しています。この『紀行』の本文にも登場するカッシングという民族学者は、かつてネイティブ・アメリカンのズニを知るため、彼らとともに暮らす。ズニたちはカッシングを「彼らの心を完全に理解した人」として受け入れ、やがて彼を“弓の祭司”に任命する。それ以後、カッシングはズニのことを何一つ外へは語らなくなってしまう[きだみのる、1981:249]。

 この寓話めいたこの話が事実かどうかの詮索は、どうでもよいかもしれません。ただ、この話を聞かされたフィールドワーカーはふっとため息をつきます、できもせぬ理想を説かれた後でわが身を省みるように。

 20世紀を代表するフランスの知識人レヴェ=ストロースが説く“人類学者の祖”としてのルソーの原点に返るのならば、“我々”と“彼ら”の出会いによって、どちらも気がつかなかったものに気づき、それを共有することこそ望ましいことと言えるのかもしれません。

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プロフィール


高畑由起夫
◆研究分野:生態学、自然人類学、霊長類学 ◆研究内容:主な研究対象はニホンザルやチンパンジー、ワオキツネザル等ですが、潮間帯の巻貝類や水生昆虫、カラス等も調べたことがあります。霊長類学の視点で、近縁...