ビゴーの絵をもとに、日本の近代化を学ぼう!

2020 5/18 総合政策学部の皆さんへ

 その昔、ジョルジュ・フェルディナン・ビゴー(Georges Ferdinand Bigot, 1860~1927)という画家がいました。生まれはフランス、1882~1889年に日本に滞在、“優れた”風刺漫画を描き残します。

 この“優れた”とは、人類学的目線=「他者からの視点で、己の真実を知る」作品を意味していると思って下さい。ノーベル賞作家スタインベックの親友にして、傑作『キャナリー・ロウ』の主人公ドックのモデルにして海洋生態学者のE・リケッツが裁判沙汰に巻き込まれ、裁判所での審判の帰りにスタインベックに言った「みんな真実を憎んでいるんだ!」というセリフにあるように、本当はみんな気づきたくない己の真実の姿(それはギリシャ悲劇の登場人物メドゥーサの顔=「宝石のように輝く目を持ち、見たものを石に変える能力を持つ」(Wikipedia)のようなものですが)、それを示してくれる傑作というべきでしょう。

 もちろん、ビゴーによって「西洋人の目線から見た日本人の姿」を突き付けられた日本人にとって、それはあまり楽しいものではないかもしれません(もちろん、我々自身も、真実が嫌いなのです。真実を突き付けられた者は、私でもあなたでも、それがまるでメデューサの首であるかのように、視線を避けてしまう。あるいは、トランプ君のように怒り出す!!)。

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 それではWebでビゴーの絵を鑑賞できる手軽なサイトを探してみましょう。

 なかなかきちんとした紹介が見つからなかったのですが、川崎市民ミュージアムの「漫画コレクション」(http://kawasaki.iri-project.org/)に「『TOBAE』トバエ(第二次)ジョルジュ・ビゴー」というページがあり、ここにビゴーの主著の一つ『TOBAE』のNo.1、No.3~18、そしてNo.21が載っています。

 なお、解説文ではTOBAEとは「1887(明治20)年2月15日、ジョルジュ・ビゴー(Georges Bigot)が、横浜居留地で創刊した月2回刊行の時局諷刺漫画雑誌。チャールズ・ワーグマンの『ジャパン・パンチ』のあとをうけて、居留外国人に人気を博した。全号の表紙にピエロ姿のビゴー像が描かれている。月2回刊行で、3年弱の間、69号まで刊行された」と紹介されています。

 ところで、居留フランス人向けに出版されたTOBAEですが、「中江兆民とその門弟も協力して日本語のキャプションを付けていた」ので(Wikipedia)、日本人に対するメッセージ性もある程度意識していたのでしょう。

例えば、TOBAE(第二次)No.1は「制作年(西暦):1887年2月15日:創刊号。 収録作品「漁夫の利」 朝鮮を釣り上げようとしている日本と清国、スキあれば横取りしようとするロシアという構図で、日清戦争直前の極東情勢を諷刺している。ビゴー作品の中で最も有名な作品で、中学校・高校の歴史教科書や参考書などで紹介されている」とあります。皆さんもどこかで眼にしたはずのビゴーのカリカチュア、URLはhttp://kawasaki.iri-project.org/content/?doi=0447544/01800000HKです。あとは、ご自分でじっくりとこのカリカチュア(戯画)の神髄を味わってください。

 TOBAE創刊から10年後の1897年を描いた『『LE JAPON EN 1897』(1897年の日本)』も公開されており、「『神戸ヘラルド』『ジャパン・デイリー・メール』などの記事から、この1年間の珍しい話を漫画風にまとめた本。「日光物語」は英文、ほかの記事は仏文で書かれている」とのこと(http://kawasaki.iri-project.org/content/?doi=0447544/01800000HF)。

 さらにもう一つ、『LES AVENTURES DU CAPITAINE goudzougoudzou』(グズグズ大尉の色事)は同じ1897年ですが、説明文によると「好色なフランス人・グズグズ大尉が退役して日本へやってくる。しかし、その好色ぶりで失敗を繰り返し、失意のうちに帰国する、という物語が描かれている」。なにやら異国に滞在している自分自身を皮肉っているようにも見えないわけではありません。

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 川崎市民ミュージアムのアーカイブには、同じビゴーの『Croquis Japonais』(1886年)も掲載されています。こちらに掲載の絵は風俗画という範疇で、歴史学的には興味深い資料ですが、その昔、服部之総等が再発見して、日本の教科書類を席巻した風刺画の類はほとんどないようです。

 このあたり、画家ビゴーとしては日本をテーマとして風俗画と、時局的な戯画とどちらに個人的な重きを置いていたのか、そのあたりが気になるところです。

 なお、ビゴーの日本滞在は1882年1月(21歳)から始まり、1899年6月(39歳)に日本で結婚した佐野マスと離婚し、フランス国籍の長男を連れてフランスに帰国しています。彼の日本滞在後半とほぼ重なる時期に、フランスを離れて異郷の地で死んだ芸術家にポール・ゴーギャンがいます。彼のタヒチ滞在は1890年に始まり、いったんフランスに帰国するものの、再度タヒチに渡り、1903年、マルキーズ諸島で客死します。

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 ビゴーの作品、とくにそのカリカチュア的に表現された日本人像は日本人には嫌われ、あるいは無視されたため、その再評価は第2次世界大戦での敗戦を経て、マルクス主義歴史学者の服部之総主催の近代史研究会が日本の近現代史を取り上げる時まで待たねばなりません。そして、この研究会以降、ビゴーの絵は外国人から見た近代日本像として、戦前での一貫した無視をちゃぶ台返しをし、日本の教科書をいまも席巻しているのです。

 こうした本人ならびにその作品の数奇な運命を意識しつつ、その作品を日本の近代化の理解にあらためて役立てることこそ、総合政策にそうテーマかもしれません。

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高畑由起夫
◆研究分野:生態学、自然人類学、霊長類学 ◆研究内容:主な研究対象はニホンザルやチンパンジー、ワオキツネザル等ですが、潮間帯の巻貝類や水生昆虫、カラス等も調べたことがあります。霊長類学の視点で、近縁...