「老い」を考える2:サルにおける「老い」

2020 7/16 総合政策学部の皆さんへ 「老い」を考える」の続きです。

 実は、サルを研究する霊長類学では、ごく初期から「老齢/老化/加齢/エイジング」という現象に興味を抱いていました。サルを研究する目的は「ヒトに近いが少し違うこの連中を調べることで、ヒトの本質を探る」ことだという原則からは当然のことでしょう(私自身は、必ずしもこの原則に全面的に賛同するわけではないのですが)。

 研究史を随分昔に遡りましょう。近代的な霊長類学の嚆矢として、1940年代にカリブ海の小島カヨ・サンティアゴにアカゲザルのコロニーを創設した心理学者カーペンターの回顧談には、以下の文章が出てきます。“Smith and Engle were interested in the old aging or senility problem in 1938. This reflected itself in the fact that I brought back 15 extremely old males which we trapped with great difficulty in central India” (Rawlins & Kessler, 1986)。

 つまり、映像フイルムの早回しを観るように、人に比べて老化が早く進むサルを観察すれば、「老い」の進行をより明瞭に理解できるかもshりえない、と考えたのです。もっとも、それでもサルの年齢も結構長い。その後の長年のデータの積み重ねでは、例えば、私が嵐山の野猿公苑で付き合っていた方々のうち、もっとも高齢だったのはミノ(Mino)と名付けられた1957年生まれのメスで、お亡くなりになったのが33歳、その頃には腰がまがり、身体も縮こまっていて、107~108歳まで生きられた双子の姉妹「成田きんさん、蟹江ぎん」を髣髴とさせていました。したがって、ニホンザルの最長寿命はヒトのほぼ3分の1ぐらいかなという塩梅です。

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 それでは、その後の霊長類学に「老い」は重要な位置を占めてきたでしょうか? 実は、一時期はあまり関心が集まりませんでした。例えば、進化生物学的視点から「老化」を論じているリクレフズ&フィンチの『老化』(日本では1995年の出版)では、例としてアカシカ、アホウドリ、アメリカカケス、イタチムシ、ショウジョウバエ、ミツバチ、メバル等が登場するものの、霊長類は皆無です。

 ここでいくつかの疑問が湧くかもしれません。まず、霊長類では「老化」の研究は無視されがちなのでしょうか? そしてそれには何か理由があるのか、それともたんなる見落とし、手落ちなのか?

 おそらく一番大きな原因は、サルの加齢が(カーペンターらの思惑を超えて)意外に長かった、ということかもしれません。確実な年齢が判明しているサルの老化を調べるためには、研究開始から20年待たねばならない。それならば、寿命が2年半のマウス(ハツカネズミ)や、さらに待ちきれなければ2か月のショウジョウバエを使った方がよほど研究が進み、論文の数も稼げるかもしれません。研究者というのは京都弁でいうところの“イラチ”、じっくりと待つのは苦手なのです。

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 冗談はさておき、私がサルを観察しだした嵐山では1954年の餌付け以来、21年が過ぎ、最初に生まれたサルたちがそろそろ老境に差し掛かりだす頃でした。つまり、ニホンザルについて「老い」をようやく扱えるようになりかけていた時期だったのです。

 以下、そこで見た“老い”を具体的に説明しようと思いますが、以下の記述はほとんどメスが中心になります。これは、ニホンザル等ではオスは生まれた群れを離れて、移籍を繰り返しながら成長するので、年齢や履歴が追いにくいためです(後で述べるように、チンパンジーでは逆ですが)。

 さて、昔、まだ大学院生だった頃、嵐山の野猿公苑で調査していると、お客さんに質問を受けることがありましたが、その中でも「何歳からオトナなんですか?」という問がありました。直球返しにすれば、「それではあなたは、ヒトは何歳からオトナとお考えですか?」というものでしょう(もちろん、そんな相手の顔をつぶすような発言をしたことはありませんが)。

 その頃は「何歳から高齢者なのですか?」と聞かれたことはありませんでしたが、現在のサル山ならば、あるかもしれませんね。それでは人は何歳から高齢者なのでしょう? というのが「老いについて考える1」ですね。

 それならば、サルはいつから老境に入るのか? それは子供を産むこと(=繁殖)から身を引いた時ということになります。もっとも、サルでもチンパンジーでも、子供が幼いうちに母親が死ぬとその子も死ぬことが多い。つまり、「最後に産んだ子供が母親から自立して生き延びれるようになる(ニホンザルならば生後1.5~2年程度)」までとなります。

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 ここでミノ婆さんに話をもどしましょう。彼女は1966年には嵐山群の分裂のきっかけをつくった「メスガシラ」でもったのですが、最後の出産は25歳です。最後の子が1.5歳に達した時点で(そこまで生き延びれば、母親が死んでも、子供が生き残る可能性が高い)繁殖が終了したとみなすと、26.5歳~33歳の6.5年間が繁殖にかかわらない「後繁殖期」(PRLS:post-reproductive life span)にあたります。これは彼女の寿命の約20%です。

 もっとも、これは人為的な餌付けによる栄養条件が影響している。可能性がある。そこで屋久島の野生の群れで調べると、やはり何頭かのメスは最後の出産後、子供を産まぬまま生きていました。もっとも、嵐山に比較するとやはり短い。そうすると、ニホンザルのメスにおいての「老い」はヒトの女性の閉経期に比べると、やはりずいぶん短いということになりそうです。

 ちなみに、嵐山のメスを見ていると、出産しなくなったメスも発情して、交尾することがよくあります。ただし、妊娠しません。これをまとめると、ニホンザルのメスの「繁殖」と「性」と「生」の終焉には、意外に複雑で、以下のような諸段階を減るようです。
(1)出産率が急減するが、性(発情)は維持する=20~25歳=老化の進行
(2)出産が停止するが、性(発情)は維持する=繁殖の停止と後繁殖期の始まり(22歳以降)
(3)性(発情)が停止する=真の閉経27歳頃)
(4)「生」が停まる=死
 たぶん、繁殖にかかわる諸機能は徐々にアナログ的に減衰していく(これが老化です)。そして、20歳前後に老化が劇的に進んで、結果として出産しない=繁殖の終了というデジタル的な結果に結びつく。しかし、ヒトの女性に比肩しうる閉経は、死の直前にならないと訪れない、ということかもしれません。
 長いようで、意外に短い。6年だと33歳の人生のうちの2割弱です。ヒトの女性では、初潮を15歳、閉経を50歳として、100歳まで生き残ると老後は50%に達します。やはり、「老い」はヒトに特有とまではいかないが、非常に目立った現象と言えるのかもしれません。

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 それでは、オスも少し紹介しましょう。コドモのDNAからどのオスが子供を作ったかはある程度わかります。すると、オスがどの年齢で子供を作っているかもわかります。すると、嵐山では12~17歳で子供をつくることが多く、高齢のオスは(高順位でも)子供を残していないようです。これはやはり「老化」のあらわれかもしれません。

 一方、「老いた」サルはどうふるまうか? これも基本的にはメスを中心にお話しましょう。大阪大学の中道さん(19999)は、(1)20歳を超えたメスは活動性が減る。(2)他個体との距離でも、独りでいる時間が長くなる。(3)毛づくろい等は一方的にうけるだけで、他個体を毛づくろいすることが少ないとしています。例えば、(4)末娘と長時間を過ごすことが多いが、(5)孫の養育への関与も少ない。したがって、Grandmother Effect(「ヒトでは、お婆さんは自分で繁殖せず、娘の子育てを支援する、という機能を発達させることで、老人が生まれたという学説)は期待薄である、というのが一般的な特徴だと言うのです。すると、後繁殖期にいるからといって、ヒトの“お婆さん”を連想させるほどではないのかもしれません。ということで、今回はこのあたりで to be continuedとします。

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プロフィール


高畑由起夫
◆研究分野:生態学、自然人類学、霊長類学 ◆研究内容:主な研究対象はニホンザルやチンパンジー、ワオキツネザル等ですが、潮間帯の巻貝類や水生昆虫、カラス等も調べたことがあります。霊長類学の視点で、近縁...

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