村井弦斎『食道楽』からタピオカ、白菜、ラーメン、カレーを考える:食についてPart 21

2020 7/22 総合政策学部の皆さんへ

 「ケチャップの歴史2番外編~トマト・ケチャップ出世譚:食について Part 20」で村井弦斎食道楽』(青空文庫版)を引用しましたが、開国以来160年になんなんとする日本の食を考える上でも、貴重な資料と言えるかもしれません。例えば、今の私たちの食に当たり前のもので、『食道楽』に見当たらぬものは何か? あるいは『食道楽』で村井がせっかく紹介しながら、その後の日本で忘れ去られたものは何か? そこに今の日本の食の本質をかいま見ることができるかもしれません。

 さて、『食道楽』は「1903年1月から1年間、報知新聞に連載され、大人気を博したことで単行本として刊行されると、それが空前の大ベストセラーになった。文学史的にも評価が高く、村井弦斎の代表作とされている。翌1904年にかけて続編を含めた8冊が刊行」されました(Wikipedia)。ちなみに1903年1月は、1日:英国王エドワード7世がインド皇帝に即位、14日:大谷探検隊がインドビハール州ラージギル郊外で釈迦の住んだ霊鷲山を発見、23日:夏目漱石が英国留学から帰国とのことです。

 この年12月31日の日本の人口は46,732,138人で現在の3分の1です。完全なピラミッド型の人口構成で、まぎれもなく人口増大期にあたります(東京では、死亡者数を出生者数が上回り、都会でも人口再生産に転じます(それまでは江戸時代そのままに、田舎に生まれた若者が東京にのぼって、結局、結婚も子供も残すことができずに死に絶えていくアリ地獄的世界でした)。

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 『食道楽』冬の巻の末尾には登場する食や材料についての索引がついていますから、ここであたりを付ければ、120年前の日本の食生活と現在の違いがうかびあがるかもしれません。例えば、タピオカ! 正確にはタピオカはキャサバから作ったデンプンですから、皆さんの頭に浮かぶタピオカはタピオカティーと呼ばねばなりませんが、果たして『食道楽』に出ているのでしょうか?

 それが出てくるのです。第282回「米料理」に“ライスプティング”の材料として堂々の登場です。「セーゴでもタピオカでもジャムやでもやっぱり同じ事で大匙二杯位を初めは暫しばらく水へ漬けておいて膨ふくらんだ処を二合の牛乳へ入れて砂糖を三杯加えて三十分以上煮て出来上った時玉子の黄身を二つ混ぜてテンピの中で二十五分も蒸焼にすると病人にはどんなにいいだろう。無病の人には牛乳で煮ないでも普通なみのカスターソースを拵えてその中へ水に漬けたセーゴやタピオカを混て蒸焼にしてもカスターセーゴプデンといってなかなか美味おいしい者が出来るよ」とあります。

 このタピオカは何か? と思って『食道楽』をさらに調べると、「タピオカのマッシもセーゴに似て少し大粒の固まったものです。セーゴよりも固い物ですから四十分間水へ漬けておかなければなりません」とあるので、どうやらタピオカパールは1903年の日本にも輸入されていたようです! ちなみにセーゴとはおそらくサゴヤシデンプンの可能性があります。またマッシとはマッシュを指すようです。

 それにしても、せっかく村井先生がご紹介しながら、ライスプディングもタピオカも、その後、日本の料理界からは忘れ去られてしまうわけですが。村井は“ライスプデン”と表記していますが、これは「米をミルクで煮た料理である。同様のものが世界各地に存在する。日本では乳糜(にゅうび)、乳粥(ちちがゆ)、ミルク粥などとも呼ばれる」とのことです(Wikipedia)。私は中学時代、白水社版のスウェン・ヘディンの中央アジア探検記シリーズに頻繁に出てくる字面を見て、「この食べ物はいったい何なのだ?」と疑問に思ったものです。

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 それでは『食道楽』に何が登場しないのか? どうやら“白菜”という名前が見当たりません。現在青空文庫で公開されている春、秋、冬の巻を「白菜」で検索してもでてこないのです。そこで、春の巻の最後にでてくる栄養分析表(文明開化ですね)を見ると、(豆や薯類を除けば)根菜に大根、蕪、人参、牛蒡、蓮根、慈姑等が、葉菜に葱、韮、三河島菜、甘藍(キャベツ)、水芹、独活、蕗、蕨、薇、ホウレンソウ、小松菜、トウ菜、三つ葉、京菜、芹菜、茄子、胡瓜、南瓜(とうなすと表記)、冬瓜等がでています。

 一方、冬の巻の最後にでてくる「食道楽料理法索引」にはこのほか、赤茄子(トマト)、アスパラガス、アテチョー(おそらくアーティチョーク)、枸杞(の若芽)、嫁菜、紫蘇、白瓜、ズイキ、玉葱、花キャベツ、山葵、蕨等がありますが、白菜はまったくありません。

 それも道理、「日本で結球種のハクサイが食べられるようになったのは、20世紀に入ってから」で(Wikipedia)、「普及のきっかけとして、日清・日露戦争に従軍した農村出身の兵士たちが、中国大陸で食べた白菜の味を気に入って持ち帰ったからと言われているが、各地で栽培が試行されたもののほとんどは、品種維持に失敗したと見られる」ということですから、1903年の村井先生の視野にはまだ入っていなかったと思われます。

 なお、『食道楽』の栄養分析表には、当然、1910年以降に鈴木梅太郎らによって次々に発見されたビタミン類はのっていません(カロリーもついていません)。

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 さて、現代の日本の食で『食道楽』に登場しない代表としてラーメンがあげられるかもしれません。これまたWikipediaに頼れば、「1910年、東京府東京市浅草区に初めて日本人経営者尾崎貫一が横浜中華街から招いた中国人料理人12名を雇って日本人向けの中華料理店「来々軒」を開店し、大人気となった。その主力メニューは、当時は南京そば、支那そばなどと呼ばれたラーメンだった。新横浜ラーメン博物館によると「来々軒」を中国の麺料理と日本の食文化が融合してできた日本初のラーメン店としており、ラーメン評論家の大崎裕史はこの年を「ラーメン元年」と命名している」とのことで、1903年刊の『食道楽』には間に合わなかったようです。

 とはいえ、『食道楽』にはもう一つの現代食、カレーがかなり頻繁に登場してきます(なお、ライスカレーとして登場しています)。秋の巻には31回、冬の巻には索引もあわせて15回登場しますが、材料も多彩で、牛肉、鳥、魚、玉子、アサリ等です。なお、玉子のカレーとは、カレーのスープを作ってからそこに「湯煮玉子を四つ小さく輪切にして入れて御飯へかけます」とあります。その昔、東アフリカのタンザニアでホテルのメニューにエッグ・カレーがあったので注文すると、丸のままのゆで卵がカレースープの中に鎮座してでてきたのを思い出します。

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プロフィール


高畑由起夫
◆研究分野:生態学、自然人類学、霊長類学 ◆研究内容:主な研究対象はニホンザルやチンパンジー、ワオキツネザル等ですが、潮間帯の巻貝類や水生昆虫、カラス等も調べたことがあります。霊長類学の視点で、近縁...

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