2020年10月

19世紀での国家の誕生と消滅 Part2:テキサスおよびハワイ前篇

2020 10/21 総合政策学部の皆さんへ 19世紀での国家の誕生と消滅Part 1では東南アジアでイギリス帝国主義と現地政権との緩衝地帯に、仇花のように咲いたサラワク王国とその白人王をとりあげましたが、次はテキサス共和国、そしてハワイ王国・ハワイ共和国です。

 前者は1836~1845年、後者は1795~1893年(王国)・1893~1898年(共和国)、サラワク王国の104年余と比べてもさらに短命です。そして、いずれのケースも最終的にアメリカ合衆国に併合される道をたどります。この二つの事象をはさんで起きたことの一つは、言うまでもなく幕末・明治を経ての日本の開国なのですが、民族や国家の独立をいともたやすくもてあそぶ時代でもあった、ということだけは覚えておいた方がよいでしょう(そして、こうした“列強”に最後に追いすがろうとした日本が、その時刷り込まれた19世紀的精神のままに20世紀に入っていったことも)。

 ちなみに、安政三年(1856年)初代アメリカ駐日総領事として赴任したタウンゼント・ハリスは、老中堀田正睦を前に「二時間に及ぶ大演説をおこなった」ということですが、勘定奉行たちはその内容を二日間で精査して、「ハリスが、「合衆国の政府においては、地方に所領を得そうろう義は、禁じ」とアメリカは非侵略国であると唱えた箇条について、1848年と54年の「オランダ別段風説書」で検討し、メキシコ戦争でアメリカが「カルホルニー(カリフォルニア)を掠取る」したこと、その後、賠償金のかわりに「メシルラタル(ニューメキシコ)と申す地を取」った事実から、アメリカ非侵略国論を否定している」とのこと(井上勝生『日本の歴史18 開国と幕末変革』)。私が子供の頃は、幕府の官僚たちはひたすら無能で、外国からの圧力にそのまま押されていったというイメージで語られていたわけですが、彼らはそれなりに必死の対応を展開していたようです。

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 さて、テキサス共和国ですが、ここはもともとメキシコ合衆国コアウイラ・イ・テハス州に属する土地でした。メキシコ独立前はスペイン領ですから、本来はアメリカの土地ではない(それどころか、本来は先住民=ネィティブ・アメリカンのとちのはずなのですが)。

 この地をめぐる争いは、結局、上記の幕府勘定奉行たちの考察に出てくるように、メキシコ戦争を引き起こし、スペインからの独立を果たしたばかりのメキシコ共和国から広大な土地を奪うきっかけになるのです。そのざっとした歴史的経緯は以下の通りです。

(1)もともとはアパッチ、アタカパ等の先住民が居住

(2)1685年、フランス貴族のラ・サールが植民地建設を意図するも失敗(しかし、以後も植民地の権利を主張)

(3)1690年、スペイン人によるテキサス入植開始。1821年までスペイン領テキサスとして統治。当時はメキシコ、カリフォルニア等を含め、ヌエバ・エスパーニャ副王領とし、1819年にアダムズ=オニス条約でアメリカ合衆国と国境確定。

(4)1821年のメキシコ独立革命によるメキシコの独立でメキシコ領テキサスとなる。

(5)1823年、過疎地テキサス発展を名目に、スティーブン・オースティンがメキシコ政府と交渉、米国から300名の家族を合法的に移住(これがテクシャン/テキサンと呼ばれる)。なお、その前後はメキシコ共和国のコアウイラ・イ・テハス州とされていた。

(6)不法入国者も含めてアメリカ人人口は急増、1830年には奴隷を含む25000人以上のアメリカ人が入植、メキシコ人は4000人程度。同年、アメリカ人の移民禁止令を出すが、ほとんど無意味であった。一方、奴隷制度について廃止したメキシコ共和国側とテキサンが対立。

(7)1835年6月にテキサンが武力蜂起、10月にメキシコからの分離宣言。アラモ砦の戦いではメキシコ側が勝利するが、サンジャシントの戦いで敗北、最高権力者のサンタアナが捕虜となり、1836年5月14日にベラスコ条約によりテキサス共和国独立。

(8)1845年、テキサス共和国は自発的にアメリカ合衆国へ加盟、28番目の州としてテキサス州となる。この間、国外とはメキシコとの関係、合衆国内では奴隷制の是非による南北対立(1861年に南北戦争が勃発)等で、複雑な経緯をたどりますが、7月にテキサス共和国議会が米国との合併を承認します。

(9)その結果、今度はアメリカ合衆国とメキシコ共和国の戦争(米墨戦争)が勃発。1848年2月2日調印されたグアダルーペ・イダルゴ条約では、アメリカ合衆国はカリフォルニア、ネバダ、ユタと、アリゾナ、ニューメキシコ、ワイオミング、コロラドを確保する代わりに(メキシコは国土の 1/3 を失う)、1825万ドルをメキシコ側に支払い、ここに(皆さんご存じのトランプ君が壁を建設しようとしている)国境がほぼ確定します。

 この一連の流れを観ていると、まったくなんということか、と慨嘆するほかありません。オースティンが“合法的”にメキシコ領テキサスに入植してからわずか25年後に、アメリカは広大な土地を手中におさめ、かつ、そこから金(いわゆるゴールドラッシュが1849年)と石油(テキサスのスピンドル油田が1901年)を見つけることになるのです。

 テキサス共和国はこうしてたった10年ほどの歴史を終えますが、結果的にせよ、アメリカ合衆国の野望の先兵・手段ともいうべき存在として機能したのかもしれません。これでは堀田正睦以下の幕閣、勘定奉行も用心するのは当たり前のことです。しかも、アメリカはさらにその“魔手”を広げます。それが“ハワイ併合”です。というところで十分長くなってしまいましたので、あとは後篇に託したいと思います。

愚者には愚に従って答えるか? トランプvs.バイデンのTV討論について 

2020 10/8 総合政策学部の皆さんへ

 ちまたでは去る9月29日に行われたトランプ大統領とバイデン上院議員の第1回テレビ討論会について、「史上最悪のディベートだった。そもそもディベートではなく、恥をさらしただけ。今晩はアメリカ国民の敗北だ」「Shit show(くそみたいなショー)だった」(CNN)等と報道されているようです。

 この討論会の話を聞いて、私の頭にまっさきに浮かんだのは、イギリスの作家・ジャーナリストのジョージ・オーウェルの傑作、スペイン動乱のさなか、コミュニストからも資本家からも、もちろんファシストからも嫌われたPOUMに義勇兵として参加、混乱のなかかろうじてイギリスに逃れた経験を描く不朽の傑作『カタロニア賛歌』冒頭のエピグラフ、旧約聖書『箴言』からの引用です。

愚者には愚に従って答えるな、
  君も愚者にならないために。
 愚者には愚に従って答えよ、
  愚者が自分を知者と思わないために
           「箴言」26章5-6節

 これは中学生の時に読んだ筑摩ノンフィクション全集本に載っていた松木隆・山内明訳ですが、新共同訳『旧約聖書』では以下の通りです。

愚か者にはその無知にふさわしい答えをするな
   あなたが彼に似た者とならぬため
  愚か者にはその無知にふさわしい答えをせよ。
   かれが自分を賢者だと思い込まぬために

 中学の時にこの言葉に接した時に感じた「それでは、どうすればいいんだよ?」(たいていの方がこの感想に同意していただけると思うのですが)という思いを、ひょっとしたらバイデン氏も感じたかもしれません。あるいは、4年前、ヒラリー・クリントンはこの教えを意識しなかったがゆえに、トランプ氏に敗北したのかもしれません。

 ちなみに、箴言の多くはソロモン王によって作られたとされていますが、複数の作者によるものだろう、とのことです。

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  さて討論会に話を戻すと、どうやらトランプ氏を支える“鉄板”のファンたちにとっては、大手メディアやエリート、知識層がどんなにトランプ氏をあげつらおうと、それはすべて“誹謗・中傷”に過ぎず、討論会で実質的に敗北しようと、そんなことはどうでもよいと思っているようです。

 それでは、彼らは何を望んでいるのか? TV画面に映し出される彼らの嬉々とした表情を見ていると、トランプ大統領は彼らにとっての一種の“象徴”、あるいは“王”のような存在になっているのかもしれない、とさえ思われます。

 そして、そのファンたちはある意味でいま、ワクワクしながら、心待ちにしているのは大統領選の結果=トランプの敗北=彼らの“王”トランプ氏の破滅であり、その“王殺し”の瞬間に放出されるエクスタシーの噴出を(無意識のうちに)心待ちにしてる、それが彼らにとって来るべき“祭”にさえなっていると言えるのかもしれません。

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 さて、旧約聖書の箴言はこのように続けます。

愚か者に物事を託して送る者は
 足を切られ、不法を飲み込まされる
愚か者の口にすることわざは
 歩けない人の弱い脚。
愚か者に名誉を与えるのは
 石投げ紐に石を袋ごとつがえるようなものだ。
愚か者のくちにすることわざは
 酔っぱらいの手に刺さる刺

 当の愚か者にとっては、箴言はなかなか恐ろしそうな事態を予想しているようでもあり、かつ、同じく彼に物事を託そうとする鉄板のファン(=そして、心中秘かに王殺しの瞬間を待っている)方々にとっても王の道連れに相応の呪いがかかってくるかもしれないが、それもまた面白そうと心に決めているのかもしれません。

プロフィール


高畑由起夫
◆研究分野:生態学、自然人類学、霊長類学 ◆研究内容:主な研究対象はニホンザルやチンパンジー、ワオキツネザル等ですが、潮間帯の巻貝類や水生昆虫、カラス等も調べたことがあります。霊長類学の視点で、近縁...