みんな真実を憎んでいるんだ!:モントレーの賢人エド・リケッツの至言

2021 2/12 総合政策学部の皆さんへ 今回は、ノーベル文学賞受賞者ジョン・スタインベックの無二の親友にして(共著も一冊あります;『コルテスの海』)、カリフォルニアはモントレーの賢人、海洋生物学者のエド・リケッツの言葉、「(みんな)真実に憎しみさえ抱いたのさ」です。と、いきなり切り出してみても、なんのことやらわからないかもしれませんが、一応、昨年10月8日付けで公開の「愚者には愚に従って答えるか?」の続編と受け取っていただければと思います。

 この話は、ある日、カリフォルニアの海岸地帯を襲った“火事”がきっかけです。上記『コルテスの海』を引用すれば、「研究所の歴史は、大きく二つの時期に分けられる。火事の前と後である。その火事は興味をそそる出来事だった。

 ある晩、海岸地域全体で電流の調子がおかしくなり、普段は20ボルトのところを突然2000ボルトもの電流が流れたのだ。後に訴訟で電力会社に責任はないとの判決が下されたので神のなせる業としか言いようがない

 当然、一帯は火の海と化し、エドが心血をそそいでいたPacific Biological Laboratoriesもすっかり焼け落ち、エドに残ったものは逃げ出す時に抱えていたタイプライターと車だけ(ズボンまでもなくしていたが、それでも「足とペンだけは確保できた」ととっさの判断に満足していた)。

 その後、電力会社には訴訟が殺到します。当然、Pacific_Biological_Laboratoriesも原告に加わっていました。

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 スタインベックはこう書いています。「エドは証言のためにサリーナスの上級裁判所に出向き、事実をありのままに、できるだけ完璧に語った。彼は真実を愛し、真実を信じていたからである」。そして、エドは裁判に関心を持ち始めて、「海洋動物の新種に対するのと同じ多大な客観的関心を法体系にも注いだ

 訴訟に負けた後、エドは「静かな口調で、わずかに驚きの表情を見せながら語っていた。「単純な問題でいともたやすく大間違いを犯すものなんだね。人間関係や財産にまつわるあらゆる問題で真実を見つけ出すためにこそ、法体系があるんだと思い込んでいたよ」。しかし、「ある事実を忘れていた、というより考えてみたこともなかったんだ。原告側も被告側もどっちも勝ちたいんだという当たり前のことをね。そのために本来の目的はどっかに行っちゃって、都合のいい部分だけをことさらに強調するから問題の客観的事実は影も形もなくなる

 そして、最後に付け加えます。「どっち側も勝ちたい一心で真実にはまったく興味がない。それどころか真実に憎しみさえ抱いていたのさ

 ちなみに、この火事の一件について英語版のWikipediaには“On November 25, 1936, a fire broke out at the Del Mar Cannery next to the lab (site of today’s Monterey Bay Aquarium) and most of the contents of the laboratory were destroyed. The manuscript for Between Pacific Tides survived the fire as it had already been sent to Stanford University for publication. It was Steinbeck that saved the lab financially after the fire with the purchase of half the company’s stock”と記されています。なお、文中のBetween Pacific Tidesとはエドと生態学者Jack Calvinによる潮間帯生物に関する先駆的書籍で、上ケ原の図書館も1冊あります。

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 1936年の当時、すでに「国民大衆の心は(略)小さな嘘よりも大きな嘘の犠牲となりやすいからである」(『我が闘争』にでてくるそうです)と指摘したというヒトラーがドイツの政権を握っていましたが、最近の某大統領とそれを信じる人たちの言動でも、たしかにそういう傾向はあるだろう、と納得させられるところです。

 とはいえ、エドの思索はさらに深く、スタインベックは「それは彼にとって驚くべき大発見であり、考察の余地があった。真実を愛する彼は、他の人もみな真実を愛すると信じていたのだ。だがそうでないと分かっても嘆きはしなかった。ただ、興味をそそられただけだ」とまとめます。これこそ、「愚者には愚に従って答えるか? 答えないか?」についての一つの回答なのかもしれません。

 そんなことを考えていると、つい、おなじみの質問が頭をよぎります。「あなたは真実を愛してますか? それとも、憎んでいますか?」

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プロフィール


高畑由起夫
◆研究分野:生態学、自然人類学、霊長類学 ◆研究内容:主な研究対象はニホンザルやチンパンジー、ワオキツネザル等ですが、潮間帯の巻貝類や水生昆虫、カラス等も調べたことがあります。霊長類学の視点で、近縁...

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