生き物にとって動くこととは?~ヒトとサルのマイクロ・デモグラフィー3~

2021 6/14 総合政策学部の皆さんへ

 生き物にとって、生存競争を勝ち残るのはなかなか大変なことです。種によっては、“動くこと”にあわせて自らの姿形も変えてしまう者もいる。その典型例はサバクトビバッタでしょう。

 バッタ目バッタ科に属するこの種はオスが4~5cm、メスが5~6cmで、別属のトノサマバッタに似た形態をしていますが、個体密度が高まると色が緑色から黄色/黒がかってきて、翅の長さに比して体長が短くなり、大群をつくるようなります。ふだんの状態を“孤独相”と呼ぶのに対して、こうした大群を形成するまでになった状態を“群生相”と呼びます。これが“相変異”です。

 この孤独相から群生相への変化はある種の正のフィードバックとも言えます。集まることによって互いに(フェロモン等で)刺激しあって、形態も変わっていく。それがさらに過密さを高めて、個体群全体が群生相へと変わり、やがて本来の生息地以外の場所に侵攻していく。これが以下のように旧約聖書に出てくる飛蝗・蝗害です(なお、以下の文章おでは“いなご”と表現されているのがバッタです。日本に生息するイナゴは相変異をしないので、この点はご注意下さい)。

  • 12 主はモーセに言われた、「あなたの手をエジプトの地の上にさし伸べて、エジプトの地にいなごをのぼらせ、地のすべての青物、すなわち、雹が打ち残したものを、ことごとく食べさせなさい」。
  • 13 そこでモーセはエジプトの地の上に、つえをさし伸べたので、主は終日、終夜、東風を地に吹かせられた。朝となって、東風は、いなごを運んできた。
  • 14 いなごはエジプト全国にのぞみ、エジプトの全領土にとどまり、その数がはなはだ多く、このようないなごは前にもなく、また後にもないであろう。
  • 15 いなごは地の全面をおおったので、地は暗くなった。そして地のすべての青物と、雹の打ち残した木の実を、ことごとく食べたので、エジプト全国にわたって、木にも畑の青物にも、緑の物とては何も残らなかった。
  • 16 そこで、パロは、急いでモーセとアロンを召して言った、「わたしは、あなたがたの神、主に対し、また、あなたがたに対して罪を犯しました。
  • 17 それで、どうか、もう一度だけ、わたしの罪をゆるしてください。そしてあなたがたの神、主に祈願して、ただ、この死をわたしから離れさせてください」。
  • 18 そこで彼はパロのところから出て、主に祈願したので、
  • 19 主は、はなはだ強い西風に変らせ、いなごを吹き上げて、これを紅海に追いやられたので、エジプト全土には一つのいなごも残らなかった。(旧約聖書出エジプト記第10章)

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 私自身はアフリカ本土では出会ったことがありませんが、マダガスカルでは飛蝗を数回見かけました。無数のバッタが日の光のなかで、翅をきらきら輝かせながら風に乗って飛んできて、イネ科の草を音をたてて食べつくし、また風にのって去っていく姿は非常に印象的でした。もっとも、そこで観察していたワオキツネザル等は欣喜雀躍、おいしそうに食べていました。

 実は、日本のトノサマバッタも、サバクトビバッタほどではないにせよ大群を作ることが知られており、その際には相変異が見られるそうです。明治時代に北海道開拓がはじまった頃には、入植者の畑をさんざん荒らしたことが知られています。

 中国でも古くから知られ、「殷の甲骨文にも蝗害の記録が見られる。また、周の詩篇『詩経』にもバッタ駆除の様子が書かれている。漢代になると記録が増え、紀元前175年(文帝6年)を始めとして、漢書、後漢書には20回以上もの蝗害の記録があり、後漢の思想家王充や官僚の蔡邕も自書の中で蝗害について述べている」(Wikipedia)。

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 一方で、この大発生では、移動先で定着することはほとんどなく、死に絶えるのがふつうとされます。つまり、“動く”ことはいずれは死に絶えることになります。もちろん、まったくたまたまであろうが、運よく、新しい好適な生息地を見つけることもあるかもしれないが、圧倒的大多数は死んでいく、ということになります。

 こうした大発生→移動→死というパターンは、黄海から潮流で日本に流れ着くエチゼンクラゲや、黒潮で流されてくるも日本沿海では越冬できない死滅回遊魚(チョウチョウウオ等)にも共通します。

 それにしても「死滅回遊魚」とは、なんとも凄まじい言葉ですが、Wikipediaにあるように「回遊性を持たない動物が、海流や気流に乗って本来の分布域ではない地方までやって来ることがある。これらは回遊性がないゆえに本来の分布域へ戻る力を持たず、生息の条件が悪くなった場合は死滅するので、死滅回遊と呼ばれる」ことで、「夏の本州沿岸では、本来熱帯・亜熱帯の海域に分布するチョウチョウウオ類やスズメダイ類などが見られる。これらは日本の夏を過ごすことはできても、冬の水温低下などにより死滅することになる」。

 もっとも、長い進化の歴史の中では、「無駄死ににもみえるが、もし海の向こうに生息に適した場所があれば定着し、新たな分布域を広げることができるので、全くの無駄死にではない。また、気候変動や海流の流路の変動があれば、それまで死滅していた地域で新たに定着できる可能性もある」ということです。

 サバクトビバッタも同様にせっかく進出した新天地で死滅を繰り返すわけですが、考えてみれば、そこに居ついてもらうと世界中に蝗害が広がるわけなのです。

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 ヒトでも近世日本では、相続が期待できない次男以下の男性が青雲の志を抱きつつ江戸等に上がったものの、江戸での男女比の偏りや感染症・火事等の災害のため、多くは子を残せず死んでいった。しかし、失われた人口は新たな若者たちでまた埋め合わされるという“アリ地獄”的光景が展開していました(速水 2001)。

「老い」を考える4:“定年”についてその1」で触れた『江戸奉公人の心得帖:呉服商白木屋の日常』に出てくる、10数歳で近江から江戸に連れられてくる若者たちも、江戸の大店で奉公する限り、結婚もできず、江戸で病いにかかってそのままなくなれば、まさに「死滅回遊魚」と同じことになってしまう。しかし、店にとっては(あるいはアリジゴク都市江戸にとっては)新しい若者を田舎から連れてくるだけである、という現実が回転している。そんな世界です(中世から近代化するパリ、ロンドンでも同じことが起きていましたし、現在の第三世界の都市でも同様です=ヒューマン・エコロジーですね)。

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高畑由起夫
◆研究分野:生態学、自然人類学、霊長類学 ◆研究内容:主な研究対象はニホンザルやチンパンジー、ワオキツネザル等ですが、潮間帯の巻貝類や水生昆虫、カラス等も調べたことがあります。霊長類学の視点で、近縁...

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