2021年8月

本のご紹介:国際協力に関心がある方へ、『日本の国際協力 中東・アフリカ編』

2021 8/26 総合政策学部の皆さんへ 所属しているアフリカ学会から、以下の案内が来ましたので、お知らせします。国際協力にご関心がある方はご照覧下さい。

 この度、多くのアフリカ学会員のみなさまに著書としてご寄稿頂き、『日本の国際協力 中東・アフリカ編』がミネルヴァ書房より無事出版されました。
 本書は、それぞれの地域をご専門とする地域研究者等の立場から国際協力について、アフリカと中東の国々をほぼ全て網羅しまとめた画期的な図書となっています。是非お手に取って頂き、大学等での教育や研究資料にご活用頂けますよう、ご案内いたします。

『日本の国際協力 中東・アフリカ編』Minerva KEYWORDS 7(阪本公美子/岡野内正/山中達也編著)
ISBN978-4-623-09192-8 C3331 A5判美装カバー368頁 定価4400円(本体4000円+税)
https://www.minervashobo.co.jp/book/b577607.html
 国際協調主義を掲げた日本は、アフリカの年を迎え植民地から独立した国々や、石油資源が注目される中東諸国に対し政府開発援助(ODA)を通じてどのように関わってきたのか。各国の経済発展や福祉向上を目的とする支援が、なぜ批判も浴びてきたのか。本書では、中東・アフリカ諸国へのODAの全貌を、その形成と展開、現状と事例、課題と展望から解明し、21世紀の日本の国際協力の課題を考えるための基礎的判断材料と論点を提供する。

[ここがポイント]
◎ 異なる国・民族の歴史・文化を知り、地球上にともに生きる人間として協力し合うことの意味を読者に感じ取ってもらえる本を目指す。
◎ 各国・地域の経済・政治・社会の歴史的展開とODAの関連性を軸に記述する。
◎ ODAの実施・展開における国際環境の変化およびリージョナルおよびグローバルなイシューの影響は必要な範囲で考慮する。
◎ 官民協力、国際機関による援助はODAとの関連で触れ、自治体・NGOベースの協力についても適宜触れる。

[目 次]
「日本の国際協力」刊行にあたって
はじめに
序 章 中東・アフリカとODA
 第Ⅰ部 中東地域
 解説――援助戦略に根本的な反省を迫る深刻な実態  岡野内正
 コラム1 日本の援助と石油  松尾昌樹
1 対パレスチナ援助――混乱が続く政治情勢の中での援助  塩塚祐太
2 対ヨルダン援助――難民受け入れ国の経済的自立を目指して  臼杵悠
3 対シリア援助――内戦下における援助  溝渕正季
4 対レバノン援助――いかに改革を支援するのか  溝渕正季
5 対トルコ援助――被援助国から新興援助国へ  柿﨑正樹
6 対イラク支援――続く紛争との闘い  円城由美子
7 対イラン援助――政治変動を超えた継続的支援の挑戦  千坂知世
8 対アフガニスタン援助――命の重さと「援助のあり方」  林裕
9 対オマーン支援――ODA卒業国への支援  松尾昌樹
10 対イエメン援助――「世界最悪の人道危機」に対峙する  川嶋淳司
11 対サウジアラビア・湾岸諸国援助――湾岸産油国へのODA  松尾昌樹

第Ⅱ部 北アフリカ地域
解説――いま私たちに必要な視点とは  山中達也
12 対エジプト援助――「地域の平和と安定化のための要塞」としての老舗地域大国  井堂有子
13 対リビア援助――内戦後復興支援に向けた課題  小林周
14 対チュニジア援助――国民のための真の援助に向けて  高橋佑規
15 対アルジェリア援助――産業の多様化を目指して  高橋雅英
16 対モロッコ援助――格差是正を目指す支援  白谷望
17 対西サハラ援助――被占領地域への「援助」は何を意味するのか  高林敏之
18 対モーリタニア援助――水産資源に恵まれた砂漠の国との協力関係  吉田敦

第Ⅲ部 サブサハラ地域
解説――「誰一人取り残さない」経済成長は可能か  阪本公美子
コラム2 対アフリカ援助の潮流  阪本公美子
西アフリカ・中部アフリカ地域解説――ODAは格差とどう向き合うのか  阪本公美子
19 対セネガル・ガンビア援助――きわめて民主的で安定した稀有な国  鈴井宣行
20 対カーボベルデ援助――中進国に向けた経済構造転換へ  鈴井宣行
21 対ギニアビサウ援助――政情不安と汚職に向き合う  白戸圭一
22 対ギニア援助――援助以前の課題をふまえた援助の必要性  中川千草
23 対マリ援助――安定の先にあるさらなる発展の可能性  藤井広重
24 対ブルキナファソ援助――暮らしの安定に資する農業支援  土方野分・中尾世治
25 対ニジェール援助――ODAが築いた人財交流  関谷雄一
26 対シエラレオネ援助――残虐な紛争や感染症の災禍を超えて  落合雄彦
27 対リベリア援助――内戦とエボラ出血熱の災禍に遭った最貧国  岡野英之
28 対コートジボワール援助――象牙の奇跡  原口武彦
29 対ガーナ援助――経済自由化と格差是正の支援課題  Staniuslaus Acquah・友松夕香
30 対トーゴ援助――西アフリカの基幹回廊づくりを支援  白戸圭一
31 対ベナン援助――アフリカ民主主義の「モデル」支援  白戸圭一
32 対ナイジェリア援助――「人口大国」への協力の難しさ  望月克也
33 対チャド援助――日本の援助が届く日まで  坂井真紀子
34 対カメルーン援助――現地住民が参加する援助へ  坂梨健太
コラム3 アフリカ開発会議(TICAD)とODA  Staniuslaus Acquah
35 対中央アフリカ共和国援助――有効な脆弱国家支援を求めて  武内進一

東アフリカ地域解説――サブサハラ・アフリカにおける日本援助の重点地域  阪本公美子・藤井広重
36 対ソマリア援助――地域の安定に結び付く人間の安全保障の確立へ  須永修枝
37 対エチオピア援助――貧困削減と民間セクター主導による経済成長のバランス  白鳥清志
コラム4 伝統的な社会関係を活かしたODA――プロジェクトを超えて  島津英世
38 対スーダン援助――独裁と天然資源からの脱却に向けて  藤井広重
39 対南スーダン援助――ODAと平和構築  藤井広重
コラム5 平和構築と国際刑事裁判所  藤井広重
40 対コンゴ民主共和国援助――援助は政治腐敗と人権侵害に立ち向かえるか  華井和代
41 対ウガンダ援助――様々な社会的対立や分断を乗り越えて  斎藤文彦
42 対ルワンダ援助――ジェノサイド後に注目される「アフリカの奇跡」の実態 米川正子・阪本公美子
43 対ケニア援助――東アフリカのゲートウェイの行方  佐々木優
コラム6 ソンドゥ・ミリウ水力発電プロジェクト――二〇世紀援助ビジネスの暗き淵より  岡野内正
コラム7 武力紛争と日本のODA  白戸圭一
44 対タンザニア援助――サブサハラ・アフリカの重点被援助国 阪本公美子・杉山祐子
45 対マダガスカル援助――政変に揺れるアフリカの島国  吉田敦

南部アフリカ地域解説――南アフリカ共和国が中心となり貧困削減への取組を展開  石田洋子
コラム8 子ども兵  杉木明子
46 対モザンビーク援助――ODAは現地市民からの「反対の声」にどう応えられるのか  渡辺直子
47 対マラウイ援助――ウォーム・ハート・オブ・アフリカと呼ばれる世界最貧国  石田洋子
48 対ザンビア援助――経済多角化による銅産業への依存からの脱却に向けて  中田北斗
49 対ジンバブエ援助――強権政治下の民生支援  壽賀一仁
50 対南アフリカ共和国援助――アパルトヘイトの負の遺産と格差是正に向けて  細井友裕
51 対アンゴラ援助――内戦からの復興と資源国の潜在力  細井友裕
コラム9 東欧諸国に対する日本のODA  土田陽介
コラム10 中東欧・バルト諸国に対する日本のODA  田中宏

『漱石の家計簿:お金で読み解く生活と作品』を枕に芸術家と金銭について考える

2021 8/23 総合政策学部の皆さんへ 今回は、山本芳明学習院大学文学部教授『漱石の家計簿:お金で読み解く生活と意見』(2018年、教育評論社)を話の枕にとりあげましょう。

 それでは、『漱石の家計簿』のテーマとは? 皆さんご存じのamazonによる紹介文では「漱石の文学活動を経済的な視点から捉え直すとともに、死後に生じた経済効果、文化資産としての動向を明らかにする」とあります。その構成は、以下の通りです。
序章 〈経済人〉としての小説家
  第一章 漱石の収支計算書
  第二章 文化人としての「金持」
  第三章 表象としての「金持」
  第四章 漱石は市場原理を越えられたのか?
  第五章 夏目家、「印税成金」となる
  第六章 夏目鏡子の収支計算書
  第七章 夏目家と岩波書店

 これだけでは少しわかりかねるかもしれないので、序章から少し摘録すると「日本近代文学において、経済行為として文学を語ることはタブーといってもよかった。金銭を優先させれば、文学者としての堕落につながる」。それゆえに、日本文学では清貧をイメージさせる私小説が圧倒的な存在感を得た。この主張はまさに半世紀前、私が恐るヽヽ小説等に手を出し始めた時のイメージでもあります。

 しかし、その一方で山本は指摘します。19世紀以降、西洋文学は近代的出版文化の盛隆のもと、小説が高い商品性を得ることで作家は経済力を確保した(同時に、劇作家は小魚油演劇の勃興で、画家は画商・画壇・好事家たちの支持によって、作曲家は音楽業界の拡大でそれぞれに経済的基盤を獲得して、己の“作家性”を確保していたった=とりわけ18世紀後半のフランス自然主義文学の巨匠エミール・ゾラはそのことに自覚的だった。それにもかかわらず、“文学”を西洋から輸入した日本では文学の商品性を無視しがちであった。言われてみればその通りなのです。

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 さて、そこで明治末期から大正にかけて、実際の小説作家活動は1905年1月の『吾輩は猫である』から、1916年12月に未完のまま遺した『明暗』までのたかだか12年弱ばかりながら「近代日本文学の頂点に立つ作家の一人」(Wikipedia)であった漱石はどうふるまったのか? これが『漱石の家計簿』の主題です。

 私が『吾輩は猫である』を初めて読んだのはたしか小学校6年ぐらい(ほぼ同時に読んだことを覚えているのがイギリスの小説家サマセット・モームの『月と六ペンス』)ですが、まるで落語の掛け合いのような科白のやりとりに心惹かれました。例えば、中学校の英語教師苦沙弥先生宅を(ある思惑が持って)訪問するかつての大学の同級生で、いまや堂々たる実業家の鈴木藤十郎君との会話を紹介すると、

  • 実業家も悪くもないが我々の内は駄目だ。実業家になるならずっと上にならなくちゃいかん。下の方になると矢張り詰らん御世辞を振り撒いたり、好かん猪口を頂きに出たり随分愚なもんだよ」(鈴木)
  • 僕は実業家は学校時代から大嫌だ。金さへ取れヽば何でもする、昔で云へば素町人だからな」と実業家を前に控えて太平楽を述べる。(苦沙弥)
  • まさか-さう許りも言へんがね、少し下品なところもあるのさ、兎に角金と情死をする覚悟で、-今もある実業家の所へ行って聞いて来たんだが、金をつくるにも三角術を使はなくちゃいけないと云ふのさ-義理をかく、人情をかく、恥をかく是で三角になるさうだ面白いぢゃないかアハヽヽヽ」(鈴木)

と、そこへ飄然とあらわれた二人の同級生、美学者の迷亭君、警戒する鈴木君と、

  • 「・・・是でも街鉄を60ほど持っているよ」(鈴木)
  • 「そりゃ馬鹿にはできないな。僕は880株半持っていたが、惜しいことに大方虫が喰って仕舞って、今ぢゃ半株ばかりしかない。もう少し早く君が東京へ出てくれば、虫の喰わない所を10株ばかりやるところだったが惜しい事をした」(迷亭)
  • 「相変わらず口が悪い。然し冗談は冗談として、あヽ云ふ株は持ってヽ損はないよ、年々高くなる許りだから」(鈴木)
  • さうだ仮令半株だって千年も持っているうちに倉が三つ位建つからな。君も僕も其辺にぬかりはない当世の才子だが、そこへ行くと苦沙弥杯は憐れなものだ。株と云へば大根の兄弟位に考へて居るんだから」(迷亭)

 こうして“素町人”を見下げ(といっても、漱石自身が<a href=”https://ja.wikip名主の子供とはいえ、町民の出のはずですが)、経済にうとく、「株」と「大根」の区別もつきかねる経済音痴=ただ、明治の御代に美や学問や哲学を愛する人というイメージにさりげなくのっかり、ほぼ12年の作家生活を驀進することになる夏目先生がどんな経済感覚をもっていたのか? というのが『漱石の家計簿』の主旨と言えるでしょう。

ちなみに、『猫』発表2年後の1907年2月、教師を辞めて朝日新聞に入社(つまり、専属作家となった)漱石は有名な「入社の辞」を書きます:大学を辞して朝日新聞に這入ったら逢う人が皆驚いた顔をして居る。中には何故だと聞くものがある。大決断だと褒るものがある。大学をやめて新聞屋になる事が左程に不思議な現象とは思わなかった。(略)新聞屋が商売ならば、大学屋も商売である。商売でなければ、教授や博士になりたがる必要はなかろう。月俸を上げてもらう必要はなかろう。勅任官になる必要はなかろう。新聞が商売である如く大学も商売である。新聞が下卑た商売であれば大学も下卑た商売である。只個人として営業しているのと、御上で御営業になるのとの差丈だけである。(略)大学では講師として年俸八百円を頂戴ちょうだいしていた。子供が多くて、家賃が高くて八百円では到底とうてい暮せない。仕方がないから他に二三軒の学校を馳かけあるいて、漸ようやく其日を送って居た。(略)新聞社の方では教師としてかせぐ事を禁じられた。其代り米塩の資に窮せぬ位の給料をくれる。食ってさえ行かれれば何を苦しんでザットのイットのを振り廻す必要があろう。やめるとなと云ってもやめて仕舞う。(略)人生意気に感ずとか何とか云う。変り物の余を変り物に適する様な境遇に置いてくれた朝日新聞の為めに、変り物として出来得る限りを尽すは余の嬉うれしき義務である。(出典:青空文庫

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 山本は『漱石の家計簿』において、上記のごとく米塩の資にも窮していた(第一高等学校教授としての体裁を整えながら、1905年までに4人の女の子が誕生した家族の生計を支えねばならず[これに兄・姉家族への支援も加わります]、かつ本来の仕事に必要な高価な英語書籍類を購入し続けていた状況でした)漱石は、『猫』をきっかけとした文筆活動による印税収入にくわえ、朝日新聞社との交渉の結果、「月給200円と賞与で年収3000円を確保する」ことで、「定収入の6割増に成功」したことを指摘します。

 この結果、「大正3年に“貧乏生活”から脱した夏目家は、(大正5年頃には)株の取引によって“3万円”に及ぶ資産を形成した」。この株のやりとりは(印税等で)「すこしずつ残るものを、其儘銀行にねかせておいてもつまらない。確かな会社の株券を少しづつでもいいから買っておくと、自然子が子を産むやうになっていいものだと教えられた」と鏡子夫人が書き残しているわけですが、この「子が子を産む」はB・フランクリンの「金はどんどん増えていくものだということを忘れてはならない。金は金を生み、その子孫はまた生み、といったぐあいである」の科白に由来するものであり、当然、これを鏡子夫人に教えたのは英文学者漱石にほかならなかったであろう、というのが山本の推論です。漱石は現実に、親友だった菅虎雄「今資金を投ずれば二倍になると云ふ話」があるから、「貯蓄金を挙げて」投資して「貨殖の道を図るがよからう」という書簡を送っているよし。

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 ところで、この漱石の文学成金(ちなみに成金とは「将棋において低位の駒が金将に成駒することになぞらえ、急激に富裕になった人(ヌーヴォーリシュ)」の意(Wikipedia「成金」)」を指摘した山本の言説は、どことなく漱石のダブルスタンダードを揶揄するような気配も匂わせます。例えば、「漱石は「巨富の富」をもつ富豪たちと比較して、自分の収入の少なさを強調する一方、同時代の小説家とは比較にならないぐらい多額の収入を過剰に低く印象付けようとしている」と論じます。

 つまるところ、「おそらく、すべてが金銭の取引となってしまった市場社会に適応し、勝者となった自分を認めたくなかったから、あるいは市場原理を超越できなかったからと考えるしかないだろう。認めれば、自分が批判し否定する「紙幣に目鼻をつけた丈の人間」、「一個の活動紙幣」と同列の存在になってしまうのである。そうした事態を回避するために、漱石は<経済人>として成功しているにも拘わらず、<清貧>な小説家としての自己像を主張し続けているのではないだろうか。その結果、市場に言及した漱石の言説は深刻な亀裂や分裂を露呈することになった」というのが結論です。

 しかし、このくだりのあたりで、「やや、まてよ」とも言いたくなるかもしれません。まずは、漱石自身が『猫』の成功によって英文学者から作家に転身し、かつ、朝日新聞を舞台に一群の作家たちのプロデュースするまでの大活躍を最初から意識・自覚していたわけもなく、それに素早く適応するのにもそれなりに時間がかかったかもしれません。

 さらには、漱石の個性・本音はそんなに単純なものなのでしょうか? 例えば、出世作『猫』では迷亭先生から「株と大根」の違いもわからないと揶揄される苦沙弥先生は、必ずしも漱石の実像のすべてとは言えません。現に、鏡子夫人は傑作『漱石の思い出』で『猫』の「重要な人物は、迷亭等と言う人物は誰をモデルにしたものか私には見当はつきませんが、おおかた、自分のもっている性格を、あのものぐさなむっつり屋の変人苦沙弥と、軽口屋の江戸っ児迷亭とにふ二つにわけてかいたものでありましょう。実際夏目にはそうした二面がありまして、冗談をいったり軽口を言ったりすると際限のないところがありました」と口述しています。彼の筆からうまれる数々の登場人物、迷亭はもちろんのこと、飄然とした八木独仙、あるいはひょっとして苦沙弥先生の仇敵たる金満家金田氏にいたるまで、そこには漱石が持つ多面・多層の個性がいわば“多面発現”しているのかもしれません。

 さすれば、『漱石の家計簿』で強調される、近代的経済人として「金が金を生む」ことを知っている漱石と、「権力や金力による支配を嫌い」「金持ちが嫌い」な漱石という一見大きな矛盾も、漱石という近代的自我のなかにともに潜みながら、登場するにふさわしい場面でそれぞれ適切に出現している、という気もしてきます。ひょっとしたら、車屋のおかみさんでさえも漱石の心的分身かもしれません。こうした状況は、ヨーロッパ的市民社会が形成されるなかで、近代的自我が複数の側面をもちながら醸成される際によく出現するものなのです(例えば、かのサミュエル・ピープスが「太っ腹の封建主義の恣意的清濁併呑性」(日本で言えば、さしずめ「越後屋、お前も悪じゃのう」の科白を思い出すところです)と、「近代的市民社会の良心的機能主義的理念の谷間でぬきさしならぬ姿を呈して」います;臼田昭『ピープス氏の秘められた日記』)。

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 ところで、『漱石の家計簿』を紐解きながら私がふと思い出したのは、そうした近代的自我の形成の時代をすごしながら、20世紀前半に英文学界で活躍した作家サマセット・モームの自伝的評論『サミング・アップ』です。漱石よりもやや早く23歳の若さで小説『ランべスのライザ』(1897年、『猫』の8年前)でデビューしながら、その後、なかなか芽を出すことができず、十数年後に商業劇作家として成功をおさめると「比較的通俗な新聞は、わたしの芝居のシニシズムを批難しながらも、その機知や、陽気さや、舞台効果を称賛」したものの「真面目な批評家がひどく攻撃した。彼らは私の芝居を、安っぽく、浅薄だと言うのだ。そして、私が黄金(マモン)に魂を売った」と言われてしまいます。またもや、芸術と金銭は相対する、と世間はおもっているわけです。

 モームはしかし「この屈辱をじっと辛抱した。なぜならばこれで話が終わったわけではないことを、知っていたからである」と記します。たとえ、黄金に魂を売ったと言われようと、「金と言うものは、第六感のようなもので、これがなければ、他の五感の楽しみを充分につくすことができぬものである」ことをすでに発見していたのです。

 その上で、モームは主張します。「<span style=”color: ♯993300;”>世の中にれるのは、芸術家に似合わしくないというのは、もちろん、そのとおりかもしれないが、芸術家自身はそう思ってはいないのである。芸術家が屋根裏に住んでいるのを、ファンは見たがるものだが、芸術家でも好んで屋根裏に住むわけではない。それよりも、ぜいたくな生活をして、一生を台無しにするほうが多い。

 いずれにしても、芸術家なるものは空想力の強いもので、立派な家とか、命令に従う召使とか、見事な絨毯とか、美しい絵とか、ぜいたくな家具とか、派手な生活に魅力を感ずる」「二軒長屋の郊外住宅に住み、いっさいがっさい一人の女中でまにあわせ、その女中がつくったコッテイジ・パイを食うのは、芸術家として不自然なのである。それは無欲恬淡さを示すものではなく、精神の不毛卑小さを示すものである。なぜならば、芸術家が好んで身辺に集める豪奢は、単なる気晴らしに過ぎないからだ」

 このモームの主張にそって『漱石の家計簿』を読み直せば、とくに漱石亡き後、(庶民からみれば)膨大な漱石の遺産をいわば食いつぶしてしまった鏡子未亡人と子供たち、そしてそれをおろおろ見守らざるを得なかった漱石の門弟たち、さらには著作権をめぐる出版社(とくに岩波書店)と漱石の遺族たちをあつかった『漱石の家計簿』の後半6章から7章などはさらに複雑微妙な色彩を帯びるかもしれません。

集まりの諸相~ヒトとサルのマイクロ・デモグラフィー4~

2021 8/3 総合政策学部の皆さんへ

皆さんは生き物が集まることについて、「どうしてある生物は集まるのに、別の生物は散らばっていたりするのか?」、疑問に思ったことはありませんか? これは生態学者にとって大きなテーマの一つでした。もちろん、そこにはきちんとした理由がありそうです! ついでに言えば、ヒトがなぜ集まるのか? あるいはなぜ散らばるのかにも、それなりに理由がありそうです。

例えば、コロナウィルスによって「三密禁止」、すなわち「集まらないように!」というお達しがあるのも、そしてこのお達しがなかなか守られないことも、生物としてのヒトの性質を考えれば、それなりに理由があることなのかもしれません。

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 さて、生き物にとって集まったり、散らばったりすることに意味があるのか?

実は、生態学においては、個体の分布パターンは古くから大きなテーマの一つでした。教科書風に単純化すれば、(1)個体同士が反発も誘引もしない“ランダム(機会)分布”、(2)個体同士が反発して互いに距離を置く結果、等間隔で位置取りしたりする一様分布、そして(3)互いに誘引される集中分布に分かれます。

(1)の場合は、集まることにも散らばることにも意味はなく、サイコロを転がした結果のように“たまたま”そこにいる、という分布パターンです。と、ここまで書いてみると、そんな生き物っているのか? という疑問もわいてきます。高校生物に関連したHPではランダム分布の例として、「稲のニカメイガの卵塊数や池のオタマジャクシ」があげられていますが、どんなもんでしょうか? タンポポはKSCのそばにも分布しているので、ちょっと調べてみても悪くないかもしれません。

 ちなみに、KSC周辺では、キャンパスも含むニュータウンには外来種セイヨウタンポポが、ニュータウンの下の田園地帯には在来種カンサイタンポポが、そして一部には同じ在来種でより温暖な地域に多いシロバナタンポポが分布しています(さらに言えば、どうやらセイヨウタンポポと在来種の雑種も混じっている可能性があります)。

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 一方、一様分布とは、互いに干渉しあうため、個体(あるいはペア等)同士が互いに一定の距離を持って分布するようなパターンです。よく知られている例としては、アユのナワバリがあげられます。

このナワバリは「アユは春に川をさかのぼり、中流に達すると、岩の上の珪藻類を削り取って食べる生活にはいる。このとき、川の中程に一定の縄張りを作り、縄張りに侵入する他のアユがあると、体当たりで追い出そうとする。これを利用して、生きたアユに針を仕掛けて放流し、縄張りに侵入させて、体当たりしてくる縄張り持ちのアユを引っかけるのが友釣りである」(Wikipedia「縄張り」)。したがって、「友釣り」ではなく、「ライバル釣り」とでも言うべきかもしれません。

アユのナワバリ等はごく単純に、自分が活きるための餌を確保するという機能を果たしています。一方、ナワバリの機能としてはもう一つ、繁殖相手の確保というタイプもあります。例えばKSCでも春先によくさえずっている小鳥のホオジロでは、1ヘクタールほどのナワバリを作りますが、これはオスが番の相手=メスの獲得することと、その後の子育てに必要な餌(トリは哺乳類と違ってミルクを分泌しないので[ピジョンミルク等の例外がありますが]、孵化したヒナには虫などを与えねばなりません)の確保という2重の機能を持っています。

こうして日本の川はアユが、里山はホオジロがそれぞれナワバリを作り、その結果、アユもホオジロ(のペア)も等間隔で並んでいることになります(カラスも子育て中はペアでナワバリを作りますが、私は昔鳴門教育大学にいた時にカラスのナワバリをちょっとだけ研究したことがあります)。

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 生態学では、生物の個体が集まっていることを集中分布と呼びます。もちろん、この集中が形成される過程は一様ではありません。例えば、マングローブというのは「熱帯および亜熱帯地域の河口汽水域の塩性湿地にて、植物群落や森林を形成する常緑の高木や低木の総称」(Wikipedia)ですが、この“密集”は生息条件によってたまたま集まっただけなのかもしれません。

同じように生息条件によって密集するものに、潮間帯生物群集があります(その昔、鳴門教育大学に勤めていた時に、少しだけかじってみました)。例えば、潮間帯の岸壁等に密集するフジツボですが、彼らは潮位が低い深い場所では、カキ等の大型貝類に覆われて死んでしまったり(もちろん、カキに悪意があるわけではありません。しかし、身体が大きくなる過程で、周囲のフジツボ類に覆いかかり、結果的に死に至らしめるのです)、イボニシ等の肉食性巻き貝によって捕食されてしまう(ちなみに、イボニシ等は多数の歯舌と穿孔腺と呼ばれる器官から分泌される酸によって、動かないフジツボの殻に穴をあけていく=まるで銀行強盗が分厚い金庫をドリルで開けるようなものです)。

それでは、カキやイボニシが襲ってこない高潮位の場所、つまり海面から高い場所に逃げればよいではないかと思えば、そこは干潮時の高温と乾燥に耐えられない。第一、そこでは満潮時にもあまり海水をかぶらず、したがって、餌にあまりありつけない。こうして環境条件(温度、湿度、餌条件)と種間関係(多種に覆い隠されるか、食われてしまうか)の兼ね合いで、フジツボの分布は“フジツボ帯”という帯状分布を示すことになります。

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 ちなみに、日本の海岸では、高潮位側から、(1)潮上帯(タマキビ類など)、(2)上部潮間帯(イワフジツボ類)、(2)中部潮間帯(タテジマフジツボ・シロスジフジツボ、カキ等)、(4)下部潮間帯(ムラサキイガイ等)等に分けられます。

その一方で、植物でよくみられるように雌雄同体のフジツボは、自らのペニスが届く範囲に同種個体が存在していないと繁殖が難しいのです。第一、成体のフジツボは、トーチカのような殻に身を潜めて乾燥・捕食から身を守りますが、しかし、それは移動能力をあきらめるということです。このため、異性を探していどうできない。

おそらくはこの移動できないという性質が雌雄同体をうみだしたのでしょう。つまり、環境条件で同種のフジツボが密集する可能性が高ければ、雌雄同体であることで、隣合わせの個体が互いに異性個体の役目を果たす。このためにも、彼ら/彼女ら(雌雄同体ですから、このどちらでもあるのです)は着生ホルモン等で同種の幼生を誘引すると言われています。

というあたりで、ひとまず、to be continuedとしましょう。

プロフィール


高畑由起夫
◆研究分野:生態学、自然人類学、霊長類学 ◆研究内容:主な研究対象はニホンザルやチンパンジー、ワオキツネザル等ですが、潮間帯の巻貝類や水生昆虫、カラス等も調べたことがあります。霊長類学の視点で、近縁...

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