2021年11月

総合政策という考え方:自然科学から哲学まで Part 2

2021 11/30 総合政策学部の皆さんへ 「総合政策という考え方:自然科学から哲学まで」の後半です。

4.時間について~世は絶えず変わるし、あなた自身も変わっていく~

「いつも幸運に恵まれたければ時代とともに自分を変えなければならない」(マキァヴェッリ『ディスコルシ』)

 前節で歴史という言葉が出てきます。そこで気づくのは時間の流れです。調べた事象を“時間軸”に並べて歴史が浮かび上がることで、議論はさらに深まります。

 表1での問題設定も“静的”なイメージではなく、時の流れにそって変化するものです。それは人も生き物も、環境も社会もいつの間にか変わっていくからです。例えば、まちおこし等で取り上げられる商店街、しかし、それは決して伝統的存在ではなく、20世紀前半の日本社会の変化に応じて、近代都市内で“発明”されたものです(新、2012)。それゆえ、歴史的使命はすでに終っている! かもしれません。このように新たに創り出された習慣・風俗がいつの間にか伝統的イメージに彩られてしまう人の社会の不思議さ、それが歴史家ホブズボウムら(1992)が描く『創られた伝統』です。また、そんな過程で産み出される共同幻想こそが近代ナショナリズムを支えていると喝破したのが政治学者アンダーソン(2007)による『想像の共同体』です。

 それにしても、なぜ万物は変化するのでしょう? 例えば、生き物は基本的に“保守”的だ、と私は思っています。だって、我々の身体の設計図たるDNAは構造上、分裂・複製において「変化しない」を原則とします。生き物は変わりたくないし、身の周りも安定していた方がよい、はずです。皆さんはどうですか?

 しかし、進化は起きます。それは皮肉にもDNAの複製時、時折ミスが生じるからです(=突然変異)。そのミスが偶々従来にない有利な性質を持つ場合、集団に広がり、やがて種分化につながる。2020年からの新型コロナウイルス(COVID-19)によるパンデミックで次々に変異が生じ、交替しながら広がっているように 。

 その結果、周囲の誰かが進化して有利な立場に立てば、対応して自分も変わらねば生き残れない! これがルイス・キャロル作『鏡の国のアリス』で赤の女王が叫ぶ”It takes all the running you can do, to keep in the same place”(同じ場所にいたければ、全力で走り続けるのよ)から名付けられた“赤の女王仮説”です。終わりの見えない進化で展開する生存競争の中、我々は(たとえ自らは望まなくても)変わり続けなければいけません。関学前理事長の宮原明さんから伺いましたが、京都の大企業経営者の方が「京都の老舗は変わらないと思っているでしょう! とんでもない、老舗は絶えず変化しているのですよ。変化しているからこそ生き残っているのです」とおっしゃったそうで、赤の女王仮説そのものです。

 これから総政で(卒業後はお仕事で)学ばれる様々な事象もやがて変化する、それに気づけばあなたも変わる。その点で社会は生き物です。その機微を本節冒頭の政治思想家マキァヴェッリの言葉に読み取っていただければと思います。

5.戦略と戦術の違い

「あなたは勝利をつかむことはできる人だが、勝利を利用するすべを知らない」(モンタネッリ『ローマの歴史』)

 そろそろ筆を擱くべき字数ですが、最後に、政策を考える上で大事な要素として“戦略(Strategy)”と“戦術(Tactics)”を紹介しましょう。

 軍事用語として、戦術とは個々の戦闘で勝つスキルで、戦略とは一連の戦闘の組み合わせで戦争全体の最終勝利を勝ち取るための方針です。それがいつしか進化生物学やビジネスにも浸透し、日常的な言葉になっています。例えば、行動生態学で“繁殖戦略”とは「生き物たちが次世代に子孫/遺伝子を残すため、生活史にセットされた生き方」を指します。一見不思議な行動でも、それは最終的に生存競争をしのぐ戦略の一部かもしれない。例えば、リンゴの実が赤くなる。それは「果肉を食べて(Eat me!)」と鳥やサルに知らせるメッセージですが(=戦術手段)、真の狙いは「果肉を食べさせ、種子を糞とともに散布してもらう(=戦略目標)」ことです 。これが難しく言えばリンゴの種子散布における“究極要因”です。

 本来の軍事でも、戦術と戦略は様々に論じられてきました。例えば、第2次ポエニ戦争(BC 218–201)でカルタゴ軍の指揮官ハンニバルは、当時無敵のローマ軍を続けざまに撃破するものの、なお心に躊躇を感じます。その彼に部下のマルハバルがローマ攻略を具申して退けられた時、マルハバルが彼を罵った科白が本節冒頭のエピグラフです。英語で”You, Hannibal, know how to gain a victory; you do not know how to use it”、これほど戦術と戦略の違いを物語る言葉もないでしょう。お分かりですね。「勝利をつかむ」ことが戦術、「その勝利を利用して」戦争全体に決着をつけることが戦略です。皆さんも卒業されたら、何が戦術で、何が戦略か、いつも意識して下さい 。

 最期に、執筆しながら二代目学部長の故安保則夫先生を想い出しました。ある日、たまたま理系教員が話題にのぼり「理系の人間は自分の仕事に集中するあまり、エゴイスト(利己主義者)とは言いませんが、エゴティスト(自己中心主義者)なんですよね」と答えた私に、いかにもうれしそうに「つまり、究極の自己チューって奴やな」と笑っておられました。在職中に亡くなられた先生に、理系教員からの総合政策論として捧げたいと思います。

引用文献
アンダーソン B.(2007)『定本 想像の共同体』(白石隆・白石さや訳)、書籍工房早山.
新雅史(2012)『商店街はなぜほろびるのか』光文社.
Lewis Carroll (1871) “Through the looking-glass, and what Alice found there”. Macmillan.
ゲーテ J.F.(1960)『イタリア紀行』(相良守峯訳)岩波書店.
ホブズボウム E.・レンジャー T.(1992)『創られた伝統』(前川啓治・梶原景昭訳)紀伊國屋書店.
マキァヴェッリ N.(2011)『ディスコルシ ローマ史論』(永井三明訳)筑摩書房.
モンタネッリ I.(1979)『ローマの歴史』(藤沢道郎訳)中央公論社.
スタインベック J.(1922)『コルテスの海』(吉村則子・西田美緒子訳)工作舎.
住明正(1993)『地球の気候はどう決まるか?』岩波書店.

総合政策という考え方:自然科学から哲学まで Part 1

2021 11/10 総合政策学部の皆さんへ 総合政策学部が出版している学部紀要『総合政策研究』に総政25年の歴史を振り返る企画で、総合政策と自分の専門について考えるように依頼されました。いずれ出版されるとは言え、たぶん、学生の皆さんの眼にとまることはほとんどないと思うので、同じ文面を2回にわたってこのブログに掲載することにします。以下、タイトルから始まります。

総合政策という考え方:自然科学から哲学まで
An approach to policy studies: Between natural science and philosophy

1.はじめに~総合政策と自らの専門分野~

「どっち側も勝ちたい一心で真実にはまったく興味がない、それどころか真実に憎しみさえ抱いていたのさ」(スタインベック『コルテスの海』)

 25周年記念号にあたり、学部から「総政と自身の専門分野の関係」というテーマをいただきました。言うまでもないことですが、これは「総合政策とは何か?」という学部創設以来、先生方も学生の皆さんも自問してきた課題につながります。

 私自身はニホンザルやチンパンジー、キツネザル等を対象とし、狭義の専門は行動生態学ですが、一方で人類学者としては人にかかわるすべてが対象とも言えます。そんな私にとって、ヒューマン・エコロジーを視座とする総合政策は意外に居心地が良い世界です。やがて私は総合政策を「特定の分野というより、様々な事象を踏まえながら問題解決を探るための“考え方の枠組み”」と考えるようになりました。それは知識と実践をつなぐしなやかで、さりげない物事の捉え方であり、生き方そのものです。あるいは“教養”と呼べるかもしれません。

 その総合政策を論じる際、最低守るべき要諦は何か? それは「真実を愛する」ことかもしれません。冒頭のエピグラフはノーベル賞作家スタインベックが描く、親友の海洋生物学者エド・リケッツが裁判沙汰に巻き込まれた時の回想です。最初は興味津々で告発・弁護双方のやり取りに聞き入ったリケッツですが、どちらも勝利をめざし、真実等どうでもよい、むしろ自身に不都合な真実は憎む=それは「みんなも自分と同じく真実を愛しているはず」と思い込んでいた彼にはとても興味深い経験でした。

ここでは、そんな立ち位置から私なりの総合政策論をまとめ、学部で学ぶ(もちろん、学びは卒業後も続きます)皆さんに呈したいと思います。

2.階層的な考え方~理系教員は総政のどこに居場所を見つけるか?~

 学部開設の数年前、準備に奔走されていた遠藤惣一先生と鳥越皓之先生から説明を受けた際、当然、私には総政への具体的イメージがありませんでした。ただ、「ヒューマン・エコロジーを基本に様々な課題に取り組むため、自然環境論を講義して欲しい」との依頼に脳裏に浮かんだのは環境科学での階層性です(、1993)。

『基礎演習ハンドブック』等で紹介されていますから、かいつまんで紹介します。例えば、地球温暖化問題等では自然科学(温暖化は本当か? そのメカニズムは?)、応用科学(CO2削減・省エネ技術)、社会科学(炭素税や排出権取引、法的規制、補助金、技術開発支援)、そして人文科学(環境倫理、南北問題)等の専門領域のレベルがあります。しかし、真の解決には単一レベルの議論だけでは不十分で、他のレベルを俯瞰した総合的な議論が求められます。

表1 テーマの階層性の例:脳死と臓器移植を多少な視点から考えると
分野・階層              具体的な問題設定
自然科学(生物学)      死とは、そして脳死とは何か? 拒絶反応のメカニズムは?
応用科学(医・薬・保健学)  脳死の医学的判断基準は? 臓器摘出・移植の技術は?
社会科学(法・経済・社会)  脳死の法的定義は? 移植コーデイネート制度 費用の負担
人文科学(倫理・哲学)    生命倫理 伝統的な死生観との折り合い? 遺族へのケア?

 この階層性は他のテーマでも同じことです。表1は「脳死臓器移植」について考えたものですが、生物学等の自然科学が死のメカニズムを探求すると同時に、医・保健学等の応用科学は死を遠ざけ、健康を取り戻すことを目標に対策を考えます。社会科学では応用科学を現実社会で活かすため法律、経済、政策を整えます。最後に哲学・倫理学は「人はどう生きるべきか?」や死生観等を議論します。

 もう少し身近な例もあげましょう。先日、某高校の課題研究指導で生徒さんから「栽培復活によるまちおこし」が提案されました。この場合、自然科学では生物としてのクリの特性や村落の環境等が俎上に上ります。応用科学はクリ栽培技術=農学や、クリを使った商品開発=食品加工等が該当します。社会科学では農家への助成・地場産業への支援策、流通販売や広報が議論されるでしょう。最後に、人文科学は中山間地帯の振興において、日々の暮らしと人々の幸福の結びつきを考えます。自分が関心を持つ領域だけにとどまらず、他の課題にも心をはせる。そんな心配りこそが総政にふさわしいのかもしれません。

3.フィールド調査について~ボトム・アップか、トップ・ダウンか?~

「現在の私としては、本でも絵でも与えてくれない感覚的印象が大事なのだ。(略)自分の観察力を試験し、自分の学問や知識がどの程度のものであるか、自分の眼が明澄純粋であるのか、どのくらいのことを自分は束の間につかみうるか、自分の身上に刻印されたしわを元通り消し去りうるか否かを吟味することである」(ゲーテ、『イタリア紀行』)

 ここで総政の特徴の一つ、フィールド調査をとりあげましょう。上記の文豪ゲーテが旅路で記した文章はそのエッセンスを教えてくれます。何よりも自分の眼で見て、理解し、どうすればみんなが幸福に暮らせるか考える!

 具体的には二つのやり方がありますが、どちらが良いとは申せません。一つはまずフィールドに出かけ、気付いた事象を収集・分類・整理し、問題発見とともに仮説を立て、解決法を探る。仮に“ボトム・アップ型”あるいは“帰納型”と呼びましょう。初心者向きだとも言われますが、私自身はこのタイプの研究者に属します。

 もう一つは、事前に仮説をたてます。だから勉強が必要です(もちろん、ボトム・アップ型も事前勉強が必要です)。既存の理論や自ら考えた新理論から“仮説”を立てた上で、フィールドで検証するため証拠を探す。こちらは“トップ・ダウン型”あるいは“演繹型”です。

 私自身の経験を紹介しましょう。ある年、学部事務室から「学生さんが関西学院の歴史をフィールド・ツアーの形で学べないか?」と相談を受け、「創始者のランバス先生の事績から原田の森、上ケ原とめぐる旅ですね」と応えたのですが、そこで気付くのは肝心の私自身が何も知らないことです。

 そこでランバス先生が来日時どこに住んだのか? 開学の地である原田の森や上ケ原はどんな場所か? さらにそうした故地を結ぶ道筋や地域=旧西国街道武庫川流域を調べてから、現地を訪ねると先生が宿にされた神戸外国人居留地47番、当時のエウロッパホテル は「ニッケ神戸ビル」に変貌、一階にGucciが入っています。神戸栄光教会 では、牧師さんから先生遺愛の聖書等を紹介され、王子動物園でわずかに残る旧中等部レンガ壁の一部を拝見する、まるでNHKのブラタモリです。

 集まった資料を組み立てると、やがて外国人居留地を中心とした神戸のまちづくりと関学の歴史が浮かび上がります。関西学院が原田の森に誕生し、やがて上ケ原に移った理由、同時代に武庫川流域が大都市圏に変貌し、そこに阪急はどうかかわったか等、皆さんもわかってくるはずです。立派な都市研究ですね。

(以下、Part 2へ)

プロフィール


高畑由起夫
◆研究分野:生態学、自然人類学、霊長類学 ◆研究内容:主な研究対象はニホンザルやチンパンジー、ワオキツネザル等ですが、潮間帯の巻貝類や水生昆虫、カラス等も調べたことがあります。霊長類学の視点で、近縁...

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