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青べか物語にみるフィールドワーカーの苦悩と原罪:高畑ゼミの100冊#28

2020 5/15 総合政策学部の皆さんへ

 その昔、山本周五郎という文士がいました。Wikipediaでは「作風は時代小説、特に市井に生きる庶民や名も無き流れ者を描いた作品で本領を示す。また、伊達騒動に材を求めた『樅ノ木は残った』や、由井正雪を主人公とした『正雪記』などの歴史小説にも優れたものがある」とあります。本名清水三十六、1903年生まれで1967年死去、享年63歳。

 さて、山本が遺した作品のなかに『青べか物語』という逸品があります。文庫で出版している新潮社のHPでは「根戸川の下流にある浦粕という漁師町を訪れた私は、沖の百万坪と呼ばれる風景が気に入り、このうらぶれた町に住み着く。言葉巧みにボロ舟「青べか」を買わされ、やがて“蒸気河岸の先生”と呼ばれ、親しまれる。貧しく素朴だが、常識外れの狡猾さと愉快さを併せ持つ人々。その豊かな日々を、巧妙な筆致で描く自伝的小説の傑作」とあります。

 この“浦粕”とは、いまやTDL/TDRで日本はおろか、アジア一円に知られる浦安市です。あまりにもあからさまで、ほとんど匿名とは言えないぐらいですが、この「貧しく素朴だが、常識外れの狡猾さと愉快さを併せ持つ人々」を“巧妙”に描くことは、描かれた方々からすれば、あまり面白くないことかもしれない=これが今回のテーマであり、フィールドワークを志す方にはぜひ肝に銘じてほしいところなのです。

 調べてみたら、青べか物語はなんと『青空文庫』にはいっているのですね。以下の文章にご関心があれば、皆さん、ぜひ、ご照覧下さい。総合政策的視点でも、様々なインスピレーションをあたえてくるかもしれません(青空文庫『青べか物語』)。

 ちなみに、こうした「貧しく素朴だが、常識外れの狡猾さと愉快さを併せ持つ人々」を描いた傑作としてはほかにも後述するきだみのるの『気違い部落周游紀行』や、スタインベックの『キャナリー・ロウ』をあげておきましょう。あるいは、ツルゲーネフの『猟人日記』もあげておきたいところです。

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 さて、学生の皆さんは授業でフィールドワークを学び、いろんな場所で実践されるかもしれません。その際、覚えておいていただきたいことがあります。

 それは、フィールドワーカーが研究終了後に、応えなければいけない対象があることです。それは言うまでもなく、研究の対象とされた人々へのご報告です。人類学という業界ではすでに多くの批判がよせられていることですが、多くの研究報告や基づいた著作は先進国の言葉で書かれ、現地で情報を提供してくれたインフォーマントはおろか、現地の人々に読まれることさえ期待されていない、という状態が長年続きました。つまり、先進国あるいは知識階級による“情報”の搾取、独占です。

 イギリスの下層階級の子供たちを活写したポール・ウィリスの傑作『ハマータウンの野郎ども:学校への反抗・労働への順応』でも、“野郎ども”がウィリスの調査結果を眼にしたのか、文章だけでは読み取れません。したがって、一見、理想的な参与観察であるかのようなウィリスと彼らの関係も、旧来の“文明と未開”の構図とさして異ならないかもしれのです。

 あるいは、これは私自身の実見ではなく、他の方からの伝聞ですが、ある離島で訪れた学生の人がその島の良さをしきりに称揚していると、それを聞いていた島の人が静かに「では、あなたは、この島に住みますか?」とつぶやいたところ、その場が一気に凍り付いてしまった、とのことでした。余所者がどういおうと、そこでの暮らしについてはなかなかに言い尽くせぬ感慨と言い分があるはずです。

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 この点、描かれた人たちからの視線が絶えず基調低音として感じられ、さらには作者の含羞・とまどい・不安がさりげなく表されているのが、この『青べか物語』です。

 作中で“浦粕”と呼ばれる漁師町の細緻なルポルタージュとも言えるこの作品の後半で、作者は浦粕から脱出後8年目、ある作品の主人公、留さんに出くわします。すでに留さんの「頭があったかい」所業を小説に書いてしまった作者は当惑するのですが、当の留さんは「おら(その小説を)宝にするだ」と羞かみ笑いをうかべて去っていきます。

 そして、さらに20数年後、再び浦粕を訪れた作者はまるで“罰”を受けるかのように、町の誰もが自分を覚えていないことに直面して(読者とともに)とまどいます。この結末の背景に浮かぶ作者の表情には、フィールドワーカーが感じるある種の苦味に通じるものが漂っていたかもしれません。

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 同じような“罰”を被った例がきだみのるかもしれません。パリ大学で社会学・人類学を学んだ後、第二次大戦中から戦後にかけて一山村にすみついた彼が著した『気違い部落周遊紀行』はベストセラーになりますが、その内容は村人たちからの反感を買い、「地元では「気違い」扱いへの反撥が激しく、きだに鎌を振りかざして寺からの立ち退きを迫った」(Wikipedia)とのことです。

 さて、冨山百科文庫版のあとがきに、きだの子息である山田彝が印象的な話を記しています。この『紀行』の本文にも登場するカッシングという民族学者は、かつてネイティブ・アメリカンのズニを知るため、彼らとともに暮らす。ズニたちはカッシングを「彼らの心を完全に理解した人」として受け入れ、やがて彼を“弓の祭司”に任命する。それ以後、カッシングはズニのことを何一つ外へは語らなくなってしまう[きだみのる、1981:249]。

 この寓話めいたこの話が事実かどうかの詮索は、どうでもよいかもしれません。ただ、この話を聞かされたフィールドワーカーはふっとため息をつきます、できもせぬ理想を説かれた後でわが身を省みるように。

 20世紀を代表するフランスの知識人レヴェ=ストロースが説く“人類学者の祖”としてのルソーの原点に返るのならば、“我々”と“彼ら”の出会いによって、どちらも気がつかなかったものに気づき、それを共有することこそ望ましいことと言えるのかもしれません。

新入生の皆さんへ:「総合政策」を学ぶための気軽な課題図書 Part4:自然科学編

2018 8/30 新入生の皆さんへ

 自然や進化に関して、皆さんに推薦したい本と言えば、まず、C・ダーウィン『種の起源』をあげなければいけません。A・スミスの『国富論』やR・マルサスの『人口論』も同様、有名な割に読まれない本の筆頭と言われていますが、神を否定した彼は、いくら研究を進めても、進化にいかなる「目的」をも見いだせぬ切なさを、透徹した論理で展開します。

 あまりに近代的過ぎたダーウィンの真意は同時代の者にも、あるいはその後の人間にも必ずしも理解されないのですが、しかし、現在どんな分野であれ、「進化」を意識せずに議論することはできないでしょう。

 例えば、アメリカのノーベル文学賞受賞者J・スタインベックの『キャナリー・ロウ(日本語に訳すと『缶詰横町』)は、大学を中退して、海洋生物の標本や解剖用のネコ等を売りさばきながら暮らす孤独な海洋生物学者ドックを中心に、「パーティーをいかにしてもりあげるか」というモチーフが全巻展開する、「猛毒入りのシュークリーム」とも自評した不思議な(strange taste)小説ですが、主人公ドックの思想には進化論と、そこから派生してきたエコロジーに裏打ちされています。

  • 注1)ジョン・スタインベック:アメリカの小説家(1902~1968)。代表作に小説『怒りの葡萄』、『ハツカネズミと人間』等、1962年ノーベル文学賞受賞。なお、『キャナリー・ロウ』の主人公は実在の海洋生物学者のエド・リケッツで、二人は標本採集の旅行記『コルテスの海』を共同執筆もしています。
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     スタインベックらが活躍していた頃、「環境」はまだポピュラーな言葉ではありませんでした。しかし、地球も資源も無限ではなく、人の活動が環境に影響を与え、その影響がめぐりめぐって我々自身に不幸をもたらします。これが「地球環境問題」の本質なのです。

     そのことを最初に訴えた著作の一つが、R・カーソンの『沈黙の春』です。こうした流れは、1972年にローマクラブが発表した『成長の限界』、1992年にリオデジャネイロで開催された「環境と開発に関する国際連合会議」等につながっていきます。

    • 注2)レイチェル・ルイーズ・カーソン:アメリカの生物学者(1907~1964)。1962年に出版した『沈黙の春』で環境問題を提起した。
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       ところで、我々人間の活動が環境に与える影響には、二つの要因があります。一つは、我々が便利な生活を希求することで資源(とくにエネルギー資源)消費量が伸びること、そしてもう一つは我々自身の数が増える(=人口増加、あるいは人口爆発)ことです。

       それでは、人口がどのように増えてきたのか、あるいは減少していくか(すなわち、少子高齢化)、そしてそれにどう対応すべきか、R・マルサスの『人口論』以来、多数の書物が書かれてきましたが、とりあえず、日本列島の人口がどのように変化してきたのかを扱った本のなかで、とくに読みやすい文庫・新書の中から、速水融の『歴史人口学から見た日本』や鬼頭宏の『人口から読む日本の歴史』等をお薦めしたいと思います。

      • 注3)速水融:慶応義塾大学名誉教授、日本の歴史人口学の草分け(1929~)。
        ・鬼頭宏:上智大学教授、専攻は日本経済史、歴史人口学(1947~)。

       

翻訳についてPart5:英米文学におけるアフロ系アメリカ人の話し言葉をどう訳すべきか?

2018 8/25 総合政策学部の皆さんへ

 最近では“グローバリズム”という言葉を聞かぬ日もないぐらいですが、そこで一番用心すべきは“翻訳”、あるいは“通訳”かもしれません。気がつかぬうちに“フェイクな情報”を掴まされてしまうかもしれません、しかも“翻訳/通訳者”には悪意もなければ、自覚もないうちに。

 例えば、このブログでも以前(2011 6/22)「翻訳についてPart2誤訳編:“ポケットに蠅を”?、そして“ノルウェーのネズミ”とは?」で誤訳について論じました。たとえば、「ポケットに蝿を」という訳は、英語の“fly”を文脈から察するに「毛針」 のはずなので本当は「ポケットに毛針を」の意味であり、「ノルウェーのネズミ」とは“Norway rat”を本来の意味である「ドブネズミ」ではなく「ノルウェーのネズミ」と直訳してしまったことに由来します。

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 さて、本日扱うのはこうした明確な“誤訳”ではなく、もう少し微妙なニュアンス、例えば、「話し言葉」を訳する時の問題です。一例をあげると、一時期(今もそうかもしれませんが)アメリカ文学、とくに南部文学においてアフロ・アメリカンによる「話し言葉」を独特の“方言”っぽい言葉に訳するのが一般的でした。たとえば、マーク・トゥエインの傑作『ハックルベリー・フィンの冒険』(この作品からアメリカ文学が始まった、というのがノーベル賞作家E・ヘミングウェイの指摘ですが)で、ハックが逃亡してきた旧知の黒人奴隷ジムにばったり出会うシーンですが、ジムは(とっさに「死んだはずだから、幽霊に違いない」と思い込んだ)ハックに叫びます。

助けてくれ-お願えだ! おらは幽霊にわるさをしたこたあ一ペンだってねえだ。いつだって、死んだ人は好きだけん、死んだ人にはできる限り尽くしてきただ。おめえ様はもう一ぺん川さ戻りなされ、あそこがおめえ様のいなさるとこだ。このジムおんじいば、そっとしておいてつかわさい。いっつもおめえ様の仲良しだったでねえだか」(野崎孝訳『ハックルベリー・フィンの冒険』講談社文庫版)

 さて、このジムが話す(ハックの台詞の訳とは少し異なる)方言ともなんともつかぬ表現。これこそが、日本で英米文学を訳する時、黒人奴隷あるいはその出身者の口調を表そうと日本の翻訳者が使っていた表現です。正直に言えば、こうした文学表現を当たり前にうけとって育った僕らの世代は、こうした(ある意味、黒人奴隷と日本の方言話者双方に対する差別的とも言えかねない)言い回しになんの疑問も持たずに育ちました。

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 一方で、アメリカ育ちの文学者がこうした文章を眼にした時に、どう感じるのでしょうか? 以下、ちょっと長い引用ですが、アメリカ人の立場から日本の翻訳本の世界を論じたものです。

本論は日常的な経験とそれに対するささいな疑問から生まれたものである。数年前に筆者(ロング)がァメリカ映画の日本語吹き替え版で黒人の登場人物はみんな東北弁で話していることに気付いた。また、老人が登場すると人種に関係なく広島弁をしゃべる。こうした映画を見て、「なぜアフリカ系のアメリカ人は日本の東北弁を話すのか」、そしてなぜ人が年を取ると広島弁になってしまぅのか」と不思議に思った」(中略)

例えば、ある映画に登場する無教養の田舎者は原作で南部訛りの英語を話している。これは、「南部方言は無教養の田舎者が話す言葉である」と示唆している。日本語の方言に対するイメージを調べるためには、その方言がどういう登場人物に使われているかを調べればよい。日本語吹き替え版で、この無教養の田舎者は東北弁を使わされている。したがって、日本で「東北弁は無教養の田舎者が話す言葉である」というイメージがあることが分かる

こうした理由で使われる日本語の方言は象徴的なものであり、しかも方言の専門家ではなく、一般人のために使われているので、言語学的に正確な方言である必要はない。また、特定な方言である必要もない。むしろ、場合によって、人物の二つの特徴を表現するため、異なった方言特徴が混用されることすらある。今回の黒人老人が「老人語」と意識されている中国地方の方言と黒人の話し方として定着している東北弁の両方の特徴が混ざったセリフを使うのもこの例に当たる。今回扱った資料で東北方言が教養のない社会的に身分の低い人々のセリフ に使われていたので、東北方言が決して良い方に写っているとは言えない。これまでの方言意識研究でも、こうした方言イメージがたびたび取り上げられた。井上史雄(1989)のSD(意味微分)法による方言イメージ研究では、「東北弁」が若「い女性にふさわしくない」、「ぞんざい」、「悪いことば」、「乱暴」、「汚い」といった否定的な特徴と結ばれることが多かった。こうした傾向が、東京や札幌、京都の出身者の間だけではなく、東北出身者の間にさえ見られたのである」(ダニエル・ロング・朝日祥之「翻訳と方言:映画の吹き替え翻訳に見られる日米の方言観」『日本語学』1999)

 いかがでしょうか? 異国の言葉を“翻訳する”際に、そこにゆくりもなく自らの“偏見的解釈”が忍び込み、それが言葉を通じて読者に拡大再生産されていく過程がおわかりになるでしょうか? この引用文で最後に著者らは以下のように主張します。

方言差別をなくすためには、まず問題の実態を把握する必要がある。日本では、方言イメージ研究は長い歴史を持っており、そしてさまざまな方法論の利用によつて、研究対象を複数の側面から接近することができた。本稿で提案した研究方法によつて、社会の一般構成員が潜在的に抱いている方言一ステレオタイプの今まで見えてこなかった側面から把握することができると確信している

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 さて、他者の文学を翻訳する際に垣間見える自らの言語観・偏見・差別を考えることで、自らを省みましょう、というのが本日のストーリーということになりますが、それではどんなふうに訳せばよいのでしょうか? 2017年12月に出版されたばかりの柴田元幸訳による『ハックルベリー・フィンの冒険』の冒険では、さきほどのジムの台詞は以下のように書かれています。

いたい目にあわせないでくれ-たのむよ! おれユウレイにわるさしたこといっぺんもねえよ。おれいつだって死んだ人たちが好きだったし、できるだけのことはしてやったよ。あんたも川にもどってくれよ、あそこがあんたのいばしょだよ。このジムになにもしねえでくれよ、おれいつも、あんたのともだちだったろ」

 
 どうでしょうか? 「東北弁」のような「奴隷言葉」に訳すうちに、知らず知らずにハックとジムの関係をすり込まれていく、そんな翻訳の世界からまったく新しい言語感覚の世界にはいっていくべき時がきたのかもしれません。

新入生の皆さんへ:「総合政策」を学ぶための気軽な課題図書 Part3:“まつりごと”とは何か?

2018 7/28 総合政策学部の皆さんへ、とくに新入生の皆さんへ

 『基礎演習ハンドブック』初版から第6章 「総合政策」を学ぶための気軽な課題図書の復刻シリーズ、以下は“まつりごと”、すなわち“政策”に関する文献のご紹介です。

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 ローマ帝国から近代国家の誕生まで、ヨーロッパの政治史を楽しみながら、「国家や市民とは何か?」、「政治とはどんな芸術(ラテン語でアルテ=英語のアーツ)なのか?」を学ぶのに良い本として、イタリアの歴史家のI・モンタネッリらが執筆した『ローマの歴史』と『ルネサンスの歴史』をあげておきましょう。どちらも文庫本で読みやすく、お薦めです。きら星のような登場人物たちの中でもっとも印象的な人物は間違いなく、ローマ帝国の創設者ユリウス・カエサル(英語ではジュリアス・シーザー)でしょう。

来た、見た、勝った(Veni, Vidi, Vici)」(ラテン語の台詞ですが、きちんと頭韻を踏んでいる点にご注意)
賽(サイ)は投げられた(Alea jacta est)

等の卓抜なキャッチ・コピーで知られるこの「怪人物」は、「共和制」が行き詰まっていたローマを(民衆の支持を得ながら!)「君主制」で立て直そうと大奮闘します。その結果は、彼自身の著作『ガリア戦記』に活写されたガリア(現在の西ヨーロッパ)征服を通じて、「普遍性」という価値観をベースにヨーロッパに君臨する一大国際帝国(ローマ帝国)として結実します。

 この古代ローマ帝国、ローマ法によって皇帝の支配下、普遍的な掟によって支配される国際帝国こそが、現在のEUの基本かもしれません。例えば、カエサルはブリテン島にも上陸しますが、その結果、ローマ帝国は5世紀まで、現在のイギリスを支配します(「だからと言って、イギリスはEU離脱をすべきでない」と主張する気はありませんが)。もっとも、現在のEUは古代ローマ帝国の支配地からかなりはみ出しています(「だからと言って、EUは拡大し過ぎて、内部に矛盾を抱え込みすぎている」と主張する気もありませんが)。

 しかし、「共和制と君主制のいずれの政体を採るべきか?」 この悩みは周囲の人々、同輩のポンペイウスとクラッスス、敵対者の小カトー、哲学者キケロ、暗殺者ブルータス等々を次々に巻き込み、ほぼ全員を非業の死に導いたにとどまらず、彼の覇業の1500年後には、本来は「共和派」であるはずの政治思想家N・マキャヴェッリに『君主論』を執筆させ、さらにはイギリスの劇作家W・シェイクスピアに政治劇『ジュリアス・シーザー』を書かせるほどです。

  • 注1)『ローマ人の物語』:『ローマの歴史』は、歴史作家塩野七生の『ローマ人の物語』にほぼ時代が重なります。同じ登場人物についての評価が、両者で微妙に異なったり、この二つを読み比べるのも楽しみです。
  • 注2)ユリウス・カエサル:古代ローマの共和政末期に活躍した政治家・軍人ガイウス・ユリウス・カエサル(前100~前44年)。終身独裁官時に暗殺されたが、事実上の帝政を開始。『ガリア戦記』はガリア征服についての自筆の記録。

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 ところで、『ルネサンスの歴史』の登場人物でもあるフィレンツェのノン・キャリア官僚のマキャヴェッリは、こんな風に語ります。

「(君主は)人に恐れられるよりも愛せられる方が良いのか、反対に、愛されるよりも恐れられる方が良いのか。私は両方ともであって欲しい、と言うであろう。しかし、同一人で二人とも兼ねることは難しいから、両者のうちいずれかをえらばねばならぬとしたら、愛されるよりも恐れられる方がむしろはるかに安全であろう。それは、人間は恩知らずで、多弁で、臆病で、吝嗇であると一般にいうことができるから」(『君主論』第17章)。

 そのマキアヴェリ本人は(当時四分五裂していた)イタリア統一を実現するためにはたとえ悪魔とでも手を結ぼうという愛国者であり、一般に誤解されているような権謀術数家、いわゆる「マキャヴェリスト」ではありません。一方、彼の年下の友人、法王庁のキャリア官僚F・グィッチャルディー二が、自分の子孫のために書き残した『リコルディ』(邦訳の題名は『フィレンツェ名門貴族の処世術』)こそ、自らの「個別利害」を第一とする現実主義者(真のマキャヴェリスト)の独白と言われています。次の文章は、権力者に取り入ろうとしながらも、というよりもむしろそれゆえにこそ、権力者を冷たく見すえる彼の真骨頂です。

権勢ならぶものがなく、また賢君の誉れも比肩するもののなかったアラゴンのフェルデナンド・カトリック王が、なにか新しい仕事をやろうとしたり、あるいは非常に重要な決定を下そうとしたとき、王みずから自分の考えを公にする以前に、宮廷および人民全体が「王はまさにこれこれの事業をしなければならない」と声を大にして熱望するようにし向けていたのに、私は気付いたものである。こうして王の立場が一般に待望され要求されるようになってはじめて、自分の考えを公にしたわけである」(『リコルディC』80節)

 マキアヴェリ同様、グイッチャルディー二の台詞もまた多くの人たちに「身も蓋もない」という印象を与えるようですが、同時に、自分の時代を生きる上で多くのヒントにあふれてもいます(右の言葉も、どこかの政治家に聞かせたいものです)。同様に、シェイクスピアの『ジュリアス・シーザー』では、自分のボスであるカエサルを暗殺したばかりの政治的敵対者ブルータスに敬意を表しながら、舌先三寸で民衆を扇動、形勢を一変させて、「高潔の士」ブルータスにとどめの一撃を加えるマーク・アントニーの弁論術の冴えに、観客/読者はただ感歎するほかありません。同じシェイクスピアの歴史劇『リチャード三世』もまた、政治的権力者の悪の魅力を存分にまき散らす作品です。

 こうした権力の魔力・魅力については、できればフランスの劇作家A・ジャリの『ユビュ王』、そして同じフランスのノーベル賞作家、A・カミュの戯曲『カリギュラ』等もご覧いただきたいところです。

  • 注3)マキャヴェッリ:ルネサンス期のイタリア、フィレンツェの官僚・政治思想家ニッコロ・マキャヴェッリ(1469~1527)。著作に『君主論』、『ティトゥス・リウィウスの最初の十巻についての論考』等。現実主義的視点で政治を論じたが、しばしば権謀術数家と誤解されています。
  • 注4)グイッチアルディーニ:フィレンツェ出身の法王庁官僚・政治家・歴史家のフランチェスコ・グイッチアルディーニ(1483~1540)。教皇軍副将を勤めてから、トスカナ公国のコジモ1世に仕えるが、失脚、歴史書として『イタリア史』等を執筆。『リコルディ』は子孫に読み聞かせるために私的に書き残した処世訓の覚え書き。
  • 注5)フェルデナンド・カトリック王:アラゴン王フェルナンド2世(1452~1516)。カスティーリャ女王イザベル1世と結婚・共同統治、カスティーリャ王としては5世。スペインの経営に辣腕をふるい、孫のカルロス1世(神聖ローマ皇帝としてはカール5世)に継承します。

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 それでは、我々個人はどんな生き方をすべきでしょうか? ルイ14世による絶対王政出現を目前にして、大宰相マザランに逆らってもろくも敗北したフランスの大貴族ラ・ロシュフーコー公爵は、フロンドの乱に青春のすべてを消耗しつくした自らの人生を振り返り、『箴言集』を編みます。読者の多くを不快感に誘うこの本は、まさに左の箴言で始まります。

われわれの美徳は、ほとんどの場合、偽装した悪徳に過ぎない

 しかし、別の日には、かつての戦友達を想ってか、彼はこうも書き記します。

友を疑うのは友に欺かれるよりも恥ずかしいことだ

『箴言集』の原題を直訳すると、『人間考察もしくは処世訓と箴言』とのことですが(『箴言集』翻訳者による解説)、この書は先ほど触れた『君主論』と並んで、人間の美徳と悪徳を論じることで、古来毀誉褒貶の的となってきた問題作なのです。

  • 注6)マザランとフロンドの乱:ジュール・マザラン(1602~1661)はイタリア生まれのフランス王国の政治家・枢機卿。幼少のルイ14世を補佐して絶対王政を確立します。フロンドの乱(1648~53)は、彼の政策に対する貴族の反乱ですが、最終的には屈服させることに成功。ロシュフコーは大貴族としての名誉を賭けてマザランに対抗するも、敗れ去るのです。

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 一方、日本の英文学者家夏目金之助は19世紀から20世紀の変わり目にロンドンに留学中、自分が研究している英文学とは何か? という疑問にとらわれ、やがて「それを考えている自分は誰か?」、そして「自分にとって日本とは何か?」に気付きます。そこで「知識の内発性」に思い至った彼は、「個人主義」に目覚めたのです。この過程で小説家夏目漱石に変身した孤独な知性は、学習院での講演記録『私の個人主義』で、明治という日本が近代化にむかって突っ走った変革期において、個人はどう生きるべきか模索した道筋を物静かに語りきかせます。

 その一方で、「近代」は否応もなく進みます。そして、その途上、ヨーロッパのプロテスタントの一部に、資本主義的精神が生じた経緯を分析したのがマックス・ヴェーバーです。彼の『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』の末尾には以下の言葉が見えます。

「(ヨーロッパの)近代資本主義の精神の、いやそれのみでなく、近代文化の本質的構成要素の一つと言うべき天職理念を土台とした合理的生活態度は―この論考はこのことを証明しようとしてきたのだが―キリスト教的禁欲の精神から生まれ出たのだった」(岩波文庫版363~364頁)

 もしさらに余裕があれば、ヴェーバーが資料として使ったB・フランクリンの自伝もひもとかれると、何故、21世紀の我々が「時間」というものを絶えず意識せざるを得ないか、自問するはずです。そんな時には、M・エンデ作の「時間泥棒」が登場する物語『モモ』をあらためて読んで下さい。一方、資本主義の受容も含めて、日本の近代化について、自らの経験を飽くことなく語る福沢諭吉の『福翁自伝』もまた皆さんにお勧めです。

  • 注7)マックス・ヴェーバー:ドイツの社会学者・経済学者(1864~1920)。宗教社会学、比較文明・経済史等で大きな影響を与え続けています。他の著作に『職業としての学問』『職業としての政治』、『宗教社会学論集』等。
  • 注8)ベンジャミン・フランクリン:アメリカ合衆国の政治家、外交官、著述家、科学者(1706~1790)。植民地時代から独立戦争にかけて、合衆国の精神的支柱になったとも言える人物。各方面に多大な貢献を残すが、その自伝はWASP(ホワイト・アングロ・サクソン・プロテスタント)の理想である勤勉、合理主義等を推奨して、ヴェーバーの経済史研究の資料となっています

新入生の皆さんへ:「総合政策」を学ぶための気軽な課題図書 Part2:“経済”を学ぶには?

2018 7/21 総合政策学部の皆さんへ、とくに新入生の皆さんへ

 『基礎演習ハンドブック』初版から第6章 「総合政策」を学ぶための気軽な課題図書の復刻シリーズ、以下は“経済”について、主に亀田啓悟先生がお書きになった「経済」についてのご紹介です。

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 生きた経済を学ぶのに、「経済小説」を読むことも一興です。2007年に亡くなった城山三郎はこの分野の先駆者ですが、『男子の本懐』は昭和恐慌以後の経済政策、特に金本位制への回帰を目指す井上準之助と浜口雄幸の物語で、「政策とは何か?」を考えさせられる政治経済小説です。第二次大戦に向かっていく日本の空気もよく描かれています。ただし、経済の基礎知識を知らないと、この作品の醍醐味が伝わらない恐れもあるかもしれません。

 また、『落日燃ゆ』は第二次大戦後の東京裁判で、A級戦犯のうち唯一人文官で処刑された広田弘毅の話です。戦争に反対しながら、文官の誰かは責任を取らねばならないという理由で自ら死を選んだ広田ですが、戦勝国・敗戦国という概念について再考させられた記憶があります。また靖国問題等を考える上でも、一読の価値があると思います。

  • 註1:城山三郎:名古屋出身の小説家(1927~2007)。一時期大学で経済学の教員も勤めましたが、小説家に専念。経済小説ならびに伝記小説を得意としていました。
  • 註2:広田弘毅:外交官・政治家(1878~1948)。戦前総理大臣を務めるが、東京裁判でA級戦犯として有罪、処刑されました。

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 次は、高杉良の『小説日本興業銀行』です。敗戦後の復興金融金庫の時代から高度経済成長までの日本経済を、「財界の鞍馬天狗」こと中山素平を主人公に、日本興業銀行(現みずほフィナンシャルグループ)の視点からみた経済小説です。

 復金インフレの混乱から日本経済が立ち直り、所得倍増を達成する頃までが描かれています。海運再編(1962)、昭和四〇年不況と日銀特融(1965)、自動車メーカーの日産とプリンスの合併(1966)、新日鉄の誕生(1970)等、戦後の産業政策を勉強するためには、まず、この小説を読むほうが早いかもしれません。

  • 註3:高杉良:東京出身の小説家(1939~)。業界紙編集長から参加に転じ、ビジネスマン小説のジャンルを開拓。
  • 註4:中山素平:銀行家・財界人(1906~2005)。日本興業銀行頭取や経済同友会代表幹事を歴任。
  • 註5:復金インフレ:1947年頃、全額政府出資の復興金融金庫が、重工業に資金と資材を重点的に投入〈傾斜生産方式〉しました。この際、財源を日本銀行直接引き受けの債券発行に頼ったため、通貨の増発を招き、インフレーションが生じました。
  • 註6:所得倍増:1960年に池田勇人内閣の下で策定された所得倍増計画では、10年間に国民総生産を26兆円に倍増させることを目標に掲げ、その後の経済の驚異的成長をもたらしました。

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 ついで、NHKスペシャル・ワーキングプア取材班『ワーキングプア』を推薦します。この問題をおそらく最初に取り上げた話題作です。職を持ちながら生活保護水準以下の所得しかない、ワーキングプアの実態がリアルに描かれています。

ただこの本だけを読むと、「構造改革は格差を生んだ→構造改革は悪だ」という短絡的な意見にとびついてしまう怖れもあります。

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 一方、ビジネス・リサーチについて、実践例を教えてくれるのはF・フォーサイス作の1970年代のベストセラー小説『戦争の犬たち』かもしれません。

 得体も知れない依頼主から、アフリカの小国でのクーデターを持ちかけられた傭兵あがりの主人公、キャット・シャノンが現地に乗り込み、小なりとは言え、一国の転覆を謀るべく、種々のリサーチをしながら綿密に計画をねりあげていく様は、(その後の計画実行時の微に入り、細をうがつ描写でも)まさにビジネスパーソンの鏡とでも言うべきでしょう。

  • 註7:F・フォーサイス(Frederick Forsyth):イギリス生れの作家(1938~)。主な作品に『ジャッカルの日』、『オデッサファイル』、『悪魔の選択』。

新入生の皆さんへ:「総合政策」を学ぶための気軽な課題図書 Part1:いかに生きるべきか?

2018 7/8 総合政策学部の皆さんへ、とくに新入生の皆さんへ

 『基礎演習ハンドブック』初版から、『改訂版』では削除された第6章「「総合政策」を学ぶための気軽な課題図書」の復刻シリーズです。この章は先生方からみなさんへ、「教養=生きる力」を身に付けるのにふさわしい本をご紹介して頂いたものです。

 それでは、まず、渡部律子先生がお書きになった「生きるとはどういうことなのか?」から始めましょう。

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 「生きる」とは? 辛くてどうしたらいいか分からない、自分の理解を超えるできごとに出会ってしまった、知識や経験では対処が困難だ、そんな時、以下の書物がいろんなヒントを与えてくれると思います。

 まず、田辺聖子をとりあげましょう。少女小説作家としてデビュー後、「中間小説」と呼ばれる読みやすい本で、特に女性に人気を博している作家です。その一方で、古典を現代人にわかりやすく解説・紹介した大きな功績があります。例えば、『新源氏物語』では、(現在のように)女性が一人で強く生きていく姿や高齢者がおしゃれに元気に生きていく姿をクローズアップして描くなど、先見の明がある作家です。田辺さんご自身の生き方にも学ぶところが多く、自伝的小説『楽天少女通ります』には、封建的な社会で女性がどのように生きていたか? 家族はどんな機能を果たしていたか? 上手に描写しています。

 次は向田邦子で、1981年に突然の飛行機事故で亡くなった後も、数々の作品が映像化され、語り継がれるほど、表現力に優れていた書き手です。とくに、戦前の家族像と不器用な父親像を表現した『父の詫び状』、微妙な男女の関係を描く『あ・うん』、愛や嫉妬という複雑な感情を表現した『阿修羅のごとく』では、日常の細かな、かつ正確な描写が登場人物の感情を表現して、非言語コミュニケーションがどんな効果をもつのかよくわかります。エッセイの書き方だけでなく、「昭和」という時代を学ぶのにも適した作品をいくつも残しています。

  • 注1)田辺聖子:大阪生まれの小説家(1928~)。1964年に『感傷旅行』で芥川賞受賞。小説やエッセイ多数。
  • 注2)向田邦子:東京都出身の脚本家、エッセイスト、小説家(1929~1981)。1980年直木賞を受賞、1981年台湾で航空事故に遭い死亡。
  • 注3)非言語コミュニケーション: ノン・バーバル・コミュニケーションとも言います。言葉以外のコミュニケーションの総称です。表情、身振り、距離、髪型・服装・装飾品・化粧・香水等、メッセージ性をおびるものはすべて含まれるとも言えます。

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 時代を学ぶと言えば、芹沢光治良の大作『人間の運命』では、読者が全三巻における主人公の成長を追体験できます。著者の自伝的要素をも含む明治・大正・昭和の三時代にまたがって、生きる意味、差別を深く考えさせてくれます。さらに、「両親の生き方を子どもがどのような目で捉えるのか?」、「貧困がどのような影響を子どもに与えるのか?」などを課題として突きつけます。

 遠藤周作も感慨深い作品を残した作家です。『狐狸庵閑話』等の軽いエッセイ集で人気を博しましたが、純文学の『沈黙』では江戸時代のキリスト教徒弾圧をテーマに、人間の強さと弱さ、宗教の力等を扱い、高い評価を受けています。

 歴史小説では池波正太郎の代表作『鬼平犯科帳』はドラマでもよく知られています。このシリーズは江戸文化に興味がある人にお勧めです。食通としても有名で、食文化に興味のある人は『食卓の情景』、『剣客商売』はいかがでしょうか?

  • 注4)芹沢光治良:静岡県出身の小説家(1896~1993)。戦前に農商務省を辞職、フランスに留学。代表作に、ノーベル文学賞候補にもなった『巴里に死す』や『人間の運命』等があります。
  • 注5)遠藤周作:東京都出身の小説家(1923~1996)。1995年『白い人』で芥川賞受賞。ユーモア小説と同時に、カトリック信仰をベースにした作品を執筆。
  • 注6)池波正太郎:東京都出身の劇作家・時代小説家(1923~1990)。1960年『錯乱』で直木賞受賞。食通・映画評論家としても有名。

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 少し話題を変えて、A・ピーズ&B・ピーズ『話を聞かない男、地図が読めない女―男脳・女脳が「謎」を解く』は、日本だけでも200万部を売り上げたベストセラーです。女性と男性の思考や行動パターンの違いを、3年間かけて専門家や専門書から取材した本です。「男性は××である」、「女性は○○である」等のステレオタイプで偏った見方は危険ですが、そんな危険性をわきまえておけば、男女の基本的な違いを理解するのに役立ちます。また、同じような男女差を言語学的に分析した本に『You Just Don’t Understand: Women and Men in Conversation』(Deborah Tannen著)があります。男女の会話スタイルを分析して、それぞれ強調する点がどのように違うか論じています。英語にチャレンジしてみたい人はぜひお読み下さい。

 次に、病気や健康について。N・カズンズの『笑いと治癒力』は著者自身の体験記です。原題は翻訳とはかなり違い、『Anatomy of an Illness as Perceived by The Patient: Reflections on Healing and Regeneration』といいます。ニューヨークイブニングポスト編集長時代に膠原病が発症した時に経験した医療システムの問題点と、病気の回復に有効な要素としての「ユーモア・笑い」の効用をいち早く指摘しました。最近では笑いの効用が知られてきましたが、そのルーツと言っても過言ではなく、神経生理心理学(neurophysio psychology)と呼ばれる新しい研究領域になりました。彼のもう一つの作品『ヘッド・ファースト』は、UCLAの医学部に移ってから、心筋梗塞を伴う発作に見舞われて、患者が病気の症状コントロールにどれだけの力を発揮できるかについて書いた本です。

 最後に、実存主義心理学者のR・メイは『生きる勇気』で、「勇気は決して特殊なものではなく、日々の生活で様々な選択、決断、コミットメントをすることにある」と主張します。一見、難しくてとっつきにくい本のように思われるかもしれませんが、多くの学びが得られる本です。そのほか、同じ著者の『失われし自己を求めて』も読んで欲しいと思います。

  • 注7)ノーマン・カズンズ(Norman Cousins):アメリカのジャーナリスト・作家(1915~1990)。被爆者への支援でも知られています。
  • 注8)膠原病(こうげんびょう):慢性的に発熱・倦怠感・関節痛等を示す症候群。自己免疫疾患の可能性が考えられているが、完全には解明されていない。

(to be continued)

キプロスにとって、国王ジャック2世の嫁選び=配偶者選択は良い結果をもたらしたのか? 『ルネサンスの女たち』補遺

2018 1/20 総合政策学部の皆さんへ

 タイトルを目にして、「あの話か」と気付いた方には「西洋史の素養が十分にお持ちの方」と認定したいところですが、塩野七生の出世作『ルネサンスの女たち』の中で、もっとも主体性に乏しい印象が漂う“ベネツィア女”のカテリーナ・コルナーロにまつわるストーリーです。

 カテリーナの夫、キプロス王ジャック2世はカテリーナとの婚姻で強国ヴェネツィアからのバックアップを期待しますが、1年にも満たない新婚生活のあとで急死します。生まれた男子ジャック3世も1歳で死んだあと、カテリーナは数奇な運命に翻弄されていきます。結局のところ、キプロスはヴェネツィアに植民地として併合されるという亡国への道を歩みます。

 ところで、こうした“王様”の配偶者選択の妙手が、皆さんよくご存じのハプスブルグ家、婚姻による領土獲得に邁進し、「戦争は他家に任せておけ。幸いなオーストリアよ、汝は結婚せよ」と詠われます。が、その話はあとにとっておいて・・・・

 さて、ジャック2世(1438/39/40~1473)に話を戻して、彼はキプロス王、名目上のエルサレム王、キリキア・アルメニア王(在位1464~1473)を兼ね、あだなを私生児ジャック(Jacques le bâtard)。ここからおわかりのように、先王ジャン2世が愛妾マリエット・ド・パトラに産ませた庶子です。そのためか、Wikipediaでも生年が1438~1440とはっきりしません。キリスト教社会では、嫡出子(=カトリックの教義における七つの秘蹟の一つ、婚姻の秘跡に祝福された正妻から生まれた子供)以外は、正式な相続はできない=「たてまえ」になっています。

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 この庶子は、しかし、父親ジャン2世はかわいがられます。といっても、王としてのたてまえ上、王位につけるわけにはいかず、「1456年には16歳のジャックにニコシア大司教の聖職」を授けます。「お前は俗界での出世を望めぬ以上、聖界の上位で満足してくれ」というわけです。一方で、ジャン2世の正妻エレニ・パレオロギナ(姓からわかるとおり、東ローマ皇帝パレオロガス家出身、皇帝ヨハネス8世の姪)には憎まれ、「母マリエットは王妃に鼻を削がれるなど、迫害を受けた」とのことです。まるで絵に描くような王家の家族内対立です。

 ところで、正妻エレニには嫡出子であるが、娘のシャルロット・ド・リュジニャンがいました。ジャックにとっては異母妹にあたります。ここキプロスでは、女性が王位を継げないサリカ法典があるゲルマン民族と違い、ジャン2世の死後、14歳のシャルロットが王位を継ぐことになります。しかし、その治世は「最初から困難な状況に置かれた。後ろ楯が無く幼い女性統治者の王位の正統性は、王位を狙う庶兄のニコシア大司教ジャックからの挑戦を受けた。1459年10月4日、シャルロットは従兄にあたるジュネーヴ伯ルイ・ド・サヴォワと再婚した。この縁組は、大司教派と争うシャルロット女王派への支持を約束したジェノヴァ共和国がお膳立てしたものだった」(Wikipedia)。

 しかし、「1460年、エジプト・マムルーク朝のスルタン・アシュラフ・イーナールの支援を受けた大司教ジャックの軍勢は、ファマグスタおよびニコシアの制圧に成功した。シャルロットは夫ルイとともに続く3年間、キレニア城での籠城を余儀なくされた。女王夫妻は1463年に城を出てローマに亡命し、大司教がジャック2世として王位に就いた」(Wikipedia)。ここまで出てきた外国権力は東ローマジェノバ、そしてマムルーク朝を数え、この小国キプロスがその地政学的位置によって他国の勢力のバランスの上にかろうじてなりたっていることを示唆させます。

 ということで、本日のテーマは、(1)有力国の影響に苛まされる小国の運命、(2)女性が王権をつげるかどうかという男女同権の話(法的には、サリカ法典的解釈の妥当性)、(3)嫡出子と非嫡出子の関係(財産相続と管理権)、それに(4)小国ゆえの合従連衡を図れば、どこから配偶者を迎えるかという婚姻政策もからんで、思いのほか複雑だと思っていただければ幸いです。

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 そこでジャック2世が頼ったのは、もう一つの有力国、ヴェネツィア共和国というわけです。もちろん、婚姻政策=政略結婚です。ヴェネツイアからの援助をあてこみ、1468年7月30日に14歳のヴェネツィア門閥貴族の娘カタリーナ・コルナーロと代理結婚式を挙げたあと、4年も待たせてから、1472年にキプロスのファマグスタにおいて正式の婚礼をあげます。

 このあたりの呼吸はわかりますか? 異母兄妹間の嫡出性をめぐる争いが(当然、政治と宗教と文化がからまっています)、ジェノバとヴェネツィアという当時イタリアの2大海洋王国の“代理戦争”の様態に変化していくわけです。もちろん、両海洋王国にとって、キプロスは通商上、重要な拠点になりうる。そこには、後年の“民族国家”の概念はみじんもなく、そこに生きている人たちの意思を確認する気さえない、わけです(一方に肩入れするにも、“金”がかかるわけで、当然、その見返りを考えないわけはない)。

 そして、結婚の数か月後、1473年にジャック2世はなんと急死してします。「一説によると、彼の死はヴェネツィア共和国のスパイ(おそらくカタリーナの叔父)による毒殺だった疑いがある」(Wikipedia)。あっと驚くべき展開なのですが、ジャックの死がヴェネツイアの陰謀であるかどうかは別にして、残された新婦カテリーナが妊娠中であることを奇貨として、ヴェネツィアはカテリーナの権力維持に腐心します(すでに、あわよくばこのままキプロス乗っ取りをめざしていたにちがいありません)。せっかく生まれたジャック3世ですが、こちらも戴冠して1年後に幼くして死にます。すると今度はカテリーナを女王の座につけて、陰謀をはりめぐらします。そのあたりは、是非、『ルネサンスの女たち』をご覧下さい。

 こうした一連の(昼ドラさながらの)過程を経て、カタリーナは1474~1489年にかけて女王として治めたのち、故国ヴェネツイアに王国を譲渡する形でキプロスを去ります。「2月14日に、黒いドレスをまとった女王は男爵や侍女らに付き添われつつ、馬に乗って王宮を離れた。6名の騎士が女王の騎馬の手綱をとっていた。王都ニコシアを去るときの女王の目には涙が溢れていた。すべての民草が女王との別れを惜しんで嘆き悲しんだ」(Wikipeida;原文はThe chronicle of George Boustronios, 1456-1489)。

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 よかれと思って実行した政略結婚が、かえって故国の主権を失う事態を招く。これはデーン人の侵略に耐えかねて、ノルマンディー公国との婚姻政策をすすめながら、それが1066年のノルマン・コンクエストの遠因となってしまうイングランド王エゼルレッド2世無思慮王にも比すべき政治的失敗かもしれません。

文化の消費者か、文化の創造者か?:研究者についてPart2

2017 10/5 総合政策学部の皆さんへ

 さて、研究者について、再び永井隆博士の『ロザリオの鎖』です。あらためてページをめくれば、研究者の端くれとしては「泣ける話」ばかりです。例えば、ある日、裕福な友人宅を訪ねた永井夫妻は家に帰ると、言葉を交わします。

「東山さんのおうち立派なものですね、あんなのを文化生活というのでしょう」妻がアッパッパに着替えながらしみじみいう。
「うん、文化生活だ」
「あんな生活、私らには一生かかってもできませんわ」
「あれはぼくらに縁のない文化生活だ、東山さんのは文化を享楽する生活だよ、東山さんたちは文化の消費者なんだ」
「では――わたしたちのは?」
「文化を創作する生活だ、ぼくたちは文化の生産者なんだよ」
「――ほんとに、そうだわ」
 妻は急にほがらかになって、ミシンをコトコトふみはじめた。ぼくは刑務所製の机に向かい、ラウェ斑点の計画に取りかかる――文化の生産工場、六畳の間に、肌脱ぎ向こうはちまきの原子医学者と、アッパッパのデザイナーが脳に汗をかきながら働いている――
――その妻も死に、六畳の間も机も焼け、焼け跡のバラックに戦災者毛布にくるまり廃人の身を横たえているいまの私だ。こんなザマでありながら、私はやはり文化人だと自ら信じている。それは毎日論文を書き続けているからである」

 第2次世界大戦中の軍医としての従軍等で、医者としてレントゲンを浴びすぎ、すでに白血病で余命3年と宣告された永井博士が、自分よりは長生きして子どもたちを見てくれるだろうと思っていた妻を原爆でなくし、自らも被爆したため、もはや身動きできない状態になっても「書き続ける」。研究者としての“業(ごう)”です、としか言いようがありません。

 皆さんはどうですか? 近代文明の消費者か? それとも創造者か? 歩きスマホをしている人たちを見かけると、これが“創造”に結びついて欲しいけれど、しかし、ひたすら消費するだけではないのか、とついつい我にあらず想わないわけではありません。

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 さて、消費者でなければ、よいのか? そんなわけにもいかない、というのが本日のテーマかもしれません。

 というのも、アントン・チェーホフの『退屈な話』にも、また少しニュアンスが異なる表現がでてきます。それは、主人公の「私」ことニコライ・ステパーノヴィッチ某名誉教授が、解剖助手のピョートル・イグナーチエヴィッチを評していう言葉です。

これは勤勉で慎ましいが才能に欠けた男で、35歳でもう頭が禿げ、腹が出ている。この男は朝から晩まで働き、たくさんの本を読み、読んだことを完璧に記憶している-その点では人間離れをした貴重品のような存在だが、そのほかの点では駄馬というか、いわゆる専門馬鹿である。駄馬と才人との特徴的な相違は、前者の視野が狭く、専門の領域内にとらわれていることで、専門外のこととなると、この男は赤ん坊のように無邪気なのだ

 皆さんも、総合政策学部の学生である限り、このようなことはあってはいけません、ということは意識していて下さいね。

この男の将来は私にははっきり見える。この男は死ぬまでに、異常なほどみごとな数百の標本を整備し、無味乾燥で几帳面な多くのレポートを書き、何十点かの良心的な翻訳をするだろうが、目のさめるようなことは何一つ考え出さないだろう

 そして、名誉教授はこう断罪を下します(研究者の世界では、もはやギロチンにかけたようなものです)。

「要約すれば、この男は学問の主人ではなく使用人なのである

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 もっとも、『キャナリー・ロウ』のドックならば、「せめて、学問の“愛人”にとどめてくれないか」とつぶやくあたりではないでしょうか? ということで、本日のテーマは、皆さんにはくれぐれも「学問の主人、あるいは愛人」になるように「勉強してください」ということにほかなりません。
to be continued・・・・・

研究者はけちんぼか?:研究者についてPart1

2017 9/9 総合政策学部の皆さんへ

 皆さんが「ちょっと変わったタイトルだな」と思われたら、それは私の術策に嵌ったのかもしれません。

 その昔、大学に入学する前に、“研究者”への私の個人的イメージを決定的にした書物を3つあげましょう。

 まず、小学校の頃にまったくたまたま目にした永井隆博士の『ロザリオの鎖』、そして中学の頃に読んだアントン・チェーホフの『退屈な話』に登場の名誉教授ニコライ・ステパーノヴィッチ某、そして高校の時に触れたスタインベックの『キャナリー・ロウ』のための試作品とでも言うべき『蛇』のフィリプス博士(名前こそ違えど、まぎれもなく“ドック”の青年時代)の3つです。

 こう並べれば、見事なまでに衆人の記憶にあまりのぼらない人たちばかり、“ドック”など自然科学界では“超”がつくぐらいのマイナーな存在かもしれません。そこで、どうしたわけで影響をうけたのか、これが本日のテーマです。。

 さて、「研究者とはけちんぼか?」というタイトルは、明治41年、松江市に医師の子として生まれ、長崎医科大学を昭和7年卒業、物理的療法科で放射線療法を研究中、昭和20年、原子爆弾により被爆、糟糠の妻もなくし、二人の子供をかかえながら昭和21年教授に昇進するも、白血病に倒れ、昭和26年5月1日永眠(享年43歳)の永井博士が戦後の病床で綴った『ロザリオの鎖』の中からの抜粋です。

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 それにしても、「研究者はけちんぼか?」、永井博士はこのように切りだします。

けちんぼは世の人からつまはじきにされる。
 このごろは主食の値が高くなって、農家のふところには紙幣がどんどん流れ込み、一尺祝いというものをやるそうな。百円札を重ねて一尺の高さになったら家内集まって大祝いをやるという。(略)
 一尺祝いが悪いといいうのではない。問題はそれをどんなに使うのかにある。どしどし公共事業に出すのなら偉い。貧乏人に与えるのなら感心だ。
 しかし苦労してためたものを、おいそれと出したがらぬのは人情だ。貸して欲しけりゃ頭を下げて来い。中学校へ寄付してもらいたけりゃ、その代わりに委員に選挙しておくれ。・・・こんなけちんぼは世の人から爪はじきにされる。

 ところが世の人から少しも爪はじきされないけちんぼがたくさんいる。それがけちんぼとは知られていないから、爪はじきにされぬどころか、偉い人だと世の人から尊敬されている。国家からも相当の待遇を受けている。

  そのけちんぼとは学者である。
 大学教授、研究所員、工場技師、蔵書家、名人、家元などという連中の中にいる知恵のけちんぼである。
 「この問題はあの先生に聞かねばわからない」
  「彼は門外不出の古文書を持っている」
  「彼の急死によって、この技術の秘密は墓に埋められた」
  こんな話題の主はみんな学会のけちんぼである。知的財の守銭奴である。

 斯界の権威を以て自らを任じ、象牙の塔にこもて庶民を見くだし、我が国の知的水準の低いのは慨嘆に耐えぬなどと高言している者。特殊な発明を完成しながら、その機密を容易に発表したがらぬ者。学問の切り売りはしないなどと称してことさらに民衆教育をいとう者。そんな連中が現代いかに尊敬されているのであろうか?

 なるほど彼らがその知的財を頭脳に蓄積するまでにはなみなみならぬ苦労があったであろう。農夫が粒々辛苦する以上の辛苦であった。しかもその辛苦はもともと人類文化の進歩のためになされたのではなかった? おそらく彼らといえども髪黒く歯白く、血の赤かった青春のころから知的守銭奴を志望して勉強を始めたのではあるまい。勉強の成果として知的財を頭蓋骨の倉におさめたとたん、欲がでたのであろう。権威欲、名誉欲、優越欲、それからその知的財を資本に一儲けしようとする物欲などが、髪白く歯黒く血の青くなった赤はげ頭の中に燃え上がったのである。
 しかも彼らは朝飯の後で新聞を読みながら、農夫の一尺祝いを憎みかつあざけるのである

 こう書き綴った永井博士は最後に、こうさりげなく告白して、議論のすべてを見事に相対化させます。

 わたしもまた知的けちんぼの一人だ。しかしたいした資本ではない。長屋の高利貸しぐらいのところである。(『ロザリオの鎖』ユニバーサル文庫版、p.140~142)

 ちなみに、永井博士の業績をGoogle Schoarで調べたところ、永井隆・柴田精郎(1944)「嚥下困難ヲ呈セル畸形性頸椎炎ニ就テ」『日本耳鼻咽喉科會會報』50(9):718-723が見つかりました。原爆投下の1年前の公表ですが、永井博士はこの頃すでに戦時中の治療におけるレントゲン被曝で、白血病に罹患していたようです。

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 たしかに、21世紀の現在、文科省でさえ産学官共同を薦める流れにのって(文科省HP「大学等における産学官連携」)、研究者はさらに“知的けちんぼ”への道を邁進しているかもしれません。いまだに記憶に新しいSTAP細胞(刺激惹起性多能性獲得細胞)のケースでは、まっさきに特許が出願されているところ(Vacanti, C. A. et al. (2013年10月31日). “Generating pluripotent cells de novo WO 2013163296 A1”. (国際特許公開、優先日:2012年4月24日、出願日:2013年4月24日、公開日:2013年10月31日))など、まさに永井博士が70年も前に指摘されている通りです。

 それで、我が身を振り返ると、霊長類の生態・行動生態という本業から照らすと、とても「特殊な発明を完成しながら、その機密を容易に発表したがらぬ」者に該当するはずもなく、その点では、『キャナリー・ロウ』のドックのモデル、エド・リケッツと同様に「長屋の高利貸し」にも及ばぬ懐具合と言えそうです。

 この点では、20世紀以降の“研究者”、二つのアーキタイプの間のバリエーションのどこかにいるかもしれません。その一つの頂点は“ビッグ・サイエンティスト”あるいは“学問的守銭奴”であり、そしてもう一つは“ドック”に象徴される“片隅の賢者”かもしれません。
to be continued・・・・

「アメリカの大統領になったら?」、「なったところで面白くないぜ」:キャナリー・ロウ再訪

2017 1/13 総合政策学部の皆さんへ

 D・トランプ氏の大統領当選は、世界に波紋を及ぼしているようですが(全世界がはたして今後4年間、どんな“悪夢”に苛まされるか? それとも意外にも“天国の甘い香り”に包まれるのか? 人類学者なら、見てのお楽しみ)、いよいよその就任も迫ってきました!

 いまや、誰しもが19世紀のフランスの賢人トクヴィルの予言を思い出してしまう! というところですが、本日の話題はそのトランプ氏自身ではなく、高畑ゼミの100冊Part24:「それどころか真実に憎しみさえ抱いていたのさ!」スタインベック『キャナリー・ロウ』を中心に」から、ノーベル賞受賞作家スタインベックに今回の大統領選の結果について感想を聞きたいものだ、というところから始めましょう。

 自称「猛毒入りのシュークリーム」こと『キャナリー・ロウ』ですが、この小説の全編に「パーティをいかに開くべきか?」というテーマを巡って数々の人々が想いをこらすというストーリーが、二人の主役を中心に躍動します。

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 まず、ワキとして「狂えるモントレーの力天使、美神、精華」にほかならない浮浪者マック(とその仲間たち)です。このマックは「胃潰瘍にかかった虎たちに支配され、狭窄症の雄牛に追いかけられ、盲目の山犬が腐肉を食っている世界で、優雅に虎たちと食事を共にし、半狂乱の若い牝牛たちをやさしく撫でてやり、パン屑を包んでいって、キャナリー・ロウのかもめに食べさせて」います。ちなみに、「胃潰瘍にかかった虎たち」や「狭窄症の牡牛」、そして「盲目の山犬」とはまさに某次期大統領とその取り巻きたちそのもの!! と感嘆してしまうほどです。

 それでは、もう片方のシテはと言えば、「海綿、イソギンチャク、ヒトデやバトルヒトデ、ニチリンヒトデ、・・・タツノオトシゴ、スナモグリ、ガラガラヘビ、ネズミ、蜜蜂、オオトカゲ」を売り物にしながら、どんな生物でも注文に応じる西部生物実験所の経営者、通称ドク(実在の生態学者エド・リケッツがモデル)。

 近所の商売女たちに生まれて初めてグレゴリオ聖歌を聴かせ、友達の中国出身の商人リー・チョンには英訳の李白を読んであげ、日曜画家のアンリには古代エジプトの『死者の書』を紹介しながら、「大勢の女たちを悩み事から救い、別の悩み事に巻き込」みながら、脳外科医の手と冷静な暖かい心の持ち主だとされている。要は、このドクのために「本当になにかいいことをしなくちゃならないぞ」、それはパーティーだ! という小説です。

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 それでは、この“のらくろ”どもの日常のどこに“アメリカ大統領”がでてくるのか? それは福武文庫版(私が購入したのは1989年。残念ながら、絶版のはず。日本人にはキャナリー・ロウは受けないのかな?)では第13章、93~106頁の末尾です。

 ある日、「先生のために何か 何かいいことをしてやれないものかって」と言い出したマックは、先生を驚かせるべく“びっくりパーティー”を考え付きますが、いかんせん、まったく文無しの力天使たち、彼らが住む“ドヤ”御殿の家主でもあるリー・チョンに「先生のためにカエルを採集してくる(1匹5セント)」と称してなんとかカネを調達、がたがたの中古フォードT型に便乗、カエル取りに出かけますが、大猟前祝いにたき火で(途次でくすねた鶏などで)一杯やっているところを地主に見つかり、「わしの地所で焚き火をすることは許さん」と怒鳴りつけられます。

 マックは巧みに相手の態度・雰囲気を読みとって、「大尉殿、我々は(立て札を)見落としたのであります。申し訳ありません」と正面から謝ってから、「あなたは軍人でありませんか? いつでも自分にはわかるんです。軍人と一般の人間とは肩の張り方が違います。自分は軍隊に長くいたので、いつでも自分にわかるんです」と相手の心に忍び込みます。そして、地所に潜り込んだわけについて「われわれはある科学者のために仕事をしているのです。蛙を捕ろうとしているのであります」「蛙にガンを移すのです。蛙をなにがしか手に入れれば、先生方はガンをほとんど退治できるのです」と巧みにかき口説きます。

 結局、“大尉”は自らも“科学者”のために、マックたちとともに蛙捕獲大作戦に乗り出す、という寸法です。無数のカエルらをつかまえ、

 大尉がそれまで、こんなに面白がったことがあったかどうか疑問である。マックとその仲間たちのおかげだった。後でカーテンに火がつき、小さなタオルで消し止めたときでも、大尉は彼らに気にしなくていいと言ったものである。彼らが家を燃やしたければ、さっぱり燃やしてもらうことは栄光である、と思っていたのだった。・・・彼は水差しにウイスキーを満たすと、マックに渡した。(マックたちが住む)ドヤ御殿に行って連中と一緒に暮らしたかったのだ。 

 こうして、大尉が自宅で秘蔵していた禁制品のウィスキーはタルごと飲み干され、飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎを始めてしまう、というストーリーが展開するのですが、そこまで発展する前に、マックが大尉を言いくるめてとりあえず大尉の自宅に向かおうとする時、二人の後を追うマックの仲間たちが会話をかわします。

ヘイズルは砂をけとばして火の上にかけた。
「マックという奴はその気になればきっとアメリカの大統領になれただろうよ」彼は言った。
「なったところで、どうしようというんだ?」ジョージがたずねた。「なったところで、面白くないぜ」

 このやりとりの妙味を会得さえしていれば、ヒラリーもトランプ氏に勝てたかもしれないのに、とこれまたつい思ってしまいます。

プロフィール


高畑由起夫
◆研究分野:生態学、自然人類学、霊長類学 ◆研究内容:主な研究対象はニホンザルやチンパンジー、ワオキツネザル等ですが、潮間帯の巻貝類や水生昆虫、カラス等も調べたことがあります。霊長類学の視点で、近縁...