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北海道開拓の村からVer.4:植民地経営のための手段としての“植民地政策学”

2017 9/22 総合政策学部の皆さんへ

 さて、先回の「北海道開拓の村からVer.3:近代化日本の栄光と挫折」では、Wikipediaをひいて近代日本にとっての「行政型植民地」のはしりを下関条約による台湾の割譲としました。しかし、よく考えてみれば、その前に「琉球処分」による琉球の強制併合があったはずです(1872~1879年にかけての琉球王国の滅亡)。「定住型植民地」としての北海道開拓と台湾割譲による「行政型植民地」経営の間に、琉球処分がはさまっているわけです。

 もっとも、こう述べると、琉球処分当初の琉球(現沖縄)を“植民地”とみなす根拠を述べなければいけませんね。それでは、どこが本国と植民地、あるいは口語的日本語でいえば“内地”と“外地”をわけるのでしょう? 手っ取り早いところは法行政体系の整備のタイムラグかもしれません。というのも、「同じ国だ!」と主張するなら権利も義務も同等でなければいけません。いわゆる「代表なくして課税なし」の原則です。

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 ということで、本土と沖縄を比較しましょう。例えば、国家の税体系を確立したとも言える地租改正については、本土が1873~1879年に施行ですが、沖縄は1899~1903年です。実は、沖縄では「琉球王国により宮古島・八重山諸島において「正頭(しょうず)」と呼ばれる(人頭税が)15歳から50歳までの男女を対象に1637年から制度化され、年齢と性別・身分、居住地域の耕地状況(村位)を組み合わせて算定された額によって賦課が行われた(古琉球時代説もある)。この税制度は平均税率が八公二民と言われるほどの重税であり、しかも農作物の収穫が少ない年でも払わなければならず島民を苦しめた。この正頭は廃藩置県後も旧琉球王国の既得権益層への懐柔のために執られた旧慣温存策により存続した」(Wikipedia)。これを廃止したのが実に1903年なのです。こうして先島諸島では二重支配ともいえる状況にありました(植民地行政では二重支配、分割支配などよくあることだ、とも言えるでしょう)。

 一方、本土では1873年公布の徴兵令は、沖縄では1896年に小学校教員にのみ施行され、1898年に一般人も対象となります。こうして税もとられ、徴兵の対象にもなった沖縄人民ですが、本土では1890年の選挙法公布が、北海道で1903年に、そして沖縄では1912年にずれこみます。どの項目でもほぼ20年(人間でいえば一世代)のタイムラグがあることがわかります。こうした過程を経て、植民地的存在から、次第に本土(本国)化していくわけですが、こうした琉球王国以来の制度の温存は、王族や上級士族(有禄士族)を優遇して、その不満をなだめるためのものでもあったようで、旧慣温存政策あるいは旧慣存置政策と呼ばれます。

 それに対して、他の外地の樺太・朝鮮・台湾での選挙法公布は1945年1月、もうお気づきでしょう! これは敗戦のため、ついに実施されることはありませんでした。つまり、“国民”の代表を送り出すわけではない。としたら、“本国”とは言えない。こうした政治的決定の順番はまさに明治政府における本国(本土)と、植民地(外地)としての北海道、沖縄、台湾、樺太、朝鮮のレーテイングを表しているようです。こうして植民地から本国(本土)に組み込まれていったいわば“内部化”の過程(それは同時に、先住民の人たちにとって、戦争で徴兵され、そして戦死することを意味します)を見ることで、第2次世界大戦における敗戦ぎりぎりまで植民地的存在であり、敗戦によってそれぞれ外在化された地域が浮き彫りになってきます。

 ちなみに第1次世界大戦では、多くの植民地人が宗主国の都合で、ヨーロッパの戦場(あるいはタンザニアの場合は、アフリカでのイギリス=ドイツ両植民地軍の戦闘)に狩り出され、ある者は一時的に英雄になり(例えば、ガリポリの暗殺者ことビリー・シン[中国系オーストラリア移民とインド系移民の子供、ガリポリで150~250名ほどを射殺])、ある者は戦場の屍となり、ある者は西洋社会に触れたことで、己の抑圧的状況に気付き始めることになります。言うまでもなく、第2次世界大戦はそれがさらに拡大化するわけですが、例によって、帝国陸海軍はそうした事態にうまく対応できませんでした。

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 さて、前回は日本政府は「植民地」という言葉を嫌ったようだと紹介しましたが(=あいまいさの中に、自己の利益の最大化をはかろうとした?)、それとは裏腹というか、あるいは本音丸出しというべきか、高等教育機関では純然たる植民地経営=植民政策が講義されていたことも興味深いかもしれません。たしかに、講義名が「外地経営」あるいは「外地政策」等ならば、意味がとれないかもしれません。

 Wikipediaの「植民政策学」では、「日露戦争前後よりその他の大学・高等教育機関も植民政策学の講座を設置するようになり制度的な整備が進んだ。特に著名な植民政策学講座は、東京帝国大学経済学部に設置されていたもの(正確には「植民政策」講座)で、札幌農学校の農学的植民政策学を導入した新渡戸稲造を初代の主任教授(1909〜1920年)とし、これを新渡戸の弟子であった矢内原忠雄(1923〜37年在任)が継承、矢内原が筆禍事件で辞職をよぎなくされたのち実質的には3代目の東畑精一(1939〜45年在任)に引き継がれた」とあります。

 もちろん、こうした体制は1945年の敗戦で一変、「GHQの指令により、各大学の「植民政策学」講座は廃止され、存続する場合も「国際経済学」(東大経済学部の場合)などへの改称を迫られた。現在、かつての植民政策学の伝統は国際経済学や開発経済学、国際関係論研究、低開発地域研究などの諸分野に継承されている」とのこと。つまり、総合政策学部の科目にもその流れがある、ということになるのでしょうか?

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 なお、「近代日本における本格的な植民政策学は、日清戦争で初の海外植民地として獲得された台湾において始まった。すなわち行政機関として設置された台湾総督府が、イギリス的な「自治主義」(自主主義)あるいはフランス的な「同化主義」(同化画一主義・内地延長主義)のいずれかを統治形式として採用するかという政策研究を行ったことが嚆矢であることです」。このあたりにも、「植民地とは何か?」という根源的な問いがあるようです。

 イギリス型自治主義は、植民者が先住民を圧倒した場合、「定住型植民地」だったアメリカ合衆国が「代表なくして課税なし」の原則を振りかざして独立、オーストラリアやニュージーランドがイギリス連邦内での植民者優先型の独立をとげます。その一方で、行政型植民地はほとんど手放す(シンガポールや香港さえも)ということになりました。

 一方、フランス型植民地はインドシナやアルジェリアで「定住型植民地」を展開します。その結果、いわゆるコロン、あるいはピエ・ノワールが生まれます。彼らは、「1830年6月18日のフランス侵攻から、1962年のアルジェリア戦争終結に伴うアルジェリア独立までのフランス領アルジェリアに居たヨーロッパ系(フランス、スペイン、イタリア、マルタ、ユダヤ系)植民者。また、アルジェリアだけでなくモロッコ、チュニジアを加えたマグレブ諸国のヨーロッパ系住民を含める場合もある。独立時点までのピエ・ノワールの人口は約100万人だと推される」人たちです(Wikipedia)。

 その代表が例えば『異邦人』の作者カミュですが、その結果として、コロンたちは自らの権利を放棄しようとせず、凄惨なアルジェリア独立戦争となってしまいます。そこではフランス人(コロンおよびフランス軍)とアラブ人との争いでもあり、コロンたちとフランス政府の争いにもなり、戦死者は100万人に達したともされることに! この大混乱をおさめたのは、度重なる暗殺をものともせず、鉄の意志でアルジェリア撤退を貫徹したド・ゴール大統領です(暗殺者たちから銃弾を浴びせられながら、無傷で生き残ったこの鉄人は「4人がかりで人1人殺せないとは銃の扱いが下手くそなやつらだ」との感想をもらしたと伝えられています」)。

 こうして先住民族も移民者も、ともに不幸な事態がひきおこされる。これは大日本帝国が進めた満州移民政策もおなじことでした。この政策に“植民地政策学”がどのように関わったか、ちょっと知りたいと思わないわけではありません。
to be continued・・・・・

  • 投稿者:高畑由起夫
  • 投稿日時:2017/09/22 05:54

2017.9.21 チャペル

講話 古川靖洋先生(国際政策学科教員、副学部長)

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(参加者の声)
・夏休み明け初チャペル。久しぶりにこの雰囲気を味わえてよかったです。春学期しかチャペルの経験がないのに、秋学期に来て、懐かしく落ち着くような感じがして不思議です。
・これから就職活動をする上で、自分がなぜ何のために働くのかを考えておくべきだと思いました。ただお金のために働き続けるのではきっと途中でこころが折れると思います。
・アダムとイブの楽園追放の話や予定説の話を聞き、「労働」について改めて考えさせられました。禁欲的に働くことがよいとされる時代もあれば、お金を稼ぐことがよいとされる時代もあったということを知れました。
・労働について、キリスト教の観点からアプローチしたお話はとても興味深かった。なぜ仕事をしなければならないのだろうと思うことはあるが、江戸時代からの文化や思想の影響があることを知って、仕事に関する様々な思想があることをおもしろいと思った。
・社会人と私たち学生の最も大きな違いである「働く」ということの意味を改めて考えることができました。学生時代の今しかできないことを見つけ、努力したいと思いました。
・私は働く意義を社会貢献だと思っていましたが、宗教的解釈や歴史的発展を聞き、別の観点があると知れて勉強になりました。
・今当たり前のようにされていることの原点や根本を知ることはとても面白いと思った。全く関係がないようなことが、どこかでつながっているという事もあるのだと思った。
・キリストの時代にさかのぼる労働についての考え方の話を聞けて、新しい考えの材料を得ることができました。

  • 投稿者:murase
  • 投稿日時:2017/09/21 21:28

最適混合戦略

こんばんわ!井垣ゼミ3回生の相埜大樹です!

今日僕は、最適混合戦略の問題についてプレゼンしました。正直、僕は数学が苦手で聴講者に説明できるほど理解できていないまま臨んだのですがゼミのみんなが一緒に前に出て、共に考えてくれて、また井垣先生の指摘もいただき理解をすることができました。助けてくれるゼミメンバーに僕は少し胸が熱くなりました。

今回のプレゼンを通して僕は、井垣ゼミは本当に暖かく、一体感のあるゼミだなあと心から感じました。写真は撮ってもらうのを忘れたので今回は無しになります。申し訳ありません。

  • 投稿者:eft47944
  • 投稿日時:2017/09/21 14:32

2017年上高地合宿

みなさんこんにちは。佐山ゼミ三年生の角谷有樹音です。

昨日までインターンがあり、投稿が遅くなりお待たせしましたが、9月14日~17日の上高地での合宿の報告をしたいと思います

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台風が接近していたため心配していましたが、合宿では天気に恵まれて上高地の絶景を見ることができました。

一日目は上高地のインフォメーションセンターで、自然保護管の木村さんやアクティブレンジャーの関根さんからレンジャーとしての仕事に関してお話ししていただいたり、加藤さんから自然公園財団の活動について教えていただきました。上高地にはライチョウやキツネ、タヌキ、シカやツキノワグマ、猿が生息していることを知り、本当に自然に恵まれ、多様な動植物が生息していることに魅力を感じました。また、マイカー規制を行うことで、自然環境を保全し、環境に配慮していることも学びました。

 

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レンジャーの方のお話を聞き終わった後には河童橋に行き、青空に映える壮大な上高地の山並みを見に行きました。みんなで絶景をバックにたくさんの写真パシャリ!山から流れる川の水は本当に透明で透き通っていて、気持ちがとてもすがすがしくなりました。

その日、ビジターセンターにも訪れ、上高地に生息する動物をモチーフにした数々の商品を見ることができました。手を洗おうと水道の蛇口をひねると想像以上に水が冷たくとても驚きました。末端冷え性の私にはつらかったです(笑)

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宿舎に行き、おいしいご飯をおなかいっぱい食べた後、レンジャーの方と一緒に懇談会を行いました。昼はそこまで寒くなく少しひんやりとした感じでしたが、夜は気温8度くらいでとても寒かったです。薪をしてみんなで寒さをしのぎました。夜に外に出ると、とてもきれいで澄んだ星空を眺めることができ、とてもうれしかったです。

二日目には、外来植物の除去活動を行いました。エゾノギシギシという外来種の草抜きを午前中に行いましたが、根っこが地中深くまで伸びており、抜き取るのがとても大変でした。午後には、他の外来種の草を抜きましたが、茎の部分ですぐにちぎれ、根から抜き取るのが意外と難しかったです。在来種の葉の隙間にまで多く生息し、数え切れないほどの外来種で埋め尽くされている現状に胸を痛めましたが、できる限り根っこから抜いて在来種を脅かすことのないようにすることが大切だと思いました。

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外来生物の除去を行っている時にふと山並を見ると、山頂にかかっていた雲はどこかにいき、はっきりとした山頂が姿をあらわし、思わず感動しました。しばらくすると、猿が数匹川の方までやってきたことにも驚きました。この合宿では、豊かな自然に囲まれた中で生活できたこととてもうれしかったです。外来種の駆除の力仕事を終え、ホテルの温泉でゆったり疲れを落とした後、夕食を食べ、体も心もあたたまりました。

三日目の朝、最後に上高地の景色を見て、関西へと戻りました。帰りは雨が降っていましたが、合宿中は天候に恵まれていたこと本当に良かったです。

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今回、合宿で上高地の絶景を見ることができ、とても満足しました!それに、壮大な山や透明で澄んだ川の水を見るたびに圧倒され、また上高地に足を運びたいと思いました。

 

  • 投稿者:角谷 有樹音
  • 投稿日時:2017/09/21 13:22

春がきたパート2!!:Spring is coming, Part 2!!!

こんにちは!古川ゼミの宇都宮です🐨🇦🇺
Hello! I’m Mizuki.

オーストラリアでは
たくさんの春の訪れを感じています☺
先日はお花を紹介しましたが、
今回は動物です🐰🐦🐀💓💓💓💓💓💓
I can feel coming of spring in Australia.
Last time, I shared beautiful flowers, but this time
I would like to share some wild animals!
.
.
じゃじゃーん!Ta-da!✨🐰🐰🐰
うさぎ

ウサギが3匹!見えますか??😍
遠くから撮ったので見えにくいかもしれませんが😂
(びっくりさせたくなくて…)
毎朝、ピョンピョンしているのを見かけます!
Can you see these three little rabbits??😍
I took this from a distance, so this might be hard to see…
( I didn’t want to scare them😭)
I see them every morning!
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.
お次は… Next is…🐦🐦🐦
ピンクのとり

ピンクの鳥〜🐦🌸初めて見ました😳
Pinky bird😳 First time to see!!
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最後はクエンタ!Lastly, Quenda☺💓
くえんた

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本当にかわいい~!!! Sooooo cute😍

今週はこの辺で… See you soon, Ta! 🐨🇦🇺

  • 投稿者:dfr47943
  • 投稿日時:2017/09/18 16:39

楽しい日々を。

まつげんと申します。

休日にパソコンをいじっていたらなんと井垣ゼミのブログにログイン出来ちゃいました。

なので頼もしい後輩へ向けて、少しメーッセージをお伝え致したく。

 

3回生の諸君、来年の今頃には就職活動終えられるように、一生懸命下準備をしましょう。

遊びは少々我慢し、周りに流されずに着実に準備を進めよう。困ったことがあれば井垣先生や私に遠慮なく

聞いてください。もし私に連絡してみようという方がいましたら、メールアドレスは井垣先生から聞いてください。

この文面がエビデンスとなっているので、井垣先生は教えてくれるでしょう(多分!!)。

恥ずかしい気持ちがあるかもしれませんが、人に相談するか否かであなたの人生は大きく変わります。

頑張りましょう。

 

4回生の諸君、就活はうまくいきましたでしょうか。うまくいった人は単位に気を付けながらとにかく遊びましょう。

たくさんバイトして新社会人準備をして、遊びまくりましょう。社会人になってもはっきり言って遊べます。ですが、友人と過ごすことが出来るのはなかなか難しいものです。特に私のように東京にいってしまうと・・・。

就活うまくいってない人、まだまだ隠れた企業はいっぱいあります。井垣先生と相談し、頑張ってください。MML12期生の君達なら大丈夫です。

あ、みんな卒論頑張ってね。私はよくゼミ室に泊まって卒論してましたね。思い出しますね~、ちょうど去年の今頃ですね~。

5限のゼミが終わってご飯食べて、少しゆっくりしてから体育館でシャワー浴びて、体育館を出て3号館へ向かう途中、秋の風が心地よく・・・、今何とも言われない感情がこみ上げてきましたね。これがノスタルジーというものですかね?そして深夜まで論文に取り掛かり、お腹がすいたらコンビニへいき買って食べてまた論文。今思えば最高の日々でしたねぇ!!この気持ちをみんなにも味わってほしいなあ・・・。

総括

たくさん勉強して、たくさん遊んで、後悔のない日々を過ごしてください。

※井垣先生勝手にブログ更新してすみません。どうかお許しを。

以 上

  • 投稿者:まつげん
  • 投稿日時:2017/09/17 00:59

上海現地調査

こんにちは!
安ゼミ三回生の川端朋佳です。
今回はMラボ発表に向けて、9/4〜9/8にかけて行われた、上海現地調査について報告したいと思います。

私たちは今回、真珠城を訪れること、アンケートを行うことを目的に上海現地調査を行いました。
上海には真珠城と呼ばれる真珠を販売している場所がいくつかあり、そこを訪れ、実際にお店の方に話を聞きました。
また、真珠の販売経路を知るために、現地の方々にアンケートを行いました。

なかなか答えてくれる方がおらず、苦労しましたが、なんとか目標の100人を達成することができました!!
小雨の降る中多くの人々に声をかけ、心が折れかけましたが、こうして達成することができて本当に嬉しく思います😊
上海での5日間は、毎日とても充実していました!様々な土地を訪れ、たくさんの方々と交流することができました。これも全て関わってくださった、多くの方々のおかげです!本当に感謝の5日間でした。

今回の現地調査で得たアンケートをもとに、約一ヶ月後の発表にむけてまた頑張っていきたいと思います!!

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  • 投稿者:dys40831
  • 投稿日時:2017/09/16 22:46

国家の誕生:国名はどうやって決まるのか?Part 2

2017 9/16 総合政策学部の皆さんへ

 さて、皆さんは「日本」という国号が、どんな目線で語られる言葉か、考えたことはありますか? 「ひのもと」というわけですが、これは明らかに中国大陸の方からの目線で、「太陽があがる方角にある国」という意味である。したがって、その肝心の「日本」に住む我々自信の目線=他称であって、“日本人”による自称とは言えないのではないか? という議論はすでに江戸時代からあったそうです。

 また、「日本」とは基本的に漢語であって、大和言葉でない、とも言えます(この場合、大和言葉(やまとことば)とは「日本(やまと)に大陸文化が伝来する以前の、日本列島で話されていた言語そのものを指すというニュアンスがある」(Wikipedia)という解釈にそったものですね)。

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 Wikipedidaによれば、「ニッポン」は呉音漢音では「ジッポン」(漢音)と読まれたものとの推測もあるとここと。マルコ・ポーロが元に使えたときに書き留めたのはCipangu(Chipangu)だそうですが、これは当然中国音での発声によるもので、これがJipangの、そしてさらにはJapanの語源になったといわれています。

 それでは、日本に住んでいる人びと(ここで私が“日本人”と簡単に言わないことに気付いて下さいね)からの自称は何か? あきつしま(秋津島)、大倭豊秋津島、大日本豊秋津洲、あしはらなかつくに、葦原中国(あしはらのなかつくに)、豊葦原(とよあしはら)、豊葦原之千秋長五百秋之水穂国(とよあしはらのちあきながいほあきのみずほのくに)、豊葦原千五百秋瑞穂国(とよあしはらのちいほあきのみずほのくに)、うらやすのくに(浦安国)、おおやしま(大八島、太八島、大八洲)、大八洲国、わしほこちたるくに、細矛千足国、しきしま(師木島、磯城島、志貴島、敷島)、たまかきうちのくに(玉牆内国、玉垣内国)、ひのいづるところ(日出處)、日出処(ひのもと)、ほつまのくに(磯輪上秀真国)、みづほのくに(瑞穂国)、やまと(倭)などなど。大和言葉と漢語が入り乱れ、なかなか難しいところです。

 もっとも、英国もたいては“イギリス”と呼びますが、 正式の国号「グレート・ブリテン及び北部アイルランド連合王国」、これを略してUK、さらにかつての地方王国のイングランド、スコットランド、ウェールズ、それに北アイルランド、さらに島名としてのブリテン(あるいはグレート・ブリテン)、さらには形容詞としてのブリティッシュ等が慣用的に使われていますから、そもそもは単一の国名をもち、単一民族で構成される近代的国民(民族)国家というものが、いわば幻想の産物であることからすれば当たり前というべきでしょう。

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 それでは、他の例も紹介しましょう。例えば、ブラジルは、なんと木の名前に由来します(パウ・ブラジル)。に由来する。この地では、ポルトガル人がヨーロッパで染料に用いていたスオウに似た木を見つけ、同様に染料に使ったことから、「赤い木」を意味する「パウ・ブラジル」と呼びはじめ、それが昂じてその産地がブラジルと呼ばれるようになったという顛末なのですね。

 一方、隣国のアルゼンチン「スペイン人征服者の一行がこの地を踏んだ際、銀の飾りを身につけたインディヘナ(チャルーア人)に出会い、上流に「銀の山脈(Sierra del Plata)」があると信じたことから名づけたとされる。これにちなみ、銀のラテン語表記「Argentum(アルゲントゥム)」に地名を表す女性縮小辞(-tina)を添えたものである。(略)国名をラテン語由来へと置き換えたのは、スペインによる圧政を忘れるためであり、フランスのスペインへの侵略を契機として、フランス語読みの「アルジャンティーヌ(Argentine)」に倣ったものでもあるとされる」(Wikipedia)。このように、とくに植民地から独立した国家の名前は、調べるほどに数奇な過去をもっているようです。

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 さらにアフリカに転じれば、1960年代の独立ラッシュ時に、どんな国号にすべきか、混迷が続くこともあります。例えば、オート・ヴォルタ、これは実はフランス語で「ヴォルタ川の上流地域」という意味なのです。1984年にはブルキナファソに改名されますが、これは「国名のブルキナはモシ語で「高潔な人」、ファソはジュラ語で「祖国」を意味する」とのことです(Wikipedia)。

 同様の例が、コートジボワール(フランス語で「象牙海岸」)、シエラレオネ(スペイン語で「ライオン山地」)などがあげられます。

 一方、アメリカ合衆国の大都市においては、New Yorkが「新しいYork」という意味なのに対して(実は、はじめは「New Amsterdam」)、San Franciscoはスペイン領時代に「フランシスコ修道会士が創設者の名前=聖フランチェスコを選択」と思えば、Chicagoの「語源はShikaakwaと言われており、この地に先住するアルゴンキン語族インディアンの言葉で「臭いタマネギ」という意味で、おそらく河口付近にタマネギが自生していた地であったためだとされている」(Wikipedia)。

 もっとも、日本人も第2次世界大戦中、シンガポールを「昭南特別市」などと改称させた過去がありますから、あまりほめられたものでもありません。とはいえ、インドネシアではオランダ植民地時代の名前「バタビア」を、数百年前のバンテン王国時の名称「ジャカルタ」に戻してもいます(独立後、そのままジャカルタになりました)。ちなみに、バタビアとは「オランダの先住民バタウィ」にちなんだとのことです。

  • 投稿者:高畑由起夫
  • 投稿日時:2017/09/16 07:35

卒論進捗

スキー場の存在する雪山の夏季活用

・全国あるスキー場のなかで既に閉鎖されているスキー場の現状を調べた。

・雪山で行われているアクティビティの特徴とスキー場との関連性を調べた。

 

今後

・中間発表の準備。

・アクティビティの特徴とスキー場との関連性を調べ、チェック項目の作製につなげる。

  • 投稿者:三原 大樹
  • 投稿日時:2017/09/15 12:46

故郷を離れた美術品は、異郷の地で多くの人びとの眼にふれることがよいのか、それとも故郷に再び帰ることがよいのか?

2017 9/12 総合政策学部の皆さんへ

「海外流出美術品と日本の近代化:売立目録所収美術作品のデータベースよりアートを考える(下編)」の最後に、表題のようなテーマを掲げた手前、少しまとめてみたいと思います。総合政策のなかでは、“芸術政策”の一環にあたるかもしれません。

 さて、美術品はしばしば、“流浪”します。その流浪の過程で不正が働いた場合、その美術品は元の持ち主に、あるいは故郷に帰るべきなのか?

 近年、もっとも注目されたケースが、言うまでもなく(皆さんご存じですよね?)グスタフ・クリムトが描いた“黄金のアデーレ”(正確には『アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 I』)。2015年制作のイギリス・アメリカ合衆国の映画『黄金のアデーレ 名画の帰還』の主役です。Wikipediaから抜粋。引用すると、

 1998年のロサンゼルスで、ルイーゼと言う老女の葬儀が行われていた。(略)葬儀の帰り、ルイーゼの妹マリア・アルトマンは、オーストリアから亡命して以来、家族ぐるみの付き合いがあるバーバラ・シェーンベルクに弁護士の相談をする。(略)
オーストリアのブロッホ=バウアー家は、ユダヤ人の実業家で非常に裕福だった。ルイーゼとマリア姉妹の叔父フェルディナントとその妻アデーレには子供が無く、二人は実の子のように可愛がられていた。ルイーゼの遺品である半世紀前の手紙から、オーストリアで始まった美術品の返還請求をできないかという相談だった。請求期限まで間が無く、ランディは一度は断るが、絵画の不可解な謎と1億ドルの価値を知ると、上司に掛け合い、渡欧を決める。祖国に戻ることを頑なに拒むマリアも翻意し、二人はウィーンへ向かう。(略)

 マリアが高齢であることから、ランディはオーストリア政府との和解を進めようとする。しかし不当な収奪を認めることを譲れないマリアは、ランディが進めようとしたウィーンでの和解調停に激しく抵抗し、ランディを解雇しようとする。結局、ウィーンにはランディのみが赴き、調停に取り組むはずが、調停の席にはマリアも現れる。ランディは、かつてオーストリアがナチスを支持し、不当な迫害を行った過去と向かい合うよう訴えかける。調停の合間に、フベルトゥスが二人に協力する理由を説明する。彼の父は熱烈なナチス党員であり、父の罪を贖うとともに、何故父がナチスに肩入れしたのか歴史に向かい合おうとしていたのだった。(略)

 最終的に、「黄金のアデーレ」を含む美術品がマリアに返還されることが発表され、歴史的な発表に拍手が巻き起こる。しかし、マリアは勝利しても心は晴れることなく、両親を残して亡命したことを悔い、涙を流す。しかし、両親との別れ際の会話を思い出すと、ローダーのギャラリーに絵画を預けることにし、未来へ歩みだす。

  エンディングで、絵画、ランディ、そしてマリアのその後が紹介されるとともに、ナチスの収奪した10万点にも及ぶ美術品の多数が返還されていないことも示される。

 この映画の結末に、おそらくすべての人びとが複雑な思いをいだくかもしれません。ナチスの暴虐とそれが様々にもたらした影響、それを解決することに半世紀もかかかる。そして、多くの美術品はまだ最終的な結末をむかえていない。さらに、ナチス/戦後のオーストリア政府による不当な収奪をただすため、本来の所有者に戻す。しかし、その行為は「黄金のアデーレ」を故郷ウィーンから引き離すことにもなりました(現在は、ニューヨークにあるエステ=ローダー関連の美術館ノイエ・ガレリエに展示されている。)。

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 ところで、欧米で発達した“美術館”は見方次第では、実は少なからぬ“収奪品”からなっているとも言えます。と言っても実感がわかなければ、例えば、“エルギン・マーブル”、本来アテネのパルテノン神殿を飾るはずの大理石の破風彫刻がなにゆえ、大英博物館に所蔵されているのか? Wikipediaによれば、

 1800年、イギリスの外交官であった第7代エルギン伯爵トマス・ブルースが、オスマン帝国駐在の特命全権大使としてイスタンブールに赴任すると、このパルテノン神殿の調査を始めた(当時のギリシアはオスマン帝国領である)。神殿彫刻に関心を抱いたエルギン伯は、当時のスルタン・セリム3世から許可を得て、多くの彫刻を切り取ってイギリスへ持ち帰った。当時のオスマン帝国はナポレオン率いるフランス軍のエジプト遠征を受けた直後であり、このフランス軍を撃退したイギリスと良好な関係にあった。

 19世紀前半、ロマン主義の風潮が高まる中で、エルギン・マーブルがイギリスで公開されると、多くの人々の古代ギリシアへの憧憬を高めさせた。だが一方エルギン伯の「略奪」行為を非難する声も大きく、ジョージ・ゴードン・バイロンは「チャイルド・ハロルドの巡礼」第二巻及び「ミネルヴァの呪い The Curse of Minerva」で激しく痛罵した。これらの批判が激しくなったことと、長年に渡る彫刻群の輸送で巨額の負債を抱えたため、エルギン伯は1816年にイギリス政府にエルギン・マーブルを寄贈、その後大英博物館に展示されて現在に至る。

 つまり、ギリシャ人全体の精神的遺産としてのエルギン・マーブルは、当時の支配者にして異教徒でもあるオスマン・トルコの皇帝の承認で、イギリス=トルコの友好のために譲り渡されるわけですが、ギリシャ人から見ればこの契約の正当性に異議をとなえたくなるのは、皆さんも理解できるかと言えます。とは言え、そんな調子で返還していくと、大英博物館には所蔵品がほとんどなくなってしまうかもしれない?! それに、いわゆる先進国の博物館がぶいぶい振り回す理屈=「貴重な文化財が一国に集められることで学術的な研究が進みやすいといった点や、原産国が文化財の保護や管理に熱心でない場合もあり、現所有者側が散逸や劣化を防いでいる」(Wikipedia)から、この文化財返還問題はなかなか見通しがつかない難題です。

  • 投稿者:高畑由起夫
  • 投稿日時:2017/09/12 20:27

日本語ボランティア始めました!Volunteer work at local school!

こんにちは!古川ゼミの宇都宮です
Hello, I’m Mizuki.
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最近はだんだん暖かくなってきて
そろそろジャンバーも必要なくなるかなぁという感じです
These days, the weather is getting warmer and warmer,
so I think there will be no need to wear jackets soon.
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今回のトピックは、
「オーストラリアでの日本語ボランティアについて」です✏
This week’s topic is  “Japanese teaching volunteer activity in Australia”.
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実は、今学期から日本語ボランティアを始めました
そのため、現地の学校で
日本語の授業のお手伝いをさせていただいています
I started volunteer work from this semester,
so I’m helping Japanese classes at a local school.
.
みんな、すっっごくエネルギーに満ち溢れていて(笑)
毎回授業後にくたくたになります
Every student is really energetic!!!!!
 I’m always tired after the work
.
.
この活動を通して、
人に何かを教える、何か興味をもってもらうって
こんなにも難しいものなのだと知りました
また、「先生」というお仕事は
とっっても大変なんだなぁと実感しております
Through this volunteer work, I knew that

it is so hard to teach something and interest in Japanese and Japan.
Teaching is soooooooooo hard work
.
.
慣れないことなのでとても大変で難しいですが
とてもやりがいを感じています
It’s challenging but rewarding.
.
.
前回みんなで作った折り紙✨✨✨
Origami that students made last class.
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こういうの見ると
ほんとうに癒されますね~かわいい☺
These eased my mind~ Ah…so cute☺
折り紙

.
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これからも頑張ります✏
I’ll do my best!

今週はこの辺で…
See you soon…Ta

  • 投稿者:dfr47943
  • 投稿日時:2017/09/11 15:07

研究者はけちんぼか?:研究者についてPart1

2017 9/9 総合政策学部の皆さんへ

 皆さんが「ちょっと変わったタイトルだな」と思われたら、それは私の術策に嵌ったのかもしれません。

 その昔、大学に入学する前に、“研究者”への私の個人的イメージを決定的にした書物を3つあげましょう。

 まず、小学校の頃にまったくたまたま目にした永井隆博士の『ロザリオの鎖』、そして中学の頃に読んだアントン・チェーホフの『退屈な話』に登場の名誉教授ニコライ・ステパーノヴィッチ某、そして高校の時に触れたスタインベックの『キャナリー・ロウ』のための試作品とでも言うべき『蛇』のフィリプス博士(名前こそ違えど、まぎれもなく“ドック”の青年時代)の3つです。

 こう並べれば、見事なまでに衆人の記憶にあまりのぼらない人たちばかり、“ドック”など自然科学界では“超”がつくぐらいのマイナーな存在かもしれません。そこで、どうしたわけで影響をうけたのか、これが本日のテーマです。。

 さて、「研究者とはけちんぼか?」というタイトルは、明治41年、松江市に医師の子として生まれ、長崎医科大学を昭和7年卒業、物理的療法科で放射線療法を研究中、昭和20年、原子爆弾により被爆、糟糠の妻もなくし、二人の子供をかかえながら昭和21年教授に昇進するも、白血病に倒れ、昭和26年5月1日永眠(享年43歳)の永井博士が戦後の病床で綴った『ロザリオの鎖』の中からの抜粋です。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 それにしても、「研究者はけちんぼか?」、永井博士はこのように切りだします。

けちんぼは世の人からつまはじきにされる。
 このごろは主食の値が高くなって、農家のふところには紙幣がどんどん流れ込み、一尺祝いというものをやるそうな。百円札を重ねて一尺の高さになったら家内集まって大祝いをやるという。(略)
 一尺祝いが悪いといいうのではない。問題はそれをどんなに使うのかにある。どしどし公共事業に出すのなら偉い。貧乏人に与えるのなら感心だ。
 しかし苦労してためたものを、おいそれと出したがらぬのは人情だ。貸して欲しけりゃ頭を下げて来い。中学校へ寄付してもらいたけりゃ、その代わりに委員に選挙しておくれ。・・・こんなけちんぼは世の人から爪はじきにされる。

 ところが世の人から少しも爪はじきされないけちんぼがたくさんいる。それがけちんぼとは知られていないから、爪はじきにされぬどころか、偉い人だと世の人から尊敬されている。国家からも相当の待遇を受けている。

  そのけちんぼとは学者である。
 大学教授、研究所員、工場技師、蔵書家、名人、家元などという連中の中にいる知恵のけちんぼである。
 「この問題はあの先生に聞かねばわからない」
  「彼は門外不出の古文書を持っている」
  「彼の急死によって、この技術の秘密は墓に埋められた」
  こんな話題の主はみんな学会のけちんぼである。知的財の守銭奴である。

 斯界の権威を以て自らを任じ、象牙の塔にこもて庶民を見くだし、我が国の知的水準の低いのは慨嘆に耐えぬなどと高言している者。特殊な発明を完成しながら、その機密を容易に発表したがらぬ者。学問の切り売りはしないなどと称してことさらに民衆教育をいとう者。そんな連中が現代いかに尊敬されているのであろうか?

 なるほど彼らがその知的財を頭脳に蓄積するまでにはなみなみならぬ苦労があったであろう。農夫が粒々辛苦する以上の辛苦であった。しかもその辛苦はもともと人類文化の進歩のためになされたのではなかった? おそらく彼らといえども髪黒く歯白く、血の赤かった青春のころから知的守銭奴を志望して勉強を始めたのではあるまい。勉強の成果として知的財を頭蓋骨の倉におさめたとたん、欲がでたのであろう。権威欲、名誉欲、優越欲、それからその知的財を資本に一儲けしようとする物欲などが、髪白く歯黒く血の青くなった赤はげ頭の中に燃え上がったのである。
 しかも彼らは朝飯の後で新聞を読みながら、農夫の一尺祝いを憎みかつあざけるのである

 こう書き綴った永井博士は最後に、こうさりげなく告白して、議論のすべてを見事に相対化させます。

 わたしもまた知的けちんぼの一人だ。しかしたいした資本ではない。長屋の高利貸しぐらいのところである。(『ロザリオの鎖』ユニバーサル文庫版、p.140~142)

 ちなみに、永井博士の業績をGoogle Schoarで調べたところ、永井隆・柴田精郎(1944)「嚥下困難ヲ呈セル畸形性頸椎炎ニ就テ」『日本耳鼻咽喉科會會報』50(9):718-723が見つかりました。原爆投下の1年前の公表ですが、永井博士はこの頃すでに戦時中の治療におけるレントゲン被曝で、白血病に罹患していたようです。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 たしかに、21世紀の現在、文科省でさえ産学官共同を薦める流れにのって(文科省HP「大学等における産学官連携」)、研究者はさらに“知的けちんぼ”への道を邁進しているかもしれません。いまだに記憶に新しいSTAP細胞(刺激惹起性多能性獲得細胞)のケースでは、まっさきに特許が出願されているところ(Vacanti, C. A. et al. (2013年10月31日). “Generating pluripotent cells de novo WO 2013163296 A1”. (国際特許公開、優先日:2012年4月24日、出願日:2013年4月24日、公開日:2013年10月31日))など、まさに永井博士が70年も前に指摘されている通りです。

 それで、我が身を振り返ると、霊長類の生態・行動生態という本業から照らすと、とても「特殊な発明を完成しながら、その機密を容易に発表したがらぬ」者に該当するはずもなく、その点では、『キャナリー・ロウ』のドックのモデル、エド・リケッツと同様に「長屋の高利貸し」にも及ばぬ懐具合と言えそうです。

 この点では、20世紀以降の“研究者”、二つのアーキタイプの間のバリエーションのどこかにいるかもしれません。その一つの頂点は“ビッグ・サイエンティスト”あるいは“学問的守銭奴”であり、そしてもう一つは“ドック”に象徴される“片隅の賢者”かもしれません。
to be continued・・・・

  • 投稿者:高畑由起夫
  • 投稿日時:2017/09/09 05:52

卒業論文進捗

・日本に存在する雪山の中でスキー場が存在する雪山をピックアップし調べた。

・チェック項目をどう作るのが良いか思案しています。

 

今後

・以前調べた雪山と夏に行うアクティビティの関係を更に調べる。

  • 投稿者:三原 大樹
  • 投稿日時:2017/09/09 01:34

チャペルのスケジュール

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授業期間の火曜・水曜・木曜 10:35~11:05、神戸三田キャンパス2号館101チャペル

2017年度 秋学期チャペル

(敬称略)
9月20日(水) 村瀬義史 宗教主事
9月21日(木) 古川靖洋(副学部長、国際政策学科教員)

9月26日(火) 山根 周(副学部長、都市政策学科教員)
9月27日(水) 村瀬義史 宗教主事 関西学院創立記念日(9/28)をおぼえて
9月28日(木) 国際社会貢献活動報告[インドネシア]大西貴大(総政3年)ほか

10月3日(火) 国際社会貢献活動報告[フィリピン]鈴木悠介(総政3年)
10月4日(水) 村瀬義史 宗教主事
10月5日(木) 美濃部 信(日本基督教団甲子園二葉教会牧師、関学高等部講師、前・福岡女学院中高宗教主事)

10月10日(火) 本田 盛(総合政策学科教員)
10月11日(水) 村瀬義史 宗教主事

<秋季キリスト教週間 合同チャペル> 10時20分~ 6号館101教室にて
主題「身近にある『グローバル化』」 
[第1日]10月12日(木) 半井翔汰(経済3年)、森口侑希奈(総政3年)
[第2日]10月13日(金) テュアン・シャンカイ(総合政策学部卒業生)

10月17日(火) 坂口勝一(国際政策学科教員)

(以降は担当者が決まり次第、掲載します)

おしらせ:学生のみなさんへ。
総政チャペルにかかわる問い合わせ・意見・提案、チャペル報告・演奏希望などがあれば宗教主事に連絡ください(ymurase@kwansei)

(リンク)
関西学院宗教センター

  • 投稿者:murase
  • 投稿日時:2017/09/06 19:58

卒業論文進捗報告

現状
・家庭内の事情や体調不良により研究が予定通り進められていない。

成果
・「テレビゲームが子どもの成長に与える影響を考える」(第35回 SGRAフォーラム)

今後
・夏休み前に先生に相談したものをベースに進めていこうと思う。

  • 投稿者:太田 一誠
  • 投稿日時:2017/09/06 14:18

2017年度白山麓実習

こんばんは!
佐山ゼミ4回生の芳田彩希です。
今日は、8月30日〜9月4日にかけて行われた2017年度白山麓実習のご報告です!

今年度は、20年以上止まっている水車小屋の水車を復活させるという実習内容でした。
その水車とは、毎年の実習で私たちがお世話になっており、拠点を置かせてもらっている吉野工芸の里の敷地内にあるものです。
昨年度、工芸の里のある下吉野地区の皆さんとの座談会の際に受けた『水車がもう1度回っている姿が見たい』という声が、今回の水車小屋復活の原点となりました。

実習前から、下見で水車の部品となる木材に触れ、県立明和特別支援学校の前川哲昭先生が作ってくださった設計図を見ることで、その完成イメージを頭に浮かべることはできました。
しかし、実際に現地でいざ木材を組み立てようとした時『水車や水車小屋や復活させよう!』と口にすることは簡単である一方で、それを実現させることの難しさを痛感しました。
想像以上に木材が膨張してしまったり、曲がったそれらに穴を開けて固定することは非常に難しく、予定よりも組み立てが遅れたことで、皆が焦りと不安の中で作業を進めることもありました。
しかし、前川先生、白山市のジオパーク推進室職員の日比野剛さん、大橋加奈さん、そして地域振興協議会の西出一久会長を筆頭に、工芸の里の職員の皆さん、そして地元の方々のご協力のおかげで、実習4日目にして遂に水車が復活しました。その時のこと、はじめて回転した時のこと、その時に感じた気持ちや熱く込み上げてきたものは一生忘れないと思います。

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水車小屋復活を受け、実習5日目の9月3日には、水車小屋復活祭を開催しました。
日曜日の朝早くからのイベントにも関わらず、白山市の山田憲昭市長や、総合政策学部の細見和志先生をはじめとした、約80人の方に来場いただきました。久しぶりに回る水車を見て懐かしそうに話をされている地元の方々の姿を見ると、本当に嬉しく感じました。また、その光景こそが私たちが1年前に思い描いた理想であり、これからもこの場所がたくさんの人に集まってもらえる、工芸の里のシンボルになればと強く思いました。
復活祭の後には、水車小屋の活用策の提案発表会を行いました。こちらにも、復活祭に続き非常に多くの方が来てくださりました。8期生にとっては、これほどの人数の前で話すのは初めての経験でしたが、堂々とした口調で発表する姿を見て頼もしかったです。また、発表した政策については市でも前向きに検討して下さるということで、これから自分たちの思いが実現していくことを思うととても楽しみです。

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今回の実習で最も感じたことは、自分たちがどれだけ多くのの方々に支えられ、助けられてこの実習が成り立っているのかということです。
そのことを当たり前に分かっていたつもりでしたが、今回の実習でよりそれを実感しました。
自分のやるべきことよりも私たちを優先して下さる方、ご多忙の中朝早くから遅くまで付きっきりで水車復活のためにご尽力くださった方、私たちが取り上げられた新聞記事を見て応援に来てくださった方…
皆さんの協力がなければ、今回の水車小屋復活は間違いなく成功しませんでした。
これほど多くの協力を得られたのは、過去に先輩方がステキな関係を築いてくださったおかげであり本当に感謝でいっぱいです。
今回の実習で、私の現役生としての活動は最後になりますが、これからも白山麓に毎年足を運び、必ず何か少しでも恩返しをしたいです。

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この3年間、白山麓ではもちろん、小豆島、幕張、リサーチフェア、リサーチコンソーシアム、その他いろいろな場所で経験し学ばせてもらった様々なことを胸に、残りの大学生活や春からの社会人生活が充実したものになるよう、努力していきたいと思います。

今年度は、本当にハードな実習でしたが…(笑)
水車が復活した他にも、地元の小学生やシルバーさんとの交流、バーベキューやお世話になった方への謝恩会など、嬉しい楽しいことがたくさんあり、あっという間の6日間でした!
このメンバーで参加できてよかったし、この実習を3年間続けられたことに誇りを持っています。
本当に、ありがとうございました。

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長くなりましたが、読んでいただきありがとうございました!
最後のリサーチフェアに向けて、これから準備をはじめていきます。

  • 投稿者:芳田 彩希
  • 投稿日時:2017/09/06 02:08

国立環境研究所実習 2017年8月21日~8月25日

こんにちは。佐山ゼミの中井康間です。

今回は、夏季実習で行ってきた国立環境研究所での内容をお話しさせていただきます。

メンバーは、僕と上田君です。

以前の、大阪湾の水質調査でお世話になった、牧さんにお世話になり、国立環境研究所の研究員の方々に、インタビューし、知識を深めました。

特に私は、五箇公一先生との面談で主な内容となった、ヒラタクワガタの遺伝子交雑が、一番記憶に残っています。

ヒラタクワガタは、遺伝子交雑が非常に問題となっている種で、飼った人々が、外国産のクワガタを野外に放してしまうことが一番の原因です。そして、交雑してしまうと、元の純粋な形には戻ることはなく、子孫にも影響するので、絶滅の危険性があります。また、昆虫類の生物保護は重要視されていないのではないか思っていたところ、その通りで、ただ、生物の保護に優先順位はなく、すべての生物が生態系の維持にかかわっていることから、すべての生物を平等に守っていくことが重要だとおっしゃっていました。

 

研究所内には、様々な施設があります。その中の一つに、タイムカプセル棟という施設があます。

国立環境研究所3

ここは、生物の骨や、組織などのDNAを含んでいる部分を、粉砕し、液体窒素で冷凍して保存している施設です。将来的には、絶滅危機にある生物をiPS細胞とも掛け合わせて再生できる可能性があります。このようにして、生物を保護する取り組みも行われています。

 

面談だけではなく、水戸湾にて水質調査も行いました。牧さんの運転で、2か所廻って、その後研究所に戻り、採水した水のろ過や、調査を行いました。

水戸湾には、釣り人が多いせいか汚れているところもあり、油が浮いていて、濁っているところもありました。

研究所で、ろ過した際にはろ紙がすぐ緑色に変色していました。

国立環境研究所1  国立環境研究所2

酸素の含有量も調べ、水深が深くなるほど酸素が薄くなっていくということがわかりました。

 

国立環境研究所では、約1週間研究員の方との面談や、水質調査などを通じて、生態系維持の大切さや、資源循環の在り方などを学ぶことができました。ここで得た知識を、進級論文や卒論に生かしていきたいと思います。

余談ですが、1週間、ウィークリーマンションで2人で過ごしていたので、その時に作った生姜焼きの写真を載せておきます。2人で協力して作りました。

国立環境研究所4

 

最後に、私はプライベートで、国立科学博物館にも行きました。じっくり見学できる時間はありませんでしたが、非常に大きな施設で、じっくり見ると1日では足りないと思います。博物館が好きな人や、東京に行かれる際は、ぜひ行ってみてください。

 

1週間、国立環境研究所にて、様々なことを学びました。これを今後の生活にも生かしていきたいと思います。

 

読んでいただきありがとうございました。それでは。

  • 投稿者:中井 康間
  • 投稿日時:2017/09/05 12:59

3泊4日竹野実習を終えて

こんにちは♪

佐山ゼミ4回生の尾崎絢香です。

 

近頃、朝晩が涼しくなり夏の終わりを感じ少し寂しいです。。。

 

さて、今回は竹野実習について書かせていただきます。

<実習参加生徒>

4回生・・・矢野 尾崎

3回生・・・小谷 師玉 西田

 

兵庫県竹野スノーケリングセンターに21日のお昼過ぎに到着。

センターの方や環境省の方がとても温かく迎えて下さいました。

 

挨拶を済ました後、センターの方のご厚意ですぐにウェットスーツに着替え海に入る事ができました。

ウェットスーツは見た目以上に着用が難しく、初めて着たときは息苦しさを感じました。

 

しかし、いざ海の中に入ると水が澄んでおり、あたり一面に魚が泳いでいるのが一目でわかりました。

自然や生き物が大好きな私のテンションが抑えきれなかったのを覚えています。

 

ホテルの方が準備してくださる夜ご飯はとても美味しく、楽しみの1つになりました。

 

2日目以降からは、スノーケリングとボートの二手に分かれ、お客様の着用の手助けや保護など、

力になれるよう自分達で試行錯誤しながら動きました。

私たちも、スノーケリングやボートは初心者ですが、実習生として参加している限り、

お客様の安全を守り、責任をもって行動する事を心掛けました。

 

そして実習の後は、自由に泳ぎにいくことができ、竹野海岸を満喫できました♪

 

この竹野での実習を終えて、とても貴重な体験ができ、佐山ゼミに入って良かった(*^-^*)と改めて思いました。

 

今回お世話になった、センターの方々、環境省の方々、ホテルの方々、そして水産大学の坂井君

ありがとうございました。

 

最後に、坂井君と一緒に撮影した写真です。

 

竹野

 

  • 投稿者:尾? 絢香
  • 投稿日時:2017/09/05 10:27

オーストラリアに春が来た!Spring is coming in Australia!

こんにちは!古川ゼミの宇都宮ですオーストラリア
Hello, I’m Mizuki.
 .
.
先週、スタディーブレイクという一週間休みで
課題に追われつつですが、
週末はゆっくり過ごすことができました
Last week was study break(one week break)!
I was busy for working on assignments at the  beginning but I could relax rest of the time
 .
.
今週のトピックは
「オーストラリアに春が来た?!」です!
This week’s topic is “Spring is coming to Australia”.
.
.
多くの人がご存知だと思いますが、
オーストラリアは地理的な関係上、日本とは季節が真逆なんです!!!
I think this is well-known but the season
in Australia is completely opposite to Japanese one for geographical reasons.

そのため、オーストラリアでは
至る所で花が咲き始め、春はすぐそこまできています
Therefore, flowers are blooming everywhere in Australia, and spring is just around the corner!
.
.
先週、公園にいったので
その時に見つけた素敵なお花を紹介します☺
Last week,  I went to the park to see flowers so I will share some pretty flowers there.
.
.
綺麗な通り道 A  beautiful path

.
通り道
カンガールー•ポー  カンガルーみたい
Kangaroo Paw looks like a kangaroo 
カンガルー
.
ふじ…目があるお花!
 Wisteria, these flowers have eyes!
ふじ

.
ガムナッツ Gum nuts
がみなっつ

.
名前は忘れちゃいましたが…きれい✨
I forgot these flowers’ name … but beautiful ✨
花 wireless
.
.
はな wireless 2

.
.
春が待ちきれません
I can’t wait for spring to come
.
.
今週はこの辺で…
See you soon! Ta

  • 投稿者:dfr47943
  • 投稿日時:2017/09/04 14:46

網張実習 8月17日~8月23日

こんにちは、4期生の瀧原友里奈です。

8月も終わり、はやいもので9月になりましたが皆様いかがお過ごしでしょうか。

今回は8月17日~8月23日に行われた岩手県での網張実習について報告させて頂きたいと思います。

今年は4、5期生の5名が参加し一週間、網張ビジターセンターの方々にお世話になりました。

ビジターセンターとは国立公園などにおいて自然とのふれあい活動を推進する施設で、網張ビジターセンターでは十和田八幡平国立公園内に位置する岩手山や網張の森の情報などを得ることができます。また、網張ビジターセンターのすぐそばには網張温泉があり、多くの方が癒しを求めて来られる場所でもあります。

【1日目】

この日は昼過ぎに網張に到着し、ビジターセンターの方々が温かく迎えてくださりました。大阪から到着して思ったことは「寒い!」です。東北地方にあるというだけでなく網張ビジターセンターは標高約750mに位置しているので大阪との気候の違いを肌で感じることができました。

【2日目】

2日目から本格的に実習が始まりました。午前中は地域の方々と協力して、環境省主催の外来種「オオハンゴンソウ」の除去作業に参加しました。一見ただの綺麗な黄色い花に見えるオオハンゴンソウは、北米原産で国内へは明治中期に観賞用として導入されました。それが全国的に野生化し、今では在来植物の生育への影響が懸念されています。天候が優れない中の手作業で大変でしたが、防除において地道に根気よく継続することの大切さを学びました。

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その後は岩手県立大学の渋谷教授や環境省の荒巻レンジャーからお話を聞くという貴重な体験をすることができました。また、網張の森で園路の点検整備も行いました。歩く人の目線になって邪魔になっている必要最低限の草木を切る作業を行うことにより、自分が普段歩く何気ない道も陰で誰かが手入れしてくれていることに気付き、それに感謝するようになりました。

【3日目】

自然ふれあい親子行事「炭火でお米を炊いてみよう」のサポートを行いました。この行事では炭焼き職人である坂内さんのレクチャーを受け、実際に薪割りを行い、七輪を使用しお米を炊きました。七輪で丁寧に炊いたお米は美味しくて、私も七輪が欲しくなりました。その後は坂内職人の炭焼き職人になるまでの経緯や職人のこれからについての貴重なお話を伺いしました。

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【4日目】

黒倉山に登りました。頂上まで足場が悪いところもあり大変でしたが、皆で協力し合い登頂することができました。また、実習中は天気の優れない日々が続いていたのですが、唯一この日だけは山頂で晴れ間を見ることもでき幸運に恵まれた日でした。黒倉山登山では綺麗な景色、美味しい水や初めて見る動植物などが楽しめ、非常に良い経験になりました。

網張_170904_0061      20170820_170904_0044

帰着してからは登山絵図の作成とクラフト体験をしました。私たちの作成した登山絵図は網張ビジターセンターに展示されていますので網張ビジターセンターにお越しになった際は是非ご覧ください^^

網張_170904_0109     網張_170904_0063

【5日目】

午前中はネイチャーゲーム体験をしました。ネイチャーゲームとは五感をつかって自然と触れ合うようなゲームのことで、老若男女楽しむことができ、私たちも体験してみるとつい熱中してしまいました。午後からは網張の森の調査に出掛けました。森の動植物をスケッチしながら森の仕組みについて学びました。背の高い植物、低い植物、よく観察すると様々な種類の植物が集まり美しい森になっている様子は興味深いものです。

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【6日目】

実習の締めくくりとして、網張ビジターセンターと網張の森をフィールドとした幼児と小学生低学年向けの教育プログラム案を作成しました。自然に親しむ気持ちを育むきっかけをつくるにはどうしたら良いかなどを考えながら最後の業務を遂行させました。私たちのアイデアが少しでも今後のビジターセンターの運営の役に立つことができたら嬉しいなと思います。

以上になりますが、網張で過ごした一週間はすごく充実しておりあっという間でした。また、網張の美しい自然に触れながら、たくさんの方々とふれあうことができ参加メンバーそれぞれがたくさんのことを収穫できたと思います。網張ビジターセンターの大堀さん、坂内さん、広野さん、お世話になった皆様本当にありがとうございました。また網張に行きたいなぁと思います。素敵な所なので皆様も是非網張を訪れてみてください!

VC前(20170821) (2)

  • 投稿者:瀧原 友里奈?
  • 投稿日時:2017/09/04 07:00

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